思いもかけない成り行きで、「歌人佐佐木信綱の弟子シリーズ」みたいな記事が続いています。「卯の花」とのつながりで、童謡「夏は来ぬ」の作詞者が佐佐木信綱だと気づいたことをきっかけにしての大脱線です。庭に置いてある鉢に、どこからか紛れてきた種が芽を出したらしく、枝を伸ばして5月には白い花を咲かせました。何の木だろと注目しておりましたが、どうも卯の花(ウノハナ=ウツギ)ではないかと思われます。



昨日の記事で、我が家のクチナシはまだつぼみとお知らせしましたが、今朝はようやく白い花びらがのぞき始めていました。



きょう散歩した近所の公園では、すっかり花がひらいていました。







つぼみもサイズがずいぶん大きいです。


さて、今日の「佐佐木信綱門人シリーズ」は、大塚 楠緒子(おおつか くすおこ/なおこ)の巻。
ネット記事を引用します。

百科事典マイペディアの解説

大塚楠緒子【おおつかくすおこ】


小説家,歌人,詩人。東京生れ。本名,久寿雄。1890年,少女時代から竹柏園に入門,佐佐木弘綱佐佐木信綱に師事。小説《離鴛鴦》《空薫(そらだき)》,また日露戦争に対する女性の心情をうたい,与謝野晶子《君死に給ふことなかれ》とともに反響をよんだ#59185;-82183">新体詩《£-1690211">お百度詣で》など。(1875-1910)

与謝野晶子「君死にたまふことなかれ」とともに非戦の詩として記憶される「お百度詣」は、こんな詩です。

 お百度詣   大塚楠緒子


   ひとあし踏みて夫(つま)思ひ、

   ふたあし国を思へども、

   三足ふたゝび夫おもふ、

   女心に咎ありや。



   朝日に匂ふ日の本の    

   国は世界に唯一つ。

   妻と呼ばれて契りてし、

   人も此世に唯ひとり。



   かくて御国と我夫と

   いづれ重しととはれれば

   たゞ答へずに泣かんのみ

   お百度まうであゝ咎ありや



【kazg語訳】

一歩あゆんであなたを思い

つぎの一歩でお国を思う

三歩でまたまたあなたを思う

おんなごころは罪かしら?



朝日に輝く日本の

国は世界にひとつだけ

妻と愛され結ばれた

人も世界にひとりだけ



それならお国と愛しいあなた

どちらが大事と問われたら

何も答えず泣くしかないわ

お百度詣では罪かしら?



「ノー」とはっきり言うことができない時代の、女心の哀切が心を打ちます。折しも、今、集団的自衛権の名のもと、他国が起こした戦争のために遠い異国に駆り出される夫の無事を案じて「咎?」と自問しながらお百度参りをしなければならない妻が、生まれずにすむことを祈ります。

文学者としても私人としても、夏目漱石との交友が知られています。
漱石は「硝子戸の中」で、こんな記述を残しています。
    二十五
 私がまだ千駄木にいた頃の話だから、年数にすると、もうだいぶ古い事になる。
 或日私は切通(きりどお)しの方へ散歩した帰りに、本郷四丁目の角へ出る代りに、もう一つ手前の細い通りを北へ曲った。その曲り角にはその頃あった牛屋(ぎゅうや)の傍(そば)に、寄席(よせ)の看板がいつでも懸(かか)っていた。
 雨の降る日だったので、私は無論傘(かさ)をさしていた。それが鉄御納戸(てつおなんど)の八間(はちけん)の深張で、上から洩(も)ってくる雫(しずく)が、自然木(じねんぼく)の柄(え)を伝わって、私の手を濡(ぬ)らし始めた。人通りの少ないこの小路(こうじ)は、すべての泥を雨で洗い流したように、足駄(あしだ)の歯に引(ひ)っ懸(かか)る汚(きた)ないものはほとんどなかった。それでも上を見れば暗く、下を見れば佗(わ)びしかった。始終(しじゅう)通りつけているせいでもあろうが、私の周囲には何一つ私の眼を惹(ひ)くものは見えなかった。そうして私の心はよくこの天気とこの周囲に似ていた。私には私の心を腐蝕(ふしょく)するような不愉快な塊(かたまり)が常にあった。私は陰欝(いんうつ)な顔をしながら、ぼんやり雨の降る中を歩いていた。
 日蔭町(ひかげちょう)の寄席(よせ)の前まで来た私は、突然一台の幌俥(ほろぐるま)に出合った。私と俥の間には何の隔(へだた)りもなかったので、私は遠くからその中に乗っている人の女だという事に気がついた。まだセルロイドの窓などのできない時分だから、車上の人は遠くからその白い顔を私に見せていたのである。
 私の眼にはその白い顔が大変美しく映った。私は雨の中を歩きながらじっとその人の姿に見惚(みと)れていた。同時にこれは芸者だろうという推察が、ほとんど事実のように、私の心に働らきかけた。すると俥が私の一間ばかり前へ来た時、突然私の見ていた美しい人が、鄭寧(ていねい)な会釈(えしゃく)を私にして通り過ぎた。私は微笑に伴なうその挨拶(あいさつ)とともに、相手が、大塚楠緒(おおつかくすお)さんであった事に、始めて気がついた。
 次に会ったのはそれから幾日目(いくかめ)だったろうか、楠緒(くすお)さんが私に、「この間は失礼しました」と云ったので、私は私のありのままを話す気になった。
「実はどこの美くしい方(かた)かと思って見ていました。芸者じゃないかしらとも考えたのです」
 その時楠緒さんが何と答えたか、私はたしかに覚えていないけれども、楠緒さんはちっとも顔を赧(あか)らめなかった。それから不愉快な表情も見せなかった。私の言葉をただそのままに受け取ったらしく思われた。
 それからずっと経(た)って、ある日楠緒さんがわざわざ早稲田へ訪(たず)ねて来てくれた事がある。しかるにあいにく私は妻(さい)と喧嘩(けんか)をしていた。私は厭(いや)な顔をしたまま、書斎にじっと坐っていた。楠緒さんは妻と十分ばかり話をして帰って行った。
 その日はそれですんだが、ほどなく私は西片町へ詫(あや)まりに出かけた。
「実は喧嘩をしていたのです。妻も定めて無愛想でしたろう。私はまた苦々(にがにが)しい顔を見せるのも失礼だと思って、わざと引込(ひっこ)んでいたのです」
 これに対する楠緒さんの挨拶(あいさつ)も、今では遠い過去になって、もう呼び出す事のできないほど、記憶の底に沈んでしまった。
 楠緒さんが死んだという報知の来たのは、たしか私が胃腸病院にいる頃であった。死去の広告中に、私の名前を使って差支(さしつかえ)ないかと電話で問い合された事などもまだ覚えている。私は病院で「ある程の菊投げ入れよ棺(かん)の中」という手向(たむけ)の句を楠緒さんのために咏(よ)んだ。それを俳句の好きなある男が嬉(うれ)しがって、わざわざ私に頼んで、短冊に書かせて持って行ったのも、もう昔になってしまった。
漱石は、親友正岡子規の手ほどきを受けてよく俳句をものしましたが、数ある句の中でも最も印象深い秀句は、ここに紹介された

ある程の菊投げ入れよ棺の中

の句ではないでしょうか。

「菊投げ入れん」ではなく「菊投げ入れよ」というわけは、漱石自身、持病の胃潰瘍の治療のため入院中で、葬儀に参列することがかなわなかったからです。

想像の中で清らかな菊の香りがみなぎる中、追悼の思いが見事に結晶していて、深い愛惜と悲嘆が自ずと伝わってきます。

大塚 楠緒子の夫は、美学者で東京帝国大学教授をつとめた大塚 保治(おおつか やすじ)。漱石の学生時代からの友人で、大学の寄宿舎では同室に住んだこともある間柄でした。『吾輩は猫である』に登場する美学者・迷亭のモデルとも言われます。

漱石と大塚 保治(旧姓小屋)は、ともに、寄宿舎々監清水彦五郎の斡旋で、当時宮城控訴院々長であった大塚正男の一人娘大塚楠緒子の婿候補に挙げられていたそうですが、明治28(1895)年、小屋保治が楠緒子と結婚入籍して、大塚保治と改姓しました。友人の妻となった楠緒子を、漱石は理想の女性、マドンナとして生涯プラトニックに敬慕した、とも言われます。

以下、次回に続きます。



きょう15日は、年金の支給日。というわけで、私の属する年金者組合支部としては、郵便局に引き出しに訪れる受給者の方に訴えて、署名をお願いしようという作戦を計画。朝九時から、郵便局の前に立ちました。
当初のもくろみとは違い、通りかかるのは年休受給はまだ先と思われる比較的お若い方が多かったのですが、「支給額がどんどん削られ、支給年齢が引き延ばされている。現役の時に一所懸命掛け金を納めたのに、皆さんのような若い世代がいざリタイアするときに制度が存続しているか心配。今、安心できる制度を確立することが大事」などと話すと、意外にすんなり協力してくださる方が多いことに、切実さを感じました。



帰り道に、寄り道した蓮田で、ケリに会いました。

 

 
 
 
 
 

 

 


ダイサギもいました。



ほかにはめぼしい鳥には会えませんでした。
最近の記事に登場する「白蓮(びゃくれん)」にひっかけて、白蓮(白ハス)が咲いていないかと期待したのですが、まだまだ成育中でした。

白蓮あれこれ 思いつくままにはこんな写真を載せたのでしたっけ。


先日行った後楽園では、ピンクのハスは咲いていたのですがね。

 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 
 
 


大賀ハスです。
過去にも何度も書きました。

大賀ハス開花記念日!

後楽園の古代蓮

蓮の花あれこれ

蓮の花あれこれ vol2 大賀博士の故郷に咲く純粋種の古代ハス

蓮の花あれこれvol3 岡山後楽園の蓮の花

蓮の花あれこれvol4 古代ハスに咲く優曇華?

今年の大賀ハス(岡山後楽園) 

今年の大賀ハス(岡山後楽園) 

これは付録です。

終わりに、漱石の句を借ります。

生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉

肩に来て人なつかしや赤蜻蛉

きょうはこれにて。

追記、写真のアップが不調で、訂正しました。失礼しました。