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トカトントン再び、の巻 [時事]

みずからの語彙力の貧困を、今ほど恨みに思う時はありません。
もっと激しく、もっと荒々しくもっと手厳しく、もっと完膚なきまでに、とことん罵倒し、なじり倒す言葉が欲しいものです。アベ政権の、卑劣、卑怯、下劣、姑息、横暴、無法、陰湿、愚劣、醜悪、不義、暴挙、凶暴を、どう形容してみても、陳腐に過ぎます。
大相撲で、横綱が立ち会いで変化してみたり、「猫だまし」などの奇手を食らわせたりすると、大ひんしゅくですよね。四十八手の相撲ルールにもとづく取り口であっても、天下の横綱には、相応の品格と風格が求められるわけで、それは相撲愛好家のみならず、市井の一般人の良識(コモンセンス)に適合する美意識、倫理観だといえるでしょう。
しかるに、わが国政界のトップは、「猫だまし」どころか、法度お構いなしの禁じ手を次々と繰り出したあげく、「私が総理」「ルールはボクチャンが決める」と、の横紙破りを平然と正当化し、批判者を恫喝する始末。この内閣によって、繰り返し見せつけられた手法だけに、もうそろそろ慣れてもよいところでしょうけれど、やっぱり今度の共謀罪国会の凶暴さには、愕然とさせられました。
15日朝、委員会審議を省略して、本会議で中間報告の後、採決?朝のTV報道で知ったときには、口アングリ!でした。
それからほど経ずして、文科省の調査で文書の存在が発覚かとその日のニュースで報道されるにつけ、やっぱりその追及をおそれて幕引きを急いだのだろうと、容易に推察できました。
でも、伝えられるところによると、この幕引きを主導したのは、公明だとか?参院法務委員長のポストを握る同党にとって、都議選を前に「強行採決」はイメージダウンが避けられまいとの思惑が働いたのだそうで、裏には裏があるものですな。
そういえば、賛成討論にたつ公明サンのテンションの異常さ、木村草太さんも指摘しておられましたね。

このラジオ番組の国会ダイジェスト、必聴です。

https://www.tbsradio.jp/155800


「右翼」論客として知られるの小林よしのりさんも、この記事で木村颯太さんを褒めていましたね。

共謀罪についての木村草太の発言に感動した。


 今日の「報道ステーション」の木村草太氏は凄かった!
実に痛快だった。 

「共謀罪はテロ対策ではない」ということを、明確に断言して、現行法でも予備罪と共謀共同正犯との組み合わせで、テロ対策になるから、今のままでパレルモ条約に参加できると言ってくれた。

共謀罪が「テロ対策」だというのは、政府の嘘だから、最初にこのことをマスコミや有識者は見抜いて、国民に伝えるべきだったと、木村氏は言う。
(中略)

木村草太氏は、最後に恐るべきことを言ってのけた。
「今回『テロ対策だから法案に賛成した』と発言している有識者の方々は、果たして自分が発言する資格があったのかどうかを反省してほしい」
とまで言ってのけた。 

 

あのクールな口調で、言ってることの辛辣さは凄い!
若い世代にこういう知識人が出てくると、本当に安心する。
わしより若い世代は、全部馬鹿かと思っていたが、期待できる者はいるようだ。



太宰治の「とかとんとん」という作品について、以前この記事でもふれました
はてさて?大競争狂騒曲とな?の巻
少々引用します。

 以前(2004年)、こんな文章を、ある教育系雑誌に投稿したことがありました。「10年ひとむかし」と言いますがそれ以上の昔の話です。でも、読み返してみて、今なお、根本的な変化(改善)は、認められないと思えましたので、ここに再掲させていただきます。

岡山発「大競争」狂騒曲
一、トカトントン、あるいはハラホロヒレ
太宰治に「トカトントン」という小品がある。玉音放送の後、なお「徹底抗戦、自決」を叫ぶ若い中尉の姿に厳粛を感じた「私」は、「死のう、死ぬのが本当だ」と決意する。が、折しも兵舎の屋根からトカトントンと金槌の音が聞こえ、なぜか途端にすべてが白けてしまう。高校教師出身のミステリー作家、北村薫氏が、エッセイ集『謎物語ーあるいは物語の謎』で、これに触れておられるのを、最近、愉快に読んだ。
「たとえば、太宰の『トカトントン』を読んで、何も見えない人に向かい、《トカトントンはハラホロヒレである》と言ってしまうのが評論家ではないか。そのおかげで何かが見え、《ああ、そうか》という人が出て来る。/すると別の評論家が《いや、あれは断じてハラホロヒレではない。ガチョーンである》と演出するのである。そこで、まことに不敬ではあるが《トカトントン》を《ハラホロヒレ》に差し替えれば、こういうことになる。/もう、この頃では、あのハラホロヒレがいよいよ頻繁に聞こえ、新聞を広げて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、ハラホロヒレ、局の人事について伯父から相談を掛けられ、名案がふっと胸に浮かんでも、ハラホロヒレ、(中略)もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもハラホロヒレ、自殺を考え、ハラホロヒレ。」(中公文庫p二一〇)

この記事では、「教育改革」とか「教育再生」の名のもとに、子どもたちと学校に問答無用で押しつけられる「非教育」「反教育」的な施策や圧力へのシラケを話題にしたのでしたが、いま、共謀罪国会の顛末を思うにつけ、私の耳にまたもや、とかとんとんが鳴り響いてやみません。
先日 cyoko1112様が「ブログ倦怠期」と書かれていて、ふと共感してしまったのは、案外このどんよりとして始末の悪いシラケ感のせいかもしれません。ここ数日、ブログ更新を怠っていますのは、灰色のデスクワークやら、パソコンとプリンターのトラブルが相次いだこともありますし、孫とのデートで「充実」した日々を送っていたことなども影響していますが、なによりも得体のしれない徒労感に襲われて、ブログ発信の意欲気力がわかなかったことは、否めません。
そうするうちに、ストックしたまま放置している画像がたまり、日の目を見ないまま終わりそうです。
自然保護センターに立ち寄ったのは何時だったでしょうか?

EXIFによると、このカワラヒワにあったのは5月23日のことのようです。
同じく、キセキレイがこんな姿を見せてくれたのは、6月10日です。







そうそう、思い出しました。草刈りのために郷里を訪ねた帰り、長福寺三重塔を見て、その足で自然保護センターに立ち寄ったときのことでした。
山深い田園風景の中の長福寺を、もう一枚載せておきます。

一昨日も、草刈りに行ってきました。ついでがあったので、長女と一歳の孫も一緒に田舎の空気を吸ってきました。元気いっぱい大いにはしゃいで遊びました。ジャガイモ掘りデビューも経験しました。(画像なし)
草刈り作業は、畑だったところが今や草ぼうぼう、笹ぼうぼうで、少々の作業では埒があきません。燃料を満タンにした草刈り機で作業し、燃料切れになるまで作業したものの、焼け石に水状態です。また日を改めて続きをやらねばなりません。
それにしても、はびこった笹が厄介で、戦意がくじかれます。
ところで、前回、6月10日の自然保護センターでは、ササユリの花を見ました。
この優美なユリは、その葉が笹の葉に似ているところからササユリの名があるそうです。このようなササは歓迎ですが。






さすがに、当然の成り行きとは言え、直近の世論調査ではどれも軒並み、内閣支持率が、激減しています。国民も、いつまでも愚かにだまされはしない。その推移に期待し、気を取り直しつつ、とりとめもないブログ記事を書き継いでいくことにいたします。
今日はここまで。

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写真素材 PIXTA


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