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思い込みから思い出した一つの記憶、の巻 [折々散歩]

昨日は冬至で、南瓜の煮付けを美味しく食べました。
そうこうするうちにウトウトしてしまい、風呂に入るのが深夜になりましたが、柚子湯にするのを忘れておりました。
昨日の記事で、「今日は冬至で、一年で最も昼が短い日。ということは、明日からはだんだんと朝夕が明るくなってくるはずですね。」と書きましたら、 Enrique様から、下記のような、ご親切な、しかも文系人間にもよく分かるコメントを戴き、目から鱗がごそりと落ちました。

 冬至は一年で昼間が最も短い日であることは間違いないのですが,日没が一番早いわけでも日の出が一番遅いわけでもありません。
日没が一番早いのは12月の初旬で,日の出が一番遅いのは1月の初旬です。
人間の感覚としては,日没時刻が分かりやすいので,昔の人は,「冬至10日前から藁の節ほど日が延びる」などと言ったようです。
なるほど、ガッテン、ガッテンです。
この場を借りてEnrique様にはお礼を、読者の皆様にはお詫びを申し上げ、訂正させていただきます。

大体、この歳になるまで、見当外れの思い込みは数知れず、しかもそれを得意げに吹聴して、後で隠れる穴を探すことはしょっちゅうです。
その手の失敗は、枚挙にいとまがありませんが、今も思い出しては赤面する筆頭は、新任教師の頃、古文の授業でのことです。
教科書に『古事記』の一節が掲載されていました。私にとっては、なじみの薄い教材でしたが、教材研究もほどほどに、授業に臨んで、知ったかぶりの解説をほどこしておりました。
以前、このはしけやし昭和末年17歳 という記事で話題にした、ヤマトタケルの臨終の場面です。記事内容が重複しますが、青空文庫「校註 古事記(武田祐吉注釈校訂)」を、少し前の部分から引用します。


 其地(そこ)より發(た)たして、當藝(たぎ)の野(の)の上に到ります時に、詔りたまはくは、「吾が心、恆は虚(そら)よ翔(かけ)り行かむと念ひつるを、今吾が足え歩かず、たぎたぎしくなりぬ」とのりたまひき。かれ其地(そこ)に名づけて當藝(たぎ)といふ。其地(そこ)よりややすこし幸でますに、いたく疲れませるに因りて、御杖を衝(つ)かして、ややに歩みたまひき。かれ其地(そこ)に名づけて杖衝坂(つゑつきざか)といふ。尾津の前(さき)の一つ松のもとに到りまししに、先に、御食(みをし)せし時、其地(そこ)に忘らしたりし御刀(みはかし)、失(う)せずてなほありけり。ここに御歌よみしたまひしく、

尾張に 直(ただ)に向へる
尾津の埼なる 一つ松、吾兄(あせ)を一〇
一つ松 人にありせば、
大刀佩(は)けましを 衣(きぬ)着せましを。
一つ松、吾兄を。  (歌謠番號三〇)

 其地より幸でまして、三重の村一一に到ります時に、また詔りたまはく、「吾が足三重の勾(まがり)一二なして、いたく疲れたり」とのりたまひき。かれ其地に名づけて三重といふ。
 


赤字の「かれ」を、何気なく、「彼は、」と訳したのです。


ちなみに、同じく青空文庫「古事記物語(鈴木三重吉)」による現代語訳で、この部分を見てみます。


 命 は、ほとんどとほうにくれておしまいになりましたが、ともかく、ようやくのことで山をおくだりになって、玉倉部(たまくらべ)というところにわき出ている 清水(しみず)のそばでご休息をなさいました。そして、そのときはじめて、いくらかご気分がたしかにおなりになりました。しかし命はとうとうその毒気のた めに、すっかりおからだをこわしておしまいになりました。
 やがて、そこをお立ちになって、美濃(みの)の当芸野(たぎの)という野中までおいでになりますと、
「あ あ、おれは、いつもは空でも飛んで行けそうに思っていたのに、今はもう歩くこともできなくなった。足はちょうど船のかじのように曲がってしまった」とおっ しゃって、お嘆(なげ)きになりました。そしてそのまままた少しお歩きになりましたが、まもなくひどく疲(つか)れておしまいになったので、とうとうつえ にすがって一足(ひとあし)一足(ひとあし)お進みになりました。
 そんなにして、やっと伊勢(いせ)の尾津(おつ)の崎(さき)という海ばた の、一本まつのところまでおかえりになりますと、この前お行きがけのときに、そのまつの下でお食事をお取りになって、つい置(お)き忘(わす)れていら しった太刀(たち)が、そのままなくならないで、ちゃんと残っておりました。
 命(みこと)は、
「おお一つまつよ、よくわしのこの太刀(たち)の番をしていてくれた。おまえが人間であったら、ほうびに太刀をさげてやり、着物を着せてやるのだけれど」と、こういう意味の歌を歌ってお喜びになりました。それからなおお歩きになって、ある村までいらっしゃいました。
 命は、そのとき、
「わしの足はこんなに三重(みえ)に曲がってしまった。どうもひどく疲(つか)れて歩けない」とおっしゃいました。
赤字の「かれ」は、特には訳出されていませんね。

ところが、生徒の中には、注意深く予習してきている者もいて、「そのかれは、『故に』という意味ではないですか?」と指摘してくれました。理系に進んだ生徒で、数学はほぼ常に満点を取っていたようですが、国語もぬかりなく取り組む生徒でした。
現代の高校生には余り見られなくなりましたが、当時は、自分が指名されていなくても、一人ひとりが主体的に授業に参加していて、適宜質問したり、意見を言っ
たりする場面がよくありました。特に、新人の教師などには、鋭い質問をして困らせてやろうという気風もあったようです。
確かに、辞書にはこうあります。

 

かれ 【故】


接続詞
①それゆえ。それで
出典古事記 神武
「その御手の血を洗ひ給(たま)ひき。かれ、血沼(ちぬ)の海といふ」
[訳] そのお手の血をお洗いになった。それで、(そこを)血沼の海という。

②そして。それから。さて。
出典
古事記 神武
「かれ、その国より上りいでましし時に」
[訳] そして、その国からのぼっておいでになったときに。

◆副詞「か」と動詞「あり」の已然形からなる「かあれ」の変化した語。上代語。(学研全訳古語辞典)

 

さしずめ、こんな訳になるべきなのでしょう。

☆「吾が心、恆は虚(そら)よ翔(かけ)り行かむと念ひつるを、今吾が足え歩かず、たぎたぎしくなりぬ」とのりたまひき。かれ其地(そこ)に名づけて當藝(たぎ)といふ。

→ 「ああ、おれは、いつもは空でも飛んで行けそうに思っていたのに、今はもう歩くこともできなくなり、たぎたぎしく(足の運びがはかどらなく)なってしまった。」とおっしゃった。それで、その地は當藝(たぎ)という名になったのです。

☆「吾が足三重の勾(まがり)一二なして、いたく疲れたり」とのりたまひき。かれ其地に名づけて三重といふ。
→ 「わしの足はこんなに三重(みえ)に曲がってしまった。どうもひどく疲(つか)れて歩けない」とおっしゃいました。それで、その地は三重(みえ)という名になったのです。

この「かれ」の記憶は、私の教師生活の原点とも言えるもので、軽はずみを戒めるお灸の役目を果たしてくれました。


今日は午後からは天気が下り坂という予報でしたので、朝のうちに散歩に出かけました。

散歩といいながら、先日のぎっくり腰以来、なかなか歩数が稼げていませんので、今日はできるだけ軽快な出で立ちで、歩くことに専念しようと思いました。それでも、万々一のために、カメラは持っておくべきだろうかと、OLYMPUSE3+ズイコーデジタル
ED 18-180mm F3.5-6.3をバッグに、深山公園へ出かけました。必要に応じて取り出せるように、望遠系の機材も車には積んでいきましたが、とにかく今日の散歩は血流改善を重視して、歩数確保を最大目標とし、割り切ってこれを使おう、、と思い定めたつもり。

ところが、歩き始めて何分も経たないうちに、気になる鳥影が見えました。枝から枝へ飛びかったり、地面へ降りて何かをついばんだりしています。


を凝らしてみると、今シーズン初見のミヤマホオジロではないでしょうか。慌ててカメラを向け、繰り返しシャッターを押し、だめ押しにだめ押しを重ねます。
しかし、最大180mmのレンズでは、芥子粒ほどにしか写りません。しかも、望遠域の明るさがf6.3ということも影響してか、手ぶれ、被写体ブレのオン
パレード。証拠写真すら残せませんでした。

いっそ今日の当初の目当てを撤回して、車まで望遠カメラを取りに帰ろうかと、かなり本気で思いました。

それをグッと我慢して、散歩道を進んでいくと、ヤマガラが、いつもよりもたくさん、いつもよりも近くまで、出迎えてくれました。

手ぶれ写真の山の中から、まずまず見られる画像はこんなところです。



師走の深山公園のヤマガラ

師走の深山公園のヤマガラ posted by (C)kazg



師走の深山公園のヤマガラ


師走の深山公園のヤマガラ posted by (C)kazg



師走の深山公園のヤマガラ


師走の深山公園のヤマガラ posted by (C)kazg



師走の深山公園のヤマガラ


師走の深山公園のヤマガラ posted by (C)kazg



師走の深山公園のヤマガラ


師走の深山公園のヤマガラ posted by (C)kazg



トリミングしてみます。
























らに歩いておりますと、対向の通行人の男性が、私のカメラを姿に気づいてか、「そこにカワセミがいるよ」と声をかけてくださいました。指さされた方角にさ
らに歩いておりますと、すれちがった女性の散歩客が、「そこにかわせみがいましたよ」と、池の岸辺の方を指さして教えてくださいました。

目を凝らすと、撮影中のカメラマンの姿も目に止まり、そのレンズの向かう方向に、確かにカワセミがいます。

しかし、返す返すもレンズの長さが足りません。

師走の深山公園のカワセミ

師走の深山公園のカワセミ posted by (C)kazg


アオサギとのツーショットが面白いので、少し拡大します。
















師走の深山公園のカワセミ

 


バッグに一緒に入れていたOLYMPUS PEN E-P5 +LUMIX G VARIO 45-200mm / F4.0-5.6 / MEGA O.I.S.で写してみました。最望遠側が、180mmと200mmの違いは微々たるもののはずですが、それでも違いは確かにあるようですね。 





池の全体像を写すには、やはり広角側も重宝しますので、結局どのカメラ(レンズ)を持ち歩くのがよいのやら、悩みは尽きません。








まあ、それはそれとして、標準散歩コースを一周して、一万歩近くはかせぎ、今日一日では、1万3千歩近くをカウントしました。

でも消費カロリーは、わずか447kcal。いなり寿司程度だそうで、ちょっと落胆。

午後は予報通り雨。しかも、かなりの本降りで、朝の散歩は正解でした。

妻と娘と三人で、出産小物などの買い出しにおつきあい。という次第で、執筆時間の都合により、きょうの記事はこれにてオシマイです。


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コメント 6

Enrique

無粋なコメントに回答下さり,記事にまでしていただき有難うございます。
私も長年の思いこみが指摘される事が時にあり,「あこれもし記事に書かなくて,もしコメント貰わなかったら,そのまま思いこんでたな」という事がありましたので,今回細かな話と思いつつも,つい指摘してしまいました。失礼の程お許しを。
by Enrique (2015-12-24 17:52) 

森田惠子

アオサギとのツーショット写真、ステキですね!
by 森田惠子 (2015-12-24 19:47) 

kazg

Enrique様
いやいや、本当に、ご親切に感謝です。
ご指摘のポイント、早速人に吹聴して悦に入っております(笑)。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
by kazg (2015-12-24 22:03) 

kazg

森田惠子様
二羽が意思疎通し合っているかのように並んでカメラに収まったのは、偶然とはいえ、面白いことでした。
by kazg (2015-12-24 22:08) 

momotaro

これから本格的な寒さがやってきますが、冬至を境に日が少しずつ延びます。しめたものです。クリスマス以上に楽しみにしている日です。柚子湯とカボチャ、頂きました。
「かれ」とヤマガラ、たいそう勉強になりました。
それにしても、昔のミスとその詳細をよく覚えていらっしゃいますね。ミスが少ないことと、記憶力が、格段に良いことのためでしょうね!
by momotaro (2015-12-26 18:54) 

kazg

momotaro様
冬はなお、厳しくなることでしょうが、春を待ついろいろな蕾もほころび始める季節でもありますね。自然の営みは、着実です。
最初のミスの印象が格別強かっただけで、その後の無数のミスは、覚えきれませんので、記憶にとどめないことにしております(汗)。
by kazg (2015-12-27 21:07) 

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