6月終わりの後楽園、の巻 [折々散歩]
6月20日で緊急事態宣言が解除となり、しばらく閉鎖・休業となっていた公共的施設がいっせいに再開されています。ボランティアでお手伝いしている教育相談所も先週から再開されました。梅雨の只中ながら、晴れの日が多いので傘を持たないで行動することが多いのですが、先週の帰り道、駐車場所までの徒歩20分ほどの途中で、一天にわかにかき曇り、激しい雨と風に襲われました。たびたびの稲光とおどろおどろしい雷鳴が間近に轟き、通りすがりのビルのひさしの影で雨宿りしていても、しぶきで服はぐしょ濡れ、靴の中も水浸しになりました(トホホ)。
一週間後の今日も、担当日でした。緊急事態宣言の解除で後楽園も再開していることもあり、妻が久しぶりに友人の方と待ち合わせて、後楽園スケッチに行きたいというので、送り迎えを仰せつかりました。その車の中で、県立図書館で借りていた半藤一利氏の「昭和史」講演の録音CDを聞いていたところ、妻も興味を示しました。当ブログでも話題にしたいと思うところが多々ありますが、右の耳から左の耳へすっかり抜けてしまって、おぼろな残像しか残っていません(汗)機会があれば、また改めて触れてみたいと思います。
実は、私は昨日、一人で後楽園を歩いてきました。緊急事態宣言以来初めてです。
アジサイがまだ見頃です。
これはカシワバアジサイでしょうか?
こちらはノカンゾウ?
岡山城も夏模様。
今回の後楽園訪問の狙いは、第一に観蓮。
期待通り、古代蓮(大賀ハス)がちょうど咲いていました、
大名ハス(一天四海)も大輪の花を咲かせています。
そして蓮の葉に羽を休める蜻蛉たち。
トリミングします。
上はウチワヤンマ。
下はシオカラトンボかな?
今日はこれにて。
思うとおりには行きません、の巻 [折々散歩]
先日、M師が、例のごとく写真付きの「最新野鳥情報」を送って下さいました。「ブップソウ」や「サシバ」など、難易度の高い相手は、さしあたり、「高嶺の花」「垂涎の的」と、見あげてよだれを流すにとどめておいて、とりあえずすぐにでも見に行けそうなのはこれでしょうか?
(上はM師撮影のタンチョウの親子)
「自然保護センターでタンチョウの雛が孵りました。子供は何でも可愛いですね。」とありました。
緊急事態宣言中、駐車場もろとも閉鎖されていたことを知っていましたので、その旨お尋ねしたところ、6月21日から開園とのことです。そう言えば20日の宣言解除にあわせて、後楽園も開園しているようですし、県立図書館の開館は一昨日実際に確かめました。久しぶりに、やっと、自動車運転中に聞くCDを借りることができました。
[オーディオブックCD] 筒井康隆 著 「文学部唯野教授 」(CD10枚)
- 作者: 筒井康隆
- 出版社/メーカー: ことのは出版
- 発売日: 2008/05/12
- メディア: CD
「昭和史」3巻、4巻と、筒井康隆「文学部唯野教授」3、4、それと筒井康隆つながりで「わたしのグランパ」(三枚組)を借りてきて、早速昨日は郷里までの往復120kmのドライブの間中、また今日も外出のたびに聴き続けています。
昨日は、畑仕事に精出すつもりで、郷里に出かけ、帰り道に自然保護センターに立ち寄る計画でした。ところが、なかなか事は思うとおりには運ばず、畑の耕耘作業を始めて小一時間もせぬうちに、耕運機が私のコントロールを脱し、勝手な動きを始めました。ちょうど棚田状の耕地(もとは水田でしたが現在は畑として利用)の、畦際の草を畑の中にすき込む作業中だったのですが、畦際の草は深く根を張っており、逆に畑の中央寄りの部分は雨後の軟らかい土であることから、左右の車輪の回転に差が生じたせいでしょうか、耕運機が畦を乗り越えてなおも疾走しようとするので、仕方なくとっさに手を放したのです。すると、高低差一メートルほどの石垣で区切られた下の段まで、真っ逆さまに転落。強く車体をぶつけて停止しました。
見ると、車体が大きく歪み、操作部が外れて元の位置に戻せない部分もあります。試しにエンジンをかけてみますと、起動はするのですが、耕耘も走行も言うことを聞きません。仕方なく、家まで押して帰り、修理を依頼してもらいました。
思わぬアクシデントに見舞われるものです。
一日の計画にケチがついたので、挽回を果たそうと、帰り道、自然保護センターに向かいます。
確かに、親鶴らしいカップルは見えましたが、雛が見当たりません。時間を改めてもう一度見に来るつもりで、少し足を伸ばし、「湿性植物園」まで坂道を登ります。陽射しが強い上に、マスクをかけて歩くと、なかなかきついです。
お目当ては?
そうです。ハッチョウトンボに会えるといいな、、、と思ったのでした。
大汗と息切れの甲斐あって、見つけることができました。先のヒイゴ池とは違って、沢山見つけました。しかも、オスばかり。
これで、一日の屈託は、ずいぶん晴れました。来てみてよかった。
こんな糸蜻蛉もいました。よく見るタイプに比べて大柄です。
ベニシジミも写しておきます。
こちらはヒカゲチョウでしょうか?
ヒツジグサらしき花も咲いていました。
もう一度、タンチョウの親子がいるはずの場所を訪ねてみましたが、残念、今度は親の姿もありません。夕方になると別の場所に移されるのでしょうか?これは心残りでした。
そんな時、フェイスブックが、例によって過去の投稿を知らせてくれました。7年前の今日の投稿だそうです。
岡山県自然保護センターのタンチョウにヒナが生まれていると、先日、M先生が写真添付のメールをくださいました。余りに可愛いので、見に行ってきました。
母鳥は「すず」平成8年5月18日生まれ。
父鳥は「あられ」平成8年6月4日生まれ。
雛は、今年の6月6日生まれ(名前募集中)だそうです。
今日はこれにて。
国民の疑惑や不信を招くような行為をしていませんか?の巻 [時事]
今日、書き留めておくべきニュースは、有観客でのオリンピック開催という「英断」??末代までたたりますゾ。
6/21付NHKニュースから引用します。
来月開幕する東京オリンピックについて、大会組織委員会などは会場の収容定員の50%以内で1万人を上限とすることを原則に観客を入れて開催することを決めました。
一方で、8月に開幕する東京パラリンピックについては来月16日までに観客の扱いを改めて決めることになりました。東京大会の観客をめぐり組織委員会と政府、東京都、IOC=国際オリンピック委員会、IPC=国際パラリンピック委員会の5者はことし3月、海外からの観客の受け入れ断念を決め、残された焦点となっていた国内の観客の扱いを決めるため21日、改めて5者による会談を開きました。
会談では、新型コロナウイルスの感染対策にあたる専門家の有志が先週、無観客での開催が望ましいなどと提言したことを踏まえて議論された結果、東京オリンピックは会場の収容定員の50%以内で1万人を上限とすることを原則に観客を入れて開催することを決めました。(
そのニュースもさることながら、どうしても書き留めておくべきはこの件。
赤木ファイルに佐川氏の指示記載「新しい情報を与えないよう」
学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る財務省の決裁文書改ざん問題で、国は22日、自殺した近畿財務局職員、赤木俊夫さん(当時54歳)が改ざんの経緯をまとめた「赤木ファイル」を遺族に開示した。遺族側の代理人弁護士が明らかにした。
ファイルは改ざんの経緯を時系列に記した文書や、財務省と近畿財務局との間で交わされたメールなど約500ページに上る。
赤木さんが作成した「本省の対応」と題する文書では、財務省から改ざんを指示された経緯を記載。学園に国有地を売却した際の「売り払い決議書」については、2017年3月20日、同省の佐川宣寿理財局長(当時)から「国会答弁を踏まえた修正を行うよう指示(調書の開示により新しい情報を与えることがないよう)があったとのこと」と記されていた。
佐川氏の指示を巡っては、同省が18年6月に公表した調査報告書で、「国会答弁を踏まえた内容とするよう念押しがあった」と記載されたが、具体的な指示内容は明らかになっていなかった。
一方、財務局側が改ざんに抵抗していた実態も詳細につづられていた。赤木さんが作成した文書によると、財務省が学園に厚遇したと受け取られる恐れのある部分を調書から削除する方針を示したのに対し、財務局側が「現場として厚遇した事実もないし、(会計)検査院等にも原調書のままで説明するのが適切」と意見し、「修正に抵抗」したと記載。「現場の問題意識として既に決裁済みの調書を修正することは問題があり行うべきではないと、本省審理室担当補佐に強く抗議した」とも記していた。【松本紫帆】
時事ドットコム6/21付の、こんな指摘も胸を打ちます。
雅子さんは昨年3月、赤木さんが改ざんを強制され、心労と長時間労働でうつ病を発症したとして提訴。真相解明への強い思いに突き動かされた。
「赤木ファイル」の存在は、自宅を弔問した元上司が明かした。訴訟では、改ざん強制の経緯を明らかにする重要資料として証拠提出を要求。存否を公にしていなかった国は今年5月、初めて存在を認めた。
国家公務員の仕事に誇りを持っていたという赤木さん。改ざんに着手してからは「内閣が吹っ飛ぶようなことをしてしまった」と思い詰め、次第に笑顔が少なくなったという。「人間が壊れていくような姿を最期まで隣で見ていた」。雅子さんは「明るくて楽しかった夫との22年間と、(改ざん後の)苦しかった1年間を取り返したい」と話した。
赤木さんは日頃、「国民の疑惑や不信を招くような行為をしていませんか?」などと記載された国家公務員倫理カードを手帳に挟んでいた。「この通りに働けば改ざんなんて起こらず、夫が亡くなることもなかったと思う」と雅子さん。全国の公務員に対し、「今も苦しんでいる人は本当のことを話してください」と呼び掛けた。
国はファイルの一部を黒塗りにする方針だが、雅子さんは改ざんに関わった元上司らの名前は隠すべきでないと考える。開示を機に、「(財務省は)必ず再調査してほしい」と切望している。
「国民の疑惑や不信を招くような行為をしていませんか?」国家公務員倫理カードのこの一行を、真に厳しく問われるべきは誰でしょう。
先週の血液検査で尿酸値がオーバーしていたことは既に述べました。自覚症状としての痛みや腫れは、もうすっかりよくなったのですが、昨日血圧の薬をもらいに行ったら、「尿酸を下げる薬も飲んでおきましょう」ということになり、人並みに二種類の治療薬(血圧と痛風)を服用する生活に突入しました。以前常用していた胃潰瘍の薬や、血液さらさら剤は、卒業できてから久しいのですが、、、、。
通院のついでに深山公園まで足を伸ばし、またまたアジサイを写してきました。
ガクアジサイもたくさんさいていました。
今日も晴れました。
朝の散歩は、夜明け頃の田園風景に目を奪われます。
麦畑だったあたりは順々に水が張られて、次々に田植えが始まっています。
今日はこれにて。
父の日の長福寺、の巻 [日録]
昨日は父の日。
遠方の家族も、ラインでやりとりでき、互いの安否を知ることができます。
妻と一緒に、郷里の老父の顔を見に行ってきました。緊急事態宣言中とあって外食もままなりませんので、スーパーでお弁当とショートケーキを買い込んで、ノンアルコールビールで乾杯、お家会食です。
帰り道、長福寺三重塔に立ち寄ってみました。
たしか、アジサイがあったはずだと思ったのですが、記憶と違い、等から離れた場所に、一株だけでした。
以前、この記事で紹介した写真には、もっと盛大なアジサイが写っていたのですが、、、
作品展出品候補作品、の巻(2018-07-04)
そして、長福寺三重塔を写したこの中から数枚選んで出品しました。
「折々の美作長福寺」
毎年恒例のこの写真展は、去年も今年も、コロナのため中止です、寂しいことです。
夕食は長男宅にお呼ばれして、ビールとカレーライスをご馳走になりました。
きょうは夏至だそうで、一年で最も昼が長い日。朝から晴れて、余計に日が長く感じられました。
今日はこれにて。
梅雨の薔薇、の巻 [折々散歩]
倉敷市の「種松山公園西園地」には、アジサイのほか、見事なバラ園が整備されています。古い記事にこんなのがあります。
放縦といふべかんなる薔薇雫(2016-06-13)
今日は雨が残る一日でしたが、合間をついて、倉敷市の種松山公園を訪ねてみました。お目当ては雨に濡れたアジサイです。その画像はまたの機会に譲り、今日は、雨に濡れたバラをアップさせていただきます。3000本の薔薇が植えられているそうです。
同じような趣向になりますが、前回の二つの記事でご紹介したアジサイ見学と同じ日、バラをも観察してきました。その時の写真をアトランダムに掲載します。
きょうはこれにて。
梅雨のアジサイあれこれ(その2)、の巻 [折々散歩]
前回の記事に寄せていただいたSparky様のコメントに「okayama-ebooks の投稿の写真では見えなかった額紫陽花」とありました。なるほどそう言えば、、、、と、気づかされました。いかにもアジサイらしいアジサイとなると、こんもりとボール型の花がおのずとイメージされ、額紫陽花(ガクアジサイ)は、選ばれにくいのかも知れません。
が、私にとっては「額紫陽花(ガクアジサイ)」は好ましい花で、ついつい数多く写してしまう気がします。
PENTAX K5Ⅱ+smc PENTAX-DA 50-200mmF4-5.6ED WRという、望遠系の防塵防滴コンビで写した画像を載せます。
典型的なアジサイらしい形状からは、ずいぶん逸脱しているようにも思えるのですが、実はガクアジサイの方がの原種らしいです。
同じく日本自生種であるヤマアジサイ、アマチャも、花の姿は大変よく似ていて、私などには区別ができないのですが、葉を見れば識別できるのだそうですね。
ところでアジサイの花言葉には、「移り気」、「浮気」「無常」など、花色の変化にちなむものが多いようです。また、色ごとに、、「青=忍耐強い愛情」「ピンク=元気な女性」「白=寛容」等があるそうです。
ちなみに、ガクアジサイの花言葉は「謙虚」。異論を差し挟む余地はありません。
PENTAX K5Ⅱ+smc PENTAX-DA 50-200mmF4-5.6ED WRによる写真を、順不同でもう少し載せておきます。
「種松山公園西園地」について過去記事を探ってみると、こんな記事がありました。
孫とアジサイ、の巻(2017-06-20)
倉敷市の「種松山公園西園地」は、過去、こんな記事で紹介したことがありました。
雨の日の種松山のアジサイ、の巻この日は、数日前から滞在していた長女と1歳児が、夕方には家に帰ることにしていましたが、昼間の子守計画が未定でした。たまたま、従兄弟たちも、ママがPTAの会議だというので、「種松山公園西園地」一緒に出かけることにしました。近くのスーパーでそれぞれお気に入りのお弁当(おにぎりとかサンドイッチとか)を仕入れて、二台の車で出かけました。
この公園は、入園料無料、駐車料金無料、かなり大規模な遊具もあって、意外な穴場といえます。
1歳児がとことこ坂道を歩きます。
手前が、アデノウィルス感染でぐったりしていた2歳児です。元気なもので、この階段を上までのぼります。
ここで書いた「1歳児」が、来年小学校入学だというので、このほど赤いランドセルを買ってもらった由。試着の写真です。
一方、「2歳児」は、現在小学一年生。今年の4月、入学式の朝はこんな風でした。
早2ヶ月余り、文字も覚えて、ひいおじいちゃんひいおばあちゃんにこんなはがきをかいたり、
ジイジ・バアバにこんなカードをくれたりします。あっという間の成長ぶりです。
今日はこれにて。
梅雨のアジサイあれこれ、の巻 [折々散歩]
昨日は、曇り気味ではありましたが、陽射しもあり、蒸し暑い一日でした。郷里の山畠の草刈りにいってきました。午前中、涼しいうちにと思っては見たのですがなかなかそうは問屋が卸しません。すっかり汗をかきました。
足首(かかと)の腫れと痛みはすっかり快復しているのですが、「痛風気味」というドクターの指摘に、しばらく自粛していたビールが、さすがに恋しくなり、350ml2缶開いてしまいました。(発泡酒ですが 笑)。そのあと、焼酎を少々ですぐに眠くなりました。
昨日から雨が降ったりやんだり。寝室のガラス窓越しに、雨音を聞きながら、きょうは何をしようかと、まどろみのなかで思いをめぐらせるのは愉しいものです。
ふと思い出したのは、英国在住の友人Sparkyさんが、最近のSNS投稿で紹介されていた、岡山にちなんだこの記事。
okayama-ebooks
【見頃を迎えています! 倉敷市 種松山公園西園地】
昨日朝の倉敷市 種松山公園西園地のあじさいです。
雨上がりの早朝、水色、ピンクや紫の花が色鮮やかに咲いていました!
広大な園内のあちこちには、約13,000本ものあじさいが植えられており、訪れる人々の目を楽しませていました。
Okayama ebooksの公式インスタグラムをはじめました!
https://www.instagram.com/okayamaebooks/
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◎okayama ebooksでは、岡山県内の印刷物を電子書籍でご覧いただけます!
◯倉敷市の電子書籍はこちら!
くらしきebooks
https://www.okayama-ebooks.jp/?post_type=cities&p=16273
◯okayama ebooks
「倉敷市 種松山公園西園地のあじさい」---不意に、見に行きたくなりました。
実は五月末の記事で訪問したころは、咲き始めでしたから。
不要不急ではありますが、の巻
アジサイは、咲き始め、といった感じ。
色がまだ淡いです。
この日も小雨の日でしたが、今日は傘が必要なほどの降り。もくろみどおり、雨の紫陽花を写してきました。毎度のことながら、「セレクト」ということができず、漫然と羅列させていただきます。悪しからずお付き合いください。
防塵防滴(簡易防滴)のpentaxk30+penttax DAL 18-55mm AL WRで撮影。
今日の付録
終わりの方に不快画像が現れます。爬虫類・両生類に抵抗感をお持ちの方、閲覧にご注意くださいませ。
郷里の家の真上の電線に、高くさえする小鳥がいたのを、先日写していました。とりあえず撮影しておきましたが、キセキレイでしょうかね。
今朝は、一時雨が止んでいた早朝、畑に草取りに出かけてきました。久々にこのお方に会いました。畑の住人です。
きょうはこれにて。
久しぶりのハッチョウトンボ、の巻 [折々散歩]
ハッチョウトンボについて書いた過去記事を探してみました。ちょうど去年の今時分に書いてました。
本命は,の巻(2020-06-16)
もともとの訪問目的はというと、ハッチョウトンボの撮影、、、だったのです。その狙いは、ラッキーなことに達成できました。
体長2cmほどの,ミクロサイズのトンボですので、見つけるのも難儀ですし,見つけてもうまく撮影するのは難しい、、、のですが、ここ自然保護センターの「湿生植物園」は先日のヒイゴ池に比べると、比較的近くで姿を見せてくれます。SIGMA120-400mmの、望遠端=400mmで写しても、さすがに小さくしか写りませんが、トリミングするとずいぶんましな写真になります。
以下、トリミング画像です。
今年は、緊急事態宣言のもと、自然保護センターは休業、駐車場も閉鎖されているようです。ヒイゴ池では、ハッチョウトンボが確認できたと、報道でも読者の投稿でも、最近、目にしました。去年も、上の記事のちょっと前、書いてました。
今年のハッチョウトンボ、の巻(2020-06-08)
この季節ははどんなところを歩いたかしらと,過去記事をたどりながら,今日の行き先を考えてますと,去年のこんな記事にぶつかりました。。
ハッチョウトンボに再会、の巻(2019-06-03)
その時も,地元紙『山陽新聞』の記事に刺激されて、総社市ヒイゴ池を訪ねたのでした。改めて今年の『山陽新聞』を探ってみると05月27日付けでこんな記事がありました。
“極小の赤”ハッチョウトンボ舞う 総社・ヒイゴ池湿地に彩り添え
湿地で羽を休めるハッチョウトンボ
世界最小級のトンボ・ハッチョウトンボが、総社市福井のヒイゴ池湿地で舞い始めた。羽を休めたり、ふわりと飛び立ったり、緑の中に“極小の赤”が彩りを添えている。
ハッチョウトンボは体長2センチほどで、1円玉にすっぽりと隠れるサイズ。日当たりのよい湿地に生息し、成長するにつれ、雄だけが赤みを帯びる。
湿地を管理する地元の自然保護団体・北の吉備路保全協会によると、今年は例年より10日ほど遅い22日に初確認。現在は10匹程度が飛び交う。6月をピークに8月ごろまで観察できる。行って見ることにしました。
(中略)
ちょと前、イギリス在住のSparky さんが、ご自身のブログに、コロナ禍のもとでの5月のウォーキング録をこのように綴っておられました。(tyuuryaku )
そのウォーキングで出会った鳥や生き物、植物を紹介してくださっている中で、「夫の好きなスイカズラ (honeysuckle) の花」のお写真がありました。へえ、そうなんだ、自然愛好家のGさんにふさわしい,控えめだけれど清楚で可憐な花。それから程なく、草刈り・畑仕事のために郷里へ帰ったときに、近所の垣根に,ちょうど盛んに花を咲かせているのを見ました。あいにくその時は,撮り損ねたのですが、今日ヒイゴ池に咲いていたこれがスイカズラではないでしょうか。
(中略)
これで諦めて帰ろうか、と言い聞かせながら,最後の一巡で、それまで何度も凝視して確かめた草原に、小さな赤い影が二体。戯れているのに気づきました。
遠くの小さな点なのでなかなかピントが合いません。
トリミングして,まずは証拠写真だけ残しておくことにします。
駐車場が開いてなかったため、備中国分寺の散策を断念した事は昨日触れました。
車中から、吉備路の水田風景を写すことはできました。
近くの「きびじつるの里」に立ち寄ってから、ヒイゴ池に向かいました。
目についた花を写して帰りましたが、あとで去年の記事で話題にした「スイカズラ (honeysuckle) の花」だったかと気づきました。
ベニシジミがいました。
こんなトンボもいました。
交歓中のペアも。
他にも、幾種類かのトンボを見かけましたが、なかなかお目当てのハッチョウトンボに会えません。
かつて観察した覚えのある場所をぐるぐる回って、結局見当たらず、諦めて、少し離れた別のエリアを探ってみると、目立たない色の一個体(♀)だけを見つけることができました。
PENTAX K5Ⅱ+sigma APO 120-400mm F4.5-5.6 DG OSの、望遠側400mmでの撮影ですが、これではわかりませんね。
トリミングします。
念のために、OLYMPUS E-M1+TAMRONレフレックス500mmレンズでも写しておきました。マイクロフォーサーズですので、フルサイズ換算で1000mm相当になりますので、このままノートリミングでも形がわかります。ピントを合わせるのは至難の業ですが(汗)
久しぶりついでに、帰り際、このお方にお会いしました。
トリミングします。
今日はここまで。
毎度おなじみフライング、の巻(最終回) [時事]
連載第5回目になります
この文章は、私の所属する退職同業者親睦団体の定期総会に諮る議案書草案の一部分の執筆を、私が仰せつかることになり、悪戦苦闘・苦心惨憺・労苦呻吟の末、でっち上げたもの。毎年開かれているる定期総会が、コロナのために二年連続で中止となり、議案書を発送して返信ハガキで承認・非承認を問う段取りになっています。実はその議案書、まだお仲間の手元に届く前の段階なのですが、フライングで勝手にネット上に載せてしまったという次第。もし不都合がございましたらどうかご指摘ください。削除その他適切に処置する所存です。
今回は、連載最終回になります。
内輪の事情もいろいろ出てきますので、趣旨を損なわない範囲で若干省略や一般化など表現の改変があり、もとの文章そのものではないことをお断りしておきます。
(5)コロナ禍のもと,非正規労働者や女性に大きな被害が集中するなかで,困難な環境にある子どもたちに矛盾がしわ寄せされています。それだけに,子どもたちの成長・発達を保障し,人と安心してつながることができる居場所としての学校の役割の大切さが,改めてクローズアップされてきています。また,経済効率を最優先し,格差と貧困を拡大してきた新自由主義的政策の問題点がコロナの中で一層鮮明となり,「コロナの中で教育の原点が見えた」「今,教育とは何かの議論が必要」との認識が広がっています。
一方,「Society5.0 に向けた人材育成」など,国や財界の求める「人材」づくりがすすめられるとともに,改訂学習指導要領の示す「資質・能力」がおしつけられ,「GIGA スクール構想」など「教育の ICT 化」が加速し,現場に大きな混乱とためらいを引きおこしています。中教審答申が示す「個別最適な学び」は,子どもたちを競争させ「孤立した学び」に追い立てるとともに,学びのあり方を根本から変容させる危険性をはらんでいます。民間産業による公教育への歯止めない参入も放置できません。こうしたもとで,教職員の自主性と専門性をいかし,子どもの実態から出発した教育をすすめることがますます重要となっており,退職教職員の立場からの適切な協力・支援が強く求められています。
文科省は,労働時間の原則を崩し,長時間労働を覆い隠す「1年単位の変形労働時間制」を各学校へ導入しようとしています。今や市井の人々にも「常識」として知られてきている学校の「ブラック企業」性,とりわけ教職員の際限なき長時間過密労働の解消のためには,競争主義的教育政策の見直しとともに,教職員定数の改善が必要です。また,コロナ禍のもとで,子どもの感染を防ぐ安全な距離を保つためにも,少人数学級の実現は急務です。
私たちも参加する「ゆきとどいた教育をもとめる岡山県民の会」の運動をはじめ,父母・保護者,地域住民の長年にわたる粘り強いとりくみの中で,40年ぶりに学級編制標準を引下げ,小学校での 35人学級が実現しました。あわせて,特別支援学校設置基準の策定にむけて前進を勝ち取りました。今後さらに,早急に30人学級,その後速やかに20人学級の実現へと,運動を強めていく必要があります。
(6)5月15日(土),会場・オンライン併用で開催された「子育て教育のつどい2021」は,アメリカ発の新自由主義教育に詳しい教育研究者鈴木大祐氏を迎えて,「コロナ禍がうつしだした教育の闇と光」との講演を聞きました。その中で,鈴木氏は,「退職教職員は『希望の星』。いろいろな活動に,元気に伸び伸びと参加している姿は周囲を元気にする。『良い時代』を知っている皆さんが,今の絶望的な状況しか知らずに日々呻吟している現職の人たちに,あるべき教育や職場の可能性に気づかせる役割を果たしてほしい」旨強調されました。確かに私たち退職教職員は,「良い時代=まっとうな時代」に教員生活と教職員組合活動を経験し,それがだんだんと冒されてきた経過を身をもって体験してきた世代です。一方,現職教員の多くは,教師としての出発時点から,息苦しい窒息状況を「普通の状態」と受忍しつつ教師生活を歩んでいるのかも知れません。競争と評価にさらされ、「せっかく人を育てる仕事に関わりたくて教師になったのに,それができないで喘いでいる教師達が全国に山ほどいる。だからこそ,子どもたちが学びひたり教師達が教えひたれる教育環境づくりにとりくむには今が絶好のチャンスなのではないだろうか」(鈴木大祐著『崩壊するアメリカの公教育 日本への警告』岩波書店)の言葉を深く受け止め,このチャンスを生かす一助となりたいものです。
私たちの会は,昨年,設立40年記念誌を発行し,会員の皆さんにお届けしました。その巻頭の会長あいさつにこうあります。思えば,後半20年間は,私たちが,在職時代,教育の土台としてきた憲法と教育基本法(旧)が,政治的に大きな圧力を受け,それとのたたかいの歴史といっても過言ではありません。残念にして,教育基本法は変更されましたが,9条をはじめとした憲法・平和問題は,大きな国民世論とともに,今や世界へ向けて拡がりの方向も見えています。
私たちは,「ひとりぼっちの退職教職員にならない」「ひとりぼっちの退職教職員をつくらない」のスローガンのもと,「会員相互の親睦・交流七分,運動三分」のとりくみを,「教え子を再び戦場に送らない」立場を基本に展開してきたところです。
この視点からの記念誌の各記事は,大きな共感を与えてくれるものと確信しています。コロナの蔓延が収まらず,計画していた記念式典は,昨年に続き今年も実施が不可能となりましたが,いま,この思いを共有し,道標としながら,さらに新たな歩みをすすめていこうではありませんか。
内輪の文章を、このような形で世間にさらすことにはいくらかためらいはありますが、一つは私自身の生来の自己顕示欲の所為、今一つは、私も草案執筆にタッチはしたものの、完成原稿は合議を経たものであり、世の人に訴える何か積極的な価値を含んでいるのではとひそかに信じるためです。
あともう一つ、私を苦しめている仕事の一つに、地元年金者組合のお手伝いがあります。その(私にとっての)最大のものは会計係の仕事です。ここ数日、その作業にかなりの労力を費やし、ようやくめどが見えてきました。きょうはちょっと晴れ晴れとした気持ちで、遠出してみました。
吉備路・備中国分寺を訪ねてみたのですが、なんと、コロナのため駐車場が閉鎖されていました(がっくり)
仕方が無いので、車でグルリと回り、路上で数枚パチリ。
水田に写る五重塔が絶景です。
今日の最大の目標は、ヒイゴ池のハッチョウトンボ。なのでしたが、ご報告はまた次回。
きょうはこれにて。
毎度おなじみフライング、の巻(第4回) [時事]
最近ちょっと根つめて書いた「担当原稿」を、公式発表前にリークしちゃいます。
昨日は、何かの操作ミスで思わぬ記事消失に見舞われ、意気消沈したのでしたが、気を取り直して、きょうはその第4回です。
(4)今年5月10日発表のNHK世論調査では,菅内閣を「支持する」人は,内閣発足以降最低の35%となり,「指示しない」が43%と逆転しました。 特に,新型コロナウイルスをめぐる政府のこれまでの対応について,「大いに評価する」が4%,「ある程度評価する」が29%,「あまり評価しない」が44%,「まったく評価しない」が19%と,その無策ぶりを鋭く批判しています。5月25日付「東京新聞」による都内有権者対象の調査では,内閣「支持」16.1%「支持しない」64.4%,オリ・パラ「中止」60.2%と,批判がより先鋭化してきています。
4月26日,参院広島再選挙と長野補選,衆院北海道2区補選で,いずれも野党共闘の候補が勝利し,金権にまみれ腐敗し淀んだ,安倍=菅政治の奢りを糾し,国民本位の新しい政治を求める気運がかつてなく高まってきています。
2015年の安保法制=戦争法反対の歴史的なたたかいのなかで誕生した「市民と野党の共闘」が全国に広がり、「野党は結束して政権交代の実現を」「共闘の力で新しい政権をつくろう」という声が、ますます現実味を帯びてきています。2016年の参議院議員選挙以来,市民連合と野党が「政策合意」を形成して選挙戦を戦うなかで,市民と野党の共闘は確実に前進してきました。この世論と運動をさらに大きくして,今年の秋までには必ず行われる総選挙を、自公政権とその補完勢力の手から,政治を国民に取り戻す好機としたいものです。
1月22日,史上初めて核兵器の開発や保有,使用などを全面的に禁じる核兵器禁止条約が,南太平洋のサモアから順次発効しました。国連のグテレス事務総長が,「核兵器使用による壊滅的な人道上の結末に関心を集める世界的な運動の成果だ」と評価したとおり,人類の記念すべき大きな一歩と言えます。
残念なのは,原爆による惨禍を,ヒロシマ・ナガサキと二度にわたって経験し,ビキニでの水爆実験の被害をも体験した日本が,この条約に参加していないことです。
Wish you were here.(「あなたにここにいてほしい」)2017年3月,ニューヨークの国連本部で開かれた核兵器禁止条約交渉会議の最終日,空席の日本政府代表部の机上に置かれた折り鶴に書かれたこの言葉が,今も日本政府に鋭く問いかけています。
原爆の惨禍の体験者として世界各国で証言を続けてきたカナダ在住の被爆者,サーロー節子さんが,「政府はうわべだけ『核兵器廃絶に向けて先頭に立つ』などと被爆者とともに歩んでいるような発言をしているが,国連総会に毎年提出している核兵器廃絶決議案も,8月6日の平和記念式典に出席した際の首相の発言も,核兵器禁止条約に一切触れない。本当に恥ずかしいことだ。」と憤るのはもっともです(中国新聞 ヒロシマ平和メディアセンター 「どう見る核兵器禁止条約発効」)
「唯一の戦争被爆国」に相応しく,率先して核なき世界へのリーダーシップを担う政府を樹立することが,切実に求められます。
この文章。実は、momotaro様のブログ記事
ノーベル平和賞で“I can”訴える
から、かなりの部分をこっそり無断でお借りしてます。改めてmomotaro様及び読者のみな様にお詫びを申し上げます。
昨日今日と、お湿りがありました。
昨日の朝散歩。夜明けの空に晴れ間が見えます。
刈り終えられた麦畑が、少しだけ湿っています。
散歩道のアジサイです。
タチアオイ。
路傍のバラ。
主立った植物園や公園が、コロナで休園中ですから、手近なところで季節の花を愛でることができてうれしいです。
今日はこれにて。
毎度おなじみフライング、の巻(第3回) [時事]
このシリーズ、きょうはその第3回です。
(この記事のUPに伴って、操作ミスがあったらしく,昨日投稿していた記事が消滅してしまいました。慌てて復元をはかっていますが、無理。徒労感に苛まれます。)
(3)安倍=菅政権の冷酷さは,社会的弱者・マイノリティへの対応に,より露骨にあらわれています。同性婚が認められないことを,憲法14条「法の下の平等」に照らし違憲と判断した札幌地裁判決以後も,「政府としては婚姻に関する民法の規定が憲法に反するものとは考えていない」(加藤勝信官房長官),「一足飛びに同性婚やパートナーシップ制度まで進めることは,かえって社会の混乱につながる」(下村博文自民党政調会長)などと,旧弊的姿勢を変えようとしていません。
超党派議員連盟による,LGBTなど性的少数者への理解増進を図る法案要綱をめぐって,自民党内の議論で,「道徳的にLGBTは認められない」「人間は生物学上,種の保存をしなければならず,LGBTはそれに背くもの」(簗和生元国土交通政務官),「女子の競技に男性の身体で心が女性だからっていって競技参加して,いろいろメダル取ったり,そういう不条理なこともある」(山谷えり子元拉致問題担当相)などの発言が相次いだことがおおやけになって,批判と抗議が巻き起こっています。超党派議員連盟により合意形成がなされていたこの「LGBT法案」法案は,結局、自民党内の反対により国会上程が見送られることになりました。「LGBTは生産性がない」(杉田水脈議員)などの発言から3年,政府与党内に根強く残る後進性が鋭く問われなければなりません。
山谷氏は,選択的夫婦別姓の導入反対論者としても知られており,1月30日,丸川珠代男女共同参画担当相(就任前),高市早苗前総務相,衛藤晟一前少子化対策担当相ら自民党国会議員有志50人連名で,47都道府県議会議長のうち同党所属の約40人に,選択的夫婦別姓の導入に賛同する意見書を採択しないよう求める文書を郵送しています。選択的夫婦別姓については,最高裁が国会での議論を促した2015年以降,議論を求める意見書を全国150以上の議会で可決し,衆院が受理しています。前述文書は,この流れへの露骨な妨害にほかなりませんが,これを忠実に受け止めたかのように,岡山県議会では3月19日の本会議で,自民党などの賛成多数で選択的夫婦別姓に反対する意見書を可決しています。都道府県議会で反対の意見書が採択されるのは約11年ぶりで,不名誉な後進性の発揮となりました。
ジェンダー平等,女性活躍や多様性の推進を求める社会的気運に背を向けて,日本はジェンダーギャップ世界121位の地位にとどまり,菅内閣の女性大臣がわずか2人であることも後進性を象徴しています。折しも,森喜朗元首相(東京五輪・パラリンピック組織委員会会長)による女性蔑視「失言」は,日本政治の中枢にはびこる遅れた「本音」を吐露したもので,世界的にも不名誉な注目を浴びました。これに対して,「#わきまえない女」がトレンドワードとなるなど,広範な国民の間に,瞬くうちに批判と抗議がうねりのようにひろがりました。そのもとでの森氏の辞任は当然の帰結ですが,それにとどまることなく,男女を問わず,対等・率直な議論を基礎に合意形成していくことが万事当たり前となる社会の気風を,真に築いていくことがつよく求められています。
菅政権は,今国会で,外国人への非人間的な扱いなど,現行「入管法」(出入国管理及び難民認定法)の問題点は放置したままで,難民認定申請回数が3回以上になったら強制送還できるようにするなどの法改定をはかってきました。国会審議さなかの3月,入管施設に収容されていたスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが,体調不良を繰り返し訴えながら死亡したことをきっかけに,その死の真相を明らかにせよという遺族・支援者の要求とも結んで,法案反対の声と運動が急速に広がりました。研究者,弁護士,文化人,学生など多様な人々が参加して,各地で座り込みやデモ,ツイッターなどでの発信が続けられ,国会内での野党共闘と相まって法案強行の策動を追い詰め,昨年の検察庁法に続いて,事実上の廃案に追い込みました。さらに,ウィシュマさんの収容状況を撮影したビデオの全面開示をはじめ,死の真相と責任の所在を速やかに明らかにさせるとともに,長期収容などの人権侵害が恒常化し,入管施設での死亡例も相次いでいる異常事態に根本的にメスを入れることが求められています。世界的にも群を抜いて厳しい日本の難民政策(注①参照)も,改めて問い直し,外国人の人権をまもり,地域社会で共生していける社会をめざさなければなりません。
注① 2019年に日本で難民申請を行った外国人は合計10,375人で,審査の結果,難民として認定されたのは43人(難民認定率0.41%)だった。このほか,過去に難民認定を申請した際に難民と認定されなかった外国人が,審査請求(不服申し立て)を行って難民と認められた例が1件あったため,2019年に日本で認定された難民は,合計44人となっている。同年の諸外国の難民認定率はカナダ51.2%,イギリス39.8%,フランス19%,アメリカ22.7%,オーストラリア17.3%,ドイツ16%等。日本は,桁外れの低率である。
梅雨の「中休み」だそうですが、この中休みが長いこと。連日カンカン照りの真夏日で、身体がなかなか対応できません。
今朝は、少しだけ気温が下がり、今日から週末にかけてお天気は下り坂で、雨も降るらしい。ジメジメした梅雨は好きではありませんが、やはりしっとりした雨の季節も懐かしいです。
我が家の庭の紫陽花がひっそり咲いていますが、どうやら、潤いをほしがっているように見えます。
散歩道のアジサイも今盛りですが、雨の中で写したいと思えます。同じく散歩道、いつの間にかネムの花が咲きそろっています。
タチアオイの花がてっぺんまで咲き揃ったら梅雨が明けるとか言いますが、かなりてっぺん近くまで咲いています。
今朝は、ほんのり朝焼けでした。お天気が崩れるしるしかもしれません・
同じカメラのSDカードに古い画像が残っていました。
5月29日撮影の麦畑です。
これが今朝の風景。
刈り残されている部分もありますが、周囲はあらかた収穫が終わっています。
黒いのは焼き焦がしのあとです(昨日の記事でも触れました)
正面に常山が見えます。
こちら側の正面は麦飯山。
注1「常山」はこの記事参照。
逆さ児島富士(2013-08-06)
自身の備忘のために古い記事を掲載しておきます。
児島湖に常山(児島富士と呼ばれる)が映って、逆さ富士が現出します。
真夏の空がまぶしい季節です。(7/6撮影)
こちらは、水田に映った逆さ児島富士です。
富士の世界文化遺産登録が話題を呼ぶ中、「○○富士」が脚光を浴びています。
常山は、かつて児島半島が瀬戸内海に浮かぶ島であった時代、海に面して聳える小高い山でした。戦国時代、ここには山城が築かれ、城主は幾代かにわたって交代しましたが、女軍の戦で知られる「常山合戦」は、現地の案内板には次のように記されています。
常山合戦案内
ここ常山城は、常山女軍が戦った城として知られています。
天正3年(1575)6月7日、城主上野肥前守隆徳の守る常山城は、毛利・小早川隆景の大軍に包囲され落城の時を迎えていました。
本丸直下のこの二の丸付近に迫った敵将浦宗勝の軍勢に対し、領主隆徳の妻鶴姫以下34人の侍女達は最期の戦いを挑みました。
しかし、女軍達は次第に討ち取られ、鶴姫は本丸に引き上げ自刃したと伝えられています。
昭和12年(1937)、城主一族と女軍の冥福を祈って40基の墓石と墓碑が建立され、戦国の世の人々は今、桜木や広葉に囲まれて静かに眠っています。
平成15年11月11日 玉野市教育委員会 「常山合戦案内」板より
注2麦飯山はこの記事参照
濁りなき緑を肺に満たしてん(2013-08-20)
鴨川という川を挟んで対岸に、均整の取れた二こぶの山が聳えています。
遠くから見るとおにぎりのように見えるところから、麦飯山と書いて「むぎいやま」と読むのが、この山かなあと、私は思っているのですが、確かめることのないまま今日に至っています。
戦国時代、中国地方最大勢力の毛利氏と、織田信長・羽柴秀吉方についた宇喜多氏との間で戦われた「八浜合戦」は、この地を舞台にしています。当時、麦飯山の頂上には、二つの城があったそうで、今見ても、確かに頂上が、遠目にも平らに見えるように思えます。
麦飯山城は、宇喜多直家の家臣、明石源三郎の居城で、 宇喜多家の支城でした。当時、宇喜多と毛利は同盟関係にありましたが、宇喜多は、戦局を見て織田方に寝返ります。毛利は、中国地方攻めを進めている秀吉軍が、備前に入る前に岡山城を攻めようと考え、その拠点にするため、麦飯山城を奪おうとして攻撃を加えました。
毛利軍2万人が、山の周囲を囲み、兵糧攻めを加えたのに対し、 宇喜多の勢3千人が籠城しますが、山上には井戸がなく、麓の水源もおさえられたため、城から討って出、ふもとの八浜地区で激戦が繰り広げられました。
城主明石源三郎は、毛利軍の侍大将荘勝資と一騎討ちで戦死。家老の田中源四郎も、戦死して落城します。一方、勝った荘勝資も、明石源三郎の家来に討たれました。
八浜合戦は、1582年。「女軍の戦」で知られる常山城の合戦(1575年)から、数年後のできごとです。
今日はこれにて。
毎度おなじみフライング、の巻(第2回) [時事]
6月10日付けでアップしていた記事が,操作ミスで消えてしまいました。トホホ。下書きもないので、復元できる部分だけ復元を試みます。このシリーズ、きょうはその第2回です。
(2)安倍前首相は,モリ・カケ・サクラなど,自身に関わるあいつぐ疑惑の発覚や,拙劣極まるコロナ対策(無策)をはじめとする失政・悪政にたいする国民的批判の高まりが,もはやかわしきれない段階に至っていたもとで,昨年9月,病気再発を理由に,突如政権を投げ出しました。その「後継」「継承」を標榜して誕生した菅内閣は,当初,「たたきあげの苦労人」「気さくな人柄の令和オジサン」「パンケーキ好きのお茶目な一面」という電通仕込みのイメージ演出が効を奏してか,「死に体」だった安倍政権末期の支持率低落の状況を,一時的に回復させたかに見えましたが,化けの皮が剥がれるのも早く,政権担当能力も資格もないことが,日々国内外にさらされつつあります。
この政権移行は,政治の根本的転換を回避して,安倍政治の継承・存続をはかろうとしたもので,そもそも,菅氏こそは安倍悪政の「共同正犯」であり,その国民無視,立憲主義敵視,身内贔屓,批判封殺の強権政治の紛れもない「後継」「継承」者にほかなりません。
現に,就任早々,(将来の)消費税増税に言及し,国民の苦難には,まず「自助」で対処せよ,それで困ったら「共助」でやれ,いよいよ最後の「セーフティネット」の役割をのみ「公助」が担う,との新自由主義的姿勢をむき出しにし,福祉・国民生活の一層の切り下げ方針を公言しています。この姿勢はコロナ対策そのものにも貫徹され,国民の不安と苦痛を増大させています。
さらに,コロナ禍のもとで苦難を強いられている高齢者に,年金支給額0.1%引き下げにつづいて医療費2倍化をおしつけてきています。
こうしたもとで、岡山地裁は3月30日,2012年の年金減額とマクロ経済スライドを違憲として訴えた年金訴訟に対し,先行の各地の判決同様,国の主張を全面的に鵜呑みにし,国の減額措置を「合憲」として,不当にも請求を棄却しました。原告団は,司法の公正中立を逸脱した忖度判決に抗議して,直ちに控訴を決定し,たたかいの場は高裁に移りました。若者も高齢者も安心できる年金制度を確立するたたかいの一環として,ひきつづく裁判支援のとりくみが求められます。
「モリ・カケ・サクラ」に関連しては公文書改ざんの責においこまれたにおいこまれた赤木俊夫・雅子さん夫妻が岡山県の出身ということもあり、真実究明への思いは他人事ではありません。
私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ? (文春e-book)
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2020/07/15
- メディア: Kindle版
【アマゾンによる書籍紹介文】衝撃を与えた週刊文春での手記公開 。総理夫人らの関与を消すため行われた公文書改ざん。懊悩の末に死を選んだ近畿財務局職員の妻と、事件を追う記者が問いかける真相。
本書は、夫を理不尽に失った赤木雅子さんが国などを提訴、俊夫さんの手記の公開に至るまでの怒り、迷い、葛藤を率直に綴った「手記」と、事件を発覚当初から追い続けてきたジャーナリスト・相澤冬樹氏による「同時進行ドキュメント」で構成されている。
「最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ」
(赤木俊夫さんの遺書より)
森友事件の渦中で、総理夫人らの名を隠蔽するために公文書の改ざんを命じられ、懊悩の末、2018年3月、自ら命を絶った近畿財務局職員・赤木俊夫さん。享年54。
2020年3月、赤木さんが遺した痛切な手記が週刊文春で公開され、大きな反響を呼んだ。妻の赤木雅子さんは真実を明らかにするため国などを提訴。事件の再調査を求めて行った署名活動には、35万を超える賛同が集まった。
まだ、事件は終わっていない!
関連して、こんな記事を見つけました。
「森友」改ざん強いられた赤木さんの妻、国家の暴力重ねる 沖縄から全国行脚スタート2021年5月15日 08:35
森友問題で決裁文書の改ざんを強いられ、自死した元財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻、雅子さん(50)が来県した。改ざんの過程をまとめた文書「赤木ファイル」の全面開示を求める本紙社説をネット上で読んだのをきっかけに、世論に訴える全国行脚を沖縄から始めることにした。14日は沖縄戦の遺骨収集と米軍機事故の現場を訪ね、沖縄と夫妻に降り掛かる国の暴力を重ねた。(編集委員・阿部岳)
「ガマフヤー」具志堅さんと対面 無念の死 遺骨に思い
子どもの小さな遺骨を手のひらに置いた雅子さんは、「重みがあった」と語った。糸満市の陣地壕。「亡くなって、なかったことにされてきた方たちだと思う。夫と重ねてしまう」
俊夫さんの無念と、死に追いやった国の間違いを「なかったこと」にさせない。雅子さんは死から2年後の昨年3月、国側に損害賠償を求める訴訟を起こした。「戦争で亡くなった方はもう76年、思いを果たすことができなかった」と遺骨を見つめた。
遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(67)が案内した。陣地壕の外で子どもやお年寄りの遺骨を示し「軍に中に入れてもらえなかった可能性がある」と説明した。
国有地を値引きして森友学園に売却した問題は、安倍晋三前首相が自身や妻の関与を否定したため、現場職員の俊夫さんが公文書改ざんを強いられた。沖縄戦の日本軍も、わが身かわいさに住民を犠牲にすることがあった。
共通する構図に、具志堅さんは強い関心を寄せてきた。「誰が安全な所から改ざんの指示を出し、俊夫さんを犠牲にしたのか。赤木ファイルは黒塗りせずに全部出すべきだ」と求める。辺野古新基地の埋め立てに遺骨混じりの土砂を使わせないよう体を張るのも、雅子さん夫妻のために何ができるか自問するのも、国の過ちの犠牲にされた人の尊厳を守るため。「不条理のそばを黙って通り過ぎることはできない」と語った。
立川談四楼「東京オリンピック直前、一体何があったんでしょうか。JOCの幹部が--失礼しました。改めまして次のニュースを」との女子アナの動画は見た。次のニュースは「象が車に激突」というものだったが、以来、JOC経理部長の死の続報はない。分かったのは、報じられる直前に差し替えがあったということだけだ。@Dgoutokuji
作物の収穫の話題も書いたのですが、割愛します。
写真は鉢植えの桑の実。
生食したり,ヨーグルトに混ぜたり、楽しめます。
リカー漬けも少々作りました。
2.3年前に作った桑の実酒を、床下収納庫から引っ張り出してみました。
そう言えば以前こんな記事を何度か書きました。
五島美代子の歌う母の歌、の巻(2016-06-17)
本棚の片隅に、講談社学術文庫「現代の短歌 高野公彦編」という文庫本を見つけ、何年ぶりかにめくってみました。先日来話題にしている佐佐木信綱が最初のページに紹介され、五島美代子の作品も、七ページにわたって八十首が並んでいます。
(中略)
こんな歌にもふと目が止まりました。
桑の葉を食まずなりたる蚕のからだ透きとほりゆくあの種の切なさ そういえば、去年の今頃は「養蚕業」に大わらわでした。
今日のおカイコほか(2015-05-26)
去年の写真です。
飼育のために桑の木(マルベリー)の苗を鉢植えしましたが、今年はほったらかしです。
下は去年の写真です。
これで果実酒を作っていたような気がして、床下収納庫を探って見ました。
なかなか、良い色のリカーが見つかりました。試飲してみても、なかなか上等です。しかし、これは、マルベリーではない模様。
毎度おなじみフライング、の巻(第一回) [時事]
目立ちたがりの自己顕示欲が抑えられません。
「みてみて!」の「カマッテチャン」なのでしょうね。
努力の跡をひけらかしたいので、最近ちょっと根つめて携わっていた「執筆原稿」を、公式発表前にリークしちゃいます。しかも、私の個人的文章ではなく、合議を経て仕上げた文章なのですが、著作権を無視して「公開」しちゃいます。
何らかの支障がありましたらコメントその他でご指摘下さい。「削除」その他適切に処置する所存です。
きょうはその第一回です。
(1)コロナ禍が,世界中に深刻な影響を及ぼし続けています。
コロナ対策で一定の成果を上げた国では,徹底して感染拡大を抑えたことが経済回復につながっており,その逆はありません。ところが,安倍=菅政権は,大規模なPCR検査充実による感染者の早期発見と保護,ワクチンの安全・迅速な接種,医療機関への減収補填と医療スタッフへの手厚いサポート,保健医療・公衆衛生行政の抜本的拡充,営業と暮らしへの十分な支援など,一刻も早く優先的に着手すべき対策は放置したままで,感染拡大に油を注ぐGOTOキャンペーン,開催見通しの立たないオリ・パラへの固執,公立・公的病院の再編統合・病床削減計画の強行など,ちぐはぐな「悪手」を重ねています。
こうしたもとで,内閣官房参与の高橋洋一嘉悦大教授は,国内の感染状況を「この程度の『さざ波』。これで五輪中止とかいうと笑笑」とツィートしてひんしゅくを買っています。これは,デリカシーを欠いた一個人の失言にとどまらず,政権内に根強く蔓延する危機意識の欠如と国民の苦難にたいする無感覚のあらわれと言わなければなりません。
これまで首相記者会見等にも常に同席して,政府の「補佐役」としてふるまってきた尾身茂氏(政府対策分科会長)は,五輪開催について「こういう(パンデミックの)状況でやるのは普通はない。」「一生懸命,自粛しているところにお祭りという雰囲気が出た瞬間をテレビで見て人々がどう思うか」など,専門家の立場から繰り返し警鐘を鳴らしています。これを「自主的な研究の成果の発表」(田村憲久厚労相)とスルーして「開催ありき」の姿勢を貫く政府の態度は,科学・学問・理性を無視・軽視し,批判者を徹底的に排除しながら恣意的な政策遂行を進める安倍=菅政権の本性を露わにするもので,菅首相就任直後に露見した学術会議人事への介入と通底するものと言わざるを得ません。
そればかりか,憲法記念日の5月3日,改憲派の集会に出席した下村博文自民党政調会長は,「今回のコロナを,ピンチをチャンスとして捉えるべきだ」とあけすけに発言しました。この集会に,安倍前首相の前例に倣って自民党総裁としてビデオメッセージを寄せた菅首相は,コロナ禍を口実に,内閣が国民の権利を一時的に制限する「緊急事態条項」創設の必要性を強調し,改憲への流れを加速させようとしています。今国会では,改憲手続きを定めた国民投票法を改定し,「憲法改正の議論を進めなければならず,論議が活発になる前提ができた」(衆議院憲法審査会与党側の筆頭幹事の新藤元総務大臣)「長く懸案だったものが,ようやく最初の扉が開かれることになった」(自民党二階幹事長)などと語っています。どさくさ紛れ,火事場泥棒的な改憲策動を許すことはできません。
長くなりますので今日はここまで。次回に続きます。
6月になって最初の記事になりました。最近。散歩も控え気味です。実は足に痛みがあって、医者で診てもらいましたら、炎症があるが、尿酸値も高く痛風の傾向があるかもと、炎症止めと胃薬そして湿布をもらい、約一週間。ずいぶん良くなりました。
今朝は久しぶりに朝散歩に出ました。
麦畑はすっかり刈り入れがすすみ、燃されて黒く焦げています。このあと田植えのために田圃に水を張るので、麦藁がぷかぷか浮いて流れるのを防ぐために焼くのだと農家の方が教えてくださいました。
刈りあとにアオサギが佇んでいます。
未だ刈り取られていない一帯もあります。
熟期の違う品種と思われます。多分これが小麦でしょうか?
見あげると、電柱にカワウが止まっています。
早いものできょうはもう、9日。「九の日行動」の日です。早速世話役のQさんがSNSの投稿しておられますので、毎度おなじみ無断コピーさせていただきます。
今日も晴天です梅雨の長休みに9の日行動を行いました。あっという間に予定の時間が過ぎてしまいました参加された方とのおしゃべりが楽しくて。終わった後に持参された方のコーヒーを分けていただきましたがそのおいしかったこと。暑くてのどがからからになっていたようです。これからは熱中症対策が欠かせません。
梅雨とは名ばかりの晴天続きで、昨日、今日と、三十℃超えの真夏日です。気温は文字通り鰻登り。日なたではこんなビックリの暑さです。
小1の孫とそのお友達が「めちゃくちゃ暑い」と言いながら帰ってきました。何はさておき「アイス」の時間です。
今日はここまで。