連日猛暑日が続きますが、それでも少しずつ日が短くなってきていることに気づきます。
ここ何日かの,田園散歩の眺めです。

晩夏 posted by (C)kazg




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momotaro様が、ムーサシーノのシラサギと稲穂を紹介してくださっていましたが、こちらのシラサギも元気そうです。

ハクセキレイ。

ツクツクホウシ。

これは孫たちが拾ってきた蝉の死骸ですが、小さく華奢です。ヒグラシでしょうか?

昨日の日曜日は、小学生の孫と一緒に、田舎へ帰ってきました。バアバのパートがお休みだと聞いて、彼らは前の夜から我が家にお泊まりで、そのまま一緒に朝食後すぐにお出かけしました。それでも、着く頃にはかんかん照りになろうかと覚悟しておりましたが、少し曇り気味でいつもは度には気温が上がらなかったので、草刈りと耕耘を少しだけやったのですが、それでもすぐに汗だくで,作業効率が悪いことおびただしい限り。
途上、車窓から、小川に憩うシラサギの群れを見ました。運転中ですから,写真はもとより,詳しい観察も出来ませんが、孫が数えたところでは、十数羽いたようです。ほんの少し行くとまた,シラサギたち。同じくらいの集団で、悠々と小魚を漁っているようでした。
見たところ、ダイサギも,コサギの姿もあったようです。
退屈な車中、いろいろな話をしているうちに、バアバがふと「昨日の蟹,凄かったね」という話題を持ち出しました。何のことかと訝しがっておりますと、「ジイジには見せてなかったっけ?」と、孫たちと話が弾んでいる様子。
「あの蟹の名は?」とバアバが振ると,孫たちは思い出せない様子。
「へ」、「へー」とヒントを出しているので、「平家蟹?」と当て推量で言うと,そうだと言います。
スーパーの鮮魚コーナーでパートをしているバアバは、時々、売り物の魚介の中に紛れている珍奇なゲテモノを、面白がって持ち帰ってくることがあります。しらす干しのパックの中だかにまぎれていた2cmほどの小さな蟹だそうです。
車の中で、小4生が思い出しながらノートに描いてくれました。

縦縞は,ノートの罫です。
帰ってから、実物を見ると、こんな蟹でした。

平家蟹という名前は聞き知っていましたが、もっと大きな蟹を想像していました。2センチあるなしの,小さな蟹ですが、その甲羅には、,確かに憤怒の形相の人面が刻まれています。恨みを残して海中に沈んだ平家の武者の生まれ変わりだそうな。
ラフカディオハーン(小泉八雲)の「耳無芳一の話」を、青空文庫から引用します。




 青空文庫
耳無芳一の話
THE STORY OF MIMI-NASHI-HOICHI
小泉八雲 Lafcadio Hearn
戸川明三訳

 七百年以上も昔の事、下ノ関海峡の壇ノ浦で、平家すなわち平族と、源氏すなわち源族との間の、永い争いの最後の戦闘が戦われた。この壇ノ浦で平家は、その一族の婦人子供ならびにその幼帝――今日安徳天皇として記憶されている――と共に、まったく滅亡した。そうしてその海と浜辺とは七百年間その怨霊に祟られていた……他の個処で私はそこに居る平家蟹という不思議な蟹の事を読者諸君に語った事があるが、それはその背中が人間の顔になっており、平家の武者の魂であると云われているのである。しかしその海岸一帯には、たくさん不思議な事が見聞きされる。闇夜には幾千となき幽霊火が、水うち際にふわふわさすらうか、もしくは波の上にちらちら飛ぶ――すなわち漁夫の呼んで鬼火すなわち魔の火と称する青白い光りである。そして風の立つ時には大きな叫び声が、戦の叫喚のように、海から聞えて来る。
 平家の人達は以前は今よりも遥かに焦慮いていた。夜、漕ぎ行く船のほとりに立ち顕れ、それを沈めようとし、また水泳する人をたえず待ち受けていては、それを引きずり込もうとするのである。これ等の死者を慰めるために建立されたのが、すなわち赤間ヶ関の仏教の御寺なる阿彌陀寺であったが、その墓地もまた、それに接して海岸に設けられた。そしてその墓地の内には入水された皇帝と、その歴歴の臣下との名を刻みつけた幾箇かの石碑が立てられ、かつそれ等の人々の霊のために、仏教の法会がそこで整然と行われていたのである。この寺が建立され、その墓が出来てから以後、平家の人達は以前よりも禍いをする事が少くなった。しかしそれでもなお引き続いておりおり、怪しい事をするのではあった――彼等が完き平和を得ていなかった事の証拠として。




古来,人聞が再生・化生したとの伝承を持つ「人面蟹」として「へいけがに」「おさだがに」「おにがに」「きめんがに」「きょっねがに」「しまむらがに」「たけぶんがに」等があるそうで、蛸島直氏(愛知学院大)の論攷「蟹に化した人間たち」に詳しい考証があります。またこの論文にも紹介されている「狂歌百物語」には、こんな挿絵が載っています。しかしこれは、実際の平家蟹のリアルなスケッチではなく、想像上のイメージであるようです。

むしろ、こちらの方が現物に近いですね。

ところで、「狂歌百物語」は、1853年(嘉永6年)に刊行された日本の狂歌絵本。妖怪をテーマとした狂歌に妖怪画の挿絵を添えて構成されたもので、編纂は天明老人、挿絵は竜閑斎(竜斎閑人正澄)によるといいます(ウィキペディアより)。ラフカディオハーンもこれを入手し、興味を持った狂歌を英訳し、解説を施したそうです(没後刊行)。
新しいところでは、京極夏彦・多田克己編著・須永朝彦校訂による、『妖怪画本・狂歌百物語』があるそうです(私は持ってません)。



妖怪画本・狂歌百物語



  • 作者: 京極 夏彦

  • 出版社/メーカー: 国書刊行会

  • 発売日: 2008/08

  • メディア: 単行本






田舎では,私が農作業をしている間に,孫たちはいつもの場所で沢ガニを捕らえたり、バッタたちと遊んだりして、退屈はしなかったようです。沢ガニの甲羅には、恨みを刻んだおどろおどろしさはなく、可愛い姿をしています。栗、臼、蜂、牛糞たちの助力で親の仇を討って、晴れ晴れとしているせいでしょうか?




かにむかし (岩波の子どもの本)



  • 作者: 木下 順二

  • 出版社/メーカー: 岩波書店

  • 発売日: 1959/12/05

  • メディア: 単行本






今日はこれにて。