大伴旅人の話題の続きです。
もののついでということもありますので、「酒を讃むる歌十三首」の、残った九首を載せておきます。
・古の七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせし物は酒にしあらし (341)
【解釈】昔の「竹林の七賢人」も、欲しがったものは酒であったらしいよ。
「竹林の七賢人」とは、「百科事典マイペディアの解説」によればこうです。
竹林の七賢 【ちくりんのしちけん】
中国,三国魏(220年―265年)の末期,河南省北東部一帯の竹林で,しばしば集まって,清談(せいだん)を行った7人の賢人。
阮籍(げんせき),嵆康(けいこう),山濤(さんとう),向秀(しょうしゅう),劉伶(りゅうれい),阮咸(げんかん),王戎(おうじゅう)で,阮籍が中心であった。
・賢(さか)しみと物言はむよは酒飲みて酔哭(ゑひなき)するし勝りたるらし (342)
【解釈】かしこぶって物を言うよりは、酒を飲んで酔い泣きするほうが勝ってるらしいよ。
泣き上戸という情けない表現形式ながら、そこには真実味がこもっているというのでしょうか?
【解釈】どう言えばよいか、どうすればよいかもわからないほどに、この上もなく貴い物は酒であるらしい。
酒は「貴き物」の頂点だというのです。
【解釈】 なまじっか人間でいないで、酒壺になってしまいたいなあ。(そうしたら)酒に浸っていられるであろう。
「てしかも」は、願望の終助詞「てしか」に詠嘆の終助詞「も」が付いて一語化したもの、といいます。
人間であるより酒壺になりたいなんて、大胆!といおうか、投げやりと言おうか。、
【解釈】値のつけようもない宝であっても、一杯の濁酒にどうしてまさるだろうか、いや、いっぱいの 濁酒に勝る宝などありはしないよ。
山上憶良は、「銀も金も玉も何せむに」 といい、「まされる宝」は「子」が一番だと直球勝負で断言しましたが、旅人は、酒こそ一番だと、フォークボールを投げてきます。本当は、亡き妻を思う気持ちが抑えがたいくせに。
【解釈】暗い夜でも輝く宝玉といえども、酒を飲んで憂さ晴らしするのにどうして及ぼうか。
「夜光る玉」とは、昔、中国で、暗夜にも光ると言い伝えられた宝玉。「夜光の璧」とも言います。その貴重な宝玉よりも、酒!
【解釈】世の中の遊びで一番楽しいことと言えば、酒に酔って泣くことに決まっているようだ。
旅人さん、相当の泣き上戸なのでしょうか?でも、酔哭のカタルシス効果は、確かに絶大かも?
【解釈】現世が楽しくあったなら、来世には虫にも鳥にも私は生まれ変わったってかまわないよ。
因果応報を説く仏教では、前世の行いが現世に報い、現世の行いは来世に結果すると考えられます。この世でよい行いを積めば、あの世で清浄・清涼な世界に、仏として生まれ変わることができるはず。でも、旅人は、来世なんかどうなってもかまわない、たとえ虫けらや鳥や獣に生まれ変わろうとも、今生きている現世が楽しかったらそれでいい、というのです。なかなか徹底したエピキュリアンではないですか?でも、酒を飲んで酔哭しても、楽しいのはつかの間で、妻を失った悲しみは癒えることはないのです。
【解釈】生れると誰でも結局は死ぬものであるのだから、この世に生きている間は楽しく過ごしたいものだ。
上に同じ。
【解釈】黙りこくって賢ぶっているというのは、酒を飲んで酔い泣きすることにやはり及ばないものだ。
またまた酔泣です。
旅人を酔泣させる材料としては、一族の不遇、左遷による田舎暮らしの鬱憤、その他世俗のあれこれの憂いが重なったのでしょうが、やはりなんと言っても、赴任先の太宰府で妻を亡くした痛手が大きいに違いありません。
その愛妻の名は、大伴郎女(おおとものいらつめ)と伝えられています。
ちなみに、旅人の周辺には、 紛らわしいことに大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)という女性も登場します。額田王以後最大の女性歌人であり、万葉集編纂にも関与したとも言われます。万葉集には、女流歌人の中では、最も多くの歌が収録されています。 旅人の異母妹で、波乱の結婚生活や恋愛遍歴を体験しますが、大伴郎女没後は、太宰府の旅人のもとに赴き、大伴家持、大伴書持を養育したといわれます。
「虫に鳥にも吾は成りなむ」というのは、もちろん逆説的な表現ですが、こんな鳥にだったら、ホントに生まれ変わってもいいと思うかも?
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