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桃の節句の蘊蓄 [今日の暦]

今日はひな祭り、桃の節句です。
松尾芭蕉の作品に
草の戸も住替る代ぞひなの家 (くさのとも すみかわるよぞ ひなのいえ)
という句がありました。
[解釈] 戸口が草で覆われたこのみすぼらしい深川の宿〈芭蕉庵)も、旅に出る私にかわって新しい住人が住むことになり、節句の頃には、にぎやかに雛をかざる華やいだ光景がこの家にも見られるのであろう。

この句は、元禄2年(1689年)3月、「奥の細道」の旅に出発する直前に詠まれたもので、初案と思われる「草の戸も住みかはる世や雛の家」の句も残されています。その後、推敲を経て「奥の細道」に載せられました。
「奥の細道」については、過去のブログでも何回か触れたことがありました。検索してみるとこんなにたびたび。


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ですので、てっきり、すでに書いたと思っていましたが、そうでもなかったので、改めて「奥の細道」の冒頭部分を掲載しておきます。

 奥の細道  松尾芭蕉
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあ り。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の 空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸す ゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
 草の戸も住替る代ぞひなの家
面八句を庵の柱に懸置。


このままでは読みにくいので読み仮名と送りがなを施してみますと。

 月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜(かいひん)にさすらへ、去年(こぞ)の秋、江上(こうしょう)の破屋(はおく)に蜘蛛の古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、そぞろ神のものにつきて心を狂はせ、道祖神(どうそじん)の招きにあひて取るもの手につかず、股引(ももひき)の破れをつづり笠の緒付けかへて、三里に灸(きゅう)すうるより、松島の月まづ心にかかりて、住める方(かた)は人に譲り、杉風(さんぷう)が別墅(べっしょ)に移るに、
  草の戸も住み替はる代ぞひなの家
表八句〈おもてはちく)を庵の柱に掛け置く。

【解釈と蘊蓄】
かつて古代中国、唐の詩人、李白は「春夜宴桃李園序(春夜桃李園に宴するの序)」でこう歌いました。

春夜宴桃李園序  李白


夫天地者萬物之逆旅
光陰者百代之過客
而浮生若夢
爲歡幾何
古人秉燭夜遊
良有以也
況陽春召我以煙景
大塊假我以文章
會桃李之芳園
序天倫之樂事
群季俊秀
皆爲惠連
吾人詠歌
獨慚康樂
幽賞未已
高談轉清
開瓊筵以坐華
飛羽觴而醉月
不有佳作
何伸雅懷
如詩不成
罰依金谷酒數


【書下し】
春夜桃李園に宴するの序 李白
夫(そ)れ天地は萬物(ばんぶつ)の逆旅(げきりょ)にして
光陰(こういん)は百代(はくたい)の過客(かかく)なり
而して浮生は夢のごとし
歡を爲すこと幾何(いくばく)ぞ
古人燭を秉りて夜遊ぶ
良(まこと)に以(ゆえ)有るなり
況んや陽春の我を召すに煙景を以てし
大塊の我に假すに文章を以てするをや
桃李の芳園(ほうえん)に會(かい)し
天倫(てんりん)の樂事(がくじ)を序す
群季(ぐんき)の俊秀(しゅんしゅう)は
皆 惠連(けいれん)たり
吾人(ごじん)の詠歌(えいか)は
獨り康樂(こうらく)に慚(は)づ
幽賞(ゆうしょう)未だ已(や)まざるに
高談(こうだん)轉(うた)た清し
瓊筵(けいえん)を開いて以て華に坐し
羽觴(うしょう)を飛ばして月に醉ふ
佳作有らずんば
何ぞ雅懷(がかい)を伸べん
如(も)し詩成らずんば
罰は金谷(きんこく)の酒數(しゅすう)に依らん

【解釈】
春の夜桃やすもものかぐわしく花咲く庭園で酒宴を催す詩  李白
そもそも天地はすべてのものを迎え入れる旅の宿のようなものであり、
時の流れは、永遠の旅人のようなものである。
しかし人生ははかなく、夢のように過ぎ去っていく。
楽しいこともどれほど長続きしようか?いや、ほんの一瞬の事だ。
昔の人が燭に灯りをともして夜中まで遊んだのは、
実に理由があることなのだ。
ましてこのうららかな春の日、
霞に煙る景色が私を招き、
造物主が私に文章を書く才能を授けてくれたからには、なおのことだ。
桃や李〈スモモ)のかぐわしい庭園に集まって、
兄弟そろって楽しい宴を開こう。
桃李の花の咲きにおう庭園に集まって、兄弟の楽しみごとを次々と行う。
年少の才能にあふれた者たちは、皆(南朝宋の詩人の)恵連のようである。
私自身の詠む詩は、ただ一人(恵連の従兄弟で南朝宋の詩人の)康楽に恥じるばかり(にへたくそ)である。
花景色を静かに褒め称える声はまだなおやまず、俗世を離れた高尚な話題はさらに清らかにつづく。
玉のむしろを開いて花の下に座り、鳥の羽根の飾りの杯を酌み交わして、月に酔う。
優れた作品をつくるとなしには、どうしてこの風雅な気持ちを言い表せようか。
もしも詩ができなければ、その罰は昔晋の石崇が金谷園で催した宴会の故事にちなんで、杯三杯の酒を飲むことにしよう。

酒を愛し、時を惜しんで風雅を享楽する李白とは、少々趣は異なるようにも思えますが、芭蕉もまた、この世は仮の宿り、人は旅人だと断じます。
芭蕉は言います。
 月日は永遠の旅人であって、来ては去り去っては来る年もまた(同じく)旅人である。舟の上で一生を過ごす船頭や、馬のくつわを取って老年を迎える馬子のような者達は、毎日が旅であって、旅を自分の住み家としている。(杜甫、李白、西行、宗祇など)風雅を愛した昔の人々にも旅の途中で亡くなった人がいる。自分もいつの年からであったか、ちぎれ雲が風に誘われて漂うように、さすらいの旅に出たい気持ちがやまず、先年も江戸を出て故郷伊賀を経由して遙か遠くの海辺をさすらい歩いた「笈の小文」の旅(伊良湖崎,伊勢,伊賀上野,大和,吉野,須磨,明石などを訪ねた)を終えて江戸に帰り着き、昨年の秋に、隅田川のほとりのあばら屋に(戻って)蜘蛛の古巣を払って(住むうちに)、しだいに年も暮れ、立春になって霞の立ちこめる空のもとに、(今度は)白河の関を越え(て奥州の旅に出)ようと、そぞろ神が取り付いて(自分の)心を狂おしくさせ、道祖神が(自分を)旅に招いているようで、何も手につかなくなり、股引の破れを繕い、道中笠のひもを付け替えて、脚を丈夫にさせるツボである「三里」に灸をすえ(て旅の仕度を整え)るともう、松島の月がまず第一に気にかかって、(今まで)住んでいた家は人に譲り、杉風の別荘に移るに際して、
 住みなれてきた草庵も主の住み変わる時節がやってきた。(新しい住人は今度は自分のようなわびしい世捨て人とは違って、折から三月のこととて)節句には華やかに雛を飾る人の家となることだ。
(これを発句として作った連句の)表八句を(懐紙にしたためて)旧庵の柱にかけておく。


今年は我が家には、「雛を飾る人」もいず、「わび、さび」の境地漂う桃の節句となりました。


もとより、「桃の節句」のならわしは、旧暦の三月三日のことですから、桃の花が似つかわしいのですが、新暦ではまだまだ桃は咲きません。(と書いてきて、さっき温室栽培の桃の花を、テレビニュースが紹介していました。正確には、露地ではと書くべきでした)

またまた、マンサク。(児島湖ふれあい野鳥親水公園自然環境体験公園で3月2日撮影)

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路傍の梅(3月3日撮影)
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路傍のハルノノゲシ(3月3日撮影)

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路傍のカラシナの花(3月3日撮影)

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