梅雨明ける、の巻 [折々散歩]
中国地方の梅雨が.昨日明けたそうです。
昨日の早朝は、久しぶりに傘を持たないで、コンパクトカメラだけの軽装で朝散歩にでかけてみました。
分厚い雲は残っていますが、隙間から朝日が覗いています。
散歩道から常山方面を望むと、この季節ならではの風景が見渡せます。もう少し雲が荒れればくっきり写せるようになるでしょう。
麦飯山方面の眺望です。
水田の稲苗が元気に育っています。
アオサギも健在。
夏らしい花が鮮やかに咲いています。
タチアオイ。
ひまわり?キクイモ?
自生の朝顔。
農道には、こんな小さなカエルが跳びはねています。生まれたばかりのツチガエルでしょうか。
足もとのセセリチョウ。
生まれたてのクマゼミらしい。アスファルトの上にじっとしています。交通事故が心配です。木の枝まで移してやりました。
草の露。
イトトンボ。
がまの穂のそばの草に止まるこの黄色いトンボはアキアカネ?ウスバキアカネ?
ウチワヤンマ。
後ろ姿しか取れませんでした。
家の近くまで帰り着いて、そばの用水路を見ると、これまた久しぶりに、翡翠がいました。しかも二羽。
気温がうなぎ登りです。
学校が夏休みに入り、高校生は補習とか部活とかで一日が過ぎ、4歳児は保育園で預かっていただいていますが、小学生2人は毎日ジジババと過ごします。
昨日は午前中、深山公園に行ってきました。
睡蓮がきれいに咲いていました。
虫を追いかけます。
蝶やトンボが採れました。
沢山群れて飛んでいるこのとんぼはアキアカネ?ウスバキアカネ?
ミヤマサナエ?
イトトンボ。
白い清楚なムクゲの花が咲いていました。
ところで今日、7月26日の誕生花は木槿だそうです。大阪に住む一番下の孫が1歳の誕生日で、老父がLINEでこの画像をupして、誕生日おめでとうのメッセージを寄せていたので気づきました。
以前この記事で書いたことがありました。
誕生日の花、の巻
NHK「ラジオ深夜便」に、誕生日の花というコーナーがあり、本が出ているので、機会があったら買って欲しいと、以前、田舎の老父に頼まれ、この二冊を贈ったことがありました。
ステラMOOK ラジオ深夜便 誕生日の花と短歌365日 新装改訂版
- 作者:
- 出版社/メーカー: NHKサービスセンター
- 発売日: 2013/06/18
- メディア: ムック
今日はここまで。
朝から痛快!の巻 [日録]
朝、たまたま点いていたテレビに、ついつい見入ってしまいました。
NHKの「朝イチ」に久米宏さんが生出演していました。番組HPにこんな紹介がありました。
ニュース番組に革命を起こしたと言われる「ニュースステーション」。みんなが夢中になった歌番組「ザ・ベストテン」。数々の番組に斬新なアイデアを投入し、司会を務めた久米宏さんをお迎えしました。「ラジオもテレビも生放送じゃなければつまらない!!」と、久米さん。生放送の「あさイチ」でその魅力をたっぷり伺い、華丸、大吉を巻き込んだハプニングトークが炸裂して大いに盛り上がりました。
久米さんの番組作りや司会のスタイルで一貫していることは「誰もやっていないことをする」ということ。その原点はTBSにアナウンサーとして入社した直後に大病を患ったことだと言います。仕事をセーブしていた時期に、同期や先輩アナウンサーの番組を見て「テレビの画面の中でどんな風に動けば映えるか」「どう話せば気持ちをつかめるか」観察し、「久米宏だけの話し方を見つけること」だと気がつきました。
メディアの世界で生きてきて52年。テレビのこれから、そして役割についても語っていただきました。さらに、現在、司会を務めるラジオの生放送や懐かしい番組映像も交えて「オリジナル」を追求し続ける久米宏さんの魅力に迫りました。
7月19日付ハフポスト には、こんな紹介記事が載っています。
久米宏、NHKについて「人事と予算で、国家に首元を握られているのは間違っている」 あさイチで発言
7月19日に放送されたNHK「あさイチ」にゲスト出演した久米宏さんが、「NHKは独立した放送機関になるべきだ。人事と予算で、国家に首元を握られている放送局があっちゃいけない」と発言し、注目を集めている。
番組では、プレミアムトークというコーナーに久米さんを招き、キャスターの近江友里恵NHKアナウンサーと、博多大吉さん、博多華丸さんが久米さんに話を聞いた。
NHKに関する発言が出たのは、博多大吉さんの「メディアのこれからってどうなんでしょう」という質問に対してだった。久米さんは「言いたいのはNHKに関してですよ」と切り出し、こう続けた。
「NHKはね、民間放送になるべきだと思います。(中略)で、NHKが民放になったら、他の民放はひどい目にあって、地獄を見ることになりますけど、NHKが国会だとか政府に首根っこ掴まれているような放送局でなくなるんだったら、そっちの方がよほどいい社会になります。
政治ニュースとか、社会を伝える、世界情勢を伝える放送局が、その国の国家に人事と予算の首根っこを握られているのは、絶対的に間違っています。先進国にそう事はあってはいけません」■「政府を強烈に批判する放送局があってしかるべき」
また、久米さんが戦争に進んで行った時代と今の社会を比べ、「気がつかないうちに戦争に入って行ったんですよね。割と似ていると言えば、似ているような気もするんです、あの頃と今って。とっても危機感を持っていますね」と話した。
この発言に対し、近江アナウンサーが「メディアのあり方と言いますか、情報の伝え方とか。やっぱり同じ轍を踏んではいけないという…」と問うと、久米さんは「政府を強烈に批判する放送局があってしかるべきなんですよ」と応じた。
「アンチ政府、アンチ国家の放送局、新聞があってしかるべきなんですよ。だいたいみんな同じになって。すっかり流行語になった忖度みたいなところで、よくないと思いますよね」
そして、若い世代へのメッセージを続けた。「政治家に限らず年寄りってあまり先の事、本気で心配してないんです。ところが、今の日本の困ったところは、若い人が先のこと心配してないんですよ。『なるようにしかなんないよ』って。それはいかん。少しでも自分の暮らしからよくしていこうと、若い人こそ思ってくれなきゃ。それが一番心配です」
近江アナウンサーが「明後日(参院選)選挙ですから、若い人も投票にもちろん行くべきですね?」と問いかけると、久米さんは「もちろん」と答え、続けた。
「投票に行って開票特番見るのと、行かないで開票特番見るのと、開票特番との距離が違いますから。投票して見ると特番の距離が近づくんですよ。ぜひ開票特番を楽しんで見ようと思うんだったら、投票所へ足を運んで、夜できればぜひNHK。一言ぐらい、お世辞言わないと(笑)」
番組の中でも、VTRで紹介されていましたが、実は久米さんのNHK出演は、7月13日(土)のTBSラジオ『ラジオなんですけど』で、聞いていました。ちょうど、草刈りとパソコン修理のために郷里に帰り、昼食を摂りに出かけた際に、カーラジオから流れてきたのが、久米さんの「ラジオなんですけど」で、「いつも批判している」NHKから出演のオファーがあることを紹介し、壮大なイタズラかもと疑った、と面白おかしく語っておられました。投票日直前のNHKでこの企画を通した関係者も、気骨ある人物が存在していたのでしょうが、「桶狭間」に喩えて「敵陣」に乗り込む心境で、ズバリもの申した久米さんもあっぱれでした。
今の日本の困ったところは、若い人が先のこと心配してないんですよ。『なるようにしかなんないよ』って。それはいかん。少しでも自分の暮らしからよくしていこうと、若い人こそ思ってくれなきゃ
まったくおっしゃるとおりです。
今日はこれにて。
運転免許の更新!、について [日録]
久しぶりに雀の写真。
庭の鉢植え朝顔の葉に、ツマグロヒョウモンが止まっていました。
午前中、思い立って、運転免許証の更新をしてきました。これまで、最寄りの警察署で更新することが多かったのですが、免許証交付が後日となり、書き留めで送付してもらうことになります。
県運転免許センターなら当日公布してもらえるので、5年前(ゴールド免許ですから、エヘン)は、そこを利用しました。
その時のことは、この記事に書きました。
迷い道辿りし果ての夏の川
実は昨日は、運転免許の更新に、山あいにある運転免許センターまで出かけました。どうせここまできたなら、ちょっと足をのばして、(地理をご存じのかたなら、「ちょっと」ではなく「かなり」だとおっしゃるでしょうが)吉備中央町のブッポウソウ観察ポイントを訪ねてみました。
雛がかえり、親鳥が餌やりのために頻繁に巣の周辺を行き来しているとM師匠に教えていただきながら、なかなか見に行く機会がなかったからです。
(中略)ところが観察スポットに私が到着した頃には、そこはシルバーカメラマン(カメラウーマンも)で一杯で、入り込む余地がありません。駐車場には県外ナンバーの車もちらほら見えます。
巣箱の中の様子は、観察カメラが装着してあって、モニター画像で観察できます。ヒナは、もう随分大きくなっているようです。目当ての親鳥は、しばらく前に飛び去ってから、姿を見せないとのこと。真夏日の暑さの中、しばらくたたずんでいましたが、あきらめて、別の観察ポイントをのぞいてみようと思いました。初めて行くスポットですが、M師匠から、丁寧に地図まで描いていただいていますので、これを頼りに行けば簡単!だったはずなのですが、途中分かれ道を間違えたことに気づきましたが、どこかで修正できるだろうとズンズンすすむと、ますます険しい山道に入り込んで行きます、結局道に迷ったまま、森林浴ドライブを楽しんむことになりました。
でも、これだけで帰るのも欲求不満が残るので、思いついて、別の対象を目ざして車を進めました。目的地や迷い道の詳しい経路は、人様に知られると非常に恥ずかしいので、秘匿させていただきますが、気づいたら、くねくねととんでもない細道に入り込んでしまっていました。川と谷と緑に囲まれた、車一台がやっと通り抜けられる、絶景と言えば絶景の小径を長々と走り、やがて鄙びた民家や建造物に挟まれた隘路を抜けて、やっとの思いで大通りに出ることができました。
そのスリリングなドライブの間、ラジオからは、参院予算委員会の中継がずっと流れており、いくつもの政党・党派、何人もの議員さんの質問が聞こえていました。
その印象の第一は、安倍さんのお達者なこと。前日の中継のときもそう思いましたが、よくも休みなく、滔々と同じ調子で答弁が続けられるものと感心するしかありません。声にもハリがあり、一点の曇りも気後れも感じさせない確信に満ちたおしゃべり。みごとです。
その安倍さんの自信たっぷりの答弁が、ひたすら「言い逃れ」に終始するようになったのはこの質問に対するやりとりでしたね。
都合の悪い指摘には、①正面から答えず、②下品な野次と、③恫喝的な高笑いで押し切って、「少数派」の声をかき消そうとするのが、この国のあいも変わらぬ政治風土らしい。都議会の「セクハラ」野次よりも、もっと不潔で忌まわしい品性ではないか、と思えてなりません。
しかも、事柄が事柄だけに、不誠実が際だちます。
(中略)
かつて、ハンナ・アーレントは、ユダヤ人虐殺に直接関与したナチスドイツの官僚アドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、彼が怪物的な悪の権化ではなく、思考の欠如した官僚であったことを衝撃的に暴き出しました。いわゆる「悪の陳腐さ」「凡庸な悪」の空恐ろしさをえぐり出したのです。紋切り型の決まり文句や官僚用語を繰り返すアイヒマンの言語能力の欠如は、考える能力、「誰か他の人の立場に立って考える能力」の欠如と結びついている、とアーレントは指摘しました。無思考の紋切り型の文句は、現実から身を守ることに役立った、と彼女は述べています。さて安倍さんの饒舌は、果たして、考える能力=「誰か他の人の立場に立って考える能力」に立脚しているのでしょうか?心許ない限りです。
先日のこの記事で、地元山陽新聞が紹介していた内橋克人さんの言葉を引きました。
「戦争はある日ここからといって始まるのではない。いつしらず、せせらぎの流れのように始まる。」
私はふと思うのですが、戦争を始める人も、「ある日ここからといって始める」わけではなく、「いつしらず、せせらぎの流れのように」始めているのかもしれませんね。その無自覚の故に、誰も責任を取らない!のではないでしょうか?
為政者が責任を取らなくとも、背負いきれない責任に懊悩する人々は、無数に存在します。
「①正面から答えず、②下品な野次と、③恫喝的な高笑いで押し切って、『少数派』の声をかき消そうとする」姿勢は今も改まっていません。それどころか、選挙演説中の市民のヤジさえ、警察力で排除するまでにエスカレートしているようです。
ヤジの市民を道警が排除 安倍首相の街頭演説中
15日に札幌市中央区であった安倍晋三首相の参院選の街頭演説の際、演説中にヤジを飛ばした市民を北海道警の警官が取り押さえ、演説現場から排除した。道警警備部は取材に対して「トラブル防止と、公職選挙法の『選挙の自由妨害』違反になるおそれがある事案について、警察官が声かけした」と説明。だが現場では、警察官は声かけすることなく市民を取り押さえていた。
- 【特集】与野党激突、参院選めぐる発言集
安倍首相はJR札幌駅前で同日午後4時40分ごろ、選挙カーに登壇。自民党公認候補の応援演説を始めた直後、道路を隔てて約20メートル離れた位置にいた聴衆の男性1人が「安倍やめろ、帰れ」などと連呼し始めた。これに対し、警備していた制服、私服の警官5、6人が男性を取り囲み、服や体をつかんで数十メートル後方へ移動させた。また年金問題にふれた首相に対して「増税反対」と叫んだ女性1人も、警官5、6人に取り囲まれ、腕をつかまれて後方へ移動させられた。いずれのヤジでも、演説が中断することはなかった。現場では、多くの報道陣が取材していた。
公選法は「選挙の自由妨害」の一つとして「演説妨害」を挙げる。選挙の「演説妨害」について、1948年の最高裁判決は「聴衆がこれを聞き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」としている。
松宮孝明・立命館大法科大学院教授(刑法)は「判例上、演説妨害といえるのは、その場で暴れて注目を集めたり、街宣車で大音響を立てたりする行為で、雑踏のなかの誰かが肉声でヤジを飛ばす行為は含まれない」と話す。むしろ連れ去った警察官の行為について「刑法の特別公務員職権乱用罪にあたる可能性もある」と指摘。「警察の政治的中立を疑われても仕方がない」と話した。
ネット上のこんなご指摘。全くもっておっしゃるとおりです。
話が横道にそれました(いつものことですが)。運転免許更新の話題に戻します。今日は、「倉敷運転免許更新センター」を利用してみることにしました。初めての利用です。近くを通りかかったことは何度もあるので、迷うことなく行き着けました。ただ、途中、思わぬ渋滞もあって、行きつくまでに時間はかかりましたが、講習時間は30分だけ。あれこれの手続きや、講習開始までの待ち時間を含めても一時間弱ですべてが終わり、新しい免許証を得て昼前までに帰宅することができました。
特記すべきは、係の方の次のひと言。
次の講習は5年後になりますが、その際は忘れずに教習所で高齢者講習を受けた上で、その証明書を持って更新してください。
いよいよ、本格的に高齢者の仲間入り。感慨を禁じ得ませんでした。
午後は強い雨が続いています。
南の地方の台風・洪水被害が心配です。
それと、なんと言うことでしょう。京都のアニメーション制作会社へのテロの悲惨。痛ましいことです。
事件の真相や背景は、まだまだ謎に包まれていますが、ただ一つ言えることは、文字通り「丸腰」の、優しく柔らかい文化への、暴力的蹂躙。許せません。犯人をそこへ追いやった、暴力容認の時代風潮に、掘り下げた自己分析を施す必要がありそうですね。
今日はここまで。
昨夜アップしたつもりのこの記事。どうやらアップに失敗していた模様です。再度、送信いたします。
暑い、熱い!の巻 [時事]
今日は教育相談のボランティアの当番日です。大雨は降りそうにないので、いつものように懇意な施設の無料駐車スペースに駐めさせていただき、約2km余りを、歩いていきます。暑いです。
午前中の相談活動を終えて、昼食時、岡山駅まで約1km、やはり徒歩で出かけます。
途中チャギントン電車に出会いました。
岡山駅になんの用?
はい、演説会があったのです。
共産党志位委員長が来岡。野党統一候補の原田ケンスケさん(立憲民主、共産党仁比参議院議員などと一緒に演台にたたれます。
野党は対案を出さない、とアベさんはしきりに吹聴するが、党首討論でも、国会でも、安倍さんに面と向かってしっかり対案を示しています。忘れたのでしょうか?と、対案を具体的にポイント解説。
実現のためには、選挙区では野党統一候補の原田ケンスケさん、比例区は共産党を!と訴えます。
熱い陽射しの中、聴衆の熱気も最高潮。全国に熱気を運び、人びとを励まし元気づける八面六臂のこの奮闘が、どうか報われることを祈ります。
今日の歩数、12000歩。熱射のもとだけに、汗かき効果は抜群でした。
今日はこれにて。
小人閑居の暇もなし、の巻 [日録]
13(土) 郷里の父母宅へ。山の畑の草刈りと、パソコン修理。
以前、中古で調達したXPパソコンを、サポート切れ承知で使ってきましたが、最近しばしば次のようなエラー情報が出て起動しなくなったそうです(時に、起動することもあるようです。)
次のファイルが存在しないかまたは壊れているため、Windows を起動できませんでした。
\WINDOWS\SYSTEM32\CONFIG\SYSTEM
オリジナル セットアップ CD-ROM から Windows セットアップを起動して、このファイルを修復できます。
修復するには、最初の画面で ‘R’ キーを押してください。
以前からいろいろとトラブルに見舞われ、そのたびに出かけていっては対処法を試してみますが、一回で切り抜けられるとは限りません。今回のトラブルも、何かと面倒そうです。
父は、いっそのこと、同じようなのを中古で探して買ってくれと言いますので、物色してみることにしました。結局、ネット販売のWINDOWS10入りの中古パソコンを、1万円弱で購入。試してみると、通常に稼働しますが、承知の上とは言いながら、XPとは使い勝手が大いに違います。これは慣れるまでのサポートがタイヘンと感じました。
そこで、方針転換して、私がサブパソコンとして使用していたWINDOWS7パソコン(中古購入のXPパソコンをグレードアップしたもの)を、父親用にカスタマイズ(よけいなものを削除して、最小限のシンプルな姿に)して譲ることにしました。 心配は、ネットワーク接続でしたが、これは案外にうまくいきました。
そのかわり、思いがけない伏兵が現れたのでした。それは、プリンター。
ネット情報によれば、1997年発売(!)のものらしいチョー旧式プリンターを、ずいぶん前中古購入して、我が家では使わなくなったので、実家に置いて使ってもらっていたのですが、ウィンドウズ7対応のドライバがないらしいようなのです。困った困った。
そこで、予定外の出費ですが、地域の量販店で新しいプリンタを買うことにしました。
以前のプリンタは、シリアルケーブルでの接続でしたが、今時、流行らないようです。それでも、USB接続は使えるだろうし、USBケーブルは同梱されているはず、と思いこんだのが早とちり。甘かった。
当然、USB接続は可能なようですが、意外にもケーブルは別売りで別途調達する必要があるらしい。
我が家には、余分なケーブルがあるはずですが、取りに帰ると往復4時間かかります。かといって、さっき行ったばかりの家電店にもう一度引き返すのもしゃくですので、別の方法を考えることにしました。
この、プリンタが無線LAN(WIFI)接続できるらしいことに期待して、WIFI接続をこころみましたら、どうにか繋がりました。
さて、これでしばらくは使えるでしょうか?
【後日談】ほっとしたのも束の間、新たなトラブルです。NET購入し,我が家でサブパソコンの任につく予定にしていたウィン10パソコンが不調に陥りました。「修復」画面が繰り返し表れ、どうやってもにっちもさっちもいきません。win10は入っていますが、インストールディスクがついていません。トラブルが起こると,新規インストールという方法で切り抜けることもできません。そこで、毒をくら和場わば皿までで、win10インストールディスクを購入して新規インストールしてみることにしました。余計な出費がかさみましたが、ようやく昨夜、普通に使えるようになりました。(たぶん)
この日は、保育園で「夕べのつどい」があったそう。あいにくの雨で、室内行事だったようですが、浴衣姿を見せに来てくれました。
14(日) 娘夫婦が、転居するので、引っ越し手伝いに行ってきました。ムコ殿と、そのご両親が車を出してくれて、そこに荷物を運び込むのが主な仕事ですが、荷造りとに運びを同時進行で進めます。アパートの二階から、狭い階段を運び下ろすのがなかなか苦労です。
久しぶりに息切れがして、足腰と腕の筋肉が痛みます。
高一と小6の孫が、しっかり働いてくれました。
15(月)引っ越し先の片付けに、今度は小3の女児を連れてお手伝いに行きました。三歳児の従妹を飽きさせず、しっかり世話をしてくれました。
初めての新居訪問。道案内が必要なので、公共施設で待ち合わせました。庭木のオリーブが実っています。
16(火)仕事日。夜は、演劇鑑賞。
劇団俳優座 『七人の墓友』
「小人閑居して不善を為す」と申しますが、「閑居」のいとまもありませんなあ。心をうしなうと書いて「忙」。少々自戒のこの頃です。
ツバメは、いつの間にか巣立ちました。
今日はここまで。
玄鳥成長記録(つばくらめそだちのあとさき)、の巻 [Nature]
何年前、いや何十年前からでしょうか、我が家の玄関先の軒下に、毎年のようにツバメがやってきて、営巣します。
玄関の鳥だから、ツバメを玄鳥と書くのでしょうか?いや、そんなバカな。「玄」は「黒」だからでしょうね。
念のために辞書で確かめてみますと,「玄関」も薄暗いところからそう名付けられたらしいですね。
げん【玄】
1 赤または黄を含む黒色。
2 老荘思想で説く哲理。空間・時間を超越し、天地万象の根源となるもの。
3 微妙で奥深いこと。深遠なおもむき。
「―を談じ理を折(ひら)く」〈太平記・一〉
4 《玄のつく名が多いところから》江戸時代の遊里で、医者のこと。また、医者を装ったところから、僧侶の客をいう。玄様。
「浅草あたりの―、色里にうかれゆきけるに」〈浮・常々草〉げん【玄】[漢字項目]
[常用漢字] [音]ゲン(呉) [訓]くろ くろい
1 赤または黄を帯びた黒色。「玄黄・玄米」
2 奥深くて暗い。「玄関・玄室・玄妙/幽玄」
3 奥深い道理。「玄学」
4 はるかに遠い。「玄孫」
[名のり]しず・しずか・つね・とお・とら・のり・はじめ・はる・はるか・ひかる・ひろ・ふか・ふかし
[難読]玄鳥(つばくらめ)・玄孫(やしゃご)出典 小学館デジタル大辞泉
何年前、はたまた何十年前か思い出せませんが、最初は、つがいのツバメが、せっせと泥や藁くずを運んできて、見事な巣を作り上げました。同じペアなのか、またはその子孫たちなのか、その次の年、また次の年と、同じ巣をリフォームして雛をかえし、そろって飛び立っていって、季節が巡ります。
どういう訳か、少し別の位置に新しい巣を作って、子育てした年もあります。その翌年、どちらの巣を利用するかは、気まぐれのようにランダムで、はっきりし理由がわかりません。いつの頃からか、我が家の屋根に居住するらしいスズメが、ツバメの巣に悪戯を仕掛けることが多区なりました。枯れ草や羽毛、ぼろ屑といった、巣材様のものをつめ込むことが多いので、自分の巣として利用するためかと最初は思っていましたが、どうやらそれだけでは説明しきれない動機があるようにも思えます。
これでは、自分だって入れませんから,嫌がらせとしか思えません。
また、クチバシで、巣の土をかじるのでしょうか、大きな穴をあけて、ツバメが新しい泥で補修してリニューアルする気力も萎えてしまうような意地悪もします。それが元で、修復を断念した巣の跡もあります。
そのようなわけで、我が家の玄関軒下には、新旧あわせて三つほどの巣(や巣の痕跡)があり、今年のツバメは、大幅修復により、ほとんど新築に近い立派な巣をこしらえ、今期二度目の巣ごもりが終わろうとしています。
7月4日の雛。まだ幼さが残っています。
7月7日の雛。もう羽毛も生えそろって、少年っぽく育ってています。
食欲旺盛です。
親鳥は,片時も休む暇がありません。
これがきょうの様子。
巣の中には二羽しか雛の姿が見えません。
別の角度から写してみます。
依然として食欲旺盛で、親鳥は大忙し。
おや?これは外出から帰ってきた兄弟ツバメでしょうか?
トリミングしてみます。
嘴辺りにあどけなさが残っているような気がします。
散歩道の芙蓉の花。
アゲハがひらひら舞っています。
やっと止まってくれました、
我が家の庭先の朝顔の葉にも,しばし休憩。
虫かごに飼っていた青虫(アゲハの幼虫)を写しそびれているうちに、サナギになっていました。
孵化するのも,そんなに先のことではないでしょう。
ここ何日かで、蝉も一気に地上に現れ、やかましく鳴いています。
我が家の外壁に、抜け殻のすぐそばに生まれたばかりのクマゼミがいました。
いよいよ夏ですね。
きょうはこれにて
故旧も歩けば至玉の出逢い、の巻 [折々散歩]
「至玉の出逢いが待ち受けていたのです。」と思わせぶりに書いた、昨日の記事の続きです。
この日集ったわが故旧のお一人に、サブローさんがおられます。当ブログにも再三、素顔で登場して頂いております。たとえばこの記事。(ここでは『三郎さん』と表記していましたが)
故旧あい集いし森の青胡桃(2014-06-11)
岡山県美作市右手(うて)という地区は、木地師の里として知られています。
私の学生時代の先輩である「三郎さん」は、関西在住でしたが、退職後、奥様の実家のあるこの地区に移り住んで「木工みや工房」をひらき、木工工芸品の制作に励んでおられます。
上は、「木工みや工房」にて作業中の三郎さん近影
上は、工房で制作中の作品
過去のブログで紹介したとおり、大学時代の先輩・後輩の間柄で、大阪、西宮、岡山県北、岡山県南など、あちこちに生活の基盤を持つ同郷のメンバーが、故郷の自然探訪を楽しむ企画を、最近何回か催しました。
このサブローさんが、現地集合となっていた『まきばの館』に、予定より早く到着されたので、周辺で時間つぶしをしておられる時に、たまたま見つけた案内表示を頼りに、ここを訪問されたのだそうです。
Arts&Crafts village という工房で、喫茶を利用することもできるのだそうです。短時間の間に、いろいろと話が弾み、同じく関西出身でもあり、共通の知人の話題で盛り上がったそうです。
「まきばの館」のレストランで、ゆっくりおしゃべりをしながら昼食を摂り、さて、そのあとの行動予定は?との相談になりました。結局、せっかくなので、そのArts&Crafts village でお茶を飲みながらおしゃべりの続きをしようと決まりました。まったく行き当たりばったり、風の向くまま気の向くままの、愉しい旅です。
およそ7分ほどのくねくね道を走ると、こんな建物の前でサブローさんの車が止まりました。非常に古びた廃校の校舎のようです。
どうやら小学校らしい。昔懐かしい木造校舎です。板の廊下を案内されて、喫茶コーナーへ向かいます。
アンチーク風のオシャレな空気がただようカフェは、理科室を改造したものだそうです。
窓際に設置されたロケットストーブベンチが、存在感を放ちながら、部屋の風景に溶け込んでいます。HPに掲載のお写真をお借りします。
後で調べてみると、HPには、こんな紹介が書かれています。
アーツ&クラフツビレッジは岡山県北で 山間部の廃校になった小学校を再利用し 木工や染織など、手仕事の工房として 活用しています。
自然に恵まれた環境を生かし、循環可能 な暮らし方を学ぶ田舎の学校(ルーラル スクール)も開催しています。
HPは、リンクフリー(ただしトップページへ)とありましたので、お言葉に甘えてリンクを貼らせて戴きます。Arts&Crafts village
カフェでは、女主人らしき日本人の女性と、西洋人の若い女性ふたりが、もてなしてくださいました。聞けば、西洋人女性は、一人はオランダ、一人は北欧からの滞在者で、ここでステイしながら染織を体験し、またカフェをも手伝っておられるそうです。宿泊費の節約にもなって、あたらしい旅行の形態として広がりつつあるのだそうです。
この地は、合併して美咲町となる前は、久米郡旭町だったそうで、旭町立第2小学校が廃校となったあと、今から27年前、それを工房として借り受けて、奥さん(原田豊美さん)が染織、夫君が木工・家具製作にとりくんで来られたそうです。
HPの『私たちのこと』というページに、その辺のいきさつが紹介されています。
アーツ&クラフツビレッジ
アーツ&クラフツビレッジは1992年に廃校になった旭町立第2小学校を引き継ぎました 体育館は家具工房に、教室は染織工房に、理科室はカフェとギャラリーに校長室はゲストルームにと、木造2階建ての古い校舎が、 今ではすっかり生まれかわっています。
イギリスで見たアーツ&クラフツ
Dartington Hall, England.
田舎暮らしとものづくりに憧れ、家族で大阪から岡山に移住したのは1986年。山の中にハンドメイドハウスをたてて住み始めました。そして5年後の1991年から1年間を暮らしたイギリスでアーツ&クラフツ運動と出会ったのです。
イギリスでの主な滞在先は南西部デヴォン州。私たちが住んでいたダーティントンという村は、タゴールに感化された大富豪夫妻が1920年代から芸術と工芸を軸に村おこしをしたところです。中世の貴族の館を中心に、芸術大学、環境研究所、アートセンター、クラフトショップなどが緑の中に点在する素晴らしい村でした。
アーティストや工芸家たちが協力してギルドをつくり、自前のギャラリーやショップをもつなど、積極的に活動しており、生活の中に音楽やアート、クラフトが溶け込んでいました。
運命的な校舎との出会い
その思いを形にしたのがアーツ&クラフツビレッジですこの校舎に出会ったのは、イギリスから帰国して広い仕事場を探していた時。 「廃校になる小学校があって、貸してくれそうだ」というので、夜すぐ見にいきました。
どこまでも続く山道に、「本当にこの先に小学校なんてあるのかなぁ」と不安になったころ、突然、校庭の分だけぽっかりと真黒な山に穴があいたようにきれいな星空が見え、桜の木が一本、満開に咲き誇っていました。耳にはザーザーという川の音。運命的といってもいいような印象的な出会いでした。
何キロにもわたる桜並木と豊かな水をたたえた旭川。わらぶき屋根の残る静かな山里は、創作活動には素晴らしい環境です。近年、住民の多くが出ていき、過疎となったこの村に、逆にイギリスで見たような、自然と溶け合った美しい暮らしへの可能性を感じます。
コーヒー一杯で、ゆっくり寛いで歓談した後、工房となっているいくつかの部屋(教室跡)を見学させて戴きました、
余計な付け足しですが、Arts&Crafts village さんのHPからリンクをたどって、フェイスブックの記事のこんな記述を発見しました。2016年5月の記事です
岡山モノづくり展へ アーツ&クラフツビレッジ出展
久々に岡山市内で家具、染織の展示会です。
岡山タカシマヤさん 8F催会場
『岡山モノづくり展 』に参加します。
烏城紬、作州絣、横野和紙、倉敷いぐさ、など、岡山の伝統工芸と新しい作家の作品も紹介されます。会場で製作実演、ワークショップも開催されます。
アーツ&クラフツビレッジのコーナー
家具 テーブル、椅子、ドレッサー、木の小物
染織 桜染めの麻ショール、藍染めショール、Tシャツなど
家具は 長尾泰典が椅子のペーパーコード編みの実演を予定。(随時開催 見学可)
染織はスピンドルによる糸紡ぎワークショップを毎日開催
ふと目がとまったのは記事中の「烏城紬」の文字。
古い記事を引用します。
烏城にまつわるエトセトラ(2013-11-23)
妻は、別の公民館の講座で、「烏城紬(うじょうつむぎ)」という織物と、和裁とを習っています。(DIYです)
自分で織って仕立てた和服を着て居るところを、写真に写して年賀状にしたいというので、カメラマンも命じられました。
「烏城紬」についてはこちら(その1 その2 その3 その4)をご参照下さい。以前の記事にも書いたように、岡山城のことを、その漆黒の外観からカラスに見立てて「烏城」と呼びます。(参照記事その1 その2 その3 )
「烏城紬」はそれにちなんで名づけられた伝統工芸品です。
折角なので、烏城をバックに撮影してみました。
「烏城紬」の宣伝をしたいと、妻が言いますので、後ろ姿をお見せします。織りも素人、仕立ても素人、着付けも素人、カメラも素人ですが、バックの烏城だけは本物です。
この烏城紬を伝承しておられる須本雅子さんが、上述の岡山タカシマヤでの『岡山モノづくり展 』に出展されるとき、妻も当番で「店番」を担当したことがありました。その際、私もアッシーとして展示を瞥見したことがありましたが、同じ会場にArts&Crafts villageさんも出展なさっていたはずだと思うと、奇しき縁に感慨を禁じ得ません。
聞けば、原田さんは、私たち一行より少しお若いご様子ですがほぼ同世代。ニワトリを飼い、野菜を育て、自然とともに暮らしておられる暮らしぶりのせいか、はたまた、ヨガをなさるという賜物か、身のこなしも軽やかで、心のありようも軽快かつ聡明。雪に閉ざされ、凍える冬を初め、文明や便利さとは隔絶された、辺鄙な田舎暮らしを30年近くも楽しんでおられるご様子は、俗世離れした仙女かはたまたフェアリー(妖精)かという、魅力的な女性でした。
帰り際、お話をうかがうと、社会運動・労働運動方面に携わるご友人もおられる由で、学生時代のお話も含めて、共通の話題で盛り上がりり、日常では滅多に経験できない心の通い合いを味わうことができました。事前の下調べも、予期も予定も予約もなしの、成り行き任せの気まま旅で、このような邂逅に巡り会おうとは、全くもって不思議なことでした。
折しも今日は七夕。それにちなんで、と言うわけでもありませんが、織女の話題をお送りしました。
ところで、短冊には何と書きましょう?
「世界中の人びとが、幸せに、安心して生きられますように!」
「そのためにも、憲法くんが、いつまでも元気で働き続けてくれますように!そのためにも、参院選挙で改憲勢力の議席が一つでも減りますように!そのためにも、諦めずに投票に行こうと考える若者が、ひとりでも増えますように!」
「2000万円貯めるより、1票の行使!」
追伸、ここ数日、パソコンにかじりついて、慣れない操作を続けています。ホームページ更新のお手伝いをしているのですが、仕組みも約束事もしらないまま、「css(カスケーディング・スタイル・シート)」なるものを使おうと、苦労しています。視力も気力も、すっかり弱っています。やっとある程度の形になったと思うのですが、どうでしょうか?↓
今日はこれにて。
故旧集へばの巻 [折々散歩]
郷里の近くに久米郡美咲町というところがあります。そこにある「まきばの館」を訪ねようと、恒例の故旧の集いが、5日(金)計画されました。意外に遠く、7時に家を出て10時前に到着。
険しい山道を、たっぷり走った実感が残ります。
道沿いの山の緑が目を楽しませてくれますが、その中で、白と緑の斑の葉が特徴的な高木が、あちらにもこちらにも、見えます。
私の車に同乗のヨシエさんが、「あれは半夏生かなあ、それとも高木だから、え~と、ネコマタギじゃなくて、、、」と話題を提供してくださいます。
確かに、雑節にいう半夏生は、今年は7月2日頃から6日頃までのようです。探してみると、以前、こんな記事を書いていました。
五番煎じの半夏生、の巻(2017-07-02)
当ブログ「ナードサークの四季」は、2013年の夏に書き始めました。「退職記念」と銘打ちましたが、もっと直接的には、「肺癌手術記念」とも言えます。七月に入院手術した頃の日録や退院直後の日録を綴り始めたのが出発でした。
そうこうするうちに、もうすぐ4年目を迎えようとしており、「5年生存率九〇%」といわれた、その5年目を生きて迎えることも、まんざら夢ではなさそうです。
それにしても、時々過去記事を見ていると、二番煎じ三番煎じが重なり、ネタ切れ状態を痛感するところです。(中略)
さて、今日のラジオで半夏生の話題が流れていましたので、今日の記事はこれを題材にしようと思ったのですが、確かめてみると、過去にこんなに何度も書いていました(汗)。
たとえば去年の記事。
稲苗に朝露繁き半夏生(中略)
去年の「半夏生」の日にはこの記事を書きました。
せせらぎのかそけき音や半夏生
今日も危うく、同じ題材で終わりそうでした。一昨年の七月二日に書いたのがこれ。せせらぎのかそけき音や半夏生
今朝の地元紙=「山陽新聞」のコラム「滴一滴」に、しばし考えさせられました。
指揮者小澤征爾さんが、24歳で国際指揮者コンクールで優勝した時の、わざと間違って演奏された楽器の音をすべて聞き分け、正したという予選でのエピソードが紹介され、「安倍さんには国民の声がどれだけ耳に届いただろう」と問いかけています。
そして、5月1日付の文化面での内橋克人さんの言葉を引用しています。
「戦争はある日ここからといって始まるのではない。いつしらず、せせらぎの流れのように始まる。」
そしてコラムは、こう結びます。最初はせせらぎのようにかすかな軍靴の響きも、やがて勢いを増す恐れがある。意に沿わない叫びに“耳”を貸さない為政者では、国は危うい。
本当に、何度も耳にたこができるほど聞き、口が酸っぱくなるほど繰り返し行ってきたこの懸念が、いまほどリアリティを増したときはないかも知れません。
聞き飽きて、またか、まさか、と多くの人が受け流してしまいかねない、今のご時世。まだまだ、内閣支持率の下降が緩やかなうちに、「多数議席」を活用してやれることはやってしまおうという算段でしょうが、それだけにますます、せせらぎの音に耳を澄まさねばなりますまい。
なんと、いつもいつも同じ繰り言を重ねるブログだわいと、われながら「感心」しますが、しかし、事態が少しも良くなっていない以上、今後も繰り返すしかないでしょうね。
「半夏生」については、この記事でふれましたので再掲してしておきます。
半夏生ですか?それとも別の方?スーパーの魚コーナーにパートに出ている妻が、「半」に「夏」に「生」と書いてどう読む?尋ねるので、うろ覚えで「ハンゲショウ」と答えました。
「たこ」に関係ある?と聞くので「知らない」と答えたものの、気になるので、ネット検索してみました。
「デジタル大辞泉」にはこうあります。
1 雑節の一。太陽が黄経100度にある日で、夏至から11日目。7月2日ごろにあたる。このころから梅雨が明け、田にカラスビシャク(半夏)が生えるのを目安に田植えの終期とされてきた。半夏(はんげ)。《季 夏》「いつまでも明るき野山―/時彦」
2 ドクダミ科の多年草。水辺に生え、高さ約80センチ。全体に臭気がある。葉は長卵形で互生。6、7月ごろ、上部の葉が数枚白くなり、これと向かい合って花
穂を出し、白い小花が咲く。名は1のころ咲くからとも、葉の下半分が白いので半化粧の意ともいわれる。かたしろぐさ。農家では、この日までに田植えを終わらせる節目の日とされ、地方によっていろいろな伝承があるようです。
この日は天から毒気が降ると言われ、井戸に蓋をして毒気を防いだり、この日に採った野菜は食べてはいけないとされたこともあったそうです。三重県では、ハンゲという妖怪が徘徊るとされ、この時期の農作業を戒めたようです。
玄米の餅を作り食べる(奈良、大阪)、蛸を食べる(関西)、焼き鯖を食べる(福井)、うどんを食べる(香川)などの習慣があったそうです。これをもとに、7月2日は、「たこの日」、「うどんの日」「「半夏生サバの日」などに認定され、商戦のネタにされているようです。
「2ドクダミ科の多年草」とある『ハンゲショウ(かたしろぐさ)」の写真は、この記事にも載せました。
七夕雑話
草本であるハンゲショウに対して、目の前の山を彩っているものは、明らかに樹木です。どうやら、マタタビのようです。群生とも言えるほどの、山一面の繁茂ぶりです。それからひとしきり、マタタビの話題に花が咲きました。
2005年(平成17年)日に久米郡中央町、旭町、柵原町の3町が合併して誕生した町で、ウィキペディアは「吉備高原に位置し町域の大半は丘陵地帯と山林である。町内には県内三大河川のうち、旭川・吉井川の2つの川が流れる。」と紹介しています。
「まきばの館」の、公式HPには、こう解説してありました。
岡山県の中山間部に位置し、岡山県農林水産総合センター畜産研究所が広く県民皆様に畜産に対する親しみや理解を深めてもらい、
憩いの場所にしてもらうことを目的にセンターの一画に、平成3年4月に開園した県民ふれあい施設が「まきばの館」。
山間を抜けた先に開ける景色はドラマティック!!
ちょうどラベンダーの季節でした。
いろいろな種類のラベンダーが栽培されているようです。
品種名が表示されていて、興味がそそられます。
北海道富良野のラベンダー畑のような、見渡す限り紫の波--を期待するのは無理というものですが、かなりの規模です。さすがに、濃密な香りが辺りに広がります。いろいろな蝶や蜂など、虫たちが宅差名詰まっています。
ラベンダーだけではなく、各種のハーブも栽培されていて、香りの強い花が咲いていますから、昆虫たちにとっては楽園でしょう。
ツマグロヒョウモン♀は見分けられますが、、
全部ツマグロヒョウモンの♂に見えてしまいます。
下のこの蝶はなんでしょう?
ナツツバキも盛りです。
花を楽しみ、虫を楽しみ、食事を楽しみ、十分満足ですが、近くに棚田が見られるとの情報もあり、心がかなり引かれます。
が、それにまさる至玉の出逢いが待ち受けていたのです。
と思わせぶりに書いて、続きは次回と致します。
7月の紫陽花(その2)、の巻 [友人]
去年の5月のこの記事以来、何度かご紹介したカブトムシ。
今日もあたふた、のち大興奮の巻
いつものように孫達の襲来に応対しているころ、Tさんから思いがけない電話をいただきました。先日イチゴやエンドウを沢山いただいた友人です。
「ブログでスズメの写真拝見。ぴょんぴょん跳ねる姿が可愛いという小5生、生き物好きなら、カブトムシには興味がおありか?」との由。「もちろん、大好きです」というと、「庭の朽ち木に、カブトムシらしい幼虫が育っているので、希望なら取りに来ますか」とのお誘い。一も二もなく大歓迎で、ジイジバアバと小5、小2,保育園児が、揃っていただきに上がりました。
「ここです」と、Tさんが、朽ちかけた木材を持ち上げると、みんなが「わあ!」と歓声を上げるほど、沢山の大きな幼虫が、あちらにもこちらにも。遠慮なく、沢山いただいて帰りました。
昼間キーボードを買いに行った電気量販店の近くのホームセンターへ、飼育容器と「昆虫マット」を買いに行き、幼虫を放します。
小5の兄がもって記念撮影です。
妹の掌の上ではこんな大きさです。
こんなにたくさん(これでも全部じゃありません)
テレビで、オスメスの見分け方をやっていたと、試してみています。
土(昆虫マット)の上に置くとすぐに潜ってしまいます。
測定してみると、体重およそ18g~21g、体長8mm~9mmだそうです。
小2生は、ちょうど、昆虫や小さな生き物を見つけて学校に持って行くという宿題が出ているそうで、ミカンの葉でみつけたアゲハ のタマゴと、カブトムシの幼虫2匹ほどを、鼻高々で持って行くつもりです。
これがやがて成体に育ち、郷里の山や近くの林に放した顛末はこんな記事で書きました。
今日のあれこれ、の巻
今日は,小5,小2の孫と一緒に田舎に帰ってきました。
途中、堤防決壊の痕など、まだ洪水被害の爪痕が癒えない地域も通りかかりました。
撤去中の瓦礫の様子も瞥見しました。エアコンを効かせた車の中でも汗が引かない猛暑の中、気が遠くなるような後片付けのご苦労は、なみひととおりではありません。作業中に、熱中症で搬送される方々が、各地で多数報告されています。
こちらはと言えば、のんきな用事で申し訳ない限りですが、先日いただいたカブトムシの幼虫が、ついに羽化し、狭い飼育ケース中で争い合うので、何匹か田舎に逃がしてきたらと、ばあばが言ったのが事の起こりです。
オスばかり。四匹連れて行きました。
裏山にクヌギの木があるので、そのあたりに放してやることにしました。
夏の風物詩あれこれ、の巻
こちらは、飼育ケースの中のカブト虫。
時間差で、ほとんどが孵ったようです。
先日オス4匹を、郷里の山に放しましたが、新たに生まれたのは、オスが1匹メスが4匹です。
近所の公園に逃がしてやることにしました。
私たちが帰ろうとしていると、子ども連れの客が、カブト虫たちを放した林の方角に歩いて行くのとすれ違いました。ひょっとして見つかって、採集されてしまうかも知れないと、少々気がかりでした。
さて、実は、このカブトムシたちの二世が、飼育ケースの中で孵化したのでした。生まれたばかりと思った成体が、しっかり産卵していたらしいのです。
この幼虫が、サナギになり、成虫になりましたので、またまた森へ逃がしてやりました。先日、小六生とバアバで雄を放してやったそうです。昨日は、小3生とジイジも一緒に、メスを逃がしに行きました。
クヌギの木の根元の、落ち葉が堆積している辺りに放すと、凄いスピードで潜っていきました。
7月になっても。紫陽花は健在でした。
ですが、昨日の記事の続きとして、二週間前に写した、種松山の紫陽花を、掲載します。
前回記事と同じく、PENTAXK30+sigma50mmMACROです。
OLYMPUS E420+zuiko 35mmmacro +×1.4テレコンでも写しました。
薔薇も咲いていましたが、少し盛りを過ぎた様子です。
今日はこれにて。
7月の紫陽花、の巻 [獺祭魚]
いつでもできると思ううちに、延び延びになり、ついにタイミングをずらしてしまうことがしばしばです。
以前こんな記事を書きました。
11日の菊、の巻(2017-11-11)
藤沢周平の作品に「六日のあやめ」という作品がある、と何度か授業で口に出した記憶があります。いま、ふとした機会に、それがとんだ勘違いだったことに気づきました。
藤沢周平ではなく、山本周五郎でした(汗!)。藤沢周平を初めて読んだとき、ああ、これは周五郎だな、と思ったものでした。それ以来二人の作品が記憶の中でごちゃごちゃに入り交じってしまい、時とともその度が進んでいます。さらに、念が入ったことに、「六日のあやめ」ではなく、「四日のあやめ」でした(汗!汗!)
私が「六日のあやめ」という故事成語を知ったのは、この周五郎作品によってだったと記憶しています。
ちなみに、 大辞林 第三版の解説によりますと、こんな風に書いてあります。むいかのあやめ【】
〔菖蒲は五月五日に使うもので、六日では遅いということから〕
時期後れで役に立たないこと。このあと、「十日の菊」と続けても言う。六日のしょうぶ。のちのあやめ。 「今更どのやうにお詫をしたとて、-、十日の菊/当世書生気質 逍遥」周五郎「四日のあやめ」は、逆に、必要以上に先走る不適切さをなぞらえました。
今日の話題は、六日のあやめではなく、7月の紫陽花、、、。6月の間に紹介しておきたかった紫陽花の花ですが、7月になってもまだまだ一杯写真のストックが残っています。
もちろん、まだ実際に紫陽花の花は今なお盛りですし、ようやく梅雨らしい天候になって、生気が蘇った感じもありますが、それでも、そろそろupしておかないと自説遅れになりますね。
と言うわけで、二週間前に種松山公園西園地で写したアジサイの写真の続きです。PENTAXk30+SIGMA MACRO 50mm F2.8 EX DGによります。
今日はここまで。