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八日目の蝉もをるらん原爆忌 [折々散歩]

70年目のヒロシマ原爆忌です。
一昨年の記事「原爆忌の朝」に、こんな事を書きました。
 今日が何の日であるかピンと来ないという人も増え、他方、「戦争を悲惨に描きすぎるな」と平和教育や平和教材にクレームをつけ、「屈辱の記憶」「屈辱の歴史」を清算したい動きも、なんだか勢いを増してる感じで、居心地悪い今日このごろです。たとえにわか平和主義者と言われようとも、せめて今日だけでも、全国民が平和の使徒になる日でありたいと切に念じる朝です。
この日だけの祈念というとも原爆忌

また去年は、原爆忌の前後に、続けざまにヒロシマ、ナガサキについて書いています。
「三題噺補遺 夾竹桃のこと」
「続 夾竹桃のこと」
「原爆歌集句集長崎編から(その1)」
「『原子雲の下より』 のことなど」 
「原民喜『原爆小景』のことなど」
「なんと言っても峠三吉でした。
「茸(キノコ)野分して長崎の日は雨だった」

毎年毎年、この季節になると蝉の姿ばかりをカメラで追います。ブログを始めてからも、蝉の記事も多いし、蝉の画像も見飽きるほど掲載しています。
今日の記事は、蝉を中心に載せようかと思いついて、いざ書きかけると、話題が皆、二番煎じであることに気づきます。
ちなみに、過去の記事から、蝉に関する蘊蓄を引用してみました。

「空蝉のなほ登らんとてや見上げたる」
空蝉のフォルムに惹かれます。フィルム時代から、何枚も写した覚えがあります。
すでに本体は、殻を脱ぎ捨ててはばたき、そしてわずか七日間の生命を謳歌して、もはや静かに眠っているのでしょう。でも、脱ぎ捨てられた空蝉は、今なお、樹皮や木の葉にがっしりと爪を食い込ませ、さらに上方を志すかのように、遙か高みを見据えているようにも思えます。
近所の樹林では、いつしかクマゼミの声は聞かなくなり、もっぱら、アブラゼミが鳴いたり飛び交ったりする姿を見かけます。
(中略)
「アブラゼミ」の命名は、「ジリジリ」という鳴き声が、煮えたぎる油に似ているからだとか。朝夕の蝉の声は、心なしか、ものわびしく聞こえるようになりました。秋もそこまで近づいている、、、でしょうか?

 「ツクツクホウシを見た」

ツクツクホウシは、「ツクツクホーシ」と鳴くのか、「オーシツクツク」と鳴くのか「論争」があるそうですが、どうしても聞き定めることが出来ません。
(中略)
藤沢周平氏の「蝉時雨」は、ヒグラシでしょうか。直木賞作家葉室麟 氏の「蜩ノ記」も。「カナカナカナ」と哀感を含んだ鳴き声は、涼しさと物寂しさを演出しますね。

 「蝙蝠を日傘に虫撮る夏休み」
そういえば、去年の夏もこんな記事を書いていました。
そこにも書きましたが、最近はクマゼミの姿が一番目につきます。
体格も勇ましいので、以前は、珍しい蝉だと思って珍重したものですが、今は一番ポピュラーです。
「シャンシャンシャン」と余計に暑さを増幅する鳴き声が、うるさいことです。
南方系の蝉だそうです。

アブラゼミ。 「ジージー」という鳴き声が加熱した油の音に似ているための名付けと言います。
子ども時代は、これを捕まえると少し自慢でした。

ニイニイゼミ。小さくて地味な蝉です。樹皮の模様に隠れて、動かずにいると気づきません。
子ども時代は、この蝉が一番身近でした。そっと近づいて、手で捕まえても、幽かにばたばたと暴れますが、じきに観念して静かになります。そのまま、服やシャツに しがみつかせても逃げないので、何匹も装着して歩いたものでした。バッジか何かのように。
環境の変化によるのか、近年生息数が減少しているようです。
松尾芭蕉が山形の立石寺(りゅうしゃくじ)で詠んだ 閑さや岩にしみ入る蝉の声 の蝉はニイニイゼミだったかと思われます。
「閑かさ」は外界の静かさではなく、心の中の静謐さだ、とはいえ、クマゼミではうるさすぎましょう。アブラゼミの鳴き声も、やはり耳障りです。心を逆なでしないレベルのニイニイゼミの鳴き声が妥当でしょうか。
ハルゼミや、ヒグラシ、あるいはツクツクホウシというアイディアも浮かばなくはありませんが、芭蕉が立石寺を訪ねたのは元禄2年旧暦5月27日(新暦で1689年7月13日)だといいますから、やはりニイニイゼミの活動時期でしょうかね。

 漸(ようよ)うに姿見せたか法師蝉
ここのところ、つつつくほうしの声はしょっちゅう耳にしますが、目を凝らしても姿を捕らえることが出来ず残念な思いがしていました。
ところが今日は、孫のお供で図書館に行ったとき、玄関前の植木から、威勢のよいツクツクホウシの鳴き声が聞こえますので。じっと目を凝らすと、やっと見つけ出しました。

直接蝉には関係ありませんが、角田 光代作「八日目の蝉」について触れた記事がこれです。
八日目の蝉 (中公文庫)

八日目の蝉 (中公文庫)

  • 作者: 角田 光代
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2011/01/22
  • メディア: 文庫



 夏にクリーム色の花を見て。「大豆」と勘違いしたこの植物は、やはり小豆でした。小豆は「あずき」と呼びます。「小豆島」は「ショウドシマ」と読みます。 (このハナシ以前書きました)
そして最近話題にしている尾崎放哉は、小豆島に流れ着いて庵を結び、その島で人生を閉じます 。
映画化もされ話題を呼んだ角田 光代作「八日目の蝉」の舞台も小豆島でした。
 
長い地中生活を終え、地上に躍り出た蝉の成虫が、7日間の青春を謳歌して、子孫を残して土に帰る。ドラマチックで、少々もの悲しい一生。連日凄まじい勢いで
鳴き騒ぐ蝉時雨を聞きながら、この中には7日目の蝉もいるだろうし、タイミングに遅れて、この世に未練を残す8日目の蝉もいるかもしれない、と思ったりします。

いま、自民党武藤貴也議員という方の、ツイッターでのこの書き込みが世間を騒がしています。
SEALDsという学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしてるが、彼ら彼女らの主張は「だって戦争に行きたくないじゃん」という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ。 
彼ら彼女らが、「だって戦争に行きたくないじゃん」という考えから行動しているというのは、一面的な決めつけでしょう。
若者達が異口同音に唱える「殺し殺される国にしたくない」という願いは、「(自分一人が)戦争に行きたくない」という個人的願望を超えて、より大乗的な思いであるはずです。批判者をより卑小に描く事に躍起で、人間的な想像力を働かすことをしない、プチ権力者の醜悪さが鼻につき、どうにも気分が悪いことです。
同時に、「だって戦争に行きたくないじゃん」という思いもまた、決して「自分中心、極端な利己的考え」なんかじゃありません。最近、安倍政権の方々が、真実味のないコマーシャルフレーズのように、軽々しく口にされる「幸福追求の権利」の最も基本を為す。きわめて切実で、ゆるがせにできない人間的な思いでしょう。
表立ってこの思いを表明することすら抑圧されて、「欲しがりません勝つまでは」と、一切を我慢し、「御国のために死ぬ」ことを最大の美徳と教えた、戦前の教育を、この36歳のジミントーギインさんは、ありがたがっておられるのでしょうか?
古い記事「だまされも だましもせぬと 誓うた日」で、「秘密法」を話題にしたなかで、「子どもを守る歌」(【作詞】上野博子【作曲】荒木栄)を引用しました。
その一節です。
 
御(み)国(くに)の為に 死ねと教えた昔
命を散らした教え子の顔が目に浮かぶ 目に浮かぶ
良心の呵責が弱さを支え
平和を守る心が 私を鍛えた
明るい太陽の その下ですくすくと伸びる子供達よ
笑い顔 おこり顔 おどけた顔で
野の花のように美しく
育てよ育て
平和な未来を 築くために

 

続けて、私は書きました。
この歌を、今の世に再び蘇らせなければならないのは悲しいことですが、子どもたちが、「野の花のように美しく」育つためには、知る権利と言論表現の自由、平和と真実の教育の自由が死活的に必須だと、改めて思うのです。
 

そして、いま、改めて付け加えることにしましょう。老若男女、年齢、性別、資産、社会的地位の如何を問わず、誰もが、自らの幸福を追求する権利を心おきなく主張し、それを互いが存分に享受できるように、社会全体の成熟を目指したいものだ、と。そしてその、幸福を追求する権利の根幹に、「平和のうちに生きる権利」がしっかりと座っていないかぎり、どのような「幸福追求の権利」も画餅に帰するだろう、と。
いかがですか?武藤貴也議員サン!これって、「自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義」ですか?
 
八日目の蝉も、こころおきなく、いのちを謳歌して欲しいものです。

アブラゼミ。
散歩道のアブラゼミ
 
散歩道のアブラゼミ

散歩道のアブラゼミ
 
散歩道のアブラゼミ

散歩道のアブラゼミ
 
散歩道のアブラゼミ
 
散歩道のアブラゼミ
 
 
散歩道のアブラゼミ

散歩道のアブラゼミ
 
散歩道のアブラゼミ
 クマゼミ。
散歩道のアブラゼミ
 
散歩道のクマゼミ


散歩道のクマゼミ
 
散歩道のクマゼミ



 
散歩道のクマゼミ
 
ヒャクニチソウに止まるクマゼミ
散歩道のヒャクニチソウとクマゼミ
 
空蝉
散歩道の蝉の抜け殻
今日はここまで。

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コメント 12

長友

行きたくないじゃんは行かせたくないじゃんも
含まれていると思ってます。
今の自民党や公明党は信用出来ません。

今朝、玄関を開けたらドアの前でセミがひっくり返って
ました(^_^;)
きゃぁ~と言ったら驚いたように飛んで行きました。
死んでると思ったのに・・・。
by 長友 (2015-08-06 13:54) 

kazg

> 行きたくないじゃんは行かせたくないじゃんも
> 含まれている
本当にその通りですね。
> ドアの前でセミがひっくり返って
> ました
居心地良いので、休憩中だったのでしょうね。

by kazg (2015-08-06 14:12) 

mimimomo

こんにちは^^
セミほど劇的な(?)生涯を持つ生き物は少ないかもしれないですね。7~8年(?)地下に埋もれて、地上に出て7~8日?
そう思うと煩い蝉の声も、納得して聞けるような気がします^^
by mimimomo (2015-08-06 15:22) 

kazg

mimimomo様
本当にそうですね。一心不乱に鳴いていますからね。
by kazg (2015-08-06 19:03) 

majyo

たった70年で、この国は過去の歴史を忘れようとしています
私も1年前を振り返り、今日の慰霊式典を見ました。
この暑い8月、灼熱地獄の中、一杯の水を求めて
人々は川へ
川を見ると、広島の惨禍が蘇ります。

八日目の蝉 読みました。物悲しかったです。

by majyo (2015-08-06 20:09) 

U3

クマゼミは大量発生してうるさすぎます。
by U3 (2015-08-06 20:48) 

kazg

majyo様
今夜のNHKスペシャル。今、見終えました。
ですが(笑)、事実のもつ重みは、圧倒的に、胸に迫ります。
by kazg (2015-08-06 20:51) 

kazg

U3様
本当にそうですね。暑さが増します。
by kazg (2015-08-06 20:54) 

momotaro

原爆忌のことは敬虔な思いで、蝉のことは面白く、武藤議員の発言のことは賛同!の思いで、拝読しました。文章は勿論ですが、写真と俳句も抜群ですね。
ひとつだけ、一番どうでもいいことなんですが、立石寺の蝉の声は、自分の感覚ではミンミン蝉の「ミーンミンミン」なんですが、先生の解説にはミンミン蝉が出てきません。生息域の関係なのでしょうか、それとも・・・?
by momotaro (2015-08-07 06:38) 

kazg

momotaro様
立石寺の蝉をめぐっては、古来、斎藤茂吉と小宮豊隆との論争というのがあり、蝉の出現時期の違いから、小宮のニイニイゼミ説が優勢とされているそうです。が、ミンミン蝉の「ミーンミンミン」の余韻は、確かに合いますねえ。私の身の回りには、ミンミンゼミが比較的すくないので、無意識に除外していましたが、、、。ご指摘を受けて、はっとしました。
by kazg (2015-08-07 07:06) 

えんや

自民党議員の横着さ自惚れがノウテン振りが出た武藤議員です。
安保法案に自分たちの明日への不安から、この法案への抗議行動する若者たちへの非難、、、戦後教育のせいだろうとのツイート、、、自民党の御老人議員たちも苦言を呈しているが、根は一緒や許せないですね。
by えんや (2015-08-07 19:44) 

kazg

えんや様
おっしゃるとおり、と思います。
by kazg (2015-08-08 04:20) 

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