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「沖縄慰霊の日」にグスコーブドリを思う、の巻(3) [今日の暦]

冗長で読みにくかった前回記事を、分割して補筆しました。





県民の4人に1人が亡くなったという73年前の沖縄では、ブドリやネリが直面した一家離散の悲劇が、もっと大規模に、もっと残酷に子どもたちを襲ったのでした。

一家離散の悲劇といえば、「米国で不法移民の子2千人以上が親と引き離されている問題で、トランプ大統領は20日、不法入国で拘束された親子をともに収容するための大統領令に署名した。一方、不法入国者を訴追して収監する「ゼロトレランス」(不寛容)政策は続けるとしている。(朝日新聞degital)」そうです。
また、地元紙山陽新聞の6月22日付けコラムも、家族が引き裂かれる現代の悲劇を告発しています。

父親を過労自殺でなくした小学1年生が「ぼくの夢」という詩を書いている。大きくなったらタイムマシンをつくり、行きたい所があるという。〈お父さんの死んでしまう まえの日に行く そして「仕事に行ったらあかん」て いうんや〉▼「全国過労死を考える家族の会」のホームページで紹介されている。過労による突然死や自殺で大切な家族を失う人をこれ以上、増やしたくない。遺族らは1991年に会を結成し、活動してきた▼その家族の会が強く反対しているのが、政府が今国会での成立を目指す働き方改革法案である。

「お父さんの死んでしまう まえの日に行く」タイムマシン以外にも、「働き方改革法」が成立する「まえの日」に行くタイムマシン、「カジノ法」が成立する「まえの日」に行くタイムマシンを大勢の子どもたちが切望しなくてすむように、家族泣かせの悪法を成立させないたたかいこそが肝要でしょう。


ところで、戦争のない状態を平和と捉える「消極的平和」に対し、貧困、抑圧、差別などのない状態を「積極的平和」とする概念を唱えたのはヨハン・ガルトゥング博士でした。「平和とは、あたり前に生きること。その命を精一杯輝かせて生きること」(相良さん)という言葉は、まさにそれと相通じる明察でしょう。
以前、こんな記事を書きました。

「追伸」の補足と今日の愉快な鳥見散歩、の巻


憲法前文に明記された平和主義は、単に戦争や暴力のない状態を目指すだけではなく、 「専制、隷従、圧迫、偏狭、恐怖、欠乏」などの除去をめざしています。ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルトゥングが、「戦争のない状態を平和と捉える『消極的平和』に対し、貧困、抑圧、差別など構造的暴力のない状態を『積極的平和』とする概念を提起」(ウィキペディア)したのと、軌を一にする先進性は、特筆されるべきものでしょう。
ウィキペディアは、そのヨハン・ガルトゥング氏のコメントを次のように紹介しています。

 安倍政権の掲げる積極的平和主義に関して、ガルトゥングは「安倍首相は『積極的平和』という言葉を盗用し、私が意図した本来の意味とは正反対のことをしようとしている」「私が1958年に考えだした「積極的平和」の盗用で、本来の意味とは真逆だ」「積極的平和は平和を深めるもので、軍事同盟は必要とせず、専守防衛を旨とします。平和の概念が誤用されています」と述べ、さらに「積極的平和は全く軍事的なものではない」として、「安全保障関連法案は、平和の逆をいくものです。成立すれば、日本は米国と一致協力して世界中で武力を行使していくことになるでしょう。そうなれば、必ず報復を招きます。日本の安全を高めるどころか、安全が脅かされるようになります」と批判している。

 アベさんがひねり出した造語「積極的平和主義」は、海外では“Proactive Contributor to Peace”(「平和への積極的な貢献」)などと翻訳され、平和学における「積極的平和」(Positive Peace)とははっきり区別されているそうです。なんと、わが外務省も、総理の会見などの英訳で“Proactive Contributor to Peace”という表現を使っているそうですね。(フリージャーナリスト志葉玲さんのこの記事=安倍首相は「積極的平和」の意味を理解できていないので、戦場ジャーナリストが懇切丁寧に指導しますよ!志葉玲参照)

「積極的平和」という概念をイメージしようとするとき、宮沢賢治のしばしば用いた「本当の幸い」という言葉を思い出します。

・みんなのほんたうの幸福を求めてなら私たちはこのまゝこのまっくらな海に封ぜられても悔いてはいけない。(「宗谷挽歌
・全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さはやかな匂い、夏のすゞしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいはひが何だかを教へるか数えられませんでした。(「虔十公園林」)
・「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。(「銀河鉄道の夜」)

「グスコーブドリの伝記」の末尾の文章にも、この「みんなの本当の幸い」というテーマが読み取れるように思います。

けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るいたきぎで楽しく暮らすことができたのでした。


「このお話のはじまりのような」、穏やかで楽しく美しい森の暮らしぶりこそ、中三の少女相良さんが言い当てた、「平和とは、あたり前に生きること。その命を精一杯輝かせて生きること」そのものの具体的あらわれでしょう。それと真逆の方向へと進むアベ政治の、劣化し腐敗しきった逆立ちを根本的に正して、「みんなの本当の幸い」にむかう政治がいまほど切望されるときはありません。

今日はこれにて。



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