so-net社の大規模システム障害で、今日の更新も断念しかけていましたが、ようやくブログについては復旧した模様で、取り急ぎ短い記事を書いておきます。

20日(土)は、孫の小学校の運動会。
肌寒いほどのお天気で、ある意味運動会日和でした。

 
 

 

夕方は、長女の依頼で、松ぼっくりとドングリを拾いに公園へ行きました。

クヌギの実はまだ若くて、熟れて木から落ちるのはもう少し秋が深まってからでしょう。

 

萩の花が秋を告げています。

お彼岸にお供えする「おはぎ」の呼び名も、この花にちなんだものと言われます。

 


 21日(日)は、午前中、畑仕事に出ましたが、前日の運動会で、地区対抗綱引きに出た後遺症で、腕が痛く、力が入りません。
周辺の田園風景は、秋です。

正面が常山城址。

その足で、秋の児島湖畔を徘徊しました。

児島湖を隔てて常山が見えます。


コスモスも花盛り。

 

夜は、昨年亡くなった友人H氏の「偲ぶ会」を催した「実行委員会」の「うちあげ会」。
夜更けまで、しんみりと、かつ懇ろに、語り合いました。
この日程は、特に彼岸に合わせた設定ではないのですが、直に墓参をせぬまでも、集まり語ることの好きだったH氏ゆえに、みずから顔をのぞけてくれる、にぎやかな供養の席になったのではないでしょうか。
古典や故事に造詣が深い彼だけに、「彼岸とは」などと聞きかじりを書いて、苦笑いされるのもオソマツですので、まずは、ここまで。


今日、22日(月)は、入院中の父親の見舞いに片道70kmのドライブ。

途中、母親が、いつものお薬を貰いにかかりつけ医に立ち寄りましたので、待ち時間、その周辺を散歩してみました。

彼岸花(曼珠沙華) のある光景をたっぷりたんのうしました。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

父親は、大腿骨骨折の手術後2週間になりますが、徐々に回復して、歩行器での移動も慣れた由。
今日のリハビリの後には、歩行器の種類がワンランクアップするそうで、自立歩行に一歩(文字通り)近づくことになるようです。

ちょうどお彼岸のこととて、形ばかり墓参りもし、お墓のちょい先にある裏山の栗の木をのぞいてみました。

この丹波栗は、私が子どもの頃、ここにあった畑に、苗を植えた記憶があります。それが、道路造成で土地の一部を供出し、畑の面影は無くなって雑木林栗の木も何本かは切り倒したそうですが、残りが大きな栗のでは大木になっていて毎年たわわに実をつけます。

熟すと自然に実が落ちて、拾うことが出来るのですが、どっこい、ご用心。夜の間にイノシシが食べてしまいます。

ですので、明るいうちに拾っておかなければならないのですが、父親の入院で、今年はそれが出来ません。

というわけで、少しだけ拾って帰りました。

 

帰り道、実家の集落を外れたあたりで、こんな景色が目にとまり、車を停めてぶらり歩いてみました。

子どもの頃にも見たかも知れませんが、 気にも留めなかった田舎の秋の光景です。

 
 
 
さらに車を走らせていると、棚田めいた田園の景色がつづき、四季折々目を楽しませてくれるのですが、狭いくねくね道ですので、車を停めてゆっくり眺めたり撮影したりすることもできず、いつも素通りしています。
が、この彼岸花の適期は一瞬だけだと思うと、立ち去りがたく、路傍のちょっとした空き地に車を停めて、撮影してみました。
もっと絶景のスポットは、ほかに幾つもありそうですが、 車を停められる場所が限られていますので、これで満足することにしましょう。