2月最後の日です。
今年は閏年だから今日は29日だったっけ?なんて、寝ぼけまなこで考えていました。オリンピックの年が閏年という思い込みで、今年は冬季オリンピックでしたから、まったくの的外れでした(汗)前回記事の2.2.6事件が閏年のできごとだったという聞きかじりも影響したかも知れません。

早朝のラジオを聞いていましたら、1953年の今日、当時の吉田茂首相が、衆院予算委員会で、『バカヤロー』と発言。いわゆる「バカヤロー解散」の引き金となったのがこの日のできごとだそうです。
ウィキペディアにはこう解説されています。


1953年(昭和28年)2月28日の衆議院予算委員会で、吉田茂首相社会党右派西村栄一議員との質疑応答中、吉田が西村に対して「バカヤロー」と発言したことがきっかけとなって衆議院が解散されたため、こう呼ばれる。


「バカヤロー」と書くと大声を出したような印象を与えるが、吉田は席に着きつつ非常に小さな声で「ばかやろう」と呟いたのみで、それを偶然マイクが拾い、気づいた西村が聞き咎めたために騒ぎが大きくなったというのが実態である。



実際はこのようなやりとりであったようです。

○西村(榮)委員 総理大臣は興奮しない方がよろしい。別に興奮する必要はないじやないか。
(吉田国務大臣「――なことを言うな」)
何が――だ。
(吉田国務大臣「――じやないか」)
質問しているのに何が――だ。君の言うことが――だ。国際情勢の見通しについて、イギリス、チャーチルの言説を引用しないで、翻訳した言葉を述べずに、日本の総理大臣として答弁しなさいということが何が――だ。答弁できないのか、君は……。
(吉田国務大臣「―――――」)
何が―――――だ。―――――とは何事だ。これを取消さない限りは、私はお聞きしない。議員をつかまえて、国民の代表をつかまえて、―――――とは何事だ。取消しなさい。私はきようは静かに言説を聞いている。何を私の言うことに興奮する必要がある。

○吉田国務大臣 ……私の言葉は不穏当でありましたから、はつきり取消します。

○西村(榮)委員 年七十過ぎて、一国の総理大臣たるものが取消された上からは、私は追究しません。(以下略)

結果的に、首相みずから不穏当として発言を取り消したため、議事録では   で抹消されていますが、最初の短い   は、「無礼」、次の長い      は、「バカヤロー」だそうです。いずれも自席で,小声でつぶやいただけだそうですが、国会議員として、しかも一国の総理大臣として著しく品性を欠くものとして懲罰委員会への付託動議に続いて、本会議で内閣不信任決議案が可決され、解散に追い込まれたのですね。選挙後、吉田与党は大きく議席を後退させ、辛うじて政権は維持したものの、翌年の退陣のきっかけとなりました。
私などの世代にとって、吉田茂といえば、中学校の卒業アルバムの時事コーナーに「巨星墜つ」と題してその逝去を伝える写真が掲載されてい蛸とを記憶しているレベルですが、今やそのお孫さんが総理・副総理・蔵相としてご活躍なさったり、シンゾーシュショーをはじめ、「累々」たる縁戚の方々が歴代政界トップを勤めていらっしゃることは、なにやらこの国の神秘を感じさせますなア。


引用元kyudan.com

そえにしても、「バカヤロー」のつぶやきをとがめて、解散にまで追い込んだできごとは、与党内の政権抗争というファクターも作用したのかも知れませんが、、ある意味、時代の健全性を物語るエピソードと思えてなりません。
それほどに、いまの政治の劣化というか,モラルハザードは、目を覆うばかりです。最近の失言・暴言.不祥事を数え上げてみたのですが、文字にするとますます気が滅入りますので、やめにしました。



今日は、まどみちおさんの命日でもありました。
訃報に接した日、こんな記事を書きました。.
まどみちおさんを悼む
そのまどさんが百歳の時、「どんな小さなものでもみつめていると宇宙につながっている―詩人まど・みちお100歳の言葉」という作品を残しておられます。




どんな小さなものでもみつめていると宇宙につながっている―詩人まど・みちお100歳の言葉



  • 作者: まど みちお

  • 出版社/メーカー: 新潮社

  • 発売日: 2010/12/01

  • メディア: 単行本







昨日は,畑仕事のために郷里にかえってきました。馬鈴薯を植えるための畑の耕耘がおもな仕事です。春のような陽気で汗をかきました。
何日か前、わが居住地近くでもオオイヌノフグリのコバルトブルーの花を見つけ、春の到来を感じましたが、多少寒冷な郷里の路傍にも、咲き乱れていました。この小さな花こそ、宇宙に通じているでしょう。





今日はここまで。