烏にまつわるエトセトラ [折々散歩]
散歩中、烏に出会いました。
烏という鳥は、余り可愛くないし、身近にいる割には、見向きもされない地味な鳥ですね。でも意外に、文学に扱われることも多い鳥です。
まずは、定番で枕草子。その冒頭部分です。
春はあけぼの。
やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。
月の頃はさらなり。
闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。
雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。
夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、
二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
【地方語訳】
春は明け方がええのお。
だんだんに白うなっていきょうるような空の、山とひっついとるとこが、ちょびっとあこうなって、紫色みてえな雲が、棚みてえに横になびいとるのあ、ええなあ。
夏は夜じゃ。
月が出とる頃は、あたりめえのことじゃけど、よけえにええのお。
闇もやっぱりええで。蛍がいっぺえこと、あっちい行ったりこっちい行ったり、飛び回りょうるのは、ええで。
へえから、一つ、二つゆうふうに、ちいとだけ光って行くのもええもんじゃで。
雨やこうが降るのもええもんじゃ。
秋は夕暮れ。
夕日がさして、山の空とひっついとるとこがぼっこう近うなっとるとこに、烏が、ねぐらへ行くゆうて、三・四羽、 二・三羽が連れのうて、急いで飛んで行きょうるんまでが、しんみりするなあ。
まして、連れのうて飛びょうる雁みてえなのが、えれえこと小どう見えるんは、ぼっこうおもしれえ。
日がしずんで暗うなってしもうてから、風の音、虫の音やこうが聞こえてくるのあ、また、言うまでもねえほどええもんじゃなあ。
雁に匹敵するほど、秋の風情を代表するものとして、烏が描かれています。
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定番ついでに、芥川龍之介「羅生門」
するとその荒れ果てたのをよいことにして、狐狸がすむ。盗人がすむ。とうとうしまいには、引き取り手のない死人を、この門へ持って来て、捨てていくという習慣さえできた。そこで、日の目が見えなくなると、だれでも気味を悪がって、この門の近所へは足踏みをしないことになってしまったのである。その代わりまた、からすがどこからか、たくさん集まってきた。
昼間見ると、そのからすが何羽となく輪を描いて、高い鴟尾の周りを鳴きながら、飛び回っている。殊に門の上の空が、夕焼けで赤くなるときには、それがごまをまいたように、はっきり見えた。
荒れ果てた羅生門の不気味さを象徴する存在がカラスです。
香川県小豆島出身のプロレタリア作家、黒島伝治の代表作「渦巻ける烏の群」があります。
烏が最初に登場する場面はこうです。
枯木が立っていた。解けかけた雪があった。黒い烏の群が、空中に渦巻いていた。陰欝(いんうつ)に唖々(ああ)と鳴き交すその声は、丘の兵舎にまで、やかましく聞えてきた。それは、地平線の隅々からすべての烏が集って来たかと思われる程、無数に群がり、夕立雲のように空を蔽わぬばかりだった。
烏はやがて、空から地平をめがけて、騒々しくとびおりて行った。そして、雪の中を執念(しゅうね)くかきさがしていた。
その群は、昨日も集っていた。
そして、今日もいる。
三日たった。しかし、烏は、数と、騒々しさと、陰欝さとを増して来るばかりだった。
或る日、村の警衛に出ていた兵士は、露西亜(ロシア)の百姓が、銃のさきに背嚢を引っかけて、肩にかついで帰って来るのに出会した。銃も背嚢も日本のものだ。
「おい、待て! それゃ、どっから、かっぱらって来たんだ?」
「あっちだよ。」髯(ひげ)もじゃの百姓は、大きな手をあげて、烏が群がっている曠野を指さした。
「あっちに落ちとったんだ。」
「うそ云え!」
「あっちだ。あっちの雪の中に沢山落ちとるんだ。……兵タイも沢山死んどるだ。」
雪の広野に駐屯する部隊が、大隊長の嫉妬のせいで、全滅する経緯を描いている。烏の群れは、兵士の死体をついばむ不吉な形象です。
烏の群れを印象的に描いた作品として、藤原審爾「鴉五千羽夕陽に向う」をあげたくなります。
藤原審爾は、1952年に「罪な女」で直木賞を受賞した小説家で、純文学からサスペンス、任侠ものまで、幅広い作品を残しています。映画化された作品も50を越えています。彼は、幼時に両親を失い,岡山県の祖母のもとで育ちました。映画化もされた出世作「秋津温泉」は、岡山県「奥津温泉」を舞台にしています。
彼の作品は、バラエティ豊かで、それぞれ読みごたえがありますが、「狼よ、はなやかに翔べ」「熊鷹・青空の美しき狩人」「怒りて猿よ山を揺すれ」などの動物小説の魅力は、特筆ものです。
教育・社会の、今日的な問題を鋭く洞察した『死にたがる子』『落ちこぼれ家庭』『結婚の資格』なども、今なお色あせることはありません。
宮沢賢治の「カラスの北斗七星」は、カラスの義勇艦隊と敵の山ガラスとの戦争という仮構を借りて、なぜ戦うのか理由のわからない戦争というものの理不尽を、悲しく描きます。
ほぼ結末に近い部分を引用します。
烏の新らしい少佐は、お腹(なか)が空(す)いて山から出て来て、十九隻に囲まれて殺された、あの山烏を思ひ出して、あたらしい泪をこぼしました。
「ありがたうございます。就(つい)ては敵の死骸を葬りたいとおもひますが、お許し下さいませうか。」
「よろしい。厚く葬つてやれ。」
烏(からす)の新らしい少佐は礼をして大監督の
前をさがり、列に戻つて、いまマヂエルの星の居るあたりの青ぞらを仰ぎました。(あゝ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早
くこの世界がなりますやうに、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまひません。)マヂエルの星が、ちやうど来てゐるあたりの
青ぞらから、青いひかりがうらうらと湧(わ)きました。
「きけわだつみのこえ」に掲載されている佐々木八郎さんという戦没兵士の手記が、「カラスの北斗七星」の話題に触れて、自分に似た境遇のカラスの下士官への思いを述べ、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」とする賢治の理想への共感を綴っています。
こちらのブログ「らんどく帳」に詳細な考証をなさっておられますので、紹介させていただきます。
http://blog.goo.ne.jp/motanmozo/e/d95ccffe8b263cd416275a6878317b4a
日本のカラスの主なものとして、「ハシブトカラス」「ハシボソカラス」の2種類があります。yahoo知恵袋参照。
先の「カラスの北斗七星」に登場した「ヤマガラス」は、「ハシブトガラス」の別名とも言われますし、冬鳥として渡来してくる「ミヤマガラス」のこととも考えられます。
この写真は?ハシブトカラスでしょうね。
これは、「カラスウリ」。寒さとともに、真っ赤に色づいています。
脱線失礼。。
脱線ついでに。
カラスの城と書いて、ウジョウと読む、「烏城」は岡山城の別名です。漆黒の外壁から、こう呼ばれます。金の鯱から金烏城とも呼ばれます。
お産の前日、二男のお嫁さんとデートした 岡山後楽園から、烏城がよく見えました。
つづく
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