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道の辺に思ひ思ひや思ひ草 [折々散歩]

昨日の演説会.会場までどうやって行くか迷ったのですが、無料送迎バスが運行されると知り、徒歩五分の最寄りのバス停で拾ってもらいました。出発地点からは一時間近くかけて、私の最寄りのバス停を通り、目的地の会場まではまた小一時間かかります。バスには、昔の顔見知りの方が幾人かは同乗しておられ、懐かしい再会でした。
2000人収容できるという会場ですが、一階スペースは満席、二階もほとんど満席、混雑を避けて私の座った三階も、空席は数えるほどでした。

直接挨拶できた方、遠目に確認できた方、などなど、嬉しく心強い出会いのひとときでもありました。

熱気あふれる、新鮮な演説会でした。民進党県総支部連合、社民党県連、津山市長、奈義町長など、多彩な方々からのメッセージ。登壇して挨拶された「おかやまいっぽん(安保法制の廃止と立憲主義の回復をもとめるおかやまいっぽんの会)」共同代表大坂さん、岡山弁護士会前会長の吉岡さんも、それぞれの切実な思いを発言。アベ政治の暴走に、居ても立ってもいられない「普通の市民」の思いが、全国三十二の選挙区で野党共闘を実現したのだと、改めて腑に落ちました。

野党共闘の実現により、選挙区予定候補者を辞して比例区に移ることになった共産党予定候補植本かんじさん。お子さんがこの春高校生になって、戦争と平和の問題がより切実に感じるようになったそう。定年退職された元自衛官の方が「日本が攻撃されたら命をはって国を守るつもりだったが、戦争法は米軍を守るもの。若者を米軍の戦争に送る訳にはいかない」と、今日の演説会にも参加されている、と。

続いて登壇の黒石健太郎野党統一候補(民進公認)は、まず「植本さんの思いをしっかり受け、2人分以上の奮闘をしたい」と決意を披瀝。学生時代に憲法を学んだ長谷部教授はじめ大多数の憲法学者が違憲と指摘する中、それを押し切って施行された安保法制=戦争法を許さないときっぱり。会場近くの商店街にあった生家は、戦争中B29による爆撃(岡山空襲)で一帯が焼け野原になり、親族も大きな被害を受けた経験から、二度と悲惨な戦争をしてはいけない、安保法制=戦争法は日本にあってはならないと強調します。

同じく比例区で、中国四国地方を中心に活動する春名なおあき元衆院議員。春名さんについては、以前こんな記事で触れたことがありました。

きょうもまた散歩せざるの記

「るみおばあちゃん」のうどん 続報、の巻

そこにこんな事を書きました。
 ところで、本題とはなんの関係もない余談ですが、春名なおあきさんは、高校、大学ともに私にとっては後輩に当たります。年齢差もあって、リアルタイムで面識があるわけではありませんが、縁は感じますから、活躍に注目しています。
あちらこちらで何度かお目にかかっていますが、この日はまた格別に元気で、輝いていました。「けんちゃん、かんちゃん、はるちゃんトリオ」と笑いを誘います。

最後に共産党市田副委員長が登壇。初めからおわりまで、文字に起こしてご紹介したいおもしろさでしたが、メモもとらずに聞き流しましたので、記憶にとどまっている断片だけを備忘的に記しておくことにします。
・野党共闘を「民共合作」と揶揄する向きもあるが、中野晃一上智大学教授も指摘するとおり、「民共合作」とは過去の中国大陸における「国共合作」を参考にした表現。そう呼んだのは誰か、『大日本帝国』だ。やはり、大日本帝国を再興させたいと思っているから民共合作が怖いんだ。もう1つ、国共合作は大日本帝国の侵略をはねのけて追い出した!負けると自覚しているわけだ。

・「野合」というが、自公と補完勢力こそ野合。野党共闘は国家権力の暴 走を止める方向性では一致している。

・今度の選挙は「自公対民共」ではなく「自民とその補完勢力対4野党対プラス広範な市民・国民」の対決。

・「野党は共闘」の市民・国民の声に応えて、清水の舞台から飛び降りる覚悟で決断した。私も穀田国対委員長も京都出身で、「清水から飛び降りて死んだ人はない」と言ってきた。後で聞くと、死んだ人が4人あったらしい(笑い)。自己変革が求められるが、共同の力で政治を変える。

・アベノミクスの破綻は明白。1税金の集め方、2税金の使い方、3労働者の働き方の「3つのチェンジ」で格差をただし、経済にデモクラシーを貫くのが対案。

・消費税10パーセントは延期ではなく中止。税金は能力に応じて納める原則に転換し、大企業や富裕層に必要な負担を求める。「富裕層」と聞いて心配される向きもあろうが、ここにおられる皆さんは含まれない(笑)。たとえば、ユニクロ社長の年収、数字を見ただけではイメージしにくいが、1時間あたりに換算すると6000万円。6000円ではない。時給6000円でも夢のようだが、桁が違う。アベノミクスで恩恵を被っているこのような一握りの高額所得者や、不当に減免税されている大企業から応分の税金をいただく。

・めざすのは、国民が栄えて、大企業もそこそこ設ける社会。

・書記局長時代、一度も勝利の記者会見をしたことがない(笑)。厳しい時代も正しいと信じる道を貫いたが、今は、がんばれば勝てるチャンス。今がんばらなければいつやるか、と言っていたら、断れなくなった。ここで引退の予定だったが、比例区9人目に立候補。もう一期務めると、80歳になる。

大腸がん手術をされたのは、十五年も前でしたか。無事回復されたようで、お元気そのもの。まったく衰えを感じない気力・精神力に脱帽です。


さて、前回予告の通り、歌人佐佐木信綱についてのあれこれを書き散らします。相当マニアックなお話になりそうですゆえ、退屈とお感じでしたら一気に飛ばし読みをしていただき、終わりの数行だけお読みください。

もともと私は、近代短歌や歌人の情報にはきわめて疎く、教科書に取り上げる歌人のうちでもわずか数人のわずか数首が頭に浮かぶ程度で、お恥ずかしいかぎりです。この佐佐木信綱についても、名前はおぼろに知ってはいましたが、業績についても作品についても、直ちには浮かんできません。
というわけで、困ったときの魔法のランプ、若い頃に奮発して月賦で買いそろえ、引っ越しのために重い荷物としてあちらに運びこちらに運び、今も今の書棚にほこりをかぶって鎮座している筑摩書房「現代日本文学大系」全97巻!もちろん、飾ってあるだけで、ろくに読んではいません(キッパリ!)しかも最近は、本棚の後列に隠れ、前列は近刊の軽い本や雑誌が占拠しています。要らないものなら処分したら?と言われますが、古本屋に持ち込んでも、運搬のためのガソリン代にもならないでしょう。
そういえば、以前こんな記事を書きました
断捨離に 草臥(くたび)れて候 秋の空

それぞれに愛着と思い入れのあるこれらも、他の人から見れば無用の長物でしょう。これまでにも、一念発起して、古書店に持ち込んだことはあります。
何箱かの段ボール箱に詰め込んだうち、わずか数冊だけについて、合わせて数百円の値がついたものの、他は「お引き取りできません」ときたもんだ。持って帰
るのもしゃくなので、「処分しておいて下さい」ということになります。
目の利かぬ世俗の衆生に、宝物の価値を不当に傷つけられたような、屈辱と義
憤が入り交じった後味の悪さを感じて、それ以来、いっそ新聞や古雑誌と一緒に、処分しようと決めました。一昔前なら、ティッシュペーパー位には化けたもの
が、今はそれもないのですが、「断捨離」を言うのなら、いっそさばさばしていいだろう、という理屈です。

大型スーパーの駐車場に、古新聞紙や古雑誌を投げ込むと、重量で商品券と交換できるポイントがつくという「エコステーション」と称するシステムが設置されているので、これを利用することもあります。

そうやって何度か決行した廃棄作戦によっても、本棚がいっこうに空かなくて、段ボールに詰まった本が押し入れや廊下を占拠しているのは、確かに気鬱ではあります。開封して、中を整理しようなどと思うと、もはや収拾がつかず、本棚に戻してしまうのが落ちですので、滅多なことでは触れません。

退職後の日々は、そういうものに目をやる機会が多くなります。落ち着いたら読むとして、しばらく段ボール箱につめておいた全集ものを、もう一度本棚に並べてやらないと、読まないままに終わってしまう可能性が現実のものになりつつあります。


こうして大切に「死蔵」してきた全集です。せめてこんな時には役立ってもらわねば困る。

というわけで、全巻の背表紙を何度も確認してみました。全97巻の内訳は次の通りです。(出版元のこの記事参照)

政治小説 坪内逍遙 二葉亭四迷 他集
福沢諭吉 中江兆民 徳富蘇峰 他集
尾崎紅葉 広津柳浪 内田魯庵 他集
幸田露伴集
樋口一葉 明治女流文学 泉鏡花 他集
北村透谷 山路愛山集
森鴎外集(一)
森鴎外集(二)
徳冨蘆花 木下尚江集
正岡子規 伊藤左千夫 長塚節集
国木田独歩  田山花袋集
土井晩翠 薄田泣菫 蒲原有明 他集
島崎藤村集(一)
島崎藤村集(二)
徳田秋声集
正宗白鳥集
夏目漱石集(一)
夏目漱石集(二)
高浜虚子 河東碧梧桐集
柳田國男集
岩野泡鳴 真山青果 上司小剣 他集
幸徳秋水 堺枯川 田岡嶺雲 他集
永井荷風集(一)
永井荷風集(二)
与謝野寛 与謝野晶子 上田敏 他集
北原白秋 石川啄木集
高村光太郎 宮澤賢治集
若山牧水 太田水穂 窪田空穂 他集
鈴木三重吉 森田草平 寺田寅彦 他集
谷崎潤一郎集(一)
谷崎潤一郎集(二)
秋田雨雀 小川未明 坪田譲治 他集
武者小路実篤集
志賀直哉集
有島武郎集
長与善郎 野上弥生子集
里見弴 久保田万太郎集
斎藤茂吉集
島木赤彦 岡麓 中村憲吉 他集
魚住折蘆 安倍能成 阿部次郎 他集
千家元麿 山村暮鳥 福士幸次郎 他集
佐藤春夫集
芥川龍之介集
山本有三 菊池寛集
水上滝太郎 豊島与志雄 久米正雄 他集
宇野浩二 広津和郎集
室生犀星 萩原朔太郎集
滝井孝作 網野菊 藤枝静男集
葛西善蔵 相馬泰三 宮地嘉六 他集
尾崎士郎 石坂洋次郎 芹沢光治良集
横光利一 伊藤整集
川端康成集
大仏次郎 岸田国士 岩田豊雄集
片上伸 平林初之輔 青野季吉 他集
宮本百合子 小林多喜二集
葉山嘉樹 黒島伝冶 平林たい子集
中野重治 佐多稲子集
村山知義 久保栄 真船豊 他集
前田河広一郎 徳永直 伊藤永之介 他集
小林秀雄集
林房雄 亀井勝一郎 保田与重郎 他集
牧野信一 稲垣足穂 十一谷義三郎 他集
梶井基次郎 外村繁 中島敦集
堀辰雄 三好達治集
井伏鱒二 上林暁集
河上徹太郎 山本健吉 吉田健一 他集
金子光晴 小熊秀雄 北川冬彦 他集
尾崎一雄 中山義秀集
林芙美子 宇野千代 幸田文集
武田麟太郎 島木健作 織田作之助 他集
高見順 円地文子集
丹羽文雄 岡本かの子集
阿部知二 丸岡明 田宮虎彦 他集
中島健蔵 河盛好蔵 中野好夫 他集
石川達三 火野葦平集
石川淳 安部公房 大江健三郎集
太宰治 坂口安吾集
中村光夫 唐木順三 臼井吉見 他集
本多秋五 平野謙 荒正人 他集
椎名麟三 梅崎春生集
野間宏 武田泰淳集
加藤周一 中村真一郎 福永武彦集
森本薫 木下順二 田中千禾夫 他集
花田清輝 杉浦明平 開高健 他集
大岡昇平 三島由紀夫集
井上靖 永井龍男集
堀田善衛 遠藤周作 井上光晴集
阿川弘之 庄野潤三 曽野綾子 他集
深沢七郎 三浦朱門 有吉佐和子 他集
島尾敏雄 小島信夫 安岡章太郎 他集
現代名作集(一)
現代名作集(二)
現代詩集
現代歌集
現代句集
文芸評論集
現代評論集

なぜか佐々木信綱の名前が出てきません。

94巻に「現代歌集」というのがあります。掲載されている歌人をたしかめてみました。
 現代日本文学大系94 現代歌集

尾上 柴舟 , 尾山 篤二郎 , 西村 陽吉 , 松倉 米吉 , 土田 耕平 , 石原 純 , 松村 英一 , 五島 茂 , 結城 哀草果
, 吉野 秀雄 , 岡山 巖 , 渡邊 順三 , 坪野 哲久 , 佐藤 佐太郎 , 山口 茂吉 , 前川 佐美雄 , 宮 柊二
, 近藤 芳美 , 木俣 修 , 大野 誠夫 , 中野 菊夫著 , 鹿兒島 壽藏  
残念ながらここにも見つかりません。
この探索はあきらめて、同じく「死蔵」本の「研究資料現代日本文学 第5巻 短歌」(明治書院)というのを開いてみました。すると、歌人の活動年代順に、佐佐木信綱/
与謝野鉄幹/ 与謝野晶子/ 正岡子規/ 窪田空穂らが紹介されており、奇しくも最後が佐佐木幸綱でした。
巻頭に「概説 近代から現代の短歌」という記事があり、こんな一節があります。
近代短歌の潮流をたどるならば、明治二十六年に創設された落合直文の「あさ香社」であろうl。ここに参じた若い人びとによって、新派和歌の黎明期がはじまる。与謝野鉄幹は明治三十二年に新詩社を結成し、伝統の枠にしばられることなく、自己の声を信じることを中心におこうとした。また、尾上柴舟や金子薫園は、短歌における前期自然主義の役割をにない、みずみずしい自然を純粋に描出しょうとした。近代の源流、いわば前近代をふまえた歌人は、あさ香社の流れをくむものばかりではなかった。明治三十一年に『心の花』を創刊した佐佐木信綱は、伝統との折衷を残しながらも<広く深くおのがじしに>を提唱する。また、明治三十二年に根岸短歌会をおこした正岡子規は、伊藤左千夫や長塚節とともに、<写生>によって対象をリアルに見ようとする機連を培っていた。
自然主義の動きと関連するものではなかったが、広い意味でのリアリズムにつながるところがあった。

こうした三、四の風潮が渦巻いていたことによって、そこから新しい世代が輩出されたことによって、 自然主義を十分に消化しうる状況を迎えることができたのである。明治の二十年代と三十年代というものは、短歌が私性をとらえる文学として近代化するまでの、輝かしい前近代とみなすことができる。
 
『心の花』についてはこうあります。
心の花 (創刊の契機)明治三十一年一月、竹柏会の機関誌『いさゝ川』を終刊した佐佐木信綱は、同年二月『心の花』を創刊した。(創刊号の表紙は「古々露の華」。初期には「こゝろの華」、「ココロのハナ」等とも表記したが、第八巻以後「心の花」に統一した)。創刊号の奥付には、編集人石博辻五郎(千亦)、発行人井原豊作(義矩)とある。二人とも竹柏会の会員であった。新派和歌革新運動のさ中の時期である。新派と旧派の橋渡しの役を.、それには単なる竹柏会の機関誌から脱皮すべきである、という考えが創刊の契機であったようだ。翌三十二年、鶯蛙吟社の『詞林』と合同し、正岡子規をはじめ根岸派の歌人たちにも場を提供したのもそのためであった。誌名は、創刊号掲載の信綱の「われらの希望と疑間」に、<花てふものなからましかば、春秋のながめもいかにさびしからまし。歌てふものなからましかば、人々のおもひをいかでかやらむ。歌はやがて人の心の花なり。>による。
竹柏会短歌雑誌『心の花』は、今日もなお、信綱のお孫さんの佐佐木幸綱さんを編集発行人として、継続して発刊されています。(詳細はこちらのHP参照)
このHP内の心の花の歌人2のページから代表歌を引用させていただきます。
 願はくはわれ春風に身をなして憂(うれひ)ある人の門(かど)をとはばや

幼きは幼きどちのものがたり葡萄(ぶどう)のかげに月かたぶきぬ

春の日の夕べさすがに風ありて芝生(しばふ)にゆらぐ鞦韆(ゆさまり)のかげ

うつらうつら眠(ねむり)催す馬の上に見えては消ゆる古さとの庭

大門(だいもん)のいしずゑ苔(こけ)にうづもれて七堂伽藍(がらん)ただ秋の風

野の末を移住民など行くごときくちなし色の寒き冬の日

虻(あぶ)は飛ぶ、遠いかづちの音ひびく真昼の窓の凌霄花(のうぜんかづら)

山の上に初春きたる八百(やほ)あまり八十(やそ)のみ寺は雪に鐘(かね)打つ

誰(たれ)と知らず何処(いづこ)と知らずつくづくと冷たき眼して我を眺(なが)むる

ぽつかりと月のぼる時森の家の寂しき顔は戸を閉(と)ざしける

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

まつしぐら駒(こま)走らして縦横(じゆうわう)に銀の鞭(むち)ふる秋風の人

万葉集巻二十五を見いでたる夢さめて胸のとどろきやまず

現実の暴露(ばくろ)のいたみまさやかにここに見るものか曼珠沙華(まんじゆしやげ)のはな

人の世はめでたし朝の日をうけてすきとほる葉の青きかがやき

敷島のやまとの国をつくり成(な)す一人とわれを愛惜(をし)まざらめや

うぶすなの秋の祭も見にゆかぬ孤独の性(さが)を喜びし父

いつまでか此のたそがれの鐘はひびく物皆うつりくだかるる世に

道の上に残らむ跡(あと)はありもあらずもわれ虔(つつし)みてわが道ゆかむ

山の上にたてりて久し吾(われ)もまた一本(いつぽん)の木の心地するかも

白雲は空に浮べり谷川の石みな石のおのづからなる

山にありて山の心となりけらしあしたの雲に心はじまる

何をかもいきどほろしみこれの埴輪口くひしばり太刀(たち)ぬかむとする

少女なれば諸(もろ)頬につけし紅(べに)のいろも額(ひたひ)の櫛(くし)も可愛(かな)しき埴輪

春ここに生るる朝の日をうけて山河草木(さんかそうもく)みな光あり

あき風の焦土(せうど)が原に立ちておもふ敗(やぶ)れし国はかなしかりけり

あまりにも白き月なりさきの世の誰(た)が魂(たましひ)の遊ぶ月夜ぞ

人いづら吾(わ)がかげ一つのこりをりこの山峡(やまかひ)の秋かぜの家

花さきみのらむは知らずいつくしみ猶(なほ)もちいつく夢の木実(このみ)を
また、佐佐木信綱顕彰会のHPには、信綱かるたと銘打って代表作品五十首がカルタになっており、朗詠も聞くことができます。
幼き日の孫、幸綱を詠んだ歌もあります。



余談はこれくらいにして(笑)、次が本題。

佐佐木信綱の第一歌集は「思草(おもいぐさ)」でした。

ところで、彼は、万葉集の研究家としても知られますが、その万葉集に「思い草」を詠んだ歌が一首あります。

道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ (巻十2270)

【解釈】道端のススキの根もとで、うつむいて物思いしているような思い草のように、今さら改めて何を思い悩んだりしましょうか。

「さらさらに」は、風にそよぐススキの葉音であり、今更の「さら」でもあります。「さらに」という副詞は、下に打ち消し語を伴って「いっこうに、少しも、決して~ない」の意を表す事も多いおきまりの表現です。何をか思はむ」は、「何をもの思いしようか、いやしない」の意の反語表現です。「恋人の愛を信じているが故に、物思いはしない」との解釈がある一方で、「失恋の痛手を振り切って、きっぱりあきらめようとけなげに決断している」との解釈もされます。

ススキの根本で物思いにふける「思い草」とは?いろいろな植物が推定されていますが、最も有力とされるのはナンバンギセル(南蛮煙管)だそうです。この植物名は、寄生植物として、理科で習いましたっけ。

本居宣長『玉勝間』の、この記述が典拠とされます。

   お も ひ 草 十三

   末ひろくしげりけるかな思ひ草 を花が本は一もとにして
かくよめるこゝろは、戀の歌につねに、尾花がもとの思ひ草とよむなるは、そのはじめを尋ぬれば、萬葉集の十の卷に、「道のべのをばなが本の思草、今さらに何物か思はむ、といへる歌たゞ一(ツ)あるのみにて、これをおきては見えぬ事なるを、此一本によりてなむ、後にはひろくよむことゝなれるよしをよめるにぞ有ける、そも/\此思ひ草といふ草は、いかなる草にか、さだかならぬを、一とせ尾張の名兒屋の、田中(ノ)道麻呂が許より、文のたよりに、今の世にも、思ひ草といひて、 すゝきの中に生る、小き草なむあるを、高さ三四寸、あるは五六寸ばかりにて、秋の末に花さくを、其色紫の黒みたるにて、うち見たるは、菫(すみれ)の花に似て、すみれのごと、色のにほひはなし、花さくころは、葉はなし、此草薄(すすき)の中ならでは、ほかには生ず、花のはしつかたなる所の中に黒大豆ばかりの大さなる実のあるを、とりてまけば、よく生る也、されどそれも、薄の下ならでは、まけども植れども、生ることなし、古の思ひ草もこれにやあらむ、



若杉原生林で、道の辺にひっそりとたたずんで、物思いにふけっていました。











図鑑などでは紫色のものがよく紹介されていますが、白いものもあるようです。

名前を忘れてしまわないように、イチローさんのメモを写して帰りました。



今日はこれにて。
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コメント 8

ken

いよいよ選挙ですね。
18,19才の人の投票率がどれ位になるのでしょうね・・・(^O^)
by ken (2016-06-12 21:44) 

長友

参院選、結果がどう出るかドキドキです。

by 長友 (2016-06-13 15:08) 

majyo

野党共闘の統一が出来て演説会だったのですね
これからは政治は市民が作るものだと思います
市民が政党を動かしたのだと思っています
ところでユニクロは海外でも酷い搾取をしています
不買運動というものが流れています。
私は買うのが多いので悩みます。
柳井さん、そんなに稼いで幸せなの?
by majyo (2016-06-13 21:24) 

kazg

ken 様
若者が希望を持って、国政に直接関与し歴史を動かしているという実感をもって選挙にも参加してこれるような国であってほしいですね。
by kazg (2016-06-13 21:40) 

kazg

長友様
ほんとに、ドキドキです。
by kazg (2016-06-13 21:42) 

kazg

majyo様
ユニクロといえば、リーズナブルな価格設定で、庶民の味方と錯覚していましたが、、、。
by kazg (2016-06-13 21:52) 

V

こんにちは、はじめまして。
ナンバンギセルについての記述をめぐっていてたどりつきました。
上げておられる白い花は、ギンリョウソウといい、ナンバンギセル(思い草)とは別種になります。

by V (2017-09-09 19:06) 

kazg

V様
ご指摘ありがとうございます。
そうなのですか。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
by kazg (2017-09-09 20:26) 

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