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T4ってなんだっけ?の巻 [折々散歩]

相模原の事件がいつまでも心にかかります。

またまたその話題です。

「T4(テーフィア)作戦」というものの存在を、改めて心に刻みました。

ウィキペディアにはこうありました。

T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4)は、ナチス・ドイツで優生学思想に基づいて行われた安楽死政策である。1939年10月から開始され、1941年8月に中止されたが、安楽死政策自体は継続された。「T4」は安楽死管理局の所在地、ベルリンの「ティーアガルテン通り4番地」(現在同地にはベルリン・フィルハーモニーがある)を短縮したもので、第二次世界大戦後に付けられた組織の名称である。一次資料にはE-Aktion(エー・アクツィオーン)〔E作戦〕、もしくはEuAktion(オイ・アクツィオン) の名称が残されている。この作戦の期間中の犠牲者は、公式な資料に残されているだけでも7万273人に達し、その後も継続された安楽死政策により、後述の「野生化した安楽死」や14f13作戦によるものも含めると20万人以上が犠牲になったと見積もられている。

「IWJ Independent Web Journal」の7.27付記事最悪の「ヘイトクライム」発生!相模原の知的障害者施設で19人殺害――容疑者は衆院議長公邸に「障害者は安楽死」求める手紙を持参した過去も 2016.7.27が、きわめて示唆的です。

想起されるナチス・ドイツの優生学思想、障害者虐殺の「T4作戦」

知的障害者に対する「安楽死」と聞いて真っ先に想起されるのが、ナチス・ドイツが優生学思想にもとづいて行った「T4作戦」である。
ナチスは知的障害者や精神疾患者を「民族の血を劣化させる、生きるに値しない命」だとして、各地の精神医療施設から提供されたリストにもとづき 「処分者」を決定。「処分者」はバスでガス室へと移送され、殺害された。ナチス政権下で、8万~10万人の知的障害者・精神疾患者が殺害されたと言われている。
まさに「悪魔の所業」とでもいうべき「T4作戦」だが、障害者に対する「安楽死」政策は、日本にとっても他人事ではない。 
2015年11月18日には、茨城県の教育委員である長谷川千恵子氏が、「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるようにできないのか。(教職員 も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」と発言し、大きな波紋を呼んだ。右翼の思想家の中に、「障害者の誕生は社会的・経済的な負担になるから、具体的な処置をとるべき」という思想が、育くまれてきたのである。

 

▲ナチスのポスター「この遺伝的欠陥を持つ人間の一生に6万ライヒマルクもかかる。それは他ならぬ君の金だ。考えろ」
▲ナチスのポスター「この遺伝的欠陥を持つ人間の一生に6万ライヒマルクもかかる。それは他ならぬ君の金だ。考えろ」

  
「予算の削減」のために障害児の出産を「防ぐ」という発想は、ナチスの「T4作戦」に通じるものである。実際にナチスは、「この遺伝的欠陥を持つ人間の一生に6万ライヒマルクもかかる。それは他ならぬ君の金だ。考えろ」というポスターを街中に貼り、優生学思想を煽った。

煽られた偏狭なナショナリズムの帰結!「朝鮮人殺せ!」は、「障害者殺せ!」に転化する

 過去の歴史が教えるように、偏狭なナショナリズムは、マイノリティ(少数者)に対する物理的な「排除」へとつながる。
2012年末に安倍政権が発足して以降、在日朝鮮人というマイノリティに対するヘイトスピーチが特に高揚したことからも分かるように、日本も 「T4作戦」のとば口に立っているように思えてならない。「朝鮮人殺せ!」は、いとも簡単に「障害者殺せ!」にも転化するし、その逆もありうると考えられるからである。
さらに、社会的「有用性」から生命に軽重の序列をつけるような考え方が広まり、万人に基本的人権、特に生存権があるという考えが空洞化していけ ば、生産活動からリタイアした高齢者や難病患者にも「安楽死」を求めるような社会的圧力が広まってくるかもしれない。LGBTのような性的マイノリティへの偏見・差別も強まる可能性もある。非常に危険である。

相次ぐ公人による差別発言も「許容」し続けてきた日本社会

 日本はこれまで、あまりにも差別に寛容すぎた。
今、都知事選に立候補している在特会の元会長・桜井誠氏(本名・高田誠)は、コリアンタウン・新大久保で、「良い朝鮮人も悪い朝鮮人もいない。朝 鮮人を皆殺しにしろ!」「日本が嫌いな韓国人、女でもいい、出てこい! 絞め殺してやるから出てこいよ!ぶち殺してやるから出てこい!」「犯罪朝鮮人を皆殺しにしろ!コリアンタウンを焼き尽くせ!」などと叫びながら大勢で練り歩いていた。
「害悪の告知」を明白に行っている。これは脅迫以外の何ものでもない。

 警察は在特会のヘイトスピーチを止めるどころか、「表現の自由」を理由として、脅される一般市民や在日コリアンの方を守るのではなく、在特会のほうを警備しながら、彼らレイシストがコリアンタウンを練り歩くのに寄り添ってきた。
都知事で、かつ差別主義者といえば、石原慎太郎氏の存在を忘れるわけにはいかない。
石原慎太郎元都知事は、都知事時代の1999年9月、障害者施設を訪れ、「ああいう人というのは人格があるのかね」「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないか」「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないか」などと語っている。
石原氏は障害者に対して「人格があるのか」と無知と差別にまみれた侮辱的な発言を口にしただけでなく、障害者について語る文脈で「安楽死」という 言葉を口にしている。ナチスの障害者差別、組織的殺害を思い起こさせるのに十分である。「西洋人なんが切り捨てちゃうんじゃないか」とも言っているが、石原氏は「切り捨ててはいけない」とは言わない。
こうした障害者差別の発言によって、石原氏は政治家として失脚したかといえば、そうではなく、彼はその後も13年にもわたって都知事に君臨し続けた。

弱者への差別はしてはいけない、というモラルが、この何年かの間に急速にゆるんできている。このようなレイシストが首都の知事の座を長きにわたっ てとどまり続けたことと無関係だとは思われない。政治的リーダーの規範意識がおかしければ、その社会の規範意識は、やはりおかしくなってゆくものだ。植松容疑者はある日突然、出現したわけではない。


また、「毎日新聞」web版2016年7月28日の尊厳否定「二重の殺人」全盲・全ろう東大教授の記事も、深くうなずかせられました。

「重複障害者は生きていても意味がないので、安楽死にすればいい」。多くの障害者を惨殺した容疑者は、こう供述したという。

 これで連想したのは、「ナチス、ヒトラーによる優生思想に基づく障害者抹殺」という歴史的残虐行為である。ホロコーストによりユダヤ人が大虐殺されたことは周知の事実だが、ナチスが知的障害者らをおよそ20万人殺したことはあまり知られていない。
一方、現代の世界では、過激派組織「イスラム国」(IS)の思想に感化された若者たちによるテロ事件が、各地で頻発している。このような歴史や現在の状況を踏まえた時、今回の容疑者は、ナチズムのような何らかの過激思想に感化され、麻薬による妄想や狂気が加わり蛮行に及んだのではないか、との思いがよぎる。
 
被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る「心身の能力」が制約された重度障害者たちだ。こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは二重の意味での「殺人」と考える。一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。
前者は被害者の肉体を物理的に破壊する殺人だが、後者は被害者にとどまらず、人々の思想・価値観・意識に浸透し、むしばみ、社会に広く波及するという意味で、「人の魂にとってのコンピューターウイルス」のような危険をはらむ「大量殺人」だと思う。

 こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、今の日本を覆う「新自由主義的な人間観」と無縁ではないだろう。労働力の担い手として
の経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。
しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。
障害者の生存を軽視・否定する思想とは、すなわち障害の有無にかかわらず、すべての人の生存を軽視・否定する思想なのである。私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。

 
ふくしま・さとし 1962年神戸市生まれ。小学生で全盲となり、高校生のときに特発性難聴により聴覚も失う。母が、両手の指の関節を点字の突起に見立てた「指点字」というコミュニケーション方法を考案し、よどみなく会話ができるようになった。盲ろう者として初めて大学(現・首都大学東京)に入学し、金沢大助教授などを経て現職。全国盲ろう者協会理事、世界盲ろう者連盟アジア地域代表を務める。2003年に米週刊誌タイムの「アジアの英雄」に選ばれた。

 


ところで、岡山発の人権裁判として「朝日訴訟」はよく知られていますが、今、もう一つの人権裁判が、憲法25条をめぐって争われています。
「浅田訴訟」と呼ばれます。
浅田達雄さん(当時65)の提訴、地元紙「山陽新聞」(2013年9月19日付)は、こう伝えました。

 

65歳で給付打ち切りは不当と、岡山地裁に提訴

 65歳を境に障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)の給付による無償の介護サービスが打ち切られるのは不当な差別で憲法違反だとして、岡山市中区高島、浅田達雄さん(65)が(2013年)9月19日、岡山市に決定の取り消しなどを求めて岡山地裁に提訴した。
 自立支援法は65歳以上の障害者に対し、介護保険の適用を優先する原則を規定。介護保険の給付を利用すると、1割の費用負担が生じる。弁護団によると、この優先原則をめぐる訴訟は全国初。

 訴状によると、浅田さんは一人暮らしで、腕と足に重い障害があり、入浴や移動など月249時間の訪問介護を無償で受けてきた。市は昨年末、介護保険への切り替えを要求。浅田さんは自己負担を懸念し、従来通りの給付を求めたが、65歳の誕生日月の今年2月、「要介護認定されていない」と市の通知が届き、支援法による給付が打ち切られた。
 翌月、浅田さんはやむなく介護保険法に基づく給付を申請。最も重い要介護度5の認定を受けるなどしたが、月1万5千円の負担が生じているという。

 提訴後の会見で浅田さんは「(介護保険の優先原則は)年齢による差別。絶対許せない」。弁護団の呉裕麻弁護士は「憲法が定める健康で文化的な最低限度の生活が保障されていない」と訴えた。

 

 まさに「障害者の生存を軽視・否定する思想」との、文字通り命がけのたたかいです。

なぜなら、浅田さんは腕と足に重い障害があり、介護サービスなしには片時も生き延びることすら困難なのです。だからこそ、障害者自立支援法に基づいて、入浴や移動などで1カ月約250時間の訪問介護を無償で受けてきたのに、65歳になったとたんに、介護保険の適用が優先されるとして、1割の費用負担が生じることになったのです。浅田さんは「これまで無償だったものが、なぜ65歳を過ぎると費用負担が生じるのか。納得できない」として提訴に踏み切ったのでした。

それは、浅田さんひとりの問題ではありませんし、単に障害者だけの問題でもありません。高齢者が介護サービスのために過重な自己負担をしなければならないという、介護保険制度そのものの矛盾・問題点をただし、憲法25条の理念を具体化するたたかいでもあるのです。

「浅田達雄さんを支援する会」の機関紙「ささえ」の最近号(第53号)の画像をご紹介します。

sasae.jpg

ちなみに、この機関紙の発行責任者、吉野一正氏は、私たちの退職同業者の先輩で、県立養護学校教員を退職後、障岡連(障害者の生活と権利を守る岡山県連絡協議会)の事務局長など、ご自身の不自由なお体をおして、障害者運動の中心を担って奮闘しておられます。
この号では、7月4日(月)の口頭弁論について紹介されています。

ちょうどその、7月4日、私も偶然岡山地裁にいたのです。
この記事↓で書いたとおり、年金訴訟の傍聴のために。

年金訴訟と朝日訴訟についてのおもいつくまま

傍聴終了後のまとめの会で、浅田訴訟の関係者の方も、連帯の発言をされたことを、いま改めて思い出しました。

相模原の事件をきっかけに、私自身、決して十分承知しているとは言えない問題に言及しました。容疑者の青年が、「ヒットラーが下りてきた」と口走っていると聞き、この特異な思い込みを、愚にもつかない夢想と受け流すことができるだろうかと、恐れたからです。この世に「生きるに値しない命」が存在するとみなし、国家にとってはそれを抹殺することが是である、とする思想が、侮りがたく醸成されつつあることを警戒しなければならないと強く思うのです。人は皆、生きる価値があり、その存在自体が人として尊ばれなければならないという思想(近代以降の人絹思想の粋として、日本国憲法が高らかに歌い上げた思想)を、私自身、揺るぎのないものとして磨き上げていきたいものです。


 今朝は夜明け前の涼しいうちに散歩してみました。

 

真夏の田園の夜明け
真夏の田園の夜明け posted by (C)kazg

真夏の田園の夜明け
真夏の田園の夜明け posted by (C)kazg

午前中、小3の孫が、我が家で、宿題の計算ドリルを 少々やり、退屈したので、自転車で、ちょいとサイクリングしました。

真夏の午前の田園風景
真夏の午前の田園風景 posted by (C)kazg

真夏の午前の田園風景
真夏の午前の田園風景 posted by (C)kazg

真夏の午前の田園風景
真夏の午前の田園風景 posted by (C)kazg



真夏の午前の田園風景
真夏の午前の田園風景 posted by (C)kazg

目当ては「鴨川」のこの眺めです。

真夏の午前の田園風景
真夏の午前の田園風景 posted by (C)kazg

今日はこれにて。


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コメント 11

momotaro

根の深い問題であることがよくわかりました。
by momotaro (2016-07-29 22:18) 

美美

田園風景の素晴らしい景色にわが故郷を思い出しました。
夏休みはお孫ちゃんのお相手なんですね^^
by 美美 (2016-07-29 22:22) 

majyo

ナチスの優生学思想は知っていましたが
8~10万人も殺させたのですか
今回の相模原の事件は、単におかしな病んだ?若者が起こしたと片づけるわけにはいきません
在特会のデモにもカウンターで行きましたが
聞くに堪えません。
排外主義は、ここまで来たことに戦慄を覚えます


by majyo (2016-07-29 22:38) 

いっぷく


排外主義は「右」だけではないので
「右」「左」の問題にしてはならないと私は思っています。
たとえば、鳥越候補の応援を断った宇都宮候補に対する
罵倒の数々を目をそらさずに見ていただきたいですね。
これほど低次元で下品な都知事選を私は知りません。

by いっぷく (2016-07-30 01:57) 

kazg

momotaro様
探れば探るほど根が深いですね。ナチズム、ファシズムは、一握りの元凶に率いられたには違いないですが、熱狂して推し進めた民衆がいたことも事実で、世が世なら、私がそうでなかった保証はありません。今、冷静に見ることができる立場にあるときに、何よりも、敢然とした批判が不可欠なのでしょうね。
by kazg (2016-07-30 07:59) 

kazg

美美様
田園のいろどりには、癒されます。私の故郷は、限界集落すれすれゾーンで、管理しきれない農地が、あちらでもこちらでも荒れて草木に覆われています。「里山」が次第に「奥山」化して、イノシシ、鹿、サルなどの野生動物が民家の庭にまで進出してきています。
自然の良さを生かした、都市と農村との、釣り合いのとれた発展が切望されます。
夏休みは、孫との接触時間が格別に多いですよ。
by kazg (2016-07-30 08:09) 

kazg

majyo様
>在特会のデモにもカウンターで行きましたが
動画などで見る限りでは、観念的な思い込みから出発した攻撃的、威嚇的な言辞が飛び交い、生身の、具体的な人間への関心は捨象されているかのようですね。「問答無用」から出発していて、分かり合える余地が見出しにくいですね。残念なことです。、

by kazg (2016-07-30 08:26) 

kazg

いっぷく様
>「右」「左」の問題にしてはならない
おっしゃることに賛成です。。
>宇都宮候補に対する罵倒の数々
寡聞にして、聞こえてきません。聞こえてくるのは、「切歯扼腕」の声ですね。「内閣調査室」までフル稼働でゴシップネタを嗅ぎ出させ、編集部自身も躊躇する裏付けなしの三文ネタを、反論の余裕のない選挙真っただ中に、言ったもの勝ちで、2本立て続けにぶつけてくる、「これほど低次元で下品な」、異常な攻撃は、記憶にありません。
昔、社共統一の太田薫候補が、新宿駅前?での街頭演説中、国防服に身を固めた右翼の宣伝カーに襲撃され、投石を受けて顔面を血に染めた事件がありました。それは、卑怯な直接暴力でしたが、今度のはもっと卑怯な権力ぐるみの選挙妨害ではありませんか?
私個人の思いを言えば、(友人たちも同じようなことを言っていますが)、宇都宮さんへの信頼と尊敬は、以前から変わらず大きいものがあります。都民(国民)を踏みつけにする暴走政治の流れを変えるのか、それとも加速を許すかの結節点としてのこの都知事選で、大同について立候補を取り下げられた判断は、英断と思います。さらに「大行不顧細謹、大礼不辞小讓」と見切って、鳥越支援を表明してくだされば、一人のウォッチャーとしては、なお勇気が出るところですが、いかがでしょうか?
by kazg (2016-07-30 09:39) 

いっぷく

>寡聞にして、聞こえてきません。
論外です。
批判をするのなら、自分の都合の悪い事実にもきちんと向き合うことです。
シールズを自ら名乗るツイッターアカウントがどうなっているか
ニュースにもなっています。

by いっぷく (2016-07-30 12:13) 

kazg

いっぷく様
「自分の都合の悪い事実にもきちんと向き合うこと」を避けているつもりではなく、市井の一閑人たる小生の、勉強不足、情報力の低さのあらわれですゆえ、お憤りなきよう。
「シールズを自ら名乗るツイッターアカウント」なるものも、私の通常の閲覧対象にはなく、おっしゃるような状況を把握することができませんでした。また、ご指摘の後、参考までにと閲覧を試みてみていますが、いまもって、該当箇所にたどり着きません(オソマツ)それを確認したうえでの返信をとは、考えましたが、取り急ぎ現時点でのコメントです。
「駆け出しブロガー」の物知らずゆえ、「論外」のことも多々あろうとは思いますが、どうぞ寛容にご対処いただければ幸甚です。貴ブログは、「戦後史」を正面に掲げ、「学問」をテーマにしておられるだけに、周到に練られた読み応えある記事を書き続けておられ、敬服に値します。一方、拙ブログは「散歩」をテーマにしておりますが、折々の感情のままに、あらぬ方向へと筆が走ります。寛容にお許しください。
まさか、そこにいささかでも不相応な「批判」の要素があるならば、すべてを調査し、万事を知った上でないと発言まかりならぬ、とはおっしゃいませんでしょうな。
by kazg (2016-07-30 14:10) 

kazg

↑訂正
私のブログテーマは「日記・雑感」です。
by kazg (2016-07-30 21:13) 

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