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雨水を前に、の巻 [折々散歩]

暦の上では、明日が「雨水」だそうです。過去記事で、ついつい何度も話題にしています。

今日雨水青空も得しヒレンジャク(2014-02-19)

今日は「雨水」。寒さが和らぐというのですが、平年よりは冷たい一日でした。

多喜二忌に北の多喜二南の槙村を思うの巻(2015-02-20)

昨日は雨水。少し寒さの緩んだ岡山後楽園を歩いてみました。

早じまいの仕事帰りですので、入園したのが4時過ぎでした。すると園内放送が、「当園の開園時間は、午後五時までです。」と、繰り返し放送しています。慌ただしい散歩でしたが、うっすら汗ばむ心地よさでした。

雨水の日の岡山城

雛飾り草もむしりし雨水かな(2016-02-19)

今日は暦の上では、二十四節気の一つ「雨水」。立春から数えて15日目頃とか。地下の虫たちが動き始めるという「啓蟄」までの期間を言うこともあるそうですね。
空から降る雪が雨に変わり、氷が溶けて水になる時季。草木が芽生え、農耕の準備を始める目安とされました。このあと、寒さがぶりかえすこともありますが、三寒四温を繰り返して、春に向かいます。
地方によっては、この日に雛人形を飾る風習もあるそうです。

孤高の鳥、群れる鳥、の巻(2017-02-21)

今年の「雨水」は2月18日でしたが、その後の寒さが身体にこたえます。
土中の虫が目覚めて動き始めるという「啓蟄」が、今年は3月5日だそうですから、その頃まではまだまだ寒さのぶり返しがあるのでしょうかね。

昨日は雨水、今日は多喜二忌、の巻(2018-02-20)

昨日は雨水。
今日は多喜二忌。
いずれも記事にしたい題材ですが、今日は軽く通り過ぎることにします。
多喜二について書いた直近の記事は、昨年10月のこの記事でしょうか?

「多喜二の母」に思う、の巻(2)

「多喜二の母」に思う、の巻

南(みんなみ)の便り届くや今日雨水(2019-02-19)

辞書にはこうあります。

う‐すい【雨水】
1 あまみず。
2 二十四節気の一。2月19日ごろ。水ぬるみ、草木の芽が出始めるころの意。《季 春》「薩埵(さった)富士雪縞あらき―かな/風生」

出典 小学館デジタル大辞泉

よくもまあ、飽きもせず、毎年のように、似た記事を書いているものです、今年は、異常とも癒える暖冬で、ここのところやっと平年並みの寒さが戻ったところで、週末からの雨も、とても水ぬるむという蟹ではない冷たい雨でした。昨日も強い北風でしたので、閉口して散歩はサボりました。

今日は、雨も上がり、気温は低いものの、風が緩んだので、少しだけ近所の自然環境体験公園を歩きました。さすがに指が冷たいので、今年になって初めて、手袋(車中においていた軍手ですが)をはめて歩きました。例年ですと、この季節、手袋なしで歩くことなどありませんが。

マニュアルフォーカスレンズ専用機として使うことにしたPENTAX k-30に、本当に久しぶりに、ケンコー ミラーレンズ 400mmを組み合わせてみました。

ミラーレンズの使い道、の巻(2018-03-23)に書いたのとなじような思いつきです。

今朝の散歩に持ち出したのは、PENTAXK10Dに、KENKOミラーレンズ400mmの組み合わせ。軽量コンパクトな望遠レンズです。ピント合わせがシビアなマニュアルフォーカスですので、K10Dのファインダーが好ましいのでは?という思いつきです。
実際、このカメラ、撮影時の快感は、なかなかのものです。

k-30は、K10D寄りもさらに軽量コンパクトで、メーカー公称約650g(専用電池、SDカード付き)。これに、KENKOミラーレンズ400mmが495gですから、この軽さで400mmの超望遠撮影ができるとすれば、これに勝る組み合わせはありません。

問題は、その写りですが、、、

条件が合えば、そのリーズナブルな値段を超える描写を見せてくれます。

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手のひらに載せてもかさばらないコンパクトさは、散歩のお供としても

ミラーレンズ400mm F8製品画像

f8というレンズの暗さは、明るい日中用と割り切れば事足りますし、MF限定という障壁は、どうせ故障してAF動作しないk-30には、うってつけ、、というわけで、もっと出番があっても良いように思いました。ただ、ピント合わせに時間がかかるのは、少々の修練では克服できそうもなく、今日もカワセミに会ったのにシャッターチャンスを逃しました(涙)。それと、トビモノには手も足も出ません(トホホ)。

じっとしてくれている鳥は、、こんな感じで記念撮影ができました。

スズメ。

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トリミングします。

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アオサギ、こんなに大きい鳥だとノートリミングでも大丈夫です。

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シロハラ。

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以下はトリミング画像です。

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カワラヒワ。

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メジロ。

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ジョウビタキ♀。

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ジョウビタキ♂。

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それにしても国会の劣化、目を覆うばかりです。

ここでザレ歌。

まことなき政府答弁に倦み果てて憎き仇!と霜柱踏む

あな醜く節操もなき捨て台詞「ANAホテルもう使わないもん」

本歌取りのザレ歌(安直至極)

世の中に絶えて桜のなかりせば アベの心はのどけからまし

久方の光のどけき春の日に静心なくアベの散るらむ

この世をばわが世とぞ思う望月の書きたることはなしにしてくれ

今日はこれにて


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続野鳥の森で見たもの、の巻 [折々散歩]

1988年、わが地方に二つの「大橋」が架けられました。一つは瀬戸大橋(南備讃瀬戸大橋)、もう一つは「邑久長島大橋」です。前者については、「夢の懸け橋」と国を挙げて喧伝されましたが、歴史的意義は、後者が勝るといえるかもしれません。全長わずか30メートルのこの橋が負った「人間回復の橋」の名がその重みを端的に表しています。

というようなことを思いつつ、いろいろと記憶をひもとくうちに、こんな過去記事を思い出しました。

Iさんを偲ぶ、の巻(2019-08-26)

Iさんをしのぶ会が、昨日あったのです。しのぶ会は、澄んだ鋭い柝(き=拍子木)の音から始まります。これを打ち鳴らすのは、高校生演劇の指導やみずからも演劇活動に関わって来られたI女史です。実は、故Iさんも、高校教員のかたわら、地方劇団の中心として、長く演劇活動に携わってこられたのでした。

この柝は、実は、当ブログで何度か話題にしたことのある畏友、故Hさんの遺品で、歌舞伎好きだったHさんが入手していたものでした。この記事などは、Hさんと柝との結びつきを思い出させます。

現職時代、私も所属していた岡山高生研(全国高校生活指導研究会岡山支部)のHP(現在は閉鎖中)に、こんな記事がありました。温羅に関する記事を一部引用させて戴きます。

温羅太鼓(ダイジェスト)目次


1990年岡山・倉敷市で開かれた高生研第28回全国大会で,現地実行委員会が発行した情宣紙の題名が「温羅太鼓」。
「さりげなく,だが力強く」を現地スローガンに掲げ,明るく楽しいトーンを大切にとりくんだ全国大会が,岡山高生研に残した財産は何だったか?あらためて確認してみたいものです。
なお「温羅」は「うら」と読み,古代吉備の伝説上の人物。近年岡山県では,町おこしの一環として,この「温羅伝説」にスポットライトをあて,「市民参加型のまつり」として「うらじゃ」祭りが盛大に取り組まれています。
このまつりが始まったのが,1994年だそうですから,岡山高生研の「温羅太鼓」のほうが,4~5年も先輩ということになります。自慢するわけではないですが...。(2007年9月記)

(中略)

「温羅太鼓」と名付けられたこの情宣紙は、1990年8月2日までに34号が発行されています。私も、当時、情宣係の一員として、この発行のお手伝いをし、大会期間中は会場となっていたホテルの一室にとまりこんで早朝から深夜まで、一日数回発行の速報の編集に携わったことが思い出されます。また、現地実行委員会が提供する文化行事として、「温羅」とその一族に焦点を当てた群読劇にも取り組み、私も演者の末席を汚したものでした。このとりくみの中心を担ってくれたのが、当ブログでも何度か紹介済みの畏友H氏でした。その彼は、早々と文字通りの「鬼籍」に入ってしまわれました。

長い引用になりましたが、ここに紹介した「群読劇」で、柝を鳴らしたのは、在りし日のHさんでした。

そして、そのHさんが逝去された後、有志実行委員会で主催した偲ぶ会では、実行委員の一人だったIさんが柝を鳴らしたのだったと、I女史は思い出させてくださいました。下の記事を書いた2014年のことでした。

亡き友を偲ぶ会あり燕来る(2014.3.28)

長い引用を含んだ冗長な引用で、さぞや読み取りにくいことでしょう(汗)。細部は端折って、ここで紹介した情宣紙「温羅太鼓」にこんな記事があったことを言いたかったのです。これを書いたのは私でした。

おかやまうらおもて4
瀬戸大橋

”夢の本四架橋の謳い文句のもと大型プロジェクトの一つとして8988年4月瀬戸大橋が開通した。
全長12.3キロメートルに及び観光橋としては世界1級らしいが,①大橋建設工事で潤ったのは大手企業ばかりで,地元業者はさっぱり,②予想以上の騒音公害,沿線住民は憤激,③高い通行料で気軽に利用するわけにもいかず,④宇高連絡船の廃止で港町は寂れるばかり,⑤地元児島に停車する特急はわずか,⑥橋桁となった島々には,期待された恩恵もなく,地元無視もきわまれりと「怒りの声は里に満ち」ている。

これと並んで、長島大橋についても書いたように思うのに、見当たりません。記憶違いでしょうか()

長島大橋に関連して、「東洋経済ONLINE」2019年10月17日付けの記事(https://toyokeizai.net/articles/-/307361)に栗田 シメイさんがこんなことを書いておられます。

瀬戸内海に浮かぶ長島とそれをつなぐ邑久長島大橋(写真:Sunrise / PIXTA)

https://toyokeizai.net/articles/-/307361

ハンセン病隔離政策で苦しんだ「孤島・長島」の今

「人権の島」を生きた人々の数奇な人生

人間回復の橋――。それは、岡山県瀬戸内市長島にかかる30メートルほどの「邑久(おく)長島大橋」のことを指す。岡山市から40キロに位置し周囲約16キロメートルの長島は、ハンセン病の国立療養所として90年近い歴史を刻んできた。”人権の島”とも呼ばれる長島。“希望の橋”が架かったのは今から31年前だ。これは瀬戸内海に面する孤島が、実に58年間も隔離が続いてきたことも意味する。かつて、国立ハンセン病療養所・長島愛生園内に県立邑久高校新良田(にいらだ)教室という4年制の定時制の高校があった。新良田教室は、国立ハンセン病療養所内で唯一設置された高校だ。1955年の開校から1987年の閉校まで、全国からハンセン病の若者が集まり、その間307人の生徒が巣立っていった。

新良田教室教師の自責の念


新良田教室は、ハンセン病療養中の学生たちにとってわずかな希望でもあった。当時、ハンセン病を発症した子どもたちは、進学への道が絶たれていたからだ。同高を卒業し、完治することで大学や短大・専門学校への進学が公的に認められた。
卒業生の中には、医師・作家・教師・看護師・実業家やデザイナーなど幅広い分野で優秀な人材を輩出した。
新良田教室で1970~1975年まで5年間にわたり英語教師として教員を務めた山下順三氏(78)は、教員を退職した後もハンセン病の啓発活動に勤しんでいる。
山下氏は、自身の回顧録を基にした自主映画も現在制作しているという。山下氏をつき動かすのは、今なお残る自責の念だ。「当時の教員たちは、厚生省・県・医療機関と学校との板挟みでした。生徒たちには全身の消毒が義務づけられ、職員室の前のベルを鳴らすことで、初めて職員室への入室が許可されました。ある日、生徒の1人から言われました。『先生、私たちが職員室に入るときにベルを鳴らさないといけないという行為自体が、偏見と差別じゃないんですか。もう私たちは職員室に行くのが嫌なんです』と。
(中略)

紡がれる思い 新良田の記憶を風化させないために――。そして未来へ

32年前に閉校した1つの特別教室が、未来へと繋がる懸け橋となったのは1年半前のことだ。新良田教室に関わった人々が発案し、映画という形でその記録を公開するプロジェクトが動き始めた。長島を舞台とした映画は、『ベルの音が聞こえる』という名前で2020年春に上映予定だ。自主制作映画でありながら、18名のプロジェクト発起人が立ち上がり、資金繰りから監督の調整まですべて自分たちの足で動いた。
(中略)

岡山の孤島を生きた人々が紡いだ想いは、1つの作品として後世へと継がれていく。

同業のよしみで、邑久高校新良田教室の概要については、既知のことがらでもあり、旧職員の方の幾人かとも面識がありますし、この映画制作についても聞き及んでいました。というよりも、親しい友人であるOさんが、この映画「新良田レクイエム・ベルの音が聞こえる」のオーディションに通って、教師役で出演されていること、その撮影も終わり、今年の春公開予定であることなどなど、ご本人からお聞きしていたのでした。

OさんのFBから、写真を勝手に借用させていただきます

画像に含まれている可能性があるもの:5人、、スマイル

そんなわけですから、太平山野鳥の森からの俯瞰でこの橋を見た時、ピンとくるのが当たり前ですのに、別の橋と勘違いするなんて、何とうかつなことでしょう。いつものことながら、半知半解というのは、とんでもなく恥ずかしい間違いをおかすものかと、改めて赤面した次第です。

それでも、過誤を改むるに遅すぎるということはないわけで、「わずか30メートル」と口で言ってきましたが、実物で見るとその至近さへへの認識が深まる思いがします。その思いから、前回記事へのgonntan様のコメントにこう返させていただきました。「文字通り目と鼻の先のわずかな距離を、自由に行き来出来ないつらさ、くやしさ、察するに余りあります。見下ろせば、ほんのわずかの『隙間』でしかないのに、、、」

終わりに今日の付録。

昨日、馬鈴薯の植え付け準備に、畑を短時間耕したあと、近所の自然環境体験公園へ、PENTAX k-30+ケンコーミラ-レンズ500mmf6.3を持って出かけました。

すると出会ったのは、先日「これなあに?」とお尋ねしたのと同種らしき小鳥。

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頭の頂きに黄色い菊の模様が見えます。キクイタダキですね。

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太平山「野鳥の森」などをわざわざ訪ねなくとも、地元の公園であっさり出会えたのは、嬉しいような拍子抜けするような、、、。

安価のミラーレンズですのでそれなりの画質ですが、500mmの望遠性能は侮れません。(それでも少しトリミングします)

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午後、もう一度、今度はTAMRONレフレックスレンズSP 500mm F/8を持ってでかけました。画質較べは、こっちの勝ち?

マンサクの花(ノートリミング)

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またまたキクイタダキ。

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この鳥は、菊の紋様が赤いです。

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野鳥の森で見たもの、の巻 [折々散歩]

昨日の自然環境体験公園の散歩で、梅やマンサクの花だけでなく鳥たちにも出会いました。ただ、PENTAX k-30に装着したレンズが、70-300mmと、鳥の撮影にとってはやや非力です。


というわけで、以下、すべてトリミング画像です。


ツグミ。


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ムクドリ。


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シメ。


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シロハラ。


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メジロ


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ジョウビタキ♀


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ミヤマホオジロ。


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今日は、瀬戸内市に住む孫宅に届け物のついでに、地図で調べたここへ行ってみました。


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瀬戸内海が見下ろせる山(太平山)に、整備された遊歩道を設けてあり、野鳥観察を師ながら、約一時間の山道散歩ができるようになっています。山道と言っても、能く整備されていて、足もとに不安もなく景観も開放的です。


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名産の牡蠣の養殖に用いる牡蠣筏(かきいかだ)がおだやかな海に浮かんでいます。


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親切な掲示板が、あちらこちらに立てられています。


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そしてこんなクイズもあちこちに、、


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どんな珍鳥に会えるだろうかとワクワクしながら歩きますが、よく整備されているとは言え、傾斜のある山道ですので、結構疲れます。


その上、途中で空が雲に覆われ、冷たい小雨が降り出す始末。


野鳥の森の順路を一回りし、出口あたりにさしかかった頃にようやく薄日が射し始めました。


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この野鳥の森で写せた鳥は?他にも鳥影は見たのですが撮影できたのはこれだけでした。


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トリミングします。


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ジョウビタキ♂でした。


見下ろすと、こんな橋に気づきました。


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近年、日生と鹿久居島(かくいじま)を結ぶ橋が架けられ、車で行き来できるようになったというニュースが蟻、その橋を鹿の群れもわたっているという話も聞いていましたので、ああ、あそこにみえるのが鹿久居島かと、ひとり飲み込みしたのでした。


山道で、こんなものも見つけていましたので。


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鹿のフンです、、、。


が、家に帰って調べてみて、大変な間違いに気づきました。


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地図では中央下方にある「長島」と本土を結ぶ「人間回復の橋」であることに、うかつにも思い至りませんでした。地元RSKTVの番組紹介記事をコピーさせていただきます。


瀬戸大橋開通の翌月に架かった“もうひとつの橋”#邑久長島大橋。「#ハンセン病 に隔離は必要ない」…回復者の悲願だった橋が30歳を迎えます。社会にもたらしたものとは? http://rsk.co.jp/tv/message/

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今日はこれにて。


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クロガネモチをついばむメジロ、の巻 [折々散歩]

立春を過ぎてから本格的な冬の寒さがやってきたようです。大阪の孫も、瀬戸内市に住む孫も、同じ時期にインフルエンザに罹ったそうですが、漸く元気な声を聞かせてくれました。心配なのは新型コロナウィルス禍の成り行きです。だからといって、「桜の話どころじゃない」とはなりません。それから、賄賂まみれの賭博場騒動も、追及の手をゆるめるわけにはいきません。

事ほどさように心塞ぐことばかりですが、少しは癒やしも必要でしょう。先日のレンジャク観察の手待ち時間、しきりにクロガネモチの実をついばむメジロたちを、沢山写しましたので、ついでにUPしておきます。

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今日はこれにて。


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ようやくに尋ね当てたる緋連雀、の巻 [折々散歩]

ずいぶん以前こんな記事を書きました。

今日雨水青空も得しヒレンジャク(2014-02-19)

先日、M先輩から、写真も添えて教えていただいた鳥情報に誘われて、教わった公園に出かけてみました。

近所は通りかかることがあるのですが、中に入ったのは初めてでした。

すると、いろいろな鳥に会えました。

お目当ての、ヒレンジャク。いましたいました。

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緋連雀ひとたびたって影見えず(2014-03-08)

こんな句がありました。

緋連雀一斉にたってもれもなし 阿波野青畝

阿波野青畝についてウィキペディアはこう解説しています。

阿波野青畝(あわの せいほ、1899年(明治32年)2月10日 - 1992年(平成4年)12月22日)は日本の俳人。本名は阿波野敏雄。昭和初期に、山口誓子、高野素十、水原秋桜子とともに名前の頭文字を取って『ホトトギス』の四Sと称された。

大野林火の「近代俳句の鑑賞と批評』(明治書院)はこの句を取り上げて、こう解説しています。

幼時耳を患い、耳の遠いことが青畝の抒情詩人に駆り立てている。俳句を始めた畝傍 中学5年のときの句に「虫の灯に読み昂りぬ耳しひ児」(大正6年)があり、虚子を感嘆せしめている。加うるに当時郡山中学に教鞭をとる主観尊重の原田浜人の指導を受けていた。そのころのホトトギスは原月舟を中心にもっとも繊細な客観写生の試みられていたときである。少年 青畝はその不満を虚子に訴えた。「御不平の御手紙拝見しました。浜人君からも似よった御手紙をもらいました。しかし私は写生を修練して置くといふことは、あなたの芸術を大成する上に大事なことと考へます。今の俳句はすべて未完成で其内大成するものだと考へたら腹は立たないでせう。さう考へて暫く手段として写生の錬磨を試みられたならあなたは他日成程と合点の行く時が来ると存じます。不取敢(とりあえず-引用者中)其れだけを御返事と致し置きます。」が虚子の返事である。写生という、大きな、緩い、しかしながら強い 羈縛の許に、俳句会を率いてきたのが虚子である。大正八年九月のことである。この来書に青畝は大いに悟り、次第に写生を重んじ、謙虚に自然に接し、以後、その考えは揺ぐことがない。

森田峠によると、七月三日中学を卒えた青畝は半年ほど京都で下宿生活をしていた。そのころ、嵐山付近ではじめて緋連雀を見かけて、この句が出来たという。連雀は東部シベリア地方から秋季群をなして渡来する鳥、尾の先が黄色のものを黄連雀、赤いものを緋連雀という。体は葡萄色、翼と尾羽は黒色、小声でチリチリと鳴き、群をなして生活をする習性がある。

この句、その習性をとらえて彩色豊かな 一幅の日本画に仕立てている。眼前の賑やかな美しさは「一斉に立って」「もれもなし」で、すべては眼前から消え去ったのだ。一句の調子が張っている上に、景を叙べて印象明瞭であるため、眼前の美しさと、瞬時消え去った空白感との落差が鮮やかに伝わる。作者の主観はそうしたところに息づいているのである。

今年は、二度の訪問で、続けて運良くヒレンジャクの姿を納めることができました。

が、この状態から一斉に飛び立って去っていったのが、今年の緋連雀の見納めだったかも知れません。

それから時は経過して、こんな記事にもヒレンジャクが登場します。

ヒレンジャク再び、の巻(2018-03-12)

フカヤマと書いてミヤマです,の巻(2)(2018-04-02)

この日もカメラマンさんたちが、そこここで大きなレンズのカメラを構えておられます。その先を窺うと、、この鳥が飛んできて梢の先に止まったのが見えました。

この日は、子守がメインですので,望遠撮影の準備をしていません。携行カメラの最大望遠性能は、OLYMPUS E-PM1+lumix G VARIO 45-200mmです。これを,デジタルテレコンを有効にすると、400mm相当。35mm換算で800mm相当になるはずですが、、、豆粒ですね。
トリミングします。
ヒレンジャクに再会か?と思ったのですが、、、。

よくよく色の具合を見ると、、

これってキレンジャクじゃありません???

そして、つい最近、この記事に書いたとおり、またレンジャクの姿が見られるかも、という期待が募っていました。「募集する」という意味の「(-を)募る」(他動詞)、ではなく、「ますます激しくなる」という意味の「(-が)募る」(自動詞)です。念のため。

心ははやれど.の巻(2020-01-20)

M師から、レンジャクの飛来場所を教えていただきました。

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近くに、ミコアイサも見られる由。

先日、ようやくミコアイサは目撃することができましたが、レンジャクは去ったあとで、残念な思いをしたことでした。が、2月になってから、またM師から「またまたレンジャクが来ました、、、2、3日は滞在するのではないかと 思います」とのメールをいただき、おおよその場所も教えていただきました。ここのところ、いろいろと野暮用があって、まとまった時間が取れないと思いつつも、矢も楯もたまらず、今日の午前中、思い切って出かけてみました。

教わったあたりを車でウロウロしていると、巨大レンズや三脚などを装備したそれらしい方々が数人、街路樹の方を窺っておられるらしい様子が、遠目にも見て取れました。車の駐車場所を見つけるのに手間取りましたが、ようやくのことでお仲間に紛れ込むことができました。

と、しばらくして、にわかにカメラマンさん達の間に緊張が走り、上空を数羽がこちらに向かって飛んできて、少し離れた梢に止まるのが見えました。慌ててシャッターを切りましたが、またいっせいに飛び立ち、実際に写せたのはわずかの枚数でした。証拠写真だけは残せましたが、遠いのでトリミングします。

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緋連雀(ヒレンジャク)も黄連雀(キレンジャク)も混じっているようです。

と、先客の女性カメラマンの方から、撮れてよかったですね、と声をかけられました。見ると、なんと、M師の奥様でした。野鳥写真では知る人ぞ知るベテランカメラマンです。M師は午前中、地元のスケッチの集まりに出かけておられる由で、お一人で撮影に来られていたようです。といっても周囲のカメラマンの方々も、お知り合いのようですが、、、。

その場で待つこと小一時間、今度は近くの山の木枝の先に、さっきより沢山のレンジャクたちが舞い降りて止まりました。

持っていた機材は、PENTAXK5Ⅱ+AFBORG 60EDですが、さすがに遠すぎ、トリミングしないと姿が確認できません。

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思い切ってトリミングします。

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欲を言えばキリがありませんが、証拠写真が残せて、来た甲斐がありました。そうこうするうちに、お昼も近づいた頃、M師もおいでになり、声をかけてくださいました。直接お礼も言えて、嬉しいことでした。

今夜は演劇鑑賞。劇団民芸の「集金旅行」。井伏鱒二原作の、軽妙でコミカルな舞台。楽しい一日でした。

今日はこれにて。


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カモカモエブリバディ、の巻 [折々散歩]

2月1日(土)の早朝、ラジオから童謡「証城寺の狸囃子」が流れてきました。それと前後して、「今日は何の日」として次のようなできごとが紹介されていました。



■1895年(明治28年) 京都で日本初の路面電車が走る
■1946年(昭和21年) ラジオ「英語会話」放送開始
■1948年(昭和23年) エリザベス・サンダース・ホーム開設
■1953年(昭和28年) NHKテレビの本放送が始まる
■1954年(昭和29年) マリリン・モンロー来日
■1987年(昭和62年) 北海道・広尾線廃止
■1989年(平成元年) 相互銀行が普通銀行へ転換


1946年(昭和21年)のこの日、放送開始されたNHKラジオ『英語会話教室』は、1951年2月9日まで、毎週月曜から金曜日までの午後6時から15分間放送されたそうですが、その主題歌「カムカムエブリバディ」は、「証城寺の狸囃子」の曲に、平川アナウンサーが歌詞をつけたものだといいます。



Come, come, everybody.
How do you do, and how are you?
Won't you have some candy,
One and two and three, four, five?
Let's all sing a happy song,
Sing tra-la la la la


ウィキペディアにはこんな解説が載っています。


平川 唯一(ひらかわ ただいち、1902年2月13日 - 1993年8月25日)は、日本放送協会(NHK) のアナウンサー、ラジオの英語会話講座講師。通称「カムカムおじさん」。1946年から1951年までラジオ番組「英語会話教室」を担当し、人気を博した(番組は「カムカム英語」という別名で知られる。岡山県出身。


この平川さん、岡山県の現高梁市のご出身で、「1916年に津川尋常小学校高等科2年を修了し農作業の手伝いをしていたが、1918年の16歳のときABCも知らないで、数年前からアメリカに出稼ぎに行っていた父を追って兄と渡米し、ポートランドで半年ほど線路工夫などに従事し、、、(ウィキペディアより)」と、大変ご苦労されたのだそうです。


今日の表題は、「鴨、鴨、、、」の駄洒落です。


自宅近くの用水路に、今年もコガモが姿を見せてくれています。


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早朝のNHKラジオでは、2月1日の誕生日の花は「花菜(ハナナ)」だと言っていました。道端にの畑に咲いているこれは、野菜の花ですね。


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これまた散歩道の脇に咲く紅梅。


2月の別名を「梅見月」と言うそうですね(ただし、旧暦のようですが)。


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今日の付録。前回記事で、シジュウカラをGIFファイルでUPしてみたのですが、ファイルサイズが大きすぎて送信できませんでした。何とかファイルを縮小してみたのですが、今度は静止画のままで、失敗続き(涙)今日は、そのリベンジで、小さなサイズの「動くGIF」にしてみましたが、さていかがでしょう?


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今日はこれにて。


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睦月晦日の鳥三昧、の巻 [折々散歩]

早くも今日は2月1日。三日後には立春だそうです。


わが地方では、昨日は、統計上最も遅い初雪を観測したと言いますが、風に吹かれてちらほら雪片が舞う程度。暖冬異変はどこまで進むのか?トランプさんは悲観するなとおっしゃるが、なんとも無気味です。


1月31日の鳥たち。


まずは雀。


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山雀(ヤマガラ)


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四十雀(シジュウカラ)


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コゲラ


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シロハラ


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最後はカワセミ。


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急に飛び立ったのでダイビングかとシャッターを押しましたが、捕らえきれず、思いもよらぬ遠くの方へ飛び去りました。


見ると、こんな招かれざる客が、カワセミの止まっていた枝をのそりのそりと匍匐してました。取り逃がしてふてくされ気味のネコ君です。


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今日はこれにて。


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暖冬と言うても寒かろ濡目白 [折々散歩]

最近、雨の日が多く、なかなか、散歩に出かける気になれませんが、先日は、傘を差して自然環境体験公園を歩いてみました。防塵防滴仕様の、pentaxk30+DAl50-200mmF4-5.6ED WRと、fuji finPIX s1を持って出ました。

それにしても、寒中というのに、どちらかというと暖かい雨です。

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マユミの実に滴る水玉。

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辛夷のつぼみが、少し柔らかくほころび始めています。IMGP6512

梅のつぼみです。

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水鳥たちも雨の中です。

オオバン。

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カルガモ。

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メジロの群れが、枝から枝へと活発に動き回っていますが、暖冬と言ってもずぶ濡れでは冷たいのではないでしょうかね?

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今朝は、晴れてよい天気になりそうでしたので、深山公園へ出かけてみました。ですが、この冬では一番と思える冷たさです。歩いて少々汗をかいた頃、雪花が舞うのをみました。なるほど、ローカルニュースで「岡山市で初雪を観測」と報じていました。

強い冷え込みの中で、梅の花が咲き始めていました。

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こんな季節、何かの折にふと、「あなた変わりはないですか日ごと寒さがつのります♪♪」と、都はるみの「北の宿から」の歌詞が脳裏に浮かびます。昭和50年(1975年)の作品と言います。20歳代のあれこれの記憶が蘇ります。

ところで、今、この歌詞を思い出したきっかけは、あの「つのる」騒動。「東京新聞」から一部引用します

問題の答弁は二十八日の衆院予算委で飛び出した。宮本徹議員(共産党)が、安倍政権下で桜を見る会の参加者数が急増した理由を追及。首相の地元事務所が友人や知人は申込書をコピーして使うよう呼び掛けていたと指摘し、「幅広く募っている、募集していることをいつから知っていたのか」と質問した。

安倍首相が「私は幅広く募っているという認識でした。募集しているという認識ではなかった」と答えると、議場は失笑に包まれた。宮本氏は苦笑しながら「日本語を四十八年使っているが、募るというのは募集するというのと同じ。募集の募は募るっていう字なんですよ」と続けた。

このやりとりが報じられると、ツイッターには「#募ってはいるが募集はしていない」というハッシュタグが出現。「答えてはいるが、答弁はしてない」「マズい部分隠したが、改ざんではない」といった投稿が相次いでいる。

◆意味は同じ 永田町用語なのか?

言葉自体の意味はどうなのか。広辞苑で「募る」をひいてみると、「ますます激しくなる」などと並び、「広く求め集める。募集する」とあった。「募集」をみると、こちらは「つのり、あつめること」としか書かれていない。

椙山女学園大の加藤主税名誉教授(言語学)は「募るも募集も意味は同じ」と説明。そのうえで「あえて直感的に言うと、募集する方が堅く、書類提出や意思表明などが必要な印象があり、募るは自由に参加できる感じ。その意味では、桜を見る会の実態は『募る』で合っているのでは」と解説する。

首相はいつもどちらで答弁しているのか。現在公開されている国会会議録を見る限り、桜を見る会の関連では「募る」を使うことが多いようだ。もしかして永田町用語として使い分けがあるのかと、政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏に聞くと、「そんなことはありません」と断言された。

「そもそもこの問題はいろいろなことがいいかげん。理屈になっていないことを理屈で言い逃れしようとして無理が生じ、こういうことになる」

◆迷言頻発しても開き直り

首相は過去の国会でも、自身を行政府の長と言うべきところを「立法府の長」と言って会議録の修正を招いたり、「云々」を「でんでん」と読み間違えたりしてきた。報道陣から「今年の漢字」を一字で表すように問われ、「責任」と字余りで答えたこともある。

(後略)

募りに募って、ますます激しくなっているのは、安倍さんの「私物化」欲ですかな?言語まで私物化するとはさすがです。「今に、募るという語は、募集する意味ではないとの閣議決定をするのだろう」と喝破した人がありましたが、ありそうでコワイ。

今日はこれにて。


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昨日の付録。の巻 [折々散歩]

一昨日・昨日とミコアイサの写真をいろいろ紹介しました。


今日は、その付録です。


FUJI FINEPIX S1も一緒に持っていましたので、念のために写しておきました。


ノートリミングでこの程度の望遠撮影になります。


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デジタルズームをつかうとさらに大きく写せます。ただし、画像の精細度はかなり落ちますが、、、、。


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コガモもいました。


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今日はここまで。


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嬉しい出逢い、の巻 [折々散歩]

昨年12月、こんな記事を書きました。


故郷、の巻


郷里の実家の隣家のご当主が、ここ何年かの入院生活の後に亡くなられ、15日が葬儀との由、木曜日に聞きました。

13日(金)は、午後、会議の予定でしたので、それを済ませ、14日(土)郷里に前泊することにしました。季節柄、当日の朝、濃霧に遭ったりすると、葬儀に間に合わなくなってはと、心配でしたから。

葬儀当日の15日、父の「代理」で、組内として受付等のお手伝いに行ってきました。(以下略)


月日の経つのは早いもの、「五十日祭」(神式なので)が、今日行われました。またまた父の代理で参列したのですが、一昨日の朝が酷い霧でしたので、昨日から実家に一泊して、徒歩数歩のお宅まで出かけてきました。


今は家を離れている令息・令嬢が、それぞれご夫婦とお子様達で、立派に儀式を取り仕切っておられました。私よりもずいぶん若いご兄妹ですが、子どもの頃の遊び友だちです。


ご親戚の方々も、おおかたは、子どもの頃の顔見知りです。最も年齢の近いS男さんは、わずかに年上で、幼児の頃、遊んでもらったことがあります(淡い記憶ですが)。この方とは、奇しき縁で、今から15年ほど前、ある労働組合の代表として全県の労働団体の役員をされていたちょうど同じ時期に、私も高校関係の教職員組合を選出基盤に同じような立場にありました。月に一度ほどでしたか、会議で同席することがあって、何かむずむずする面はゆさとうれしさを感じたものでした。


そんな間柄であるのに、葬儀の日には、それらしいお姿であるけれども確信が持てず、声をかけそびれたままわかれたのでしたが、今日は、お互いにはっきり認識できて、淡く曖昧に途切れて不確かな脳内回路が、わずかにつながった感覚を覚え、嬉しく感じました。他にも、感慨深いできごとが多々あったのですが、今回記事では割愛させていただきます。


今日の記事のメインは、ミコアイサです(???)。


心ははやれど.の巻


の記事でこう書きました。


M師から、レンジャクの飛来場所を教えていただきました。

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近くに、ミコアイサも見られる由。


その「飛来場所」というのが、郷里への道中の中間点に位置するので、立ち寄ってみることにしました。


教えられた場所をどうにか尋ね当てたのですが、キンクロハジロや


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何かの猛禽類や、


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ツグミや、


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オオバン


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カルガモや、


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ミサゴの姿は確認できたのですが「


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レンジャクは見つけられません。


万事休して、携帯電話でⅯ師に問い合わせると、、、最近姿を見かけなくなったとの由。残念無念。


いったん切れた電話でしたが、M師がもう一度掛けてくださり、ミコアイサのいる池へ案内しようかとの、有り難い仰せ。いやも応もなく、お願いしました。


その池は、あたかも野鳥の楽園の体。こんなにたくさんの個体数は、はじめて見ます。


pentaxk-r+SIGMA DG 120-400 4.5-5.6 APO HSMで写すと、、、


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そしてpentax K5Ⅱ+AFBORG60EDで。


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M師の「最も長い望遠レンズで」のアドバイスで、PENTAXK5Ⅱ+SIGMA DG 120-400 4.5-5.6 APO HSMの400mm望遠端で写したのがこれ。


ホシハジロの群れも大勢。


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あとで気づきました。 SIGMA DG 120-400 4.5-5.6 APO HSMの手ぶれ補正をONにしているのに、本体ONにしてしまっていたことが、かえって描写を不鮮明にしてしたかも知れません。トリミングしてみると、こんな具合。


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望遠倍率の低いAFBORG60EDの画像をトリミングすると、もっと鮮明です。


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前が♂、後ろが♀だそうです。


満足度は100%とは言い切れませんが、嬉しい出逢いでした。


今日はこれにて。


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雨のロウバイ、の巻 [折々散歩]

大寒を過ぎて、冷えこみの気配を感じたかと思う間もなく、春先のような温暖さに包まれています。

昨日は雨の朝、今朝は深い霧でした。

昨日の朝は雨の散歩ですが、手袋もマフラーもなしで、平気でした。

ロウバイが、変わらず匂っています。

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雨に洗われるスイセン。

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ハルジオン?

それともヒメジョオン?

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わが庭のナンテンが、露を宿しておりました。

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今週も何かと外に出る用事が多くて、カメラを手にする機会がめったにありません。

今日はこれにて。


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心ははやれど.の巻 [折々散歩]

M師から、レンジャクの飛来場所を教えていただきました。

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近くに、ミコアイサも見られる由。

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訪ねてみたいのはやまやまながら、なかなかまとまった時間がとれません。

18日(土)には年金者組合地元支部の新年会。その前後も、準備やら何やらで手が取られます。時間の隙間を見て、手近なところで探鳥よくを紛らわせます。

自然環境体験公園のジョウビタキ。

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今日は朝から時間がありそうな気がして、M師おすすめの場所に足を向けてみるつもり満々でしたが、ふとカレンダーを確かめると,予定が入っていました。昼休み時間に、アメリカのイラン先制攻撃に反対する緊急集会・デモがあったのです。

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どうせ有料駐車場に駐めるなら、後楽園駐車場に駐めて少し歩くことにしました。

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岡山城を近くに見ながら歩きます。

いろいろな小鳥が姿を見せてくれました。

エナガ。

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メジロ。

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シジュウカラ。

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デモもあわせて、歩数一万歩を超えました。

後楽園の中に入る余裕はなく、今日の散歩は終了です。

今日はこれにて。


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初ジョウビタキ、の巻 [折々散歩]

先日の深山公園散歩で、ジョウビタキに遭いました.今年になってから、わが家の前でも散歩道でも、何度も目にしているのですが、カメラを持ち合わせていなかったので、今回が、初撮りのジョウビタキです。

♀です。ややトリミングします。

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♂。ずいぶん近くまでやってきて、ポーズを取ってくれました。

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今朝の散歩道で、ロウバイを写しました。だいぶ前から咲いているのは気づいていたのですが、写したのは今年初。周りがまだ暗い日の出前の時刻、むせるほど濃密な甘いよい香りが漂っています。

ストロボ使用。

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少し明るくなったので、ストロボなしで写しました。自然ないろはこんな感じでしょうか。

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スイセンも花盛り。

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枇杷の花にもほのかな香りがあります。

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今日はこれにて。


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初エナガ、の巻 [折々散歩]

昨日の深山公園で、最初に遭ったのはエナガでした.今年の初エナガです。

遠い木の枝先を、素早く動き回るで、なかなか捉えられません。しかも、PENTAXK5Ⅱ+SIGMA120-400のこの組み合わせは、苦手な被写体があるらしく、ピント合わせがもたつきます。しかも、枝かぶりばかりで、チャーミングポイントのつぶらなお目々がなかなか見えませんが、、証拠写真だけ掲載させていただきます。

すべてトリミング画像です。

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今日は、自然環境体験公園と、近くの児島湖畔を歩いてみました。すると、ここでも、エナガが数羽、群れであらわれました。

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トリミング画像です。

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今日はこれにて。


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初コゲラ、の巻 [折々散歩]

午後は会議の予定です。こんな日の午前は時間に貪欲になって、かかりつけ医でいつもの薬をいただいて、その足で深山公園を散歩。起伏のある散歩道を一時間余り歩くと、汗が出て、いったん家に帰ってシャツの着替えが必要でした。歩数は一万歩を超えました。

PENTAXK5Ⅱに、重いSIGMA APO 120-400mm F4.5-5.6 DG OS HSMを久々に使用。ピント淡さに手間取ります。

今年初のコゲラです。

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次はトリミング画像。

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今日はここまで。


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今朝の朝景色、の巻 [折々散歩]

日の出を写してみたくて、鴨川の近くまで歩いてみました。暗いうちに出発して、イメージした場所まで、30分ほど歩いて、7時を過ぎましたが、暗いまま、、、

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上の写真は、ホワイトバランスの設定を間違っていました(汗)

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10分ほど経過して少しずつ、赤味を帯びてきますが、、、

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さらに10分経過。

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この場所についてから、30分ほど経過しました。

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かなり長く粘ったのですが、太陽がのぞきそうなあたりが、雲に覆われているようで、これは山の端から昇る朝日を捉えることは困難と、あきらめて帰途についたころ、朝日が顔を表し始めました.残念なことに、川から遠ざかってしまい、朝日が水面に映る様を撮り逃してしまいました。

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同じような写真を沢山写しましたが、なかなかきれいな風景写真になりました。

今日はこれにて。


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正夢の初夢?の巻 [折々散歩]

2020年も、どうかよろしくお願い申し上げます。


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朝の散歩で初日の出を拝むことができました。


紙の年賀状をアレンジして、web版年賀状をお送りします。


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昨夜の夢で、水に映る日の出を美しく撮影することに成功したと見ました。目覚めても名残惜しくて、夢うつつで思いをめぐらせました。朝散歩の行き先を、東の方角に水がある場所にしてみました。


農道の水たまりに薄氷がはっていました。


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未明の小川。これはいつも通る用水路です。


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遠くに麦飯山が見えます。だいたいあちらの方向から日が昇るはずです。


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散歩の足を伸ばして倉敷川の対岸へ出ました。


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朝霧がよい雰囲気です。


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朝霧の中の澪標(みおつくし)です。


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澪標については過去記事で何度か書きました。たとえば、、、


またまた、蓮にまつわる蘊蓄話、の巻


以前こんな記事を書きました(2014年12月)。

降り敷くは唐紅の錦かな(語彙貧困、安直無類、真情不在、拙劣至極)

今日、仕事から帰って見ると、ゆうメール便で書籍が届けられていました。教科書、参考書、辞典等教育系の出版物を発行している出版社B堂からでした。
思えば、私自身も、中学・高校生時代この出版社の問題集のお世話になりました。
中身は、特にお正月シーズンを目当てに、各社から例年のように発行される百人一首の解説書です。 百人一首のすべての歌が、過不足のない、わかりやすい解説とともに歌ごとに美しい写真も添えられて、あたかもミニ写真集という趣の冊子です。

付録には朗詠のCDも付いていて、至れり尽くせりです
なぜこんな書籍が送られてきたかというと、実はこの中に、ずっと以前に私の撮影した澪標の写真が、無償ですが(笑)、1枚採用され、その記念に献本をいただいたという次第です。

ご縁のはじまりは、このブログの写真を編集者の方が見つけてくださり、使用を打診してこられたのでした。澪標などという題材は、よほどレアなものであるようです。

妻に自慢していますと、「早速、ブログに載せたら?」とからかいます。

自慢話になるのも気が引けますし、個人情報の問題もあって、いったん躊躇はしましたが、ブログネタの一つとして紹介させていただく事にしました。。

事の発端は、こちらの記事のこの写真でした(2013年8月)。

夕映えの倉敷川に澪標(みおつくし)

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自慢ついでに、その書籍もご紹介させていただくことにします。

原色 小倉百人一首 (シグマベスト)

原色 小倉百人一首 (シグマベスト)

  • 作者: 鈴木 日出男
  • 出版社/メーカー: 文英堂
  • 発売日: 2014/12/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

この本の40ページに、澪標の写真が掲載されています。
よくよく過去記事を探ってみると、この記事に該当の歌を少し紹介しておりました(2016年1月)。

ヨシガモでした、の巻

わびぬれば 今はた同じ 難波(なには)なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ 元良親王(20番) 『後選集』恋・961
〔解釈〕 どうしてよいか行きづまってしまったのだから、今となってはもう同じことだ。難波にある澪標ではないが、身を尽くしても逢おうと思う。


お正月ですので、時節柄再度紹介させていただきます(笑)


朝霧の中をカモの群れがのどかに水面に浮かんでいます。


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山際が少しずつ明るんできました。


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先日来話題にしている常山と麦飯山が並んで見えます.中央付近のとがった山が常山、左の方のふたこぶのおにぎり山が麦飯山です。よく晴れたお正月です。


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今日はこれにて。


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三星山あれこれ、の巻 [折々散歩]

フィルムカメラ時代には、撮影済みのフィルムを現像しないまま、カメラに入れたまま長い間放っておくようなことがよくありました。デジタル時代になって、比較的画像閲覧するテンポが早く、頻繁になりましたが、時には長い間確認を忘れている画像もあったりします。


たとえば、8月のこんな画像が、未確認のままカメラ(E420)のCFカードに入ったままでした


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こちらのカメラ(RICOH gx200)を、最近使ったことも、忘れかけていました。


12月24日(火)、行きつけの整体院に母を送って診察待ちの間、近所を散策してみたのでした。


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ずっと以前、この記事で話題にしたのと同じ場所です。


雪解や まずはめでたく 父帰る(2014-02-12)


皮肉なことに、1960年代頃には、実家のすぐ近所の停留所から、バスに乗ってこの町まで容易に行くことができました。まもなくこのバス路線は廃止され、川向こうの道路を走るバス路線を利用するために、1.5kmの道のりを歩くことが必要になりましたが、まだ交通機関利用による移動が可能でした。そのバスは通勤通学のためにも利用できました。
しかし、やがて、その路線も縮小され、今では日に数本が運行されているのみで、高齢者や年少者は、交通難民の状態に置かれています。その上医療機関もこのありさまときては、ほとんど医療難民でさえあるのです。
診察が終わるまでの待ち時間、暗澹とした気持ちで、そんなことを考えながら、近辺を少々散歩してみました。
私が40数年前に通った高校の近辺なのですが、通りも駅前の通りもバスステーションも見るかげもなく寂れ果てていて、うら悲しいので、写真に撮るもはばかられました。

町並み写真は遠慮して、代わりに川景色を写してみました。

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ところで、正面のこの山は?


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拡大すると、山頂付近に、何か装飾物?が見えます。


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美作市業振興課のFBを見ると、こんな写真と記事が掲載されていま


した。


美作市産業振興課

2015年12月21日 ·

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【三星山『美』文字が点灯します。】
本日から平成28年1月20日(水)までの一か月間、三星山に『美』文字が点灯します。凛とすんだ冬の夜空に光る『美』を是非お楽しみ下さい。

点灯時間は午後5時30分~午後11時までです。


また。みまさか商工会のHPには、こんな記事がありました。


2013年04月04日 商工会ニュース

美作国建国1300年を記念して三星山に「天」から「美」への改修工事を

行いました。

ところで美作国1300年とは・・・

美作国の建国は、平安時代に編まれた史書『続日本記』に記されています。

備前の国から分かれ、一つの国となり、山や森や川が分かち与えてくれる

多様な資源を恵みとして独自の歩み出した美作国。

その国の興りから今年で1300年を迎えるそうです。

そこで、建国1300年を記念して各地区でイベントが企画されています。

詳しくは美作国建国1300年HPをご覧ください。

当商工会でも記念事業として第1弾!!

ということで、三星山に「美」文字を設置し、市内外の方や来訪者の方々に対して、

記念の年であることとの周知と気運の醸成を目的に4/3(建国記念日)より点灯しております。


「三星山」の全景です。


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この山頂には「三星城」があったと子どもの頃。学びました。


「角川日本地名大辞典」に、こんな解説があります。


みっぼしじょう   三星城/美作町
中世の山城。英田郡美作町明見に所在,梶並川と滝川の合流点にある三星山上にあり, 西・南は深い谷があり, 山は険しい。 山頂が三峰に分かれているのでこの名があるという。 応保の頃, 土豪の渡辺進左兵衛長寛が居館を構えたことが始まりとしているが確かでない。観応2年, 土豪後藤康基が塩湯郷の地頭職についたという説があって,三星城はこの後藤一族の居城とされている。
康安元年,山名義理が赤松氏を攻めた時. 後藤氏の妙見城落城。 明見の地にはほかに山城が見られないので妙見城は三星城と考えられるが確証はない。
天文~天正年間の頃,後藤勝政,勝基の代が後藤一族の全盛期で作東の土豪武士を結集し,三星城東部の要であった。
永禄9年に尼子氏が毛利氏に滅ぼされ、毛利勢力が作東にものび, 天正7年, 宇喜多直家の軍と戦い落城。 後藤氏の作東支配が終わった。
当城は, 東西に連なる峰を取り込んで縄張りした連郭式の山城である。 本丸は中の峰にとり, 東西のそれぞれの峰を東の丸, 西の丸として出丸を築いている。東の丸は東端の尾根を中心として南北方向に曲輪の基軸を置き, 東北部の張出し尾根に数箇所の小郭を構えている。 最高所の細長い郭の中心部には見張り台的な高所を築き, これに続く 一段低い狭長な郭の東斜面に3本の竪堀を設け逃げ道としている。


なお、「平成の大合併」のあと、英田郡美作町は美作市に変わりました。また「明見」は「みょうけん」と読みます。


三星城の城主であった後藤家について、ウィキペディアにはこんな記事があります。


後藤 勝基(ごとう かつもと、天文7年(1538年)? - 天正7年5月2日(1579年5月27日))は、戦国時代の美作国の武将。官途は摂津守、一説に左衛門尉。勝元とも。
経歴

後藤家は南北朝時代から戦国時代にかけての200年間、三星城を居城とした。勝基もその代々守ってきた三星城を父・後藤勝国(後藤勝政の子)から譲り受けた。

勝基が当主となってのち、出雲尼子氏の力が衰えはじめたので、永禄3年(1560年)頃にその配下から離反し、備前国の浦上宗景と組んで江見久盛の居城である倉敷城を攻め、永禄5年(1562年)には浦上勢を先導して美作国中央部へと侵攻するが失敗に終わった。永禄6年(1563年)には今度は三村家親に三星城を攻められるが、浦上氏の援軍もありこれを退け、以降は東美作統一に奔走、順調に勢力を拡大していき、安東、江見、小坂田などの土豪を配下として、ついに東美作の大部分を掌握した。

しかし勝基は元亀2年(1571年)に浦上宗景と対立。毛利氏と結び、居城の三星城に籠城し宗景の攻撃を受けている。翌年の毛利氏と浦上氏の和睦で浦上氏との関係も修復されたようだが、勝基は当主の座から退いたのか、替わって息子の後藤与四郎(後藤元政)が、文書を発給するようになる。

そして、天正3年(1575年)、宇喜多直家が主君浦上氏を居城天神山城から追放し、美作国への侵攻を始める。勝元は宗景を追放した直家に反発する旧浦上家臣の茶臼山城主・笹部勘二郎や美作鷲山城主の星賀光重らと結んで直家に対抗したが、直家は天正7年(1579年)、延原景能を大将とする大軍で茶臼山城を攻め落とし、3月にはついに三星城に攻め寄せた。勝基はよく守ったが、宇喜多氏の調略や火攻めによって、同年5月に三星城は陥落した。敗走した勝基は長内(岡山県美作市長内)の隠坂で自害、42歳といわれるその一生を終えている。

後年、勝基の墓として五輪塔が三星城跡に建立された。


今朝の夜明けを写すのに、RICOH gx200を使用しました。


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olympus E420+zuiko digital 70-300mmで、望遠撮影すると、、、


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夕方はまた雨で.夕景を撮影することができませんでした。fbにはお友達のNさんがこんな写真を投稿されていました(25日)。昨日の拙ブログにご紹介したQ男さんと同じく、常山に沈む夕陽の絶景です。


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宇喜多直家が登場したついでに、常山城のあれこれについて、回を改めて触れてみたいと思います。


今日はこれにて。


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新しい同居者、の巻 [折々散歩]

ナードサークの先住民(?)Q男さんについては、この記事でご紹介したことがあります。


更新の時か桜も咲き初むる(2017-02-27)


隣接した道路から声をかけられました。一瞬戸惑いましたが、自転車から声をかけてくださったのは、妻の友人のTさんでした。そしてその前方にトレーニングウエアでランニング中だったのは、私の友人である夫のQ男さんでした。この春、小学校を退職されました。
私の借りている畑から、ご自宅は近いとはいえ、こんなところでお会いし、立ち話ができたことは、僥倖とも思えました。


そのQ男さんご夫妻が、妻に教えてくださることには、冬至の頃の日没時に、ご自宅近くから、ダイヤモンド常山が見えるとのこと。是非撮影に来てはとお誘いをいただいたそうなのですが、あいにく冬至の22日は雲が厚く、断念しました。翌23日は、うっかり忘れておりましたが、Q男さんはFBにこんなお写真を投稿しておられました。(無断でコピーさせていただきます)


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共通の友人のSさんが、これへのコメントとともに、別の場所でダイヤモンド朝日を撮影なさった由、FBに投稿しておられました。80127553_2646481028805312_2506105355562385408_n


大層刺激を受けましたので、今朝は久しぶりに夜明け前に出発して朝散歩に出かけてみることにしました。


もちろん朝日は常山からは登りません。どうもこちらの山の上空がぼんやり赤みがかっているようです。


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そちらの方角を注意しながら歩いていると、しだいに朝日がのぞいてきました。


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沢山シャッターは切りましたが、ダイヤモンドにはなりません(汗)それと、使い慣れないRICOHGXR+p10が、どうやっても露出がうまくいかず、白飛びしてしまいました。


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霜に覆われた田園風景を朝日が照らし、輝きを増していきます。


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稲の切り株が存在感を主張します。


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麦の芽が、いつの間にかすくすく育っています。


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ラフに耕耘された畑土も、何か目を引くオブジェみたいに感じます。


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毎年のように写す光景ですが、、、、


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常山方面が、明るい光に照らされます。


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こちらの正面は麦飯山(むぎいいやま)でしょうか?


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光と霧の紡ぎ出す夢幻の時間。


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僅かな時間に、どんどん明るくなっていきます。


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昨日から冬休みの子どもたちとの、潤滑剤(笑)に、こんなクリスマスプレゼントを、一緒に買いに行きました。わが家の、新しい同居者です。


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来年はねずみ年ですから、、、


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何がなし気忙しげなる暮の鳥 [折々散歩]

今年も余すところ一週間余となりました。昨日は冬至。天文の運行は、わずかずつ春に向かっていくことになります。

暦に囚われて、やれ師走だ、年の瀬だと騒ぐのは人間様の事情に過ぎますまいが、湖上をのどかに滑るカンムリカイツブリも、被写体としてゆっくりカメラに姿をさらしてくれることもなく、気ぜわしげに急テンポに潜水しては採餌に励んでいます。

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岸辺にいたカモの群れも、人影を察知すると、慌てて飛び立って沖に逃げます。

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こちらはマガモの群れでしょうか?沖へ沖へと泳いで遠ざかります。

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逆光で、顔がはっきり分かりませんが、このカモは誰でしたっけ?

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堤防のコンクリートの上を、背中を向けて動き回るハクセキレイ。一瞬たりともじっとしていません。

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同じようなところにうずくまって動かない物体。鳥のようには見えますが、、、.

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トリミングすると、、、、トビではなく、ミサゴのようです。

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近づくと逃げます。

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空を舞う姿は悠然としています。

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枝先に止まるツグミ。

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モズ。

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これは?チョウゲンボウ?

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いずれも、近づくと逃げるので、相当トリミングが必要です。

この黒いのは何でしょう?

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これは何ガラスでしょう?

年賀状、なかなか書けません。

今日はこれにて。


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