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つれづれのことわざ三昧、の巻 [雑話]

今朝は早朝から、島根県を中心に、甚大な大雨災害に対する物々しい警報が、繰り返し報じられています。台風は過ぎ去ったのに、センジョウコウスイタイとやらのせいで、激しい雨量が予想されるのだとか。このセンジョウコウスイタイという専門用語、最近の大雨災害の際にしばしば耳にするようになっていましたが、耳から聞いたのでは意味が思い浮かびません。
「戦場」「扇状」「千丈」、のほか、洗浄,線上、洗滌、千畳、煽情等も思い浮かべてもますが、ピンと来ません。
正しくは「線状降水帯」だそうで、激しい雨が長時間降り続く恐れがあり、「数十年に一度の甚大な災害」が予想され「最大級の警戒」が必要だそうです。くれぐれも被害なきことをお祈りします。

自然災害ならずとも、ごくプライベートな事情から、こんな言葉が脳裏をぐるぐる回っています。
「弱り目に祟り目」
「泣き面に蜂」
今日から、退職同業者の作品展が開かれます。

過去のものは、こんな記事でご紹介しました。


「一本の鉛筆」から始まった、の巻(2016-07-04)


取り急ぎ、岡山空襲の日を走り読み、の巻
(2016-06-29)

2年目と言われて気づくうかつかな(2015-07-15)

この記事に書いた感想は,現在にもそのまま当てはまります
 「安保関連法案」が、今日にも衆院委員会採決、という動きが伝えられています。

昨日も何人かの友人と話しましたが、実に不愉快。不本意。精神衛生に障ります。

「丁寧に説明する」とおっしゃりながら、一方的に自分の理屈を繰り返すだけで 、相手の質問に答えない、はぐらかす、時には恫喝する、、これで審議は尽くしたとして採決をごり押しする。やっぱ、なんかカンジワルイわるいですよね。

過去にも、語彙力の貧困が話題になった宰相は複数おられました(現在、副総理をなさっておられるお方なども)が、アベサンの場合、その饒舌さとは裏腹に、語彙認識がかなりずれていらっしゃるのではないかと感じるフシがままありますね。

普通「丁寧に」というからには、たとえ意見が違ったとしても、相手の存在を認め、その気持ちを斟酌し、思いが少しでも通じ合うように、相互の間隙を埋め、一致点が広がり、合意が進むように、心を砕くことを、期待します。でも、あべサン達の「丁寧」には、そんな要素はひとかけらもないらしい。

桑畑の歌から始まった、の巻(2015-07-14)


半田山植物園のバラの巻(3)
(2015-07-12)

七夕雑話(2015-07-07)

せせらぎのかそけき音や半夏生(2014-07-02)



昨日は、朝から作品の搬入、飾り付けということで、私自身も作品を持ち込むとともに、会場の設営のお手伝いをすることにしていました。ところで、前日の月曜日は、アルバイト勤務日でしたが、仕事を終えて帰宅し、荷物をそのまま車に積んだままでしばらく気づかなかったのですが、お昼に食べた、空の弁当箱がない。さては、職場に忘れてきたかと気づいたものの、次の勤務日は木曜日。しかも私の席は、曜日ごとに利用者が入れ替わる共有席。こんな高温多湿の季節に、汚れた弁当箱を放置していると悲惨な事態に陥ることは必定で、すみやかに持ち帰らなければなりません。

というわけで、その朝は、一旦職場に立ち寄ってから作品展会場に向かおうと、少し早めに余裕を持って家を出たのですが、折からの台風接近で.思わぬ渋滞に巻き込まれ、予想以上に時間がかかりました。 空の弁当箱は、予想通り、自席の机の下に置き忘れていましたので、こっそり回収して展示会場に向かいますが、10分ほどの遅刻。前途多難を暗示する一日の始まりでした。

入場者にお配りする出品目録を作成するという役割を与えられていました。事前に編集していたものを、当日の最終調整を施した上で印刷するため、パソコンと印刷機を借りられる場所まで、雨の中、車でひと走り。ついでにおあずかりした作品を運搬、などの大役を無事やり遂げることができました。午後も会場設営・展示を手伝いながら、ゆっくり作品鑑賞も楽しませていただいて、夕刻帰路につきました。

ここまでは、満ち足りた思いとともに、快い疲労を味わいながらの帰路でした。 と、これで終われば言うことなしですが、、、。

「好事魔多し」

「油断大敵」

「一寸先は闇」

帰もうすうすぐ自宅が見えようかというあたりでした。交差点の赤信号で列の後尾について停まり、信号が変わって、アクセルに足を乗せたときでした。どうもおかしい。プスン、プスンと力ない反応で出力が出ません。そしてそのままエンスト。 ガソリン切れです。

ガス欠エンストは2度ほど記憶にあります。一度は早朝、まだガソリンスタンドが営業を始める前の、真っ暗な時間帯。近くのGSに電話して見ますが、らちがあきません。困り果てて、わずかに面識のあるご近所の自動車関係業者の方に不躾なお願いをすると、ご親切にも缶入りのガソリンを持ってきて注油してくださいました。ありがたいことでした。

もう一度は、白昼、下り坂を運転中エンスト。そのまま惰性で走らせて、さいわい眼の前にあったガソリンスタンドに滑り込んだ?のでしたか?この時の記憶は、極めてあいまいです。

2つの経験の後先も覚えていません。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」

「二度あることは三度ある」

のことわざ通りの展開です。

「三度目の正直」

「仏の顔も三度まで」

とも言いますから、三度目はちょっと怖い。

ですから、決して熱さを忘れたわけではなく、エンプティランプが点滅すれば、できるだけ直ちに注油するようにしてました。まだガソリン残量は底をついているようではなく、10lもそれ以上も残っていて、まだ相当距離を平気で走るはず、という状態でも、

「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」

ことが多かったのです。

今回も、エンプティランプには一昨日の通勤時に気づいてました。帰宅後、保育園のお迎えや、孫たちを載せての買い物に車を走らせましたが、雨模様でもありましたので給油は避けました。そして当日の朝は、時間に急かされていましたので、給油しないまま出かけたのでした。後々考えますと、置き忘れの弁当を取りに回り道しなければ、無事に家まで帰り着けたかもしれません。

「後の祭り」です。

 国道上とあって、後続車も多く、降りて車を押してGSまで、というわけにもいきませんから、思いあまってJAFに助けを 求めました。これが正解で、30~40分後には、10L缶入りのガソリンを持ってレスキューに駆けつけてくださいました。

会員証を見せますと、1994年入会とありましたので「長い間ありがとうございます」と感謝されました。

脱輪、パンク、ほかに何があったっけ?頻繁にではありませんが、困ったときに助けていただいています。

「苦しいときの神頼み」

「持ちつ持たれつ」

おかげさまで無事、帰り着くことが出来ました。


今日は午前中、作品展の会場係の一員を仰せつかりました。

だんだんと岡山県内の各地にも警報が発せられるという悪天候の中ですので、人影もまばらですが、同じ館内で開かれている催しへの参加者が、三々五々訪れてくださいました。

そうはいってももてあます、手待ち時間のつれづれに、この記事を書き進めているところです。

展示作品についての詳報は、機会を改めるとしまして、一つだけ特記すべきことがあります。それは、ででぽぽの咽び啼く朝師を送るの記事でご紹介した恩師故M先生の生前の絵が、奥様のご厚意で出品されていたことです。

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若かりし日には国体にも出場されたスポーツマンで、専門の文学はもとより、音楽にも造詣が深いことは存じ上げていましたが、絵を描かれることは知りませんでした。ちょうど、同一会場で市民講座の活動中で、休憩の傍ら作品展をのぞいてくださった、わが故旧のおひとりヨシエさんも、M先生が描かれることは知らなかったとおっしゃっていました。1993年の作品とされるめざしの絵が好きです。
もうお一人、同じ時期に亡くなられた故K先生の遺作も出品されています。
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今日はここまで。

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写真素材 PIXTA