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安酒をちびりちびりの物思い [獺祭魚]

カワウソが、捕らえた獲物を岩に並べて祝いの祭を催す故事にちなんで、撮りためた獲物を並べて一人楽しもうというコーナーです。

同名の「幻の名酒」とは、一切関わりがありません。

先日、酒屋を覗いたら、この銘酒が棚に並べられて、オーラを放っておりました。

山口県出身のアベ首相が、ロシアのプーチンさんやアメリカのオバマさんに、地元の地酒であるこの「獺祭」を「手土産」としてプレゼントしたなどのエピソードも知られていますし、アニメ「新世紀エヴァンゲリヲン」にも、この酒がさりげなく登場することも、マニアには周知のことだそうです。

それより何より、蔵元の「旭酒造」とその社長さんが、テレビやラジオなどで、酒づくりへのこだわりと味への自信を熱く語られるのをお聞きし、興味を覚えておりました。

よほど、思い切って買って帰ろうかと思いましたが、お値段がね、、、。

品質を支える手間暇を考えれば、「お高い」と言うつもりはありませんが、日頃購入している酒に比べると、まるで一桁違いますからね。

というわけで、このたびは購入を断念し、いつものごとく1.8㍑(時には2㍑)入りで、野口英世プラスマイナス100円玉の安酒の中から、こだわりの名酒を探し求めるスリリングなチョイスに身を任せたことでした。おそ松さん。



昨日一昨日の記事の続きですが、賞味期限が気になりますので、ストック写真のご紹介は、このカテゴリーに移します。

鈴なりのセンダンの実を、ヒヨドリがついばんでいます。




大幅トリミングで拡大してみます。



梢の上のカワラヒワです。





これも大幅トリミングします。この木は、ヒノキ(檜)でしょうか?


「明日はヒノキになろう」と願う「アスナロ(翌檜)」は、別名「ヒバ(檜葉)」と言うそうです。ヒバならば、「カワラヒバ」としゃれてみようかと思いましたが、おあとがお寒いようで、、( BrerRabbit 様、ごめんなさい。パクリました)。

 井上靖「あすなろ物語」の一節を引用します。

「あすは檜になろう,あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも,永久に檜にはなれないんだって!それであすなろうと言うのよ。」(深い深い雪の中で)


「だって貴方は翌檜でさえもないじゃありませんか。翌檜は、一生懸命に明日は檜になろ うと思っているでしょう。貴方は何にもなろうとも思っていらっしゃらない。」 (漲ろう水の面より)

 「明日は何ものかになろうというあすなろたちが、日本の都市から全く姿を消してしまったのは、B29の爆撃が漸く熾烈を極め出した終戦の年の冬頃 からである。日本人の誰もがもう明日と言う日を信じなくなっていた。」(星の植民地)


あすなろ物語 (新潮文庫)

あすなろ物語 (新潮文庫)

  • 作者: 井上 靖
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1958/12/02
  • メディア: 文庫



ツグミが、あちらにもこちらにも。

冬ですね。

大きくトリミングしています。


























つぐみといえば、吉本ばななさんが「キッチン」で売り出し、「TUGUMI(つぐみ)」でベストセラーになった頃は、斬新さにおどろきました。ばななさんがあの思想家・吉本隆明氏のお嬢さんだと聞いても、繋がりませんでしたし。

 

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)

  • 作者: 吉本 ばなな
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1992/03
  • メディア: 文庫


 

 

 その「TUGUMI(つぐみ)」がセンター入試に出題されたことも印象的でした。

後に、ばななさんがこんなことをおっしゃっており、興味深く思いました。

朝日新聞digital」の2013年12月26日付記事です。

「TUGUMI」をセンター試験に使っていただいた時のこと(1996年度国語)は、よく覚えています。問題を解いてみたら、満点を取れなくてびっくり。なんで自分の書いたものなのに間違いになるんだろう、納得いかない、と(笑)。

(中略)

 私は、国語の試験が好きでした。他のことにわずらわされずに作品が読めて楽しかったし、問題を作った人との駆け引きや知恵比べも面白かった。

 試験のあと、出題された作品の入った本を買いに行くこともありました。

 中島敦の「山月記」は、解けなかった1問が気になって全部読まなきゃ、と。「走れメロス」など太宰治の短編は、文章の力があまりに圧倒的で、思わず買いに走りました。

 教科書のおかげもありますが、井伏鱒二の「山椒魚」や田山花袋の「蒲団」など、敬遠しがちだったものも含めて、幅広い作品にふれられたことは、本当によかったなと思っています。

入試や、問題集に採られた文章がもとで、その作家を読みはじめることって確かにありますよね。

私の場合、堀辰雄や中野重治がそうでした。以前この記事でも書きましたが。

3月15日と「風立ちぬ」と馬酔木の三題噺

田宮虎彦「足摺岬」もそうでした。

そもそも文学というものは、「入試」とか「競り合い」とかの、世俗的な世界にはそぐわない、どちらかと言うとその対極にに位置するような気が漠然としますが、不思議なことに、文学の持つ力は、それに触れるシチュエーションや環境にお構いなしに、読者のハートをわしづかみにすることがあるらしいです。たとえば、同じく二〇〇一年度のセンター試験で、江國香織さんの「デューク」が出題された時には、試験会場に時ならぬすすり泣きの声が広がったと伝えられていますね。死んだ飼い犬の「デューク」が若い感性の柔軟さに、うらやましささえ感じるエピソードです。

デューク

デューク

  • 作者: 江國 香織
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2000/11/08
  • メディア: 単行本

 

 

著作権問題が気になりますが、まったく無断で少々引用します。

歩きながら、わたしは涙が止まらなかっ た。二十一にもなった女が、びょおびょお泣きながら歩いているのだから、ほか の人たちがいぶかしげにわたしを見たの も、無理のないことだった。それでも、 わたしは泣きやむことができなかった。

デュークが死んだ。

わたしのデュークが死んでしまった。

わたしは悲しみでいっぱいだった。

デュークは、グレーの目をしたクリーム 色のムク毛の犬で、プーリー種という牧 羊犬だった。わが家にやってきたときに は、まだ生まれたばかリの赤ん坊で、廊下を走ると手足が滑ってぺたんと開き、 すーっとおなかで滑ってしまった。それ がかわいくて、名前を呼んでは何度も廊下を走らせた。(そのかっこうがモップに 似ていると言って、みんなで笑った。) 卵料理と、アイスクリームと、なしが大 好物だった。五月生まれのせいか、 デュークは初夏がよく似合った。新緑の ころに散歩に連れていくと、におやかな 風に、毛をそよがせて目を細める。すぐ にすねるたちで、すねた横顔はジェーム ス=ディーンに似ていた。音楽が好きで、
わたしがピアノを弾くといつもうずく まって聴いていた。そうして、デュークはとても、キスがうまかった。

死因は老衰で、わたしがアルバイトから帰ると、まだかすかに温かかった。ひざ に頭をのせてなでているうちに、いつの まにか固くなって、冷たくなってしまっ た。

 
この、死んだ愛犬「デューク」が、飼い主である彼女の前に、少年の姿であらわれるのです。

大通りにはクリスマスソングが流れ、薄青い夕暮れに、ネオンがぽつぽつつきは じめていた。

「今年ももう終わるなあ。」

少年が言った。

「そうね。」

「来年はまた新しい年だね。」

「そうね。」

「今までずっと、ぼくは楽しかったよ。 」

「そう、わたしもよ。」

下を向いたままわたしが言うと、少年は わたしのあごをそっと持ち上げた。

「今までずっと、だよ。」

懐かしい、深い目がわたしを見つめた。 そして、少年はわたしにキスをした。

わたしがあんなに驚いたのは、彼がキスをしたからではなく、彼のキスがあまりにもデュークのキスに似ていたからだっ た。呆然として声も出せずにいるわたしに、少年が言った。

「ぼくもとても、愛していたよ。」

寂しそうに笑った顔が、ジェームス=ディーンによく似ていた。

「それだけ言いに来たんだ。じゃあね。元気で。」

そう言うと、青信号の点滅している横断歩道にすばやく飛び出し、少年は駆けていってしまった。わたしはそこに立ちつ くし、いつまでもクリスマスソングを聴いていた。銀座に、ゆっくリと夜が始まっていた。

 やっぱり泣けますね。


ところで、まったく何の関係もないのですが、私が高校生の頃に飼っていた、捨て犬上がりの雑種犬は、気取って「デューク」と名づけました。公爵という称号に特別の思い入れがあったわけではありませんが、語感の良さ、呼びやすさから思いついたのだったと思います。

でも、昔人間の父母には、発音しにくかったようで、「リュックサックのリュック」と、近所の子どもたちに紹介しておりました。 賢い犬で、大抵の言葉は理解しているようでした。田舎のことですから、鎖を外して自由に野に放っていても、私の指笛を聞きつけると、どこからでも駆け戻ってきました。狩猟犬の素質もあるらしく、野鳥を捕らえて、自慢そうに咥えて帰ることもありました。私が大学に入学し、故郷を離れたのを最後に、お別れしました。近所の養鶏場の鶏を襲ったとの嫌疑を受け、恐縮した両親が、保健所に処分を委ねたのだそうです。初の夏休みに帰省した時、鎖と首輪の残滓だけが残っているのを見つけ、事情を聞いたわたしは、抗うこともならず、黙ってうなずくばかりでした。

まもなく、父が会社の合理化・縮小の影響で、東京の関連企業に転勤し、近郊の狭いアパートに引っ越すという環境変化があって、 犬を飼い続けるなどの条件もなくなったのですが、、、、。

その点、2007年の正月に、18歳で長寿を全うしたチロは、これも捨て犬上がりでしたが、長く家族の一員として私たちを悦ばせてくれ、いまは、故郷の先祖の墓地に眠っています。たくさんの想い出がありますが、ごくごく私的な思い入れとなりますので、語ることはしません。

若かりし日のチロの写真をご覧下さい。隣にいるのは、小学生の頃の次男です。今や、2歳の女児の父です。

file0002.jpg

 

安酒をちびりちびりやりながら書いておりますと、話がもつれにもつれて、どこに転げて行くやら分かりません。 産前休暇に入った娘が、旦那さんの帰りが遅いので今晩は夕食を共にしたいと言いますので、待っています。待ちながら、安酒をちびりちびりするうちに、だいぶ出来上がってしまいました。

きょうはこれにて。


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コメント 4

majyo

チビリチビリとやりながらと書かれている内容は
多岐にわたって奥深いです
「獺祭」はオバマ氏に送ったのは知っていましたが 調べました
ナント720ミリで1万円にもう少し・・・
普通は贈れませんね
捨て犬を飼う。これも同じです。雑種も

by majyo (2015-12-22 13:44) 

kazg

majyo 様
「獺祭」、庶民の日々の晩酌には、予算が許しませんね。一生に何度かの、よほどの特別の日に、口にできたら嬉しいですね。利害関係のある人様からの、ましてや税金による贈答品としては、まったく不似合いでしょうし、なによりも、匠の心意気にたいしても失礼だと思いますがね。
by kazg (2015-12-22 17:28) 

momotaro

ヒヨドリ、ツグミの映像、参考になりました。ツグミ→入試問題→デューク、堪能しました。
文学と入試問題の関係は面白いですよね。間に出題者が入るのですが。
出す側は、学生が必ず読むものだから、ここぞとばかりインパクトのあるものを出す。読む側は、これをできるだけクールに読む。
それでも心動かされてしまう。
なぜか国語は一時間目にあるようになっている(ことが多い)ので、感受性の強い子は、これが尾を引いて、あとがメロメロになってしまう。
受験生側に立つと、後々印象に残るような名文は避けて貰いたいけれど、出す側は、どうしてもそんなのを出したい。
解決策は、国語を最後にしてもらうことですかねー?
(家人がノロだそうで、こんな時間にポカリを買いに行かされました。明日は我が身?)
by momotaro (2015-12-26 04:33) 

kazg

momotaro様
おっしゃるように、文章と入試の関係、悩ましい問題ですね。
ノロ、お見舞い申し上げます。
by kazg (2015-12-26 06:33) 

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