今日の記事には、決して美しくないばかりか、かなりグロテスクで、悪趣味とも思える写真が登場します。年少の方、お食事中の方、心臓疾患の方、または感性繊細な方、は、閲覧をお控えいただくか、画像の表示を制限してご覧くださるようお奨めします。
以前、この「野分去って冬近づきぬ足早に」という記事で、モズの「早贄(はやにえ)」の写真を紹介しました。
散歩道で見つけたバッタのミイラでした。ずっと以前、わが家の庭の植木にトカゲ(カナヘビ)が突き刺してあった事もありました。
今日の記事には、決して美しくないばかりか、かなりグロテスクで、悪趣味とも思える写真が登場します。年少の方、お食事中の方、心臓疾患の方、または感性繊細な方、は、閲覧をお控えいただくか、画像の表示を制限してご覧くださるようお奨めします。
散歩道で見つけたバッタのミイラでした。ずっと以前、わが家の庭の植木にトカゲ(カナヘビ)が突き刺してあった事もありました。
素十忌や独りごつなる庭蛙
また、芋の葉を日傘に幼き蛙哉の記事では、こんなことを書きました。
カエルと言えば草野心平氏の詩を思い出す人も多いことでしょう。 「第百階級」という詩集の題名からして、市民を意味する「第三階級」(僧シェイエス)より、いっそう格段に底辺に生きる存在への共感が根底にある。カエルは、力弱く、心優しく、底辺に生きる存在であり、詩人もまたその同類なのでしょう。 |
抜き書きメモ 「弱いってことは、わるいことではないよね、かなしいことだけど……わるいことではないよね」(雀の言葉) 「ブンナよ、おまえはいつでも死ぬ覚悟ができているか。この世は弱肉強食の世界だ。かえるにうまれたおまえは、いつへびにみつかっても、鳶にみつかっても、みぐるしくなく、つれていゆかれる心ができていなければならない。ブンナよ、覚悟はできているか」(老蛙の言葉) |
モズに見つかったカエル君。無念そうではありますが、木枝に腹を刺されてなお、雄々しく天を振り仰ぐ姿は、冒しがたい威厳をすら感じさせます。
唐突ですが、児島湖の堤防のコンクリートの上に、こんなものが横たわっていたことを思い出しました。体長が30cm余りもあろうかというこの骸。自分で跳ね上がったとは考えにくく、おそらく猛禽のたぐいにわしづかみにされてここまで運ばれ、今しも食われとするその時に.何かのアクシデントで、その場に置き去りにされたのかと推理しています。あるいは遙か上空から取り落とされた遺失物かもしれません。
痛ましい気もしますが、自然の中に一つのオブジェとして収まって,存在感を示しているようにも思えます。
以前、夕焼け その2という過去の記事に、こんな話題を提供したことがありました。
生態系の下位に属し、食われること、犠牲になることが宿命づけられている者達にたいして、小学生だった大関松三郎少年は、こう呼びかけます。
小学生の大関松三郎少年は、弱く可哀想な虫けらたちに、「ばかで かわいそうなやつ/おまえも百姓とおんなじだ/おれたちのなかまだ」と深い同情を寄せながら、しかし、生きるためのやむを得ざる殺生を避けることができず、「だが虫けらよ/やっぱりおれは土をたがやかさんばならんでや/おまえらをけちらかして
いかんばならんでやなあ」と詫びるのです。
そういえば、宮沢賢治の「夜鷹の星」も、虐げられ虐められる存在である自分が、より小さく弱い甲虫たちを食べて生きなければならない「業」に苦悩し、夜空高く飛び上がって息絶え、魂は星になるのでした。
カエルを早贄(はやにえ)にして、そのまま忘れて放置しているモズや、おおきな魚を丸ごと捕えて運び上げ、地上に置き去りにして干からびさせてしまった猛禽は、他者のいのちをいただいて自己のいちをつなぐという自然界の「いのちの循環」の摂理を踏み外しているようにも思えます。あたかも、無駄に弱者の命をもてあそんでいるようにも見えますが、自らの「業」を詫びる事はないのでしょう。かといって、彼らとて無制限の殺生を必要以上に繰り返すことは決してなく、総じて自然の調和の中にあることは間違いありません。
それに引き替え、戦争の世紀「20世紀」の野蛮を、21世紀の世にもなお増幅して持ち越し、まったくおさまる気配のない殺戮の応酬。これをこそ悲嘆しなければなりますまい。
突然の非道なテロに巻き込まれた「無辜の民」のいのちとともに、「テロ組織根絶」の名目のもとに夜を日に継いで繰り返される大規模「空爆」にさらされて、軽々と奪われていく「無辜の民」の無数のいのち。その無数の無念の思いは、癒すすべもありません。
冬天(とうてん)を仰ぎて骸(むくろ)乾きたり
干からびて宙(そら)あおぎたる骸(むくろ)かな
報復の連鎖は、憎悪の連鎖を産み、人類はますます、「自然の摂理」を踏み外して行くのでしょうか。
このとどまることを知らぬスパイラルに終止符を打つには、憎悪の連鎖の外に立つ者の役割は絶大のはず。「戦争放棄」を謳う憲法9条の保持によって、その仲裁者としての資格を世界から認められ得たはずのわが日本が、いま、「フツーの国」になりたいというトップの野望に引きずられて、報復の連鎖・憎悪の連鎖の一方の環に深く組み込まれて行く姿を、「だが虫けらよ/やっぱりおれは土をたがやかさんばならんでや/おまえらをけちらかして
いかんばならんでやなあ」と自問した大関少年はどう見るでしょうか?
ちなみに大関少年は、 「海軍通信隊員として、マニラの海軍通信隊に赴任中の1944年(昭和19年)12月19日、南シナ海にて乗っていた輸送船が魚雷攻撃を受けて沈没、戦死した。」とウィキペディアの記事にあります。18歳でした。
今日は、ここまでです。