重い地響きを伴って、ドン、ドンと鈍い重低音が繰り返し鳴り響いて、体の芯に不吉な胸騒ぎを感じて目が覚めました。午前3時頃でした。

落雷のような爆発音という形容はあるでしょうが、反対に空爆かミサイル攻撃の轟音かとまがう連続的な雷鳴でした。冗談ではなく、爆弾でなくてほっとしました。にわかに雨音が強まり、風の音も混じります。台風の影響もあって、お天気が不安定になっているのでしょうか。

中途半端な時間に起こされて、寝付けなくなってしまいました。昨夜から気になりはじめていたこともあり、雷が遠ざかるのを待って、寝室のパソコンのスイッチを入れ、ネット検索などするうちに夜が明けました。朝から大雨・洪水の警報が出ていて、大荒れの天気でしたが、夕方にはすっかり雨も上がり、夜筒もに肌寒いほどになっています。

実は、昨日、一昨日の土日に、高知まで一泊旅行をしてきました。

その目的は、三年前にブログを始めたばかりの書いたこの記事(◆夏ゆくやそれぞれの老ひ輝きて)から3年を経て、また開かれる同窓会に参加すること。

今回も喜寿を迎える方から還暦前の方まで、東は東京、西は宮崎から、世代を越えて集まり、夜遅くまで、楽しく交歓したことでした。

会場のある建物の一室の窓ガラスにはこんな紙が貼ってありました。



若い頃、私はルイ・アラゴンのこの言葉を、いろいろな機会に好きな言葉として引いたことがありました。このブログでも、過去記事のなかでいつか書いたかと思って探って見ましたが、思い違いのようでしたのようでした。ルイ・アラゴンで言うと、ヒロシマの「原爆詩人」峠三吉が愛した詩句として、「髪にそよぐ風のように生き、燃え尽くした炎のように死ぬ」(ルイ・アラゴン)を引用したことはありました。

◆なんと言っても峠三吉でした。

同期の友人で障害児教育の実践と研究を続けてきて、今岐阜で「発達・教育相談研究所」所長を務める石橋剛さんが、会の冒頭、「発達障害が生む新たな分断と選別」と題してプチ講演をしてくれました。副題は、「私たち中高年が今、できること」。子育てを終えて一息ついていたのに、まだ出番がもとめられるのか、と苦笑いさせられる一コマもありました。

土佐の名産料理と各地の土産・名酒を味わいながらの歓談では、学生時代の思い出話から、来し方行く末の話と、話題はつきません。趣味を広げ人生を楽しみ、かつ社会的活動にも旺盛にとりくむなど、現代の諸課題にたいしてもそれぞれのやり方でしなやかに立ち向かっておられる様子を窺うにつけ、深く感銘を受けるとともに、元気とエネルギーを充填することができました。

3年前の記事でもご紹介しましたが、大学同期の米田稔君(高知県議会議員)は、この会の実行委員の一人で、今回も閉会挨拶をしてくれました。



同じく同期で、病気のため勇退したものの高知県議を長く務めた牧義信君も参加してくれていました。学生時代に属したサークルは違うものの、同じ教育系サークルで、薄い間仕切りで隔てられた隣接する部室で活動していました。現在、伏見区を基盤に京都市議をしている赤坂仁君も、同期です。学生時代も、自治会執行委員長など、リーダーシップを発揮していました。そう言えば、学生自治会の委員長をつとめた歴代のメンバーが、サークルの隔てを超えて何人も参加してくれていました。全員を取り上げてご紹介したいところですが、限りがありませんので割愛します。世代はことなり、若干すれ違ってはいますが、やはり隣室の教育系サークルで活動し、自治会執行委員長等もつとめたという縁で、元衆議院議員の春名なおあきさんも、多忙な中出席。彼のブログの8月28日付け記事に、この会のことが掲載されています。一部引用しておきます。






 私は○研の部員ではなかったのですが、同じ教育系サークル「○○教育研究会」の一員で、○○文化研究会と合わせて教育系サークル”御三家”だったよしみで
混ぜてもらったものです。米田県議、牧元県議、赤坂仁京都市議など、そうそうたるメンバーが県内外から50名も参集、昔話と明日の未来に花が咲きました。

二次会までは参加して、まだ後ろ髪引かれる思いは残りましたが、三次会は遠慮してホテルに戻ることにしました。が、思いがけず、かなり激しい雨です。用意してきていた傘は、開会の前にチェックインしてホテルに預けておいたカバンの中に、入れたままでした。コンビニで傘を調達するというアイディアも浮かびましたが、ま、夏のことですので、濡れていくことにしました。あいにくチョンボは重なるもので、どこをどう歩いたか、かなりの大回りをして、ようやくホテルにたどり着いたことでした。

途中こんな碑がありました。







さすがに自由民権運動のメッカ。日常の当たり前さの中に、ごくさりげなく、数々の歴史の刻印がしるされていることに驚きます。

そういえば、昔、受験生時代の心境をこんな歌にしてみたことがありました。(◆悪夢のインフルエンザ体験(追憶の昔語り)参照 )

この土を  維新の志士も民権の若者達も踏みて駆けしや



ところで、今回の高知行にはもう一つひそかな目当てがありました。

昨夜から気になりはじめ、未明に雷鳴で目覚めた後寝付かれず、確かめるためにネット検索などに時間を費やしたのも、それに関わる件でした。

思わせぶりですが、委細は次回。今日はこれにて。