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すすり泣くごとく木枯らし吹きすさぶ [時事]

おりたちて 今朝の寒さを 驚きぬ 露しとしとと 柿の落葉深く          伊藤左千夫 (ほろびの光)

この歌はいつか題材にしたいと思っていました。
柿の落ち葉が深く積もって、それがぐっしょり朝露で濡れるような季節は、まだもうすこし先でしょう。
鈴なりの柿です。

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柿の木のある通学路。
 
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富有柿。
 
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 品種名はわかりませんが、渋柿でしょうか?
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熟柿。
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でも、今朝の寒さはおどろきでした。いつまでも真夏日や熱帯夜を繰り返す今年の秋が、突然早回しに進んで、一気に晩秋・初冬並の寒さです。
昨夜も、急に冷え込んできて、出産のために我が家に生活している次男のお嫁さんの部屋に、あわててオイルヒーターを用意しました(この部屋にはエアコンがないので)。そして、居間には初暖房をつけました。
その冷えこみがますます高じて、未明の頃から激しい音を立てて木枯らしまでが吹きすさび、布団から出るのがつらい朝になりました。
「今日は散歩はよそう!」と弱気になっています。今日は、産院に診察予約をしてあり、運転手を引き受ける用事もあるので、と理屈はつけてあります。が、この冷たい風に、気持ちが萎えたのが、正直なところです。防寒着などは、まだ収納箱の中ですから。


そこで、今日の題材は、伊藤左千夫を飛び越えて「木枯らし」にうつります。
石川啄木の第2歌集であり、彼の没後まもなく刊行された「悲しき玩具」の冒頭に収められている歌がこれです。

 
呼吸(いき)すれば、
胸の中(うち)にて鳴る音あり。
凩(こがらし)よりもさびしきその音!


啄木を苦しめた結核は、当時、別名「肺病」と呼ばれたように、結核菌によって肺が冒される不治の病で、不安と恐怖と苦しみのうちに、多くの若者の命を奪いました。

「木枯らし」とくれば、 この句も思い出されます。

海に出て木枯帰るところなし   山口誓子

スケールの大きい、そして何か寂寥感のただよう句として、高校生の頃から耳に残っていました。力の限り吹きすさんだ木枯らしが、荒れ果てた海の上を、目当てを失って右往左往しながら、途方に暮れて、なおむなしく暴れまわっている様が、印象的です。なによりも、木枯らしを擬人化するという発想に、意表を突かれました。

ところが、最近、この句にもう一つの含意があることを知りました。
呑亀さん(http://profile.ameba.jp/msato0596/)が、国会図書館のマイクロフィルムの中から発掘された資料によると、昭和三十二年発行の雑誌『財界』五月号で、作者はこう述べているそうです。
http://ameblo.jp/msato0596/entry-11410983063.html

「十一月十九日
  海に出て木枯帰るところなし
この句は、後に世評に上った句であるが、昭和十九年の作である。この句を作った同じ日に、
  ことごとく木枯去って陸になし
といふ句がある。陸上を吹いて走ってゐた木枯はすべて海上に出尽し、陸上は静まりかへってゐるといふのである。
「海に出て」の句は、この句を経て、更に木枯を主体化したものである。吾が身が木枯になって海に出たきり、最早陸地へ帰ることはないといふのである。この句を作ったとき私は特攻隊の片道飛行のことを念頭に置いてゐた。この句はあの無残な戦法の犠牲者を悼む句でもあった。」

木枯らしの、叫びを上げて荒れ狂い、静まってはまた、時折自制心を失ったかのように荒れ狂うさまに、「神風」と祭り上げられて特攻にかり出された若者たちの、痛ましい姿が二重写しになっていたのです。


同じ作者のこんな句もよく知られています。

 
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ    山口誓子

「学問のさびしさ」は与謝野晶子が、まだ鳳晶子であった頃、与謝野鉄幹(寛)を思って詠んだこの歌と通うところがあるでしょう。

やは肌のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君   与謝野晶子

こんな真摯な克己心と自己研鑽を重ねながら、学問を修め、身を修めて、立派に成長した若者が、その学問と人生を花開かせることなく、むなしく戦場の露として、海に、大陸に、南方諸島に消えていったのです。
戦没学徒の遺稿を集めた「きけわだつみのこえ」の冒頭にはこの言葉が書き留められ、現在を生きる者たちに、静かに呼びかけています。

「嘆(なげ)けるか 怒(いか)れるか 
はた黙(もだ)せるか
聞け はてしなきわだつみのこえ」

【解釈】
嘆いているのだろうか?怒っているのだろうか?
それとも沈黙しているのだろうか?
聞け 果てしないわだつみ(海の神)の声を。

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

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荒海に耳を澄ませば、今朝の木枯らしのように悲しくうめき泣く、戦没学徒の無念の叫び声が、聞こえるのかも知れません。


ところで、 やたら「美しい日本」「強い日本」を強調する安倍サンが首相になって、またぞろ、威勢のいい方々の声がかまびすしく聞こえるようになってきたようです。TVやマスコミ上にも、近代日本の侵略の歴史を認めない、日本国憲法化の民主的諸制度や人権尊重の思潮に不満、アジア諸国民への蔑視と排外主義、社会的弱者への蔑視という傾向を持った言説が、目立ちます。
ネット界でも、「ネトウヨ」と呼ばれる得体の知れない種族が、近年増殖しているそうですね。
体系的な思想潮流や勢力ではないので、ますますとらえどころがなく、おつきあいの仕方も定まらないので、お近づきにならないのが賢明とは思うのですが、社会的存在としては無視できない勢いのようで、困ったものです。特に、その攻撃のターゲットとされた方々の心情を思うと、面と向かって反論することも適わず、いわれのない侮蔑にさらされ続けることの心労はいかばかりかと、暗い気持ちになります。
wikiの記事の一節に、こうありました。

コミュニケーション論研究者による操作的定義としては、大阪大学人間科学研究科准教授の辻大介による研究がある。辻はいわゆる「ネット右翼」の調査において、a)韓国・中国いずれにも親しみを感じない、b)「政府関係者の靖国神社公式参拝」「憲法9条第1項改正」「憲法9条第2項改正」「小中学校の式典での国旗掲揚・国歌斉唱」「小中学校での愛国心教育」の5項目すべてに賛成、c)政治・社会問題についてネット上で書き込みや議論をした、のすべての条件を満たす者を「ネット右翼」的とした。ただし、これはあくまで調査のための定義であり、非常に限定的な意味である。

思想・信条面での厳密な構造は理解できないけれども、共通しているのは詰まるところ、匿名による人身攻撃、物陰からの不意打ち、暴虐な悪罵、中傷、脅迫という、本来の「美しい日本」人、「強くたくましい日本」人なら、「卑怯者」として見下げ果てらるべき、人倫にもとる行為を、平気でなさっている。笑止千万のパラドックスではありませんか?


それにしても、こういう風潮を背景にして、またこういう風潮をあおりながら、安倍さんがすすもうとしているのが、「いつか来た道」でなければと、切に願います。

昨日は、百八十五回国会での所信表明演説が行われ、 日本経済新聞電子版 には、次のような解説がありました。
「安倍晋三首相は15日の所信表明演説で、経済最優先の政策運営を続ける考えを強調した。7月の参院選で自民党が圧勝し衆参両院のねじれが解消。政権運営は野党との攻防より与党内調整の比重が増す。集団的自衛権の行使容認には触れず、安全保障政策で異論を抱える公明党への配慮がにじむ。「自民1強」でも、安倍カラーを抑制している。」

確かに、ほとんど、抽象的な意気込みや気構えを述べただけの、口当たり柔らかいお子様ランチのような、変わりばえのしないメッセージではありました。
でも、「言葉尻」をメモしてみると、

・この道を、迷わずに、進むしかありません。
・違いは、「実行」が伴うか、どうか。もはや作文には意味はありません。
・「実行なくして成長なし」。
・「強い日本」。それを創るのは、ほかの誰でもありません。私たち自身です。
・憲法改正について、国民投票の手続を整え、国民的な議論を更に深めながら、前に進んで行こうではありませんか。 

こうしてみると、最後の「憲法改正」だけは妙にぎらぎらとして具体的で、本気でやるつもりのように聞こえますね。
どうか、安倍さん。「国民的な議論」の際に、どうか、 「嘆(なげ)けるか 怒(いか)れるか はた黙(もだ)せるか」わからない、かすかな「わだつみのこえ」や、「木枯らしのこえ」に、真摯に耳を傾けて欲しいものです。




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