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ウルフを倒した膵臓癌に思う、の巻 [健康]

今朝のニュースで九重親方の訃報を知りました。
現役時代のあだ名はウルフ、史上3位の31回の優勝を誇る横綱千代の富士。61才の若さです。
ところで、今日の記事は、千代の富士の追悼記事でもなく、大相撲の話題でもありません。
千代の富士といえば、小兵ながら、精悍にして頑健、スピーディにしてパワフル、とにかく「強い横綱」という印象があります。その彼をむしばんだのが膵臓癌でした。

膵臓癌は、初期の状態では自覚症状も少なくて発見されにくく、癌と診断された時には進行している場合が多いことから治癒率(5年生存率)の非情に低い癌の一つだそうです。



膵臓癌と言えば、以前、この記事に書いたIさんを、45才の若さで奪い去った病でした。

キンモクセイに誘われて、の巻
一部分を再掲します。


思い出しついでに、このIさんを偲んで作った歌を、備忘的に記載しておくことにします。
ライオンのあだなゆかしも デモ隊の旗追い越して歩き行く君
かつての生徒達がつけたあだ名が「ライオン丸」だそうです。「怪傑ライオン丸」というテレビ番組にちなんだものだそうですが、たてがみを靡かせ、雄々しい咆吼をあげて味方を激励しながら、巨悪に立ち向かう姿は、たしかにライオンを彷彿とさせました。
性急(せっかち)を性(さが) とせし君 たばこ喫(の)む暇(いとま)をすらも受話器はなさず
やりたいこと、やるべき事がありすぎて、我々の運動がそれに及んでいないことをもどかしく感じてでしょうか、それとも生来の性分のせいでしょうか、まことにせっかちなライオンでした。私のようなのんびりは、きっといらだつ存在だったでしょう。すみません。
満員の電車のゴトと揺れるとき 
”む“と息つめて苦笑しあえり

東京は人住むところにあらじという
会話幾度も交わせし終電

教え子を語れる君の頬ゆるみて 
遠きまなざしいよよ慕はし

通勤電車に、ともに乗り合わせる事もしばしばありました。その時のIさんの話題は、多くは故郷のことでした。

急な病を予知することはできませんでした。脚の痛みがまず出て、外科的な診察・治療を続けておられましたが、CT撮影により内臓の癌であったことが発見された時には、進行が進んでいました。当時は、CTを初め検査の態勢も現在と比較にならないほど遅れていたでしょうし、治療のレベルもまた然りで、文字通り「不治の病」でしたし、今では隔日の感がありますが、本人への告知もなされませんでした。病院の婦長をしておられた奥様の葛藤はいかばかりだったかと、今、改めて推し量られます。
悔しいことでした。

あわせて思い出すのは、私の思い出記事に度々登場する高校時代の恩師U先生=内田喬先生のこと。高教組委員長・県労会議議長という要職を果たし終えて定年退職されてつかの間、同じ膵臓癌で性急に冥府へ旅立たれました。

こんな過去記事に、ふとした思い出を綴りました。

夕顔の花と瓢

夕顔も人待ち顔に咲く朝(あした)
患うて日ごと癒えゆく瓢(ふくべ)かな

「源氏物語」に登場する夕顔は、本当は何の花だったのかねえ、と恩師の故内田喬先生はよく話題にしていました。夕顔の実が瓢(ふくべ)。この皮を干したものが干瓢です。ごつくて無骨なこの瓢は、今にも消え入りそうな、はかなげな少女夕顔とは、いかにもミスマッチだとおっしゃるのでしょう。
白い清楚な花は、決して優美でないとは言えず、よく見ると瓢の実までもなにやらゆかしく思えますが、この花、扇の上に載;せて差し出すには、やはり大振りに過ぎますかねえ。
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戦前 戦中 戦後 戦後後 そして”戦前” 補遺   木下 透
ところで、昨日アップした詩「春 其の2」は、「うららかの春の一日(ひとひ)/萌える若草の香を淡く感じながら/私はひとり寝そべっていた/柔らかな空を 二つのかげが ゆうるりと舞うていた」と、つづく。

二つのかげとは何だろう?などと疑問に思われる人はまずあるまいが、「戦争の影」なんてモノではなさそうだ。ましてや、グラマンだとかB29だとか、そんな即物的な形象でもまさかないだろう。

「ゆうるりと」と言う表現からも、文字通りのどかな、平和な情景にふさわしい、トンビかなんかだろうと思って間違いない。

「ゆうるりと」というフレーズは、文芸部の顧問でもあった恩師U先生の、お好みの表現だったように思う。そんな言い回しまで、知らず知らず感化を受けていたのだろう。



恨まれぬやうに自慢を小出しにし
自分にその気がなくとも、幸せ自慢ととられてしまって、途方に暮れる、、ようなことがあります。
年賀状のデザインに、自分の家族の集合写真を使っていたことがあります。
恩師が、生前、洒脱なタッチのペン画(鉛筆画)風の自画像と家族の肖像画(クロッキーというかイラストというかポンチ絵というか俳画というか、古代中国の仙 人が描きそうな独特のもの)に、短く近況を添えた年賀状を、いつもくださっていました。幼いお嬢様が、学齢期を迎え、やがて娘さんに成長してゆかれる様な どが、ほのぼの窺えて、いいな、と思っていました。
真似できる手業の技量など、とんと持ち合わせていませんので、趣向を真似たつもりで、 冒頭のような方法をとっていたのです。当時まだ孫はいませんし、子ども達も独身、というか学齢期だったと思います。何かのイベントの機会や、里帰りの時 の、私の老父母も交えた写真などを使ったと思います。「プリントゴッコ」を使ったり、初期の頃のカラープリンターを使ったりしたのでしたか。ある年、昔の教え子からの返事に、『先生、お幸せですね。私、離婚しました。』と、一言あり、私は激しく衝撃を受け、自分の脳天気さに、気が滅入りました。
1年生の時に担任をしました。器用ではないが誠実な、時折投げやりな態度を見せる一面もありましたが、人一倍人情に厚い女の子でした。クラスで文集を作ろうと 提案した時、今時はやらないよとしらけた空気のなか、私が「昔作った文集だけど」と、この記事で書いた文集の実物を見本としてみせると、表情を改めて食い 入るようににみつめ、「本当に作ったんだね。凄いね。やるね。」みたいな感想をくれました。建前や、リップサービスとは違う、真実味のある反応を、うれし く好ましく見た記憶があります。
彼女の結婚後は、幸せそうなお知らせを貰い、姓も変わり、住所も教わって、年賀状も何年かやりとりしたはずですが、、、、離婚については、初耳でした。

人生ですから、ほかにも、離婚、再婚は、いくつかの事例を承知しています。自ら報告してくれる場合もあれば、人づてに聞き及ぶ場合もあります。無力なもので、遠く見守る事しかできません。
この彼女にも、何か適切な言葉をかけてあげるでもなく、そのあと、いつか賀状の返事も間遠になり、何か後味の悪い思い出が残りました。水くさいことだ、何か力になれることがあったかも知れないのに、と悔やまれてなりません。
ちょうどその頃、私自身、息子の不登校に翻弄され、先の見えないトンネルの中で、家族の誰しもが、ともすればくずおれてしまいかねない危ういバランスの中にあった頃だったと思います。突然に、わけのわからない憤懣が胃袋のあたりから突き上げてきたり、対処しかねる悲しみの発作をもてあましたり、ということを繰り返していた時期ではなかったでしょうか?
その頃私の書いた文章の大半は、徹頭徹尾不登校に関係し、または不登校というバイアスのかかったものでした。書くことで、何かわかることがあるかもしてない、いや、心の平安を保つことができるかも知れないと、無意識のうちに考えていたのでしょう。
「幸せそうな」家族の写真は、決して、人様へのこれ見よがしの自慢のつもりなどなく、崩落の危険をはらんだわが『家族の絆』を、辛うじて確認しておきたい思いのあらわれだったようにも思います。

郷愁という名のメルヘン カルロス爺さんの思い出 連載第1回

 今日掲載するのは、高3の時の作品だ。

門閥(封建)制度は親の敵(かたき)でござる」と、福沢諭吉は言ったそうだが、「受験制度は親の敵(かたき)でござる」と言いたい思いが私にはある。私の親が受験制度によって被害を受けたわけではないが、私にとっては、恨み重なるにっくき仇と思えたのだ。


当時、「受験戦争」という言葉はすでに存在していて、「四当五落」(睡眠時間を四時間にして勉強に専念すれば合格するが、五時間得ると失敗する)などという「スポ根」まがいの檄言がまことしやかに喧伝されていた。

自己の存在の全てのものに超越して、「受験」なるものが君臨し、それへの無条件の隷従が求められる生活。拒みながらも拒みきれない不本意さ。

一方、東大安田講堂事件を頂点とする「大学紛争」の風は、地方の寒村にもかすかに伝わってきてはいた。社会的政治的諸課題とともに、「大学解体」というテーゼも、高校生の情緒を揺さぶり不安定にさせるに十分だった。

そんな中で「自分探し」「自分づくり」にあえぎつつ、かなりの時間を費やして原稿用紙に向かったのは、確かに逃避であり、ある種の防衛規制でもあったろう。

折 しも、国語の宿題で、「小説を書け」と命じた人があった。このブログで過去にも話題にした、敬愛する恩師故U先生だ。いわば「自由課題」で、強制的なもの
ではなかったが、今なら、高三の「受験生」にこんな要求をすることは、「無謀」のそしりを免れまい。しかし、高三といえば、「自分探し・自分づくり」の仕上げにかかる時期でもあって、そんなとき、この課題は、「表現」を通して自己と世界(外界)への「認識」を深めるという、有効で得難い体験だったと思う。



草むしる老婆は今なく枯葎(かれむぐら)

「バッテリー」や「NO6」などで世に知られるようになった作家、あさのあつこさんは、私の通った高校で2歳ほど年若い同窓生ですが、国語教師に「君の文章が好きだ」と言われた一言が、後に作家の道へ進む遠いきっかけとなった旨、語っておられました。

WEB本の雑誌【本のはなし】作家の読書道第34回:あさのあつこさんという記事 に、こんな風にありました。

あさの : それと、ちょっと遡るのですが、高校生時代に現国の夏休みの宿題で短い物語を書いてくる、というものがあって。
20枚くらい書いて出したら、先生が「オレはお前の文章が好きだ」といってくれて。後で聞いたら結構いろんな子にそう言っていたらしいんですが、「文章が好きだ」と言われたことがすごく嬉しくて、書きたいな、という気持ちはその時に芽生えていたんです。ただ、それをどういう形で作品化したらいいのかをずっと考えていました。それで、後藤さんの作品に出会って、このやり方でできるんだ、ということを教えられたんです。

詮索好きの仲間が、あさのさんご本人に質したところ、記憶の細部は曖昧であるらしく、あるいは授業担当だったM先生だったかも知れないということのようで
す。私などの印象では、上のエピソードから彷彿とさせられるのは、亡くなったU先生の面影です。でも、あさのさんの別の文章では、中学時代の事として語ら
れていますし、実のところは謎。いやむしろ、「秘すれば花」なのかもしれません、、、。


私自身はU先生の授業を受け、部の顧問という縁もあって深く敬愛しておりましたが、俳句に関しては、時折句会などに交えていただいたことがあるだけの縁であるM先生に、格別の敬慕の念を抱いていました。


記憶の中のチリクーデター 「パブロ・ネルーダ プレセンテ」
「失語症」という診断名をもらっているわけではありませんが、言葉が浮かんできません。また、思考がしばしば途切れます。加齢のせいか、脳血管手術のささやかな影響か?いずれにせよ、自分の身体環境につきあうしかありません。
昔、尊敬するY先生が、退職前後に、「最近言葉が思い出せないことが多い。Uさん(これも敬愛する我が恩師)も、まず名詞を忘れ、今では形容詞や動詞さえ思い出せないことがある、と言っているが、まさにそのとおり」と述懐されていたことがありました、読書家で緻密な理論家だったY先生でさえそうか、と半分驚き、半分安心した覚えがあります。自分がその年齢になると、いやはや、これはなかなかの新境地。中島敦の『名人伝』(弓の名人が、修行の末、弓矢なしに獲物を射る境地に達し、さらについには、弓矢というものの存在自体を名前もろとも忘れてしまう)もかくや、と笑ってばかりもいられません。

こんな事を思い出しながら、捜し物をしていましたら、やっと見つかりました。追悼文集に寄せた私の文章です。
もっともっと大きくなれ  kazg(教え子)
 子どもと教育を深く愛し、人々の幸福と社会進歩のために身を砕いて献身された先生の、志の高さと人格の大きさを敬愛する思いは、人後に落ちぬつもりです。しかし、私にとっての先生は、いつまでも、懐かしく温かい「恩師」であり、無理に頼み込んで仲人までお願いしたという私的な意味でも、「特別な存在」でした。
 先生との出会いは、三十余年前にさかのぼります。高校時代の私は、ご多分に漏れず、「自分探し」と「自分づくり」の葛藤をかかえて、きわどく不安定な神経状態にありました。学業成績の下降と、「学び」の意味への懐疑、交友をめぐるありがちな軋轢や、将来と人生への漠然とした不安---などに由来する自己喪失感に苛まれていた私は、自己回復と確かなアイデンティティの形成を渇望する日々のなかで、いつしか「文芸部」というささやかな「居場所」に身を置くようになっていました。その顧問が内田先生でした。思えば、30代半ばの青年教師でした。
 生徒食堂の二階の端にある、こぢんまりとした畳敷きの「作法室」が、私たちに与えられた部室でした。穏やかな陽だまりのなか、また、夕映えから日没へと移ろう緩やかな時間の流れのなか、多忙な先生にしばしば同席をねだっては、作品の批評や詩論に花を咲かせ、とりとめもない談笑に時を忘れた放課後のひとときを、日なた臭い部屋の空気の感覚とともに、今もありありと思い出します。
 今、私の手元には、黒表紙に白抜き文字で「ゆずり葉」と題字のある雑誌が二冊、かなり色あせくたびれた姿で保存されています。私たちが高校二・三年の頃に発行した文芸部誌で、そこには、私たちの、未熟な、しかしそれだけにひたむきな、詩や短歌や俳句や小文が、載せられています。
 そこに内田先生が寄せて下さった巻頭言から、一部を引用します。「人はみな詩人である。なぜなら詩は心だからである。だから心のある人はみな詩人になれる。だが多くの人は詩人になりたがらぬ。それはあたかも自らの心をまさぐることを拒否しているようだ。ピアノのキイのようにボク達の心は、どこを押さえてもきっと音色が出るはずだ。そして時には不協和音に身を震わすこともあるのです。しかも詩には感動と思想がなくてはならぬ。ボク達は、今、それを忘れかけている。それは、人間を忘れかけているといえるだろう。なぜなら人間は感動と思想が存在そのものであるからだ。ここに完成したゆずり葉二十三号は、まだ生まれたての蜻蛉のように、はかないものかも知れない。でも、忘れかけた感動を思想をまさぐる志向の表れなのです。(後略)」
 このようなエールに促されながら、自己をまさぐり、言葉をまさぐり、拙いながらも「創作」という形での自己表現に取り組む機会を得たことは、私の「自分づくり」の模索にとって、幸運なことでした。
 授業では、2年・3年と、古典を教わりました。朗々とした名口調や、軽妙洒脱なユーモアも、私たちを魅きつけてやまないものでしたが、何よりも、作品そのものの面白さに触れる悦びと、知的好奇心の充足を味わえる、待ち遠しい授業の筆頭でした。もしも、先生との出会いがなかったら、国語教員としての私はなかったかも知れません。
 「もっともっと大きくなれ」---その頃、先生から頂いた年賀状にしたためられたこんな言葉を、今も自分に言い聞かせたい私です。

時系列をたどれば、この記事↓に登場する、私の幼なじみの「Mちゃん」も、還暦を待たずに膵臓癌でなくなりました。

リユース2題、の巻
昨年(1995年)の正月、30年ぶりに小学校のクラス会がありました。県北の過疎地の、今では廃校になった小規模校です。総員17人の級友のうち、他界 した者、家族の入院・介護などで取り込み中の者を除き、白髪混じりや太鼓腹が顔を揃え、お互い「ちゃん」づけで呼び合って、子ども時代へのタイムスリップ を楽しみました。
 子ども時代「学校嫌い」など、聞いた覚えもありませんでした。比較的教師に可愛がられる「学校適応児」だった私の主観のためかと、常々疑問に思っていましたので、集まった級友たちに質してみると、やはり、誰もが「学校は楽しかった」と述懐します。往々に追憶が美化される点を差し引いても、当時の私たちにとって、少なくとも小学校は、居心地がよく楽しく温かい場所でした。(中学校以降には、選別と競争に苛まれる機会は増えていきましたが、でもそれを相対視できるだけの「自己肯定感」は、幼年期に培うことができたのではと、ありがたく思っています。)
 そのクラス会を一番親身に世話をしてくれたのは、「居残り勉強のMちゃん」とみずから苦笑する元「腕白少年」でした。そのことを、誰もが意外に思わないほど、教室での成績が人格の一面に過ぎないことは、子どもたちにとって自明でした。ソフトボール、山登り、泳ぎ、魚捕り、農作業と、その場その場で秀でた面を発揮したり、逆にかばい合ったりすることで、お互いを認めあうことができていたと思います。
(注:このMちゃんは、還暦を待たずして、病没しました。この記事小学校時代の同窓会歩ちゃんを死なせた「疫痢」に思うことなどの記事参照。残念な事でした。)
 また、逆に、「勉強ができる」ことも、「読書好き」であることも、決して煙たがられたり茶化されたりの対象とはならず、その方面に自分を発揮することで、誇らしい感情を満たされることは、幸福なことでした。誰もが、学校の(生活の)主人であって、多かれ少なかれ、自己の自尊心を満たされる思いを経験できたことが、「学校が楽しかった」理由ではないか、と思います。
 ちなみに、小学校時代、制服はなく、鞄も自由、頭髪自由、校則などというものは聞い たこともありません。制服や鞄を新調することがなじまぬほど、地域社会が貧困であったことが最大の理由かもしれませんが、一面では「戦後民主主義」「戦後 民主主義教育」の息吹が、学校にも社会にも残っていたのかもしれません。思えば高度成長の前夜でした。


東京都知事選で、「初めての女性都知事」に当選された小池百合子さんも、経歴をたどってみると、どうやら、私たちと同世代であるらしい。でも、どのような生い立ちをたどられた故か、「戦後民主主義教育」に根深い憎悪を抱いておられるのは、いぶかしい限りです。小池さんの政治とカネ問題や、タカ派ぶりについては、この記事で簡単に触れてみました。いずれ検証される時が来るでしょうから、くどいようですがもう一度掲載しておきます。
 一方、小池百合子サン。「がけから飛び降りる覚悟で」知事選に出馬し、自民都連にいじめられながらも叛旗をひるがえす“平成のジャンヌダルク”を演じていますが、カネには汚いらしい。代表を務める「自民党東京都第十選挙区支部」の政治資金収支報告が話題になっています。それより何より、超タカ派集団「日本会議」の「国会議員懇談会」の重要メンバーとして、改憲策動の先頭に立ってきた人物で、アベ内閣による集団的自衛権容認よりも10年以上前から、「集団的自衛権の解釈変更は国会の審議の場において、時の総理が『解釈を変えました』と叫べばよい」(『Voice』2003年4月号)と豪語したり、小泉内閣で環境相時代には「日本の核武装構想について」、「国際情勢によっては検討すべきだ」と回答(03年11月衆院選候補者アンケート)するなど、異常なタカ派ぶりを発揮してきた人物です。

教育にたいする姿勢を追加しておきます。

「新しい歴史教科書をつくる会」という団体があります。

オフィシャルブログによると、会の目的などをこう説明しています。

Q1 
「つくる会」の目的は何ですか?
A1
これまでの教科書が日本を不当に悪く描いていたのを改め、子供たちが日本に誇りを持てる教科書で学べるようにすることです。

Q2

そのために何をするのですか?

A2

主に2つの柱があります。

その1は、適正な教科書を新しく作って、子供たちに届けること。

その2は、これまでの不健全な教科書を是正すること。

Q3

これまでに実際に何をしてきたのですか?

A3

①『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』(ともに中学生用)を検定合格させ、各地の公立・私立の中学校で採択されています。すでにこれらの教科書を使用した授業が行われています。



②これまでの教科書の問題点を追求して、その結果、教科書の記述内容が改善されたり、不適切な教科書が採択数を激減させ、教科書会社自体が解散に追い込まれた例もあります。



③教科書採択のゆがんだ実態を明らかにし、各地で正常化に取り組んでその成果として、

健全化した教科書の採択数がはっきり増加してきました。



④教科書問題を広くアピールするために、単行本の刊行や講演会・シンポジウムの開催などを、行ってきました。



そのブログに、小池百合子候補を支持する声明を発表というニュースを掲載しています。一部を抜粋して引用します。

「新しい歴史教科書をつくる会」は小池百合子候補を支持します

 東京都知事選挙は中盤にさしかかろうとしています。当会は教科書の改善をめざす民間の任意団体であり、国または地方の選挙において、特定の政党や候補者を推すことは、原則としてさけてきました。

 しかし、地方選挙でも教科書改善運動への影響があまりに大きい場合は、私達の目標を成し遂げるためにも、一定の立場を表明することが必要な場合があると考えられます。そして今回の都知事選挙は、まさにそうした場合にあたると考えます。

 私達は7月31日に投票が行われる東京都知事選挙において、知事として最もふさわしい候補者として、小池百合子氏を支持します。
〈中略)

 第三に、歴史観についても、小池候補はしっかりとした見解を持っておられます。国会議員として教科書問題にも取り組んでこられ、3人の候補のなかで、「つくる会」の運動を支持してくださった唯一の候補でもあります。

 以上のことから、「つくる会」は小池候補を支持します。


PN(peace-news)様のhpに「作る会教科書」の的確な批判が掲載されていましたので、引用させて戴きます。

歴史事実ではなく、神話と戦争賛美を教える「つくる会」歴史教科書

「つくる会」歴史教科書は歴史的事実ではない神話を事実と混同しやすい形で載せ、天皇制と大日本帝国憲法、日本の過去の侵略戦争を賛美し、植民地支配を正当化しています。また南京大虐殺、強制連行、従軍慰安婦など戦争の悲惨な事実を認識させないなど、徹底した国粋主義・戦争賛美の教科書です。

 韓国や中国の強い対日批判は小泉首相の靖国参拝だけが問題ではありません。侵略戦争と植民地支配を賛美し正当化する「つくる会」教科書に対する検定合格や国会議員・政府・官僚の後押しに対する強い批判でもあるのです。

 「つくる会」歴史教科書の問題点について、以下にいくつか取り上げてみました。

1 皇国史観に貫かれ、科学性を無視しています。
●神話が登場する歴史教科書

 「神武天皇の東征伝承」と「日本の神話」と題するコラムで、『古事記』『日本書紀』の神話が、かなりのページ数を割いて紹介されています。実在しない神武天皇の東征の記述を読めば、実在したと誤解しても不思議ではありません。古代から天皇が権力を掌握していたことを読者に印象付けることを狙っています。

●天皇中心の歴史

 神話の神武天皇が登場することからもわかるのですが、この教科書は日本の歴史が天皇中心であったことを強調しています。さすがに神話を歴史として扱うことはできないので、代わって登場するのが聖徳太子です。(第1章第3節「律令国家の成立」)すなわち、この頃から天皇の名称が使われ始め、「日本の伝統」が確立したとの見方です。

2 自国中心で、他民族への侵略や支配を肯定しています。

●日清・日露戦争

 日本が日清・日露戦争を行ったのは当然であると主張します。その後のはてしない侵略戦争へ導いた対外膨張戦略を当然とする一方的な考え方です。それを前提にして、「日露戦争は、日本の生き残りをかけた戦争だった。日本はこれに勝利して、自国の安全保障を確立した」と述べ、その後の戦争全体も肯定します。


●韓国併合

 日清戦争の前に「朝鮮半島と日本」という「読み物コラム」をもうけ、「日本に向けて、大陸から一本の腕のように朝鮮半島が突き出ている。」「朝鮮半島に日本の安全をおびやかす勢力がおよんだこともあった」と述べ、さらに元寇のことまで持ち出して、「元寇の拠点となったのも朝鮮半島だった」として、朝鮮半島の存在自体が日本にとって危険であるかのような認識にみちびこうとしています。そのうえで、韓国併合については、「日本の安全と満州の権益を防衛するために必要」だったという政府の考えと、欧米諸国も承認したことだけを述べて、日本側の立場を一方的に記述しています。韓国併合後の日本の統治によって生じた被害の実態や、それに対する抵抗運動もごく簡単に扱われているだけです。


●中国侵略

 満州事変にはじまる日中15年戦争の記述は、「中国の排日運動」の記述からはじまります。満州の権益は条約で合法的に認められたものであり、それに対し中国側の排日運動が激しくなったから、日本が軍事行動をおこしたのだという記述です。

3 侵略戦争を植民地からの「解放戦争」と美化します。
●「大東亜戦争」(アジア太平洋戦争)
 他社の歴史教科書が「太平洋戦争」と記述しているのに対し、「大東亜戦争」という名前を用いています。これは当時の日本政府が、「アジアを欧米の植民地支配から解放するための戦争」だという意味でつけた名前ですが、「つくる会」教科書はこれを認めて使用しているのです。しかし当時の日本政府は、日本の植民地だった朝鮮の独立を認めるとは一言も言いませんでした。この事実だけをみても、アジア解放のための戦争というのは嘘だったことがわかります。それだけでなく、日本が占領したアジア太平洋各地から石油・ゴムなどの資源を奪い、住民を強制動員して過酷な労働に従事させました。また、多くの女性を日本軍の「慰安婦」として性奴隷にまでしたのです。
 こうした事実を無視して「つくる会」教科書は、「日本の緒戦の勝利は、東南アジアやインドの人々に独立への夢と勇気を育んだ」と述べ、さらに「アジアの人々を奮い立たせた日本の行動」「日本を解放軍として迎えたインドネシアの人々」という資料まで載せています。



●日本の加害の事実もできるだけ隠蔽
 「慰安婦」は全くかかれていません。南京大虐殺については、199ページの注に「南京事件」として一応書いていますが、「この事件の犠牲者数などの実態については資料の上で疑問点も出され」と否定論を追記しています。強制連行については、「徴兵や徴用が、朝鮮や台湾にも適用され」と、あたかも強制ではなく法にもとづく徴用であるかのように記述し、強制の事実を隠蔽しています。東南アジアでの労務者の強制動員、植民地朝鮮での日本への同化政策と天皇への忠誠心の強制など、アジアへの加害の事実はほんの申し訳程度にふれているだけです。


憲法を教えず、大日本帝国憲法と改憲を教える
「つくる会」公民教科書

 「つくる会」公民教科書は大日本帝国憲法を積極評価し、憲法についてはその意義を教えず「改憲」の動きをことさら強調しています。国防の意義を強調し自衛隊の世界での活躍を賛美しています。国旗・国家、領土問題と拉致問題を詳述し、家族の意義を強調しジェンダーフリーを毛嫌いして否定します。

「つくる会」公民以外の各社の公民教科書がいずれも、国民主権と基本的人権、平和の意義、つまり憲法の基本を教え、主権者としての個人に必要な社会の仕組みの基本を教えているのとは大違いです。
特定の偏った政治的見解・思想を宣伝する「つくる会」公民は教科書と呼べるものではありません。

 「つくる会」公民教科書の問題点を、日本国憲法についての記述を中心に紹介します。

1 「日本国憲法の基本的原則(第3章第1節)」について

憲法について学ぶ箇所ですが、項目は (23)大日本帝国憲法と日本国憲法、(24)国民主権、(25)平和主義、(26)憲法改正、(27)基本的人権の尊重・・・・という順番となっています。

-(23)大日本帝国憲法と日本国憲法:

大日本帝国憲法が、天皇主権の国家体制をつくり、国民の自由を奪い、人権を抑圧した非民主的憲法だったことにはふれずに、「国民にたたえられた大日本帝国憲法」という資料を掲載しています。日本国憲法については、占領軍から押しつけられた憲法だということを強調しますが、憲法の精神や内容についてはほとんど触れていません。そのうえ、日本国憲法が「改正」されていないことを非難するため、「世界最古の憲法」と揶揄する産経新聞記事を資料として引用しています。

-(24)国民主権: 国民主権の説明に天皇の写真 

 国民主権の説明をすべきなのに、なぜか「国民統合の象徴としての天皇」についてスペースを割いて記述し、天皇の写真までも掲載しています。「皇室は、国の繁栄と人々の幸福を祈る祭り主として、古くから国民の敬愛を集めてきた」、「国家が危機をむかえたときには、国民の気持ちをまとめ上げる大きなよりどころとなってきた」などと特異な歴史観まで述べ、あえて国民主権を説明しません。

-(25)平和主義: 平和主義の記述がなぜか自衛隊の発足

 憲法の平和主義のことにはほとんど触れずに、代わりに「自衛隊の誕生」という説明をしています。「国際情勢と占領政策の変化によって、憲法に対する考え方も大きな影響を受け」自衛隊が発足とし、憲法の平和主義についてもまともに書きたくないことが明白です。

-(26)憲法改正:

 前項で憲法のことをまともに説明していないのに、早々に「憲法改正」の記述が登場します。現行憲法は「改正」すべきもので、内容を理解する必要はないという執筆者の意図が露骨に表明されています。

-(27)基本的人権の尊重

 2ページのうち半分は「公共の福祉と国民の義務」にあてられ、さらに国防の義務についても記述しています。基本的人権を尊重よりも、「公共の福祉」の名の下で、社会の秩序維持という理由で人権を制限できることを重視した内容です。


2 その他の記述について

●自衛隊

 「つくる会」教科書は「自衛隊は自国の防衛のために不可欠な存在」としたうえで、「日本国憲法における位置づけが不明瞭ならば、憲法の規定自体を変えるべきだとの意見もある」として、事実上憲法改悪を推進する記述となっています。

湾岸戦争以後の自衛隊の海外派兵(後方支援)の実績をあげ、自衛隊の「軍事的な面での国際評価も高まりつつある」、わが国が「責任ある国際社会の一員として認められるようになってきた」などと述べて、自衛隊の海外派兵を全面的に肯定しています。さらに「自衛隊がより国際的な責任を果たせるよう、集団的自衛権を『行使することができる』と解釈を変えるべきだという主張もある」などと、今日の憲法「改正」論にいっそうふみこんだ記述となっています。

日米安全保障条約については「わが国だけでなく東アジア地域の平和と安全の維持に大きな役割を果たしている」と評価し、批判的意見はまったく紹介していません。周辺事態法の成立によって「米軍との協力・支援体制が強化されることになった」と、全面的に肯定しています。


●「男女共同参画社会の課題」: ジェンダーフリーの否定
 「つくる会」教科書は男女共同参画社会に異論を唱えています。「男女共同参画社会の課題」というコラムをもうけ、ジェンダーフリーが「男らしさ・女らしさという日本の伝統的な価値観まで否定している」という意見をことさらにとりあげたり、「男らしさ、女らしさを一方的に否定することなく」と定めた宇部市の特異な条例を大きく紹介したりしています。両性の平等をなんとか否定する方向に誘導しようとする教科書です。

●「愛国心」の強制、伝統文化の強調
 「つくる会」教科書は、国旗・国歌を大きくとりあげ、「国旗・国歌に対する意識と態度」という2ページのコラムももうけて、愛国心と結びつけて教えようとしています。また「日本の文化を見つめ直そう」という2ページの課題学習を新たにもうけ、日本の伝統や文化の継承者としての自覚を育もうとしています。それを通じて自国中心、他民族蔑視の「日本の一員としての自覚」を育てることがねらいです。
参考文献:
●『使ったら危険「つくる会」歴史・公民教科書--子どもを戦争にみちびく教科書はいらない!--』
 上杉聰・大森明子・高嶋伸欣・西野瑠美子著 明石書店
●『ここが問題「つくる会」教科書--新版歴史・公民教科書批判--』
 子どもと教科書全国ネット21編 大月書店

「つくる会」歴史教科書は歴史的事実ではない神話を事実と混同しやすい形で載せ、天皇制と大日本帝国憲法、日本の過去の侵略戦争を賛美し、植民地支配を正当化しています。また南京大虐殺、強制連行、従軍慰安婦など戦争の悲惨な事実を認識させないなど、徹底した国粋主義・戦争賛美の教科書です。

 韓国や中国の強い対日批判は小泉首相の靖国参拝だけが問題ではありません。侵略戦争と植民地支配を賛美し正当化する「つくる会」教科書に対する検定合格や国会議員・政府・官僚の後押しに対する強い批判でもあるのです。

 「つくる会」歴史教科書の問題点について、以下にいくつか取り上げてみました。

参考文献:
●『使ったら危険「つくる会」歴史・公民教科書--子どもを戦争にみちびく教科書はいらない!--』
 上杉聰・大森明子・高嶋伸欣・西野瑠美子著 明石書店
●『ここが問題「つくる会」教科書--新版歴史・公民教科書批判--』
 子どもと教科書全国ネット21編 大月書店

※扶桑社「新しい歴史教科書」(改訂版)は、「つくる会」HPに抜粋が紹介されています。
http://www.tsukurukai.com/05_rekisi_text/rekisi_kaitei.html
子供たちが日本に誇りを持てる教科書」と称して、このような、時代錯誤で非科学的な教科書を子どもたちに押しつける運動を展開している団体から、「3人の候補のなかで、「つくる会」の運動を支持してくださった唯一の候補」と賞賛されているヒトが、都知事としてどんな教育政策を実行していくのか、よっく見守っていかねばなりますまい。

小池新都知事、「ソダチ」がおよろしいのかどうか、そもそも、社会的弱者の痛みなど、とんとおわかりにならぬらしい。

「人々が甘えを持ち『働かなくても、国がなんとかしてくれる』と依存する社会になってしまえば日本は生活保護大国になります」(「女性が活きる成長戦略のヒント」)と書きつのり、13年度予算での生活保護予算大幅削減を、「今回の予算で特筆すべき(本会議代表質問)」と称賛した感覚の持ち主。明日は今日よりもっといい」と信じられる日本つくりとおっしゃいますが、だれにとっての?と疑問がわきます。

「待機児童の言葉をぜひとも4年後、間に合えば4年後、できるだけ早く死語にしていきたい。待機児童ゼロを目指す」と威勢はよろしいが、.よくよく聞くと、、、。

RITERAの記事をご覧ください。
騙されるな! 小池百合子は“女性の敵”だ! 待機児童を狭い部屋に詰め込み、女性だけに育児押しつけ、性差別丸出しの少子化論
 まず、選挙公約には、〈「待機児童ゼロ」を目標に保育園受け入れ年齢、広さ制限などの規制を見直す〉とあり、小池氏は保育園の規制緩和策を打ち出している。だが、現状でも保育園設置の面積最低基準は狭く、小池氏の政策は“子どもをさらに狭い場所に詰め込めることができる”ようにするだけだ。当然、こうした規制緩和策には、保育関係者や保護者のあいだから安全面や健康面の観点が抜け落ちていると批判が上がっている。

しかも、小池氏は街頭演説で、保育園問題の根本になっている保育士の待遇改善について、“お給料を上乗せするという平面的ではない小池式の考え方”があると主張。「空き家ですよ! 空き家はたーくさんあります」と前置きして、こんなことを話している。


「(保育士に)その空き家でもって生活をしていただくことが、真の意味の待遇改善に繋がると、このように思うんですがいかがでしょうか! 家を使うんです!」

 つまり、保育士の給料は増やさないが、「ただ空いているアパート、ちょっと古びた一軒家」(小池氏)に住まわせてやる、と言うのである。

 規制緩和で無人になっているアパートが保育園になり、狭い部屋に子どもたちがぎゅうぎゅう詰めにされ、ついでに保育士たちもそうした場所に押し込められる。──小池氏の話からは地獄絵図のような状況しか目に浮かばないが、こんな政策をドヤ顔で「真の待遇改善だ!」と言える神経がさっぱり理解できない。


小池さんが勝ってそれで終わり、主権者の出番はそこまで、というわけではないでしょう。監視し、声を届け続けることが、いよいよ大事と言えるでしょう。



ガラス瓶で飼育中のアゲハがまた羽化しました。
しばらく壁に止まってくつろいだ後、窓の外に飛んで行きました。












ブラックベリーが、日々収穫できます。
リカーに漬けてブラックベリー酒は製造中ですが、まだ次々に採れます。
生食にも限度があるので、ジャムづくりに挑戦しています。数日前ほぼ成功したので、今日も追加を作りました。








砂糖をまぶして、レンジで加熱します。
分量、加熱時間は、適当。
レシピには、600w4分とありますが、分量がいくらにたししてだったか未確認。


加熱して柔らかくなった身を、ザルの目で漉して種や皮を取り除きます。
種ごとでも野趣があっておいしいのですが、子どもたちが敬遠しますので、種なしのジャムを目指します。
もう一度レンジで加熱〈4分9下後、低温で煮込みます。
これが150w10分くらいの状態。


まだ水っぽいので、さらにもう少し加熱して煮詰め、さましてからビンに詰めます。








甘酸っぱい濃厚なお味で、美味ですよ。
廃物利用で、棄てる前の種と皮の周りのジュースを、もう一度水に溶かしたら、なんと言うことでしょう、美しいブラックベリージュースができあがりました。


今日はこれにて。
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