「渦虫」と「蝸牛」の三題噺前編、の巻 [あれやこれやの知ったか話]
トックリヤシ 様のブログ
ナイチャーオジイの海日記
の9月2日付けの記事海のアイドル(1724) 石垣島 米原リーフ下の冒頭に、「扁形動物門 渦虫綱 ヒラムシ目」の「ニセツノヒラムシ科 で和名無し」というキュートな海中生物のお写真が紹介されていました。
この「渦虫綱」を、「カチュウ」綱と読んだ私は、軽はずみに、カタツムリのなかまかな、とひとり合点してしまっていました。念のために確かめてみますと、「渦虫」は「カチュウ」ではなく、「ウズムシ」と読むのだそうですね。
ところで、カタツムリは「蝸牛」と書いて「カギュウ」と読むのでした。
以前、こんな知ったかぶり記事を書きました。
この「渦虫綱」を、「カチュウ」綱と読んだ私は、軽はずみに、カタツムリのなかまかな、とひとり合点してしまっていました。念のために確かめてみますと、「渦虫」は「カチュウ」ではなく、「ウズムシ」と読むのだそうですね。
ところで、カタツムリは「蝸牛」と書いて「カギュウ」と読むのでした。
以前、こんな知ったかぶり記事を書きました。
かなしみを背負うたるらし冬蝸牛(ふゆかぎゅう)
舞へ舞へかたつぶり 秋の雨に濡れたとて
繰り返しになりますが、一部を再掲します。
童謡にも歌われるとおり、一般に「デンデンムシ」とも、「カタツムリ」とも呼ばれますが、地方によるとデデムシともナメクジとも呼ばれるそうです。 民俗学者柳田国男は「蝸牛考」(かぎゅうこう) で、地方による呼び方のちがいを全国的に調べ、その分布が、京の都を中心とする同心円状に広がっていることを明らかにし、「方言周圏説」をとなえました。(中略) ところで蝸牛(かぎゅう)は中国語で、「荘子」を出典とする「蝸牛角上の争い」という故事成語もられています。ちなみに「デジタル大辞泉」の解説は次の通り。 蝸牛(かぎゅう)角上(かくじょう)の争い 《「荘子」則陽の、かたつむりの左の角(つの)にある国と右の角にある国とが争ったという寓話から》小さな者同士の争い。つまらないことにこだわった争い。蝸角(かかく)の争い。 ところで、『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』は、平安末に、当時流行の「今様」という歌謡を集めたもので、白河法皇によって編まれたものです。そこに印象深い歌が採録されています。 舞へ舞へ蝸牛(かたつぶり) 舞はぬものならば 馬の子や牛の子に蹴(くゑ)させてむ 踏み割らせてむ まことにうつくしく舞うたならば 華の園まであそばせむ 口語訳:舞え!舞え! カタツムリ。 もしも舞わないのならば、 馬の子や牛の子に蹴らせてしまうよ。 その足で踏み割らせてしまうよ。 もしも本当にかわいらしく舞うたなら、素敵な花の園まであそばせてあげようよ。 |
昨日、農作業の手伝いに田舎に帰りましたら、イチジクの葉にカタツムリがいました。真夏に比べるとしのぎやすいお天気で、農作業で汗をかいた体にも、涼風がこころよく感じられます。からっとして、湿度が低いためもあるのでしょう。かたつむりにとっては、酷暑の日照りに比べれば、少しは心地よい気候でしょうか?ただ、湿度が低いことは、ちょっと辛いかもしれませんが。
イチジクがちょうど食べ頃です。
耕耘機で耕した猫の額ほどの畑。
昔は、「苗代」として、稲の苗を育てるために用いていた土地です。先祖が斜面にへばりつくように耕した農地で、一種の棚田(今は水田としては使っていませんから、段々畑)状態です。右上の小高くなって草が茂っている場所も、隣家の畑(昔の苗代)ですが、しばらく前から老夫婦が入院されていて、荒れています。
背の高い草が、存分に生い茂って、自然の境界付近の草を、草刈り機で刈り取りました。なかなかの大仕事でしたが、すっきり散髪した後のように涼しそうになりました。ビフォーア&アフターを撮影する余裕はありませんでしたが(笑)。
手前は里芋、その向こうに胡麻が育っています。
数週間前に写した胡麻の花。今はこれが実を結んで収穫間近になっています。槙の枝に遊んでいました。
郷里からの帰り道、長福寺の三重塔を写して帰りました。
明るい秋の日に、塔の朱色が映えて見応えがありました。
「渦虫」、「蝸牛」の連想から、はるか横道にそれた三題噺を書きかけていましたが、長くなりましたので、続きはまた別の機会といたします。
今日はこれにて。
イチジクがちょうど食べ頃です。
耕耘機で耕した猫の額ほどの畑。
昔は、「苗代」として、稲の苗を育てるために用いていた土地です。先祖が斜面にへばりつくように耕した農地で、一種の棚田(今は水田としては使っていませんから、段々畑)状態です。右上の小高くなって草が茂っている場所も、隣家の畑(昔の苗代)ですが、しばらく前から老夫婦が入院されていて、荒れています。
背の高い草が、存分に生い茂って、自然の境界付近の草を、草刈り機で刈り取りました。なかなかの大仕事でしたが、すっきり散髪した後のように涼しそうになりました。ビフォーア&アフターを撮影する余裕はありませんでしたが(笑)。
手前は里芋、その向こうに胡麻が育っています。
数週間前に写した胡麻の花。今はこれが実を結んで収穫間近になっています。槙の枝に遊んでいました。
郷里からの帰り道、長福寺の三重塔を写して帰りました。
明るい秋の日に、塔の朱色が映えて見応えがありました。
「渦虫」、「蝸牛」の連想から、はるか横道にそれた三題噺を書きかけていましたが、長くなりましたので、続きはまた別の機会といたします。
今日はこれにて。
2017-09-03 17:27
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コメント(10)
拙ブログを話題にしていただいて恐縮です^^
虫偏のウズ(蝸)は
カタツムリを現わすために作られた漢字のようですね。
by トックリヤシ (2017-09-04 09:16)
カタツムリ、いいなあ〜
撮りたいな〜
素敵な風景ですね。
日本の原風景のような・・・・
青空に稲穂。
綺麗です!^^
by hatumi30331 (2017-09-04 16:57)
トックリヤシ様
印象深かったので、無断で拝借し、申し訳ありません。
>虫偏のウズ(蝸)はカタツムリを現わすために作られた漢字
そうなんですか。やっぱりウズなんですね。感心、、。
by kazg (2017-09-04 19:31)
hatumi30331様
カタツムリ、見つけると気持ちが弾みます(笑)
>日本の原風景のような・・・・
私(たち)の原風景は、どこへ行ってしまっただろうか、と嘆く友人もいます。もっと大勢子どもたちがいて、農作業にいそしむ若い働き手がいて、穏やかな暮らしと、当たり前のこととして、未来への安心と希望に満たされていた、どこにもあった場所、、、。失ってしまうことは余りにも惜しいと思われてなりません。
by kazg (2017-09-04 19:46)
日本の良さいっぱいですね。
by 風船かずら (2017-09-05 16:37)
めっきりカタツムリは見かけなくなりました。
見つけたら嬉しいですよね(∩.∩)
実はイチジク、作年初めて生を頂きました。
長野の田舎では食べたことがなかったんです。
今思うと不思議です(^^;
by 美美 (2017-09-05 19:22)
風船かずら様
コンクリートや、高層ビルや、電飾や、雑踏や、そんな賑やかで派手なものがいっさいありません。でも、心は落ち着きます。年のせい?かな?
by kazg (2017-09-05 20:12)
美美様
カタツムリ、確かに、見るのは、年に何度かという頻度ですね。やはり緑たっぷりの自然の中でしか会えませんね。
イチジク。加工品は別として、生イチジクは、庭の木からもいで食べたり、知人からいただいて食べるかで、お店で買って食べることはほとんどありません。その機会がなければ、食べないまま過ぎますね、、。
by kazg (2017-09-05 20:27)
「蝸牛角上の争い」へーえ、知りませんでした。
それにしてもたとえ方が極端でユニークですね、さすが壮士!
by momotaro (2017-09-13 12:32)
momotaro様
ホント、極端な、印象的なたとえですね。
by kazg (2017-09-13 19:08)