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ゴイサギに会う、の巻 [獺祭魚]

残念、執筆中、日付が変わりました。

カワウソが、捕らえた獲物を岩に並べて祝いの祭を催す故事にちなんで、撮りためた獲物を並べて一人楽しもうというコーナーです。
同名の「幻の名酒」とは、一切関わりがありません。
一昨日の散歩で出会ったゴイサギです。
幼鳥(ホシゴイ)







成鳥















飛翔中。なかなかカメラに収められません。










今日昨日はかなりせわしい一日でした。

午前中は、年金者組合という団体の地元支部の集まりに、最近お仲間入りしてくださったご近所さんを私の車に乗っていただいて、参加してきました。

以前、この記事でこんなことを書きました。

モンゲー模型じゃなあの巻

 2年前、年金受給者(職域部分だけです)になった私は、先輩に誘われて、「年金者組合」というお仲間の、地元支部に参加させていただいています。

2013年10月19日付で「マクロスライド?なんのこと?---消えた傑作の巻?」という怪しげな与太記事を書きました。


主要テーマの「マクロスライド」なる制度は、あの記事のころに比べると、人口に膾炙し、世の人々の知るところとなったようですし、今年はその初適用(日経の記事はこちら)ということで、いよいよ現実に「オオカミが来た」わけで、こりゃ大変!なのですが、今日の話題はちょっと別の話です。


 「年金者組合」というお仲間、安心して暮らせる年金制度の拡充に向けて、力と声を結集して運動していこうという団体なのですが、「運動2割、遊び8割」という合言葉もありまして、親睦をはかる楽しい催しをどんどんやっていきましょうという方針だそうです。方針はそうなんですが、なにかと構成員(特に中心メンバー)の年齢も高く、健康状態にも不安があって、運動も遊びも、なかなか思うにまかせません。それでも、自分たちの生活を自分たちで守る、というだけでなく、子々孫々が安心して「老後」を迎えられるような年金・社会保障制度を確立するために、ささやかに頑張ってます。



今回も、「運動2割、遊び8割」の、遊びの企画でした。

会場は音楽交差点という、おしゃれな文化施設。





実は、オーナーで「コンダクター」の小松原先生からここでレッスンを受けておられる方が、なんとお仲間の内に三人もおられるというよしみでお借りした会場だそうです。

今回の主な内容は、ご近所さんの人生を語っていただき、学んだり、感心したり、見聞をひろげたりしようという、まったりとした企画。

講師は、九州のご出身で、九州大学工学部(採鉱学科)を出られて、同和鉱業(株)で鉱山の仕事に従事された縁で、岡山市南部にお住まいのOさん。秋田、岡山と、国内を股にかけ、遠く南米ボリビアでの採鉱にも携わってこられたご自身のご経験と、鉱業をめぐるいろいろなお話を、興味深く聞かせていただきました。

会の終わりには、 小松原先生が、ご自身の伴奏で、美声を披露してくださいました。曲目は、お弟子さんにレッスン中だという、「ふるさと」「くちなしの花」「アベマリア」など。文化と学術の香りに触れたひとときでした。

内容の詳細をご紹介する時間的ゆとりがありませんので、今回は割愛し後日に譲ります。

さて、午後は、畑からカブ、大根、春菊、小松菜、ほうれん草などの間引き菜を収穫してきて水洗い、夕食の具材を調達できました。
夕方近くから、雨が降り始めましたから、タイミングよい畑仕事でした。


夕方は、二ヶ月に一度の演劇鑑賞。

演目は青年劇場の「島

http://www.seinengekijo.co.jp/s/sima/sima.html

劇団のHPのこんな紹介があります。

 終戦から6年、瀬戸内海に浮かぶ小さな島――。

20歳で被爆した青年教師・学は、

母のゆう、進駐軍の臨時雇いで働く妹の史とともに暮している。

ある日、東京で働く同級生・清水が訪ねてきたことをきっかけに“島”を出て自立したいと言う思いが強くなってきて――。

朝鮮戦争の特需に支えられている島。

貧しさゆえ進学をあきらめる教え子、許されぬ恋、差別…。

溢れんばかりの「生」への渇望が、

いまを生きる私たちを鋭く照射する。

2010年の初演時に深い感動を呼び起こした舞台、

全国巡演を経て、待望の再演!

◎第4回(1958年)岸田國士戯曲賞受賞作品



 『島と現在』から『現在の島へ』  藤井ごう

「わしらが白髪の爺さんになる頃には、この地球上も大分様子が変わっとるよの。それ迄一粒一粒、種を大事に蒔いて生きるんよの。―その時は、人類に貢献した言うんで」


被爆者である栗原学の劇中の台詞―

青年劇場での初演時、2010年。

あの時はまだ3・11も起こっておらず、まだ一応神話は神話の体をギリギリ保っていて、世の風潮もここまでセンソウがカクジツに迫っている況ではなかった。

米大統領のレキシ的訪問など記憶に新しい今、核なき世界への流れはどうだったか…

6年経って『島』が再演される。(『島』の舞台もあれから六年)僕ら舞台の作り手は、非力であることを思い知らされる日常が続いている。

学、そして作者堀田氏の思いとも確実に異なる『現在(いま)』がある。

その事をどう考えようか―


2010年にこの作品が産声を上げた時とは違う意味合いが生まれ、受け取られ方も大きく変わるだろう。それを悲しむべきなのか喜ぶべきなのか…。

だが訴えかけるものがあったとして、その真は変わらないはずである。


だからこそ、わかりやすい言葉、わかりやすい敵、大きい声、外国ではこうである的な常識に囚われることなく、こうやって生きてきた人物たちの思いを苦しみを喜びを、現在の都合で「なかったこと」になどしないように、コトバに耳をすませ、ココロに寄り添う。


想像力が経験を栄養とするならば、彼らの経験と選択は、今正に必要とされる想像力の基礎となるはずである。


舞台上にいつも通り人物たちを現出させよう―

人間の未来の為に あなた自身の為に


作者の願いと共に、『生』という事の意味が大きく僕らに迫っている。



フクシマからの避難生徒にたいするいじめと差別を伝える横浜のニュースと、ピカを受けたが故に耐え難い人生の苦悩と、いわれのない差別を受けるヒバクシャの姿が重なります。「「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだから、つらいけどぼくはいきるときめた」という中学生のけなげな決意と、「島」のラストシーンで主人公の被爆教師栗原学が、もって行き場のない怒りを込めて、「「どうして、どうして、どうして、どうして・・・」と激しく問い詰めながら、「きめた!生きてみせるぞ」と決意する場面が重なります。

ちなみに主人公のモデルは、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の坪井直さん(91)だとか。原作者堀田清美さんの弟さんと坪井さんは、幼なじみだったそうです。

坪井直さんと言えば、今年、被爆者代表としてオバマ大統領を迎え、握手した記事が印象的に思い出されます。

http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3356/2075058/

そして、つい最近、日本の核武装に言及したトランプ氏が大統領選挙に勝利したのを受けて、広島訪問を期待すると語っておられことも記憶に鮮明です。

大統領就任を待たず、世界に先がけてトランプ詣でをしてご満悦のアベさんは、はて、被爆者の心を、つたえてくれたでしょうか?

今日はここまで。
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momotaro

充実した一日を語る充実したブログでした。
ゴイサギ端麗な容姿ですね。
コメント遅くなりすみません。
by momotaro (2016-11-29 18:00) 

kazg

momotaro 様
>充実した一日
ありがとうございます。風のように流れ去る一日ですが、書き留めておいてよかったと後で思います。
ゴイサギは、帝から五位の位階を与えられたという言い伝えもしかりと思わせる風貌ですね。

by kazg (2016-11-29 18:17) 

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