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彦崎貝塚訪問記、の巻 [あれやこれやの知ったか話]

もうちょっと調べてから書きたいと思ったまま、ずっと放置してきた話題があります。

10月のこの記事◇土日の日記を駆け足で、の巻に、こんなことを書きました。


(前略)
その午後は、倉敷で、懐かしの旧友との集い。
(中略) 
京都ナンバーのこんな車。

このステッカーに見覚えありますか?
この記事でも登場のM君の車です。ほっこりと四国弥次喜多ぶらり旅(1)

このたび、改めてステッカーを確認してみると、「ちひろ美術館」のステッカーに、オスプレイのNOのステッカーを貼り加え、「子どもの未来のために」と印刷された文字に「丹後地方には」「米軍基地は要らない」と、地元の要求を手書きで書き添えた、手作りステッカーでした。
もとのちひろステッカーはこれ?

M君作成のステッカーの拡大画像。

道行く人へのアピール力は、小さくはないでしょう。
(中略)
 翌日の日曜日はM君と行動をともにし、またまた愉快な弥次喜多道中を堪能したのですが、後日機会があればご紹介するとして、今回は割愛いたします。
そのM君とともにした行動のご報告です。
先日、 私の入院を心配して、そのM君がお見舞いのメールをくれました。ありがたいことです。

◇二日目のお四国弥次喜多ぶらり旅 の記事でもご紹介しましたように、M君は、生物・理科分野、もっと厳密に言うと水産分野が専門ですが、歴史・地理分野への造詣と関心が並々ならぬものがあります。中でも一番興味があるのが縄文遺跡巡りだそうです。香川県荘内半島の紫雲出山を訪ねたのも、そこの縄文遺跡が一番のお目当てだったのです。残念ながら、「紫雲出山遺跡」は、縄文時代ではなく弥生時代の集落跡だったのですが、、、。

歴史音痴・地理音痴を自負する私などは、行動力抜群の彼の後についていくといろいろと面白いことに出会えるので、楽しいのです。
このたびの10月の「弥次喜多道中」も、縄文遺跡を訪ねる(つもりの)旅だったのです。

倉敷考古館も彼の念頭にあったそうですが、連休のさなかゆえ、混雑を避けて、倉敷近辺の遺跡を訪ねるつもりとか。私も、常のごとくお供することにしました。

はじめに、山陽自動車道沿いにあったという粒江の船元貝塚、福田貝塚という二つの貝塚跡をめざしますが、地元の人に聞いてもどうもよくわかりません。最初は彼と私、二台の車で移動していたのですが、機動性が悪いので、彼の車に同乗させてもらい、わたしは、運転手つきの、優雅な歴史紀行を楽しむことになりました。

この車で狭い路地裏や街道を走りましたから、良いアピールになったかも知れません。



結局、目的場所には行き着けず、次に。彦崎貝塚を訪ねることにしました。彦崎貝塚については、↓ここでも触れました。

◇縁は異なもの、の巻(3)高崎という地名


私の居住地のごく直近で、彦崎駅周辺は日常の生活エリアに属すのですが、この地に暮らして30年余り、貝塚そのものはだいたいの位置が思い浮かぶ程度で、実際に訪ねたことはなかったのです。一方のM君は、前日すでに下見をしていて、地元民の私を案内してくれたのでした。

こんな立派な碑が立てられていました。





彦崎貝塚については、下記サイトにこんな解説がありました。
 国指定史跡ガイドの解説

ひこざきかいづか【彦崎貝塚】



岡山県岡山市南区彦崎にある貝塚遺跡。瀬戸内海に面した旧児島湾の南岸に所在する、縄文時代前期から晩期にかけての貝塚である。2003年(平成15)から発掘調査が行われ、縄文時代前期には南北約100m、東西約80mの範囲に西日本最大の貝塚がつくられ、縄文時代晩期まで続いていたことが明らかになった。貝層は同一地点に重層的に形成され、厚さが1.7mあることが確認された。また、丘陵先端の低湿地部ではドングリ貯蔵穴が見つかっている。屈葬埋葬の人骨25体が発見され、なかには胎児がいる女性人骨も含まれる。数多くの土器や石器が発見され、土器は「彦崎式土器」として縄文時代前期および後期の標式土器として扱われている。出土品には、貝や骨でつくった腕輪などの装飾品などや、貝や獣骨、魚骨などの自然遺物も多い。縄文時代前期から晩期にかけての集落構造とその変遷過程が明らかになった大規模貝塚として、2008年(平成20)に国の史跡に指定された。JR宇野線彦崎駅から徒歩約5分。


岡山県古代吉備文化財センターのこどもホームページ 内の、 遺跡紹介コーナー 〈貝塚〉 に、こんな記事があります。

 彦崎貝塚ではこれまでに何度か発掘調査がおこなわれ、縄文時代前期<約6,000年前>には約100mの範囲に及ぶ、西日本最大の貝塚がつくられ、縄文時代晩期<約3,000年前>まで続いていることがわかりました。 この彦崎貝塚では貝がらや動物の骨などといっしょに、縄文土器や石器のなど多くのものが残っていました。他にも貝や骨でつくった腕輪(うでわ)やペンダントなどの装飾品(そうしょくひん)も見つかっています。また、たくさんのお墓とともに人骨が多く見つかっています。


上から見た彦崎貝塚
 現在の彦崎貝塚を上から見たところ。彦崎貝塚は写真中央あたりにあります。(岡山市教育委員会提供)

縄文時代の墓 イノシシの牙でできたペンダント
 縄文時代中期<約5000年前>の丸く掘られたお墓。葬(ほうむ)られていたのは女性でした。(岡山市教育委会提供) イノシシの牙でつくられたペンダント

(岡山市教育委員会提供)


岡山市のHPに、こんな記事があります。







 

収蔵品紹介 第74回



彦崎貝塚出土の縄文土器












名称 縄文土器(じょうもんどき)
出土遺跡 史跡 彦崎貝塚(ひこさきかいづか) 岡山市南区彦崎(ひこさき)
時期 縄文時代前期  
 この土器は、彦崎貝塚から出土の縄文時代前期(約6,000年前)の土器です。このタイプの土器は中国四国地方では初めて発見されました。外面と口唇部には、羽状縄文(うじょうじょうもん)を施します。胎土には、結晶片岩や火山ガラスを多量に含みます。文様のモチーフは関東地方の土器の影響を受けています。

 縄文時代前期後半は、各地で個性的な土器群が成立しますが、製作技法や施文、文様意匠等を見るとそれぞれ影響しあうなど、地域間の交流のようすがうかがえます。


収蔵品紹介 第82回



彦崎貝塚出土の「謎の骨」

名称 謎の骨(なぞのほね)
出土遺跡 史跡彦崎貝塚

(ひこさきかいづか)
岡山市南区彦崎(ひこさき)
時期 縄文時代前期~晩期

 人骨? 動物骨? 魚骨?いったい何の骨なのでしょう。全国から集った名だたる動物考古学者100人がウーンとうめき声をあげたまま黙り込んでしまいました。

 この骨は、岡山市灘崎町彦崎貝塚から出土しました。縄文時代前期(約6000年前)から晩期(約2800年前)のものです。近隣の貝塚からは見つかっていませんが、長期間瀬戸内海に生息した生物だったことは間違いありません。誰か私の名前を教えてください!



 その後の調査で、トウカイハマギギというナマズの仲間の骨であることがわかりました。





トウカイハマギギをネット検索してみますと、こんな記事がヒットしました。

日本経済新聞web版 2010/12/3付記事、 縄文貝塚に熱帯魚の骨 岡山・佐賀で相次ぎ確認

 岡山市南区の彦崎貝塚で見つかった「トウカイハマギギ」の頭の骨=共同

岡山県や佐賀県の縄文貝塚遺跡で、現在は熱帯や亜熱帯の河口域にすむナマズの一種「トウカイハマギギ」の骨が相次いで確認された。当時は今より日本の気温や海水温が高かったことが理由とみられ、縄文期の気候や生物を研究する上での史料といえる。


 岡山市南区の彦崎貝塚で2003年、約6千年前の地層から耳たぶのような形をした左右対称の骨2点が出土した。


 奈良文化財研究所の松井章・埋蔵文化財センター長(環境考古学)が調査。今年6月、古生物学が専門の大江文雄愛知県自然環境保全審議会代表委員とともに、頭の骨の一部が肥大化するという特徴をもとにトウカイハマギギと特定した。


 佐賀市の東名遺跡から07年に出土した骨も同様に特定。彦崎貝塚からはこれまでに50匹分以上の骨が見つかっており、食料だったとみられる。


 縄文期は海面の上昇や気温の変化など地球環境に大きな変動があったとされ、熱帯種の出土について松井センター長は「当時の気候を考える上で重要」と強調している。〔共同〕



また、産経ニュース 2015.11.16 付記事 縄文の瀬戸内海温暖化を裏付け 岡山の貝塚から現在生息しない魚の耳石



国史跡の彦崎貝塚(岡山市南区彦崎)で、現在の瀬戸内海には生息せず温暖な海に棲む魚「トウカイハマギギ」の耳石を国内の貝塚で初めて発見したと、岡山市教育委員会が発表した。耳石は魚の頭部の三半規管内で平衡感覚や聴覚をつかさどり、魚によって特徴が異なる。市教委は「トウカイハマギギが捕られていたことは、縄文時代の瀬戸内海が温暖化していたことを裏付ける」と話した。


 今回見つかったのは、トウカイハマギギの耳石2個(大きさ約1センチ)とホンニベの耳石3個(大きさ約2センチ)の計5個。トウカイハマギギの耳石は国内の貝塚では初の発見で、ホンニベの耳石発見は国内の貝塚で2例目という。いずれも現在の瀬戸内海には生息しておらず、東シナ海などの熱帯・亜熱帯の海に生息している。


 市教委は平成15年から彦崎貝塚の発掘調査を始め、奈良文化財研究所と出土品の共同研究を進めている。22年12月にトウカイハマギギの骨約50点を発見。さらに26年12月から縄文前期(約6千年前)の地層を今年4月にかけて調査した結果、魚の耳石120個が発見された。


 耳石は魚の種類によって模様や形、大きさが異なっているため、種類を識別できる。出土した耳石を調べた結果、5個がホンニベとトウカイハマギギのものと特定された。他はスズキなど現在も瀬戸内海に生息する魚の耳石だったという。


 共同研究に参加した耳石研究を専門とする大江文雄・同研究所客員研究員は「耳石から当時の瀬戸内海にホンニベなどがいたことを証明したのはひとつの成果といえる」と言及。市教委は「耳石によってどんな魚を当時の人々が食べていたのかが特定でき、新たな研究分野が確立するのでは」と話した。


彦崎貝塚の出土品などが収蔵・展示されている「岡山市灘崎文化センター (おかやましなださきぶんかせんたー)」は、孫たちがよく利用する図書館や公園の一角にありますから、何度か入館して、展示物は一通り見学したり、解説リーフレットなどもいただいたりしていたのですが、改めてその遺産的価値に思いを馳せたことでした。

さて、弥次喜多の一行は、そのあと、もと来た道を引き返し、次なる目的地「早島」をめざしました。続きは次回といたします。

今日の付録。

昨日の散歩で写したミコアイサです。

k5-2+AFborg60ed+1.4×テレコンバーターGR。



















♂はよく目立つのですが.♀は少し地味ですね。







大勢のカモたちの前を滑るように泳いでいるのは、ミコアイサ♀でしょうか?







上空をこんな鳥が飛んでいます。









こんな小型機でも、心がざわつくエンジン音がとどろきます。

事故原因の究明も行われないうちに.早くもオスプレイの飛行再再開が強行されるそうな。その爆音に心臓が握りつぶされそうな住民の不安を、わが政府はどこまで共感できているのでしょうか?沖縄の心に寄り添うとは、この不安を除去するために誠実に力を発揮することでしかありますまい。

今日はここまで。


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コメント 6

馬爺

おはようございます。
今日も寒い朝ですが今日曇り空なんですよ、押すプレイは自己が多いようですが当地も御殿場基地に来るんですが爆音が凄いですね。
問題があっても政府は何もいえないんでは今後の日本はどうなるんでしょうね、戦後の米軍と変わりませんね。
by 馬爺 (2016-12-20 08:15) 

hatumi30331

大きな鳥!^^
ブロガーなら撮る撮る!!(笑)

自分の老化と病気が重なり・・・・
只今、現実と向かい合ってどこで折り合いをつけるか模索中。
仕方ないね。
分ってるけど、もがいてしまうよ。(笑;)

by hatumi30331 (2016-12-20 08:34) 

kazg

馬爺様
米軍、いくら何でもごり押しが過ぎますね。
by kazg (2016-12-20 17:12) 

kazg

hatumi30331様
>どこで折り合いをつけるか
なかなかの難問です。
by kazg (2016-12-20 17:14) 

momotaro

ご近所再発見!
ご親友の解説つきでいい旅でしたねぇ。。。
by momotaro (2016-12-29 07:08) 

kazg

momotaro様
はい。目的地に行き着けず、思いもかけない場所やモノに出会える旅の時間を、気の合うもの同士で過ごすのは、贅沢な楽しみです。
by kazg (2016-12-30 07:06) 

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