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自民HP「密告フォーム」と「二十四の瞳」、の巻(4) [時事]

昨日の消失記事の復元にいどみます。
私はこの記事をホームページビルダーのブログ作成機能を利用して書いていますが、予期せぬトラブルにしばしば見舞われて落胆します。昨日も、この「密告フォーム」シリーズが完結して気持ちよくアップロードしようとしたら、そのまま「プログラムが応答していません」表示が出て、泣く泣く強制終了しました。
昨日の記事の続きに、こんなことを書いたように思います。
「二十四の瞳」の一節です。

 人の命を花になぞらえて、ちることだけが若人の究極の目的であり、つきぬ名誉であるとおしえられ、信じさせられていた子どもたちである。日本じゅうの男の子を、すくなくもその考えにちかづけ、信じさせようと方向づけられた教育であった。校庭のすみで本を読む二宮金次郎までが、力ンコの声でおくりだされてしまった。なん百年来、朝夕をしらせ非情を告げたお寺の鐘さえ鐘楼からおろされて戦争にいった。
大吉たちがやたら悲壮がり、命を惜しまなくなったこともやむをえなかったのかもしれぬ。 しかし大吉の母は、 一度もそれに賛成はしなかった。
「なああ大吉、おかあさんはやっばり大吉をただの人間になってもらいたいと思うな。 名誉の戦死なんて、一軒にひとりでたくさんじゃないか。死んだら、もとも子もありゃしないもん。おかあさんが一生けんめいに育ててきたのに、大吉ァそない戦死したいの。おかあさんが毎日泣きの涙でくらしてもえいの?」
のぼせた顔にぬれ手ぬぐいをあててでもやるようにいったが、熱のはげしさは、ぬれ手ぬぐいではききめがなかった。 かえって大吉は母をさとしでもするように、
「そしたらおかあさん靖国の母になれんじゃないか」
これこそ君に忠であり親には孝だと信じているのだ。
それでは話にならなかった。
「あああ、このうえまだ靖国の母にしたいの、このおかあさんを。『靖国』は妻だけでたくさんでないか」
しかし大吉は、そういう母をひそかに恥じてさえいたのだ。軍国の少年には面子があった。かれは母のことを極力世間にかくした。大吉にすれば、母の言動はなんとなく気になった。
(中略)
以前、病気休暇で帰っていた船乗りの父に、また戦地への乗船命令が下った時も、まっさきにいきおいづく大吉と、母の思いには、大きなギャップがありました。
じぶんの家でも父が戦争にゆくということで肩身がひろかったのだ。 一家そろっているということが、 子どもに肩身のせまい思いをさせるほど、どこの家庭も破壊されていたわけである。
戦死の公報がはいったのは、サイパンを失うすこしまえだった。さすがの大吉もそのときは泣いた。ひじを胸のほうにまげて、手首のところで涙をふいている大吉の肩を、母はだきよせるようにして、「しっかりしようね大吉、ほんとうにしっかりしてよ大吉」
じぶんをもはげますようにいい、そのあと、小さな声で、どんなに父が家にいたがったかを語った。
「いったらもう帰れないこと、わかってたんだもん。それなのに大吉たち、おおさわぎしたろう。気のどくで、っらくておかあさん……」
しかし大吉はそのときでさえ、なぜ母はそんなことをいうのだろうと思つた。父はよろこび勇んで出ていったのだといってもらいたかった。戦死は悲しいけれど、それだとて、父のない子はじぶんだけではないのにと、そのことのほうをあたりまえに考えていた。
となり村のある家などでは、四人あったむすこが四人とも戦死して、四つの名誉のしるしはその家の門にずらりとならんでいた。大吉たちは、どんなにか尊敬の目でそれをあおぎ見たことだろう。それは一種の羨望でさえあった。
その 「戦死」 の二字をうかした細長く小さな門標は、.やがて大吉の家へもとどけられてきた。 小さな二本のくぎといっしょに状袋に入れてあるのをてのひらにあけて、 しばらくながめていた母は、そのまま状袋にもどして、火鉢のひきだしにしまった。
「こんなもの、門にぶちつけて、なんのまじないになる。あほらしい」
怒つたような顔をしてつぶやき、しょきしょきと米をつきはじめた。米はビールびんのなかでつくのである。 病気で寝ていたおばあさんのおかゆのためで、大吉たちの口にははいらなかった。
〈中略)
そしてある日、名誉の門標はいつのまにか火鉢のひきだしから門の鴨居正面にうつっていた。母のるすに大吉がそこへうちつけたのである。小さな「名誉の門標」は、しかるぺき位置に光っていた。「門標」の妻は、しばし立ちどまってそれをながめた。ひとりの男の命とすりかえられた小さな「名誉」を。その名誉はどこの家の門ロをもかざって、恥をしらぬようにふえていった。それをもっともほしがっていたのは、 おさない子どもだったのであろうか。
いつも明るく穏やかな作者の筆からほとばしる痛烈な皮肉は、鋭利な刃物のように時代の愚かさをえぐります。そこには、戦争に翻弄され痛めつけられ、最愛の人々を奪いさられた世の女たち、母たちの、こらえきれない憤りが、そして、決して癒されることのない悲しみと悔しさが、あふれんばかりに湛えられているようです。
 そして、ついにむかえた八月十五日である。濁流がどんないなかのすみずみまでも押しよせたようなさわぎのなかで、大吉たちの目がようやくさめかけたとしても、どうしてそれをわらうことができよう。わらわれる毛ほどの原因も子どもにはない。

「ぬれ手ぬぐい」の効あってか次第に熱も冷め、ようやく目がさめていったのが、当時の軍国少年、少女たちのたどった道だったのでしょう。
これらの場面を、これまで私は、重く受け止めていなかったわけでは決してありませんが、とおく過ぎ去った昔のこと、幸いにも克服された解決済みの課題、として読み流していたように思います。今度、改めて再読してみて、これは今現在、目の前に横たわっている危機そのものではないか、と思えてなりません。
つまり、あのとき、「ぬれ手ぬぐい」によって適切に熱を冷まし、覚醒することをし損ねたまま、今なお熱にのぼせ続けているヒトたちや、どこでどう感染したか、自ら熱に浮かされしかもそれを増幅させながら周囲に伝染させている重症者が、こともあろうに戦時権力の中枢に居座っている異常事態。やばいと思えて成りません。
たとえば、半ば陶酔的な「乙女チック」なこんな発言。七十年以上タイムワープした錯覚を覚えます。

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同じ穴には、似たようなムジナや魑魅魍魎が一杯棲んでいるらしいです。


 ↓こんなこともありましたし、

 10日放送の「池上彰の参院選ライブ」(テレビ東京系)で、三原じゅん子氏が、神武天皇が実在すると明言する場面があった。

番組では、同日投開票を迎えた第24回参議院議員選挙の開票速報を展開した。自民党現職の三原氏は比例代表から選挙区にくら替えしての立候補で、早々と当選確実の一報が流れた。番組では、三原氏の選挙活動に密着したVTRを放送し、その中で、「党内切っての保守派」と紹介。VTR上で三原氏は「神武天皇の、建国からの、そのときからの歴史すべてを受け入れた憲法を作りたい」との抱負を語っていた。

そんな三原氏に、番組では池上彰氏が中継をつないでインタビューをした。池上氏は、三原氏がVTR上で「神武天皇以来の伝統を持った憲法を作らなければいけない」との旨の発言していたことに触れ、「どういう意味なんでしょうか? 明治憲法の方がよかったという意味なんですか?」と質問。三原氏は「すべての歴史を受け止めて、という意味であります」と端的に答える。

池上氏はこの回答に「なるほど、じゃあ神武天皇は実在の人物だったという認識なんでしょうか?」と、再度尋ねていく。すると三原氏は「そうですね。いろいろなお考えがあるとかもしれませんが、私はそういう風に思ってもいいと思います」と認めたのだった。

これにはスタジオで「おお…」という声がもれ、池上氏は驚いた様子で「ああ、そうですか!」と発する。学校の授業では神話上の人物だとし、再び「三原さんは神武天皇は存在したと?」と聞き返す。

三原氏は「神話の世界であったとしても、そうしたことも含めて私はそういう考えでもいいんではないかという考えであります」と発言し、池上氏が「なるほど、神話も含めての日本の歴史を大切にした憲法にしなければならないと、そうお考えだということですね?」と補足する。これに三原氏が「そうですね、はい!はい!そういうことです」と認めたところで、中継は終わった。

↓こんなこともありました。

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自民党の三原じゅん子参院議員(比例区・党女性局長)は16日の参院予算委員会の質問で、「ご紹介したいのが、日本が建国以来、大切にしてきた価値観、八紘一宇(はっこういちう)であります」と述べた

出典三原じゅん子氏「八紘一宇は大切な価値観」予算委で発言 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

 さすがに戦争中を経験した年配者は、こんな熱に浮かされた発言はできなかったと見えます。

 昭和32年9月、衆議院文教委員会で、松永文部大臣は、「戦前は八紘一宇といって、日本さえよければよい、よその国はどうなってもよい、よその国はつぶれた方がよいというくらいな考え方から出発していた」と説明しています。
(消された言葉「八紘一宇」: かつて日本は美しかった)

 タカ派中のタカ派、ナカソネサンでも、こう言っていましたものね。
 昭和58年には中曽根康弘総理大臣が衆議院本会議で「戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持った、日本だけが例外の国になり得ると思った、それが失敗のもとであった」との認識を示した

 知らないというのは、つくづくおそろしいものです。
また、恥ずかしいものです。


蓮根田のハスの花が、いろいろな装いを見せています。

雨の日のハスの花

雨の日のハスの花 posted by (C)kazg 雨の日のハスの花

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風の日のハスの花

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コメント 8

cyoko1112

こんばんは。
ニイニイゼミ、ちょっと窓を開けてたらご訪問。
三原じゅん子の発言には池上彰氏も驚いていましたね。
「知らぬが恥」!!
by cyoko1112 (2016-07-16 21:53) 

アヨアン・イゴカー

個人を大切に出来ない、個人の権利を尊重できない人間が、国のために犠牲になれといっても、彼女が思い描いている国家を形成している個々人の人権弦尊重されていないのだったら、そのような国は守る必要もない、と思います。
今更、侵略主義を隠し正当化する八紘一宇が大切であると平然と言う人間がいる、情けなく、腹立たしいばかり。
密告フォーム、これを見ると五人組、隣組、連座と言う言葉が次々に連想されます。暗澹たる気分になります。
しかし、絶望しているわけでもありません。良識のある人間は必ずいるからです。
by アヨアン・イゴカー (2016-07-16 23:05) 

kazg

cyoko1112 様
ニイニイゼミ、当地でも、散歩中に会いましたよ。
by kazg (2016-07-17 07:46) 

kazg

アヨアン・イゴカー様
>しかし、絶望しているわけでもありません。良識のある人間は必ずいるからです。
同感です。特に、去年から今年にかけて、その思いを強くしています。
by kazg (2016-07-17 07:52) 

momotaro

まったくXXが変なものに憧れている
他人を巻き込むんじゃねぇよ、自分だけ酔っていろって感じですが、そんな輩が多いので困ったものです
by momotaro (2016-07-18 03:22) 

風船かずら

びっくりしました。知らないと怖いですね。
by 風船かずら (2016-07-18 14:30) 

kazg

momotaro 様
>自分だけ酔っていろって感じ
ホント、どっか遠い無人島ででも、同行の趣味のヒトが集まって、酔ってさわいでいてくれるなら、まあ、メーワクも少なくてすみますが、街頭やネットで免疫のない若者に、熱くウソを語るのは、やめてほしいですね。
by kazg (2016-07-18 18:38) 

kazg

風船かずら 様
ねえ、ホントにそうですよね。
マスコミやジャーナリズムは、肝心な時にかんじんなことを伝えませんからね、ことがなったあとで、こんなに問題があるかも、なんてこわごわ言っても、間に合わないんですがね。。
by kazg (2016-07-18 18:43) 

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