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憲法記念日に家の中でひとり憲法を考える、の巻 [今日の暦]

今日は憲法施行69年目の、憲法記念日。
今年の11月3日には、公布70年を迎えます。
戦後70年・被爆70年の去年、憲法学者がこぞって「違憲」と指摘するなか、集団的自衛権容認の「戦争法」を数を恃んで強行したアベ内閣は、今度は「緊急事態条項」など戒厳令条項の導入をはじめとする明文改憲の動きをあらわにしています。選挙中はダンマリを決め込んで、選挙後にやりたい放題、のつもりでしょうが、その手は桑名の焼き蛤です。
先日、私の探鳥の師匠、M氏がメールをくださいました。
鳥の情報に添えてこうありました。
 私やKAさんKOさんは戦後の民主教育はじめから受けて育った世代です。小学校の入学前に教科書が無いので姉が自分たちが使った教科書に墨を塗って用意してくれていた所に新しい教科書が届きました。
姉の教科書は「ススメ ススメ、ヘイタイススメ」で始まりますが、新しい私の教科書は「よいこ よいこ みんなよいこ」で始まりました。2年か3年生の時に新しい憲法を学びました。
クラスの皆が戦争放棄のことを聞いて「ワーッ!ほんなら先生日本はスイスの様な国になるんかな」と大喜びをした様な記憶があります。これを押しつけだ等と言う人の気が知れません。沖縄その他の米軍基地こそ押しつけでしょう。この夏の参議院選挙は生徒として教師としてズーッと戦後の民主主義教育にかかわった者としてその真価が問われる事になりそうです。
冒頭名前の挙がったKAさんは、先日私が編集した親睦団体の会報に寄せて、「現代版関ヶ原の戦い『改憲選挙』は初の市民革命となるか」と題して、こう書いておられました(一部抜粋)
 私たちが、今最も関心があるのは、夏の参議院選挙です。総理は「憲法改正」を争点にすると明言しています。昨年、あれだけ多くの国民に「戦争法強行は憲法違反」と反対されたのに・・・。(中略)
それにしても、現在の与党は異常です。今まで、国民の声をこれほど無視した政権はありません。いやいや、無視ならまだしも、最初から国民は眼中になかったのかもしれません。
そればかりではありません。これほど、国民を欺きだます政権もありません。
(中略)
この異常な状況を一日も早く解決し、立憲政治にもとづく民主主義と平和な社会を創るため、日本における初めての市民革命とも言うべき選挙結果を実現したいものです。


また、KOさんは、参院岡山選挙区の野党候補を一本化する上で重要な役割を果たした市民団体「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求めるおかやまいっぽんの
会」(略称 おかやまいっぽん)のとりくみに携わってこられた経験を踏まえて、経緯を述べた文章をこう締めくくっておられます。
 
候補者の一本化が実現し、やっと戦いのスタートに立つことができました。これからが本番です。 岡山○○会(私たちの会の名称)の会員は、現役時代に「教え子をふたたび戦場に送らない」と憲法・旧教育基本法にもとづいて平和教育にとりくんできました。退職後は、地域九条の会などに所属し憲法九条をまもり、生かす諸活動に参加しています。多くの会員は、日本国憲法とともに人生を歩んでいると言っても過言ではありません。
 それだけに、安倍自民党政権の憲法破壊の暴走は、許すことができません。自らの人生をかけて、立憲主義を回復し、民主主義・平和主義を守るために、野党統一候補の勝利をめざして奮闘しましょう。
今朝の新聞も、TV・ラジオも、例年になく憲法を話題にしています。
NHK NEWS WEBの今日の記事
に、憲法世論調査の結果が紹介されていました。
 今の憲法を改正する必要があると思うか聞きました。「改正する必要があると思う」が27%、「改正する必要はないと思う」が31%、「どちらともいえない」が38%でした。NHKは平成19年からことしまで合わせて5回、同じ質問を行っていますが、憲法を「改正する必要はない」と答えた人の割合は、今 回、最も多くなりました。

「憲法9条」について改正する必要があると思うか聞きました。「改正する必要があると思う」が22%、「改正する必要はないと思う」が40%、「どちらともいえない」33%でした。3年前の同じ時期に行った調査では、憲法9条について改正が「必要」という人と「必要はない」という人の割合はほぼ同じ程度でした。その翌年のおととしからはそれぞれ「必要はない」という回答が「必要」という回答を上回っています。

ふだん、憲法について考えたり話し合ったりすることが、どの程度あるかを聞きました。「よくある」が5%。「ときどきある」が36%。「あまりない」が38%、「まったくない」が15%で合わせて半数以上が「ない」と答えました。こうした機会を増やしたいと思うかどうか聞いたところ、「大いに増やしたい」が10%、「ある程度増やしたい」50%。「あまり増やしたくない」が24%、「まったく増やしたくない」が6%で、憲法について考えたり話し合ったりする機会を増やしたいという人が回答者の6割に上ることが分かりました。


政権の広報機関化を危惧されるNHKの世論調査は、その客観性が疑われるところですが、それをもってしても、憲法を「改正する必要はない」が年々増大しています。さらに憲法9条については、「改正する必要がない」が「必要がある」の約2倍を占めている事は注目に値します。
憲法を「改正する必要ない」と答えた人の70%が、「憲法9条をまもりたい」としている点にも、国民の明確な意思を読み取ることができます。







憲法について考えたり話し合ったりする機会を「増やしたい」が多数を占めたことも、重要でしょう。
もちろん、憲法は金科玉条でなく、時代の変化に応じて充実・発展させるべきで、そのため、タブーなくフランクな議論が盛んに行われることは、憲法自身が望んでいることに違いありません。自らの国の最高法規について、国民ひとりひとりが、親しみを持って語り、理解し、愛し、誇りに思い、使いこなすことは、言うまでもなく大切なことですから。

 一方、憲法を国民議論の俎上に載せようとする人たちのなかには、、あらぬ難癖をつけて悪罵の限りを投げつけて憲法の尊厳をおとしめ、汚い唾まで吐きかけようとする人たちが存在することも軽視はできません。おそらく日本国憲法が世界に先駆けて指し示す、平和で自由な、徳高い民主国家のあり方を、まぶしすぎると感じたり、あるいは煙たく窮屈に感じる人々が、ごく少数ながら存在するのでしょうか。たとえば、憲法の平和的・民主的精神を除去することによって、何らかの利益を手中にできるような人々とその手下、雇い人の類でしょうか?(どんな人たちなんでしょうかね?)

市井の一市民が、憲法に対して何を考えようが、何をしゃべろうが、それは自由であって、誰からもとがめられることはありません。

しかし、たとえば、アベさんのこんな無礼な発言を、憲法九十九条は許していないはずなのです。









みっともない憲法



 あの、日本国憲法の前文にはですね、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意したと書いてあるんですね。つまり、自分たちの安全を世界に任せますよと、言っている。そして、エエ、専制と隷従、圧迫と偏狭をこの地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う、自分たちが専制と隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているんじゃないのですよ。


国際社会がそう思っているから、それを褒めてもらおうと、いじましいんですけどね、みっともない憲法ですよ、はっきり言って。これは日本人が作ったんじゃないんですからね。こんな憲法を持っている以上ですね、外務省も自分たちが発言するというのは、憲法上、義務づけられていないんだから、それは国際社会に任せるんですからね。精神がそうなってしまっているんですね。まあ、そこから変えていくと言うのが私は大切だと思います。

自分の国語力・読解力のなさを棚に上げて、ちんぴらやくざの言いがかり同然のイチャモンをつける態度は、明白に公務員の憲法遵守義務違反です。

憲法第九十九条は、こう定めています。
 第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

私たちも公務員の端くれでしたから、新採用時には「憲法遵守」を制約してその第一歩を歩み始めたものでした。いわんや、国務大臣たるアベさんにおいておや、でしょう。
それは、立憲主義の原則にもとづくものだったと、最近になって思い知りました。立憲主義について、web版毎日新聞「特集ワイド」五月2日付け記事、「クーデター」で立憲主義破壊 憲法学者、石川健治・東大教授に聞く

に、こうあります。
立憲主義とは「憲法に基づく政治」「憲法による権力の制限」を意味する。なぜそれが大切なのか。石川さんは語る。「支配者は自らを縛る立憲主義のルールを外したがるものです。支配者を縛ることは、権力の恣意(しい)的な法解釈や法律の運用を防ぐという意味で、被支配者、つまり私たち国民すべてに利益がある。
支配者による人権侵害を防ぎ、法律が国民に公平に適用される社会のために、立憲主義は不可欠なのです」  

まったくよく理解できます。
でも、一部の人たちには、この立憲主義が「妖怪」にうつるらしい。
産経新聞のこんな記事を見つけました。
【正論】ひとつの妖怪が日本国を徘徊している。立憲主義という妖怪である…駒沢大名誉教授・西修

-ひとつの妖怪が日本国を徘徊している。それは立憲主義という妖怪である-

 ご存じ、マルクスとエンゲルスの共著『共産党宣言』の冒頭をもじったものだ(同宣言中のヨーロッパを日本国に、共産主義を立憲主義に言い換えた)。


 ≪横行する手前勝手な決めつけ≫


近年、いろいろな場面で立憲主義という言葉が用いられている。ただし、正確に使用されているとは言いがたい。 (以下略)





西修氏とは、例の、スガ官房長官が「(集団的自衛権行使が)まったく違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と息巻いたあげく、ようやく具体的に名前を挙げる事のできた学者三人(百地章、西修、八木秀次)の内のお一人。かなりレアなご意見の持ち主らしい。

それでも、西センセ、この文章で「立憲主義」をかなり好き勝手に論じていらっしゃるので、億劫ではあるが何か反論すべきだろうか?と思っておりましたら、ふと、小林よしのりさんのこんな記事を見つけました。

「立憲主義」の解釈は間違ってない - BLOGOS

まことにもっともと思いましたので、少しだけ(無断で)引用させていただきます。
 産経新聞の「正論」欄で、西修が「はびこる『立憲主義』という妖怪」という文章を書いている。
第一に、西氏は「憲法とは国家権力を縛る」という定義があいまいだと言う。
そして立憲主義の本質は「国家権力の恣意的行使を制約する」ことにあると言う。

一緒じゃないか!

「権力の暴走を阻止するのが、立憲主義の根本的な考え方である」とも書いている。

同じじゃないか!

第2に、「憲法を守らなければならないのは、国家権力であって、国民ではない」という説を否定する。
国民が憲法を守るのは「理の当然」だから、第99条に入れなかったのだと言う。
憲法の条文のすべてが権力向けでないのは「理の当然」であって、「国民の3大義務」が憲法にも明記してあり、それは「教育・勤労・納税」である。
これ以外の条文を、国民が守るべしとするのは異様な解釈である。

わしは、憲法上の国民の義務を、これ以上増やす必要はないと考える。
なんでそんなに縛られたいのだ?マゾか?


「国家権力は悪」という左翼的な考えは、わしは持たないが、それでも国家権力は、自衛隊と警察・公安という「暴力装置」(マックス・ウェーバー)を持ち、税金の取り立てでも裁量が任されているのだから、国民からは恐ろしい存在である。

権力は、国民にとって必要だが、恐ろしい存在なのだ。

したがって近代憲法を採用するのならば、「立憲主義」はあくまでも、「権力の暴走を国民が阻止する」ことが前提でなければ、受け入れられない!

国民の、権力に対する命令書であることが、前提である!


私は、「ゴーマニズム宣言」をはじめ、小林よしのり氏の日頃の言説には、賛同できないところが多いのですが、こと最近の、安保法制をめぐるご意見には、耳を傾けるべき点が多いと注目しておりましたが、上の記事も、全くお見事!力一杯拍手を送ります。
蛇足=無用な付け足しを一つ。

西氏がもじったという『共産党宣言』の冒頭文はこうです。

「ひとつの妖怪がヨーロッパを徘徊している。共産主義という妖怪が」。

当時の資本家や反動派が、マルクス・エンゲルスらの率いる共産党が急速に影響力を広げていることを警戒し恐怖するあまり、「共産主義は私有財産を没収する」「妻をも共有する」などの愚かしいデマで誹謗し、正体も分からぬ恐ろしい「妖怪」であるかのように扱って人々を遠ざけようとしたことに由来します。マルクスとエンゲルスは、しからば、正体不明の「妖怪」として怖れられている「共産主義」の正体を、とくとお見せいたそうとばかりに、この書を書き上げたのでした。


 そんな事情を知っていれば、西氏のように、これをもじったと得意然として鼻をぴくつかせているのは随分みっともない姿だと思いますがね。何しろ、マルクス・エンゲルスが、反動勢力による「妖怪」扱いを、無知と悪意と下劣と滑稽の象徴と鋭く皮肉って、この比喩を用いているのは自明なのですから。

 たまたま、青空文庫に、あの幸徳秋水と堺利彦が共同で翻訳した「共産党宣言」が収められていますので、該当部分とその続きをもう少し引用させていただきます。

 共産黨宣言      (堺利彦[#改行]幸徳秋水)共譯


 一個の怪物がヨーロッパを徘徊してゐる。すなはち共産主義の怪物である。古いヨーロッパのあらゆる權力は、この怪物を退治するために、神聖同盟を結んでゐる。ローマ法皇もツァールも、メッテルニヒもギゾウも、フランスの急進黨もドイツの探偵も。
〔譯者註〕メッテルニヒはオーストリーの宰相、ギゾウはフランスの首相。



 見よ。在野の政黨で、在朝の政敵から、共産主義的だといつて誹毀されないものがあるか。また見よ、在野の政黨で、他の一そう急進的な反對諸黨派に對して、ならびにその保守的な政敵に對して、共産主義の燒印をつけた詰責を投げ返さないものがあるか。
 この事實から二つのことがわかる。
 共産主義はあらゆるヨーロッパの權力者から、既に一個の勢力として認識されてゐること。
 共産主義者が全世界の面前にその見解、その目的、その傾向を公然と表示し、黨自身の宣言をもつて、共産主義の怪物のお伽噺と對抗すべき時機が熟してゐること。


やや、古風な言い回しではありますが、格調高い名訳ではないでしょうか(一度声に出して音読してみられることをおすすめします。)

それにしても、今から170年近くも昔の、1848年に書かれたヨーロッパの事情が、今の日本の状況と対して違わないことは、情けなく、寂しい限りです。

政権党に異議を唱える潮流に、安直に「アカ」、「隠れ共産党」、「容共」、「共産党の手先」などとレッテルを貼ってなじるのが、相も変わらぬ常套手段ですよね。「戦争法廃止」・「立憲主義の回復」・「個人の尊重」・「原発再稼働反対」・「辺野古新基地反対」・「貧困と格差を是正」・「TPP反対」、、、いずれも、政党・政派に関わりなく、切実な思いに基づいて自発的な運動が繰り広げられていますが、そのいずれの場面においても、この呪文を聞かないことがありません。
「反共は戦争前夜の声」と喝破したのは、蜷川虎三・元京都府知事でした。もう少し長く引用しておきます。

「彼らは、その反動性をかくすために反共を叫んでいる。反共は内容のない声である。これは、戦争前夜の声である」

ソネットブロガーのお一人、五十嵐仁さんの的確なご指摘に、後はすべてをゆずります。(勝手にリンク失礼)

 4月29日(金) 再びかみしめるべき「反共は戦争前夜の声」という言葉五十嵐仁の転成仁語)

 

4月29日(金) 再びかみしめるべき「反共は戦争前夜の声」という言葉

〔以下の論攷は、『六町だより』第25号、2016年4月号、に掲載されたものです。〕

 「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった

 私は共産主義者ではなかったから

 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった

 私は社会民主主義ではなかったから

 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった

 私は労働組合員ではなかったから

 そして、彼らが私を攻撃したとき

 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」



 これは、マルティン・ニーメラー牧師の有名な詩です。今また、これと似たような状況が生まれつつあります。再び「反共は戦争前夜の声」という言葉をかみしめなければなりません。

 安倍政権は閣議決定した答弁書によって、共産党が破壊(活動)防止法の適用対象だと回答しました。普通に活動して多くの支持を得ている天下の公党に対するこのような攻撃は古色蒼然たるもので荒唐無稽ですが、まさに「ナチスの手口」に学んだものでもあります。

 戦前の日本もドイツも、戦争準備の過程で頑強な反対勢力であった共産党を弾圧しました。やがてその弾圧は自由主義者やカトリックへと拡大していきます。同じように、安倍政権は共産党を狙い撃ちにして、戦争する国づくりをすすめようとしているわけです。



 悪質なデマまで使って攻撃するのは、野党共闘の強力な推進力となった共産党を排除できなくなったからです。その力を恐れているからこそ目の敵にしているわけで、共産党が手ごわい政敵になったと自民党が太鼓判を押したようなものです。

 これは安倍政権の弱さと焦りの現れでもあります。市民から大きな声を上げて糾弾しなければなりません。「最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった」という間違いを繰り返さないために。そして、後になって「私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」という状況を生まないためにも……。

 


今日の憲法記念日には、毎年憲法集会が開かれます。渡辺治氏の講演があります。午後からの集会で、朝の内は参加するつもりでいたのですが、家庭事情でドタキャン。代わりに、自学自習でこのこの「論文」(笑)を書きました。



ところでM師が知らせてくださった鳥情報には、こんな画像が添付してありました。

アカハラ。



新緑の中のヒヨドリ。



シロチドリ。



チュウシャクシギ



チュウシャクシギとオオソリハシシギ。



ハマシギとチュウシャクシギ。



タカブシギ。





タカブシギは、先週一度だけ写しました。


 

 散歩道の麦畑の様子をお知らせします。

 

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アゲハチョウがいました。
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きょうはここまで。

 
 

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アヨアン・イゴカー

拝読致しました。
全面的に賛成です。
TPP反対、、原発反対、基地反対というと赤、とか共産党とか、左翼とかレッテルを貼る人間は、身近にもいるので、一人ずつ話をする機会を作りたいですが、なかなか難しいと感じています。それでも、小泉純一郎と音楽の趣味が同じだと言う理由で彼を支持していた中年女性も、自民党に疑念を抱き始め反原発に傾いてきました。^^
平和憲法、立憲主義、民主主義、言論の自由、平和共存、戦争撲滅等々のために発言し、発信してゆきたいと考えております。
by アヨアン・イゴカー (2016-05-04 09:56) 

えんや

戦前・戦中の好戦亡霊化したアベ政権、、、早く追い出しましょう!
マルティン・ニーメラー牧師の詩、、、活かさないとね。

by えんや (2016-05-04 14:32) 

majyo

GHQが作り、みっともないというのなら
押し付けられた基地
安保条約、地位協定、集団的自衛権、TPP
何故言いなりになるのか?
ここに、矛盾がある事を気がつきもしない(ー_ー)!!


by majyo (2016-05-04 20:04) 

kazg

アヨアン・イゴカー様
>平和憲法、立憲主義、民主主義、言論の自由、平和共存、戦争撲滅等々のために発言し、発信してゆきたい
心に滲みます。ますますの健筆を発揮くださいますよう、、、。

by kazg (2016-05-06 09:25) 

kazg

えんや様
>戦前・戦中の好戦亡霊化したアベ政権
まったく、ほかに言いようがありませんね。
マルティン・ニーメラー牧師の詩、時代を超えて、誰もが耳を傾けるべき警鐘ですね
by kazg (2016-05-06 09:28) 

kazg

majyo様
ホントにその通りですよねえ。
by kazg (2016-05-06 09:32) 

U3

この夏は真の民意を示しましょう。
by U3 (2016-05-07 08:29) 

kazg

U3様
そうです。そうしたいものですね。
by kazg (2016-05-08 07:42) 

momotaro

ようやく、素晴らしい論文を拝読しました。
日本の憲法を巡る問題、世界の共産主義と共産党をめぐる問題、アベ政権の反共的言動について、的確な意見を格調高く述べられています。
アベさんの無礼な発言は許せません。
「彼らは、その反動性をかくすために反共を叫んでいる。反共は内容のない声である。これは、戦争前夜の声である」(蜷川虎三氏)あまりにもぴったりで恐ろしささえ感じます。負けずに頑張りましょう。
ところでいつも大変しっかりした記事を書かれているので、いくつかまとめて本にされてはいかがですか?
by momotaro (2016-06-09 07:09) 

kazg

momotaro様
蜷川虎三氏の言葉、改めて切実味が増すような時代が再来してほしくはなかったですね。国民の良識のレベルアップで、アナクロニズムのはびこる余地を、きっぱり根絶したいものですね。
by kazg (2016-06-09 15:45) 

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