せるふ・こむぷれいせんす(その2) 「プロローグ」 [木下透の作品]
木下透は私の高校時代の筆名です。
このコーナーは、今から40年以上も昔の、彼の高校時代の作品を、思い出すままに紹介することを趣旨としています。
拙劣さ、未熟さは、年齢の故と、寛容に受け止めていただければ幸いです。
「喜劇 せるふ・こむぷれいせんす」のつづきです(連載二回目)。
高校時代に書いた400字詰め原稿用紙130枚あまりの「作品」の、ほんの一部分を紹介します。
今回は、「プロローグ」(序章)と名づけた一節です。
絹糸のように細い冷たい雨が、音もなく、しめやかに降り続いている。遠くの山々は、白く柔らかくけぶっている。先頃まであれほど鋭利にとがっていた空間が、心なしか潤ったような、頭蓋の先端までキンキンと痛めつけた空気が少しく優しく感じられ始めたような、煤煙と塵埃で真黒くすすけていた光線が、健康な生命を取りもどしたような、―――そんな季節だ。
重く垂れ込めた雲の間を、数羽の白い鳩の群れが、大理石の重みと気品をもって飛び去った。重苦しいゆううつの中で、それは、ささやかな羽音とひとしきりの緊張をもたらし、そして去った。あとには哀しい空白だけが(やはりそれは必然的に)取り残された。
少年は、こうしてかれこれ二時間余りも、窓辺の机にほおづえをついて、ぼんやりおもてをながめていたのだ。
少年の名前は木下透。この町のS高等学校の三年生。
学校から五百米ばかり離れた下宿屋の二階にある彼の部屋には、読みかけの雑誌類とか表紙のすり切れた辞書とか、垢じみた衣類とかのたぐいが、ところかまわず散らばっていて、ただでさえせま苦しい部屋を、いっそううす汚いものにしてみせる。机の上には、四、五冊の書物が、雑然と積み重ねられ、窓からの不十分な光線をさえもさえぎっている。損なわけだから、彼の部屋には、退廃と昏迷と虚無と怠惰と焦燥と、抑圧されゆがめられた欲求と偽善と自意識と独善と、、、、―――そのような、あらゆる嫌悪に由来する嘔吐と悪臭が充満していて、あんまり息苦しいので、彼は、こうしてぼんやりおもてをながめていたのだ。その間だけでも、彼の意識は自由におもてを彷徨(さまよ)って少しは快さを取り戻しはしないかと、こうして、かれこれ二時間余り。いつしか、すっかり日は暮れて、しっとり濡れた裸の木立が、黒い肢体をかすかにかすかにふるわせている。遠くの家の灯りが、おぼつかなげに、それでも優しく暖かく揺れているようだ。川面に反射しては揺れるその灯りは、あたかも遠い追憶のように彼の感傷を刺激するのだった。彼はとても堪えきれなくて、大きく伸びをしてつぶやいた。
「ああ」、「ぼくは、すっかり、つかれてしまった。」
《人間にとって、最も有意義であるべきはずの、十代の後半を、自分はどんなに空しく浪費してしまったことか。ああ、何という平坦な道程だったろう。 自分にとって、果たして青春というものは。自分にとって、若さというものは。・・・・こんなにも無感動なturmであっていいのだろうか。自分は明らかに疲労している。自分は明らかに負いたる少年でしかない。・・・再び問う、青春とは、いったい何だろう。それは、未熟な怒り、だろうか?それは、沸き上がる激情、だろうか?それは、つつましい希望、だろうか?それは、ほとばしる汗、だろうか?それは、汗と血と埃、だろうか?そうならば、そうなのならば、心からほめたたえよう。「青春万歳!」と。しかし、自分のそれは、あまりにももろい幻影、でしかなかった。ああ、自分のそれは、人間存在のあまりの不安定さと、その行動のあまりの無意味さを、痛感させたに過ぎなかった。ああ、それにしても、なんと安易な思想を振り回して、人間は生きねばならないのだろう》
透は、こうしたとりとめもない思索を、その衰弱した脳髄の中で繰り返したのち、ついに最も安易な結論を下した。そして、もったいぶった様子でつぶやいた。
「人生は、明らかに喜劇である。少しばかりの涙を伴った―――」
(「プロローグ」はこれで終わり。以下、次回につづく)
今日の付録。
近所の公園で、孫と遊びました。
冷え込み厳しい中ですが、日ざしはあって、人出はそこそこありました。
植え込みのサザンカに、 メジロが立ち寄っていました。
拙ブログへのコメントありがとうございます。
高校の理数科から工業大学に進みましたが、
じつは数学・物理は苦手で、大学では同人誌を
主宰していました(*´∇`*)
by johncomeback (2015-02-02 21:22)
johncomeback様
多能多才、懐の深さは、さすがですね。
by kazg (2015-02-02 22:31)
メジロがナイスショット。
by beny (2015-02-03 08:11)
beny様
ありがとうございます。
メジロ。ポピュラーですが、可愛い鳥ですね。
by kazg (2015-02-03 19:37)