相模原の事件が、片時も脳裏から離れません。
続報を聞くにつけ、謎は深まりますが、昨日の記事で書いたかともあながち的外れではないように思えてきます。
ネット上で、こんな記事を拝見し、全くその通りと納得しました。障害者自立支援施設〈作業所)の所長をなさっておられる方です。
相模原の障害者入所施設での事件。 人が大事にされ優しく守られるべきその場での大量殺傷事件。この陰惨な事件に、この国の闇を見る思いです。 改めて、命を奪われた方々のご冥福をお祈りし、負傷された人たちの回復と関係者の皆さんの心の痛みの一日も早い癒えを願わずにはいられません。 事件の全容が正しく解明される事を希望します。 2月ごろから「殺害予告」もなされ、「計画」に基づいて「実行」した事件にも見えます。もっと丁寧な関わりができなかったものか…? 容疑者が精神障害で措置入院の経験があることや、「障害者はいなくなればいい」と発言していたことなど障害当事者を不安に陥れ、障害に対する差別と偏見を助長しかねない情報が報道されています。 報道にあたっては、センセーショナルになることなく、関係者への十分な配慮を求めます。 同時に、障害のある仲間たちに「大丈夫だよ!」と伝えたい。 |
同じ方の別の日の記事には、こうありました。
鳥越俊太郎さんのお父さん俊夫氏は、わが「社会福祉法人 福岡ひかり福祉会」の前身「ひかり共同作業所運営委員会」の初代運営委員長として、その運営と法人化にご尽力いただいた方です。 お父さんの思い出と出馬の決意を、俊太郎さんは以下のように語っています。
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そして、鳥越さんの、ある街頭演説へのリンクを紹介してくださっていました。
https://www.youtube.com/watch?v=JxpjGmVQi54
こんな内容です。
「・・・・ひとつだけ、ひとつだけ今日は時間もありますので個人的な話をさせてください。やや個人的な、私の父親の話。 私の父親は俊雄といいます。その俊の一字をとって、私は長男ですので俊太郎という名前がついたんです。これが俊太郎のいわれでございますが、父親は私が生まれたときは、九州大学の精神科の病棟に入院していました。私と母親は産婦人科に入院しておりました。そこで私が生まれました。 なぜかといいますと、私の父親は大学を出て企業に入って、現場にきたところいろいろないじめにあい、そこで、本来持っていたんでしょうね、神経症を発症しました。 そのためにお寺に入って修行をしたり、いろいろなことをしてなんとか治そうとしましたけれども、一生、やっぱり病は治ることはなかったんですね。 それで、私はそういう弱い父親のようにはなりたくないと思って、私の父親は73歳で亡くなったんですが、亡くなるまでほとんど話をしておりません。父親と背中を向けて生きてきました。 しかし葬式の日に、あるグループが弔辞を読みにやって来ました。それは心身障害者、精神障害者と身体障害者のメンバーが、私の父親の霊前で弔辞を読んでくれました。 私はちょっと意味が分からなくて、帰って母親に聞きました。「あれは何なの」と。そしたら母親が言いました。私はね、お父さんがいつ自殺するかもしれないとはらはらしながら生きてきたんだよ。今日のあれは、お父さんが最後にやった仕事、ひかり共同作業所、福岡は共同作業所の出発点です。全国に広がっていく最初のスタートです。ひかり共同作業所、つまり身体障害者、精神障害者、心身障害者の皆さんが、自分たちで共同作業所を作って、そこで物を作って売ると。そういう仕事を、今は全国どこにいってもありますけれども、初めて福岡で立ち上げたときの運営委員長、立ち上げ人があなたのお父さんだよというふうに母親に言われたんです。 そのとき私は初めて父親の人生が見えてきました。ああ、父親は自分が弱さを持っていたために、人のために、弱者のために自分の全身全霊をなげうって、自分の身体をなげうってでも助けに行こう、助けになろうと思って生きてきたんだなあということを、はじめて私はこのとき悟りました。 私はその後、その父親の血が私の中にも流れているということを知ります。だから私はこうしてここにいるんです。私は父親の、弱者、弱い人、そういう人たちにちゃんと視線を送り、ちゃんと手を差し伸べて、そしてその人たちの声を聞き、そしてそれに対して答えを出す。そういう仕事を私は任されたんだということを、今日、今ここで初めて私は申しあげます。ありがとうございます。 だから私は、単に都知事選に出て来たわけではなくて、私の人生がここに来るようにできていたんですよ。いいですか。私はここに立つべくして立っている。そう思っています。運命ですこれは。ありがとうございます。運命ですから戦います。」 |
深く感銘を受けました。
小池百合子さんによる「病み上がり」呼ばわりをはじめ、「短い演説しかできない」「体力に不安」「言語不明瞭」「老化の進行か、 認知症か?」などなど、根も葉もない中傷悪罵がまことしやかに広がり、支援者をもなにがしかの不安に陥れている状況があるようですが、気迫のこもったこの演説に接すれば、一気に吹き飛ぶ力強さです。
今日は、小3の孫が、夏休みの宿題の「牛の絵」を描く課題のために、近所の牧場まで行ってみることになりました。
34℃の炎天下、片道5kmほどの田舎道を、自転車で走りましたが、さすがに暑いこと。
でもそれなりにで年を吹く風は快く、ほどよい運動にはなりました。
路傍のチョウたちも、暑さに負けず元気です。
ミントの花に遊ぶモンシロチョウ posted by (C)kazg
牧場では、孫は早速、私の持っていたカメラを使って、牛を写していました。
小3の孫が写した蓮根畑のハスの花 posted by (C)kazg
小 3の孫が写した蓮根畑のハスの花 posted by (C)kazg
小3の孫が写した蓮根畑のハスの花 posted by (C)kazg
小3の孫が写した蓮根畑のハスの花 posted by (C)kazg
小3の孫が写した蓮根畑のハスに止まるクマゼミ posted by (C)kazg
私も欲求を抑えられず、カメラを取り戻して何枚か撮影したのですが、、、。言わなければ、どちらの「作品」かわかりませんね。
今日はこれにて。