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マロースのおはすやいまだ春浅き [折々散歩]

昨日は、久しぶりに倉敷に行ってきました。
F先輩から、ご一緒に演劇鑑賞の予定だった奥さんが都合が悪くなり、チケットが無駄になるのでと、お誘いを受け、喜んでお供したのでした。

開演時間まで少し間がありましたので、夕方の美観地区を散歩してみました。
春先の情趣を期待しましたが、少々冷えて、凍える寒さ。期待した川端柳の新芽も、まだ縮こまったままの、寒々しい冬景色でした。

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そうこうするうちに、F先輩とも合流。美観地区内の雰囲気ある喫茶店で、時間調整のコーヒータイムを楽しみ、ひとときのくつろぎを得た後、会場へ向かいました。


演目は、倉本 聰さん率いる「富良野GROUP」による「マロース」です。

ホームページには、次のような紹介があります。

富良野GROUP公演 2014冬「マロース」
 
マロース。その人は、吹雪の晩にやって来た。

本作『マロース』は、2009年制作のラジオドラマを経て、2011年1月に舞台化されました。
奇しくもその公演期間中、宮崎県の養鶏場から強毒性の鳥インフルエンザに感染した鳥が見つかった
というニュースに世間が揺れ、あまりにタイムリーな物語に、御来場のお客様から大きな反響を呼びました。

初演の千秋楽から程なくして東日本大震災が発生。
翌2012年1月の公演には、震災、その結果としての原発事故の経験を踏まえた大幅な改稿のもと、再演されました。

人間の作った化学薬品、原発による事故、そうした恐怖を知る由もなく生きる自然の中の小さな生き物たち。
人間が智恵を絞って築いてきた文明の成果が、そうした邪心なき生き物の生命を脅かし、今、静かに生態系が
破壊されゆく現実。
その現実はいずれ我々の身に及ぶであろうという、この強烈なメッセージを、今冬、エンタテイメントとして
再び発信致します。

『マロース』初の全国ツアー。富良野から東京まで、2ヶ月半、マロースをどうぞ宜しくお願い致します。


作・演出:倉本 聰
出演:富良野GROUP




「マロース特設サイト」からあらすじを引用すると、

あらすじ

北海道の南部。

森に覆われたこの一帯の村落で、不審な野鳥の大量死が発見される。
それは何人かの村民への感染まで疑われ、渡り鳥の運んできた鳥インフルエンザと認定される。
付近の鶏にもその影響が出て界隈の養鶏所は閉鎖され、卵の出荷の出来なくなった養鶏業者に自殺者が出る。

五月、その被害は更に拡大し、音別川上流域にある水鳥たちの越冬地ペンケ沼でもカモの死体が二羽確認され、それ以上の拡大を恐れた町は、ペンケ沼一帯に棲息するマガモ、ハクチョウなどを全て一斉に殺してしまう。

そんな五月の珍しい猛吹雪の夜、森の奥にあるコーヒー店「ブナの森」に、一人の年老いた遭難者がころがりこむ。
老人は記憶を全く失ってしまっている。「ブナの森」の女主人・みどりは、この老人を手厚く介護し何とか一命はとりとめるが、老人は記憶をとり戻さない。
口さがない店の常連客たちは老人について色々噂するが、心やさしい女主人・みどりは、老人を庇い店に置いてやる。

周囲の町には春がとっくに訪れているというのに不思議なことにこの一帯だけは冬が完全に居坐ったままである。

そんな時、一つの噂が流れる。

鳥たちの死はインフルエンザ=バード・ウイルスの為ではなく、全く別の原因によるものではないのか、という噂。

とあります。

感想を書こうとすると「ネタバレ」の恐れ大ですので、さし控えるとして、いくつか周縁的な雑感のみ記しておきます。
舞台は、吹雪の夜の場面から始まります。北海道の冬の厳しさが体感的に伝わってくる演出でした。夕方の散歩を寒いなんて言ったのは、申し訳ないとしか言いようがありません。

特定の地域にだけ春が来ないという異常気象の謎。
これに深入りすると、これまた「ネタバレ」を招きかねませんので隔靴掻痒ながら、早送りにして、物語は終盤。やっと春が訪れるのですが、その春はいつもの春と同じではない。虫もいないし、小鳥のさえずりも聞こえない、、、。
この不気味な情景に覚えがあると思ったら、、、やはり、「沈黙の春」(レイチェル・カーソン)がヒントだそうですね。

最終盤、老人「マロース」がみどりに向かって語るセリフが、印象に残りました。「あなた方人間は、不思議なことをなさる。知恵を絞って、自然を壊そうとなさっている。」(メモしてませんから正確ではありませんが)。
ほんとうにそうですよね。同じ知恵を絞るのなら、ほかにやるべきこと、できることがあるでしょうに。

たくさん鳥の名前が出てきました。これまた、メモしませんでしたからうろ覚えですが---。
コブハクチョウ、オオハクチョウのほかにも、マガモ、コガモ、ヒドリガモ、オナガガモ---。マニアックに具体名を挙げただけじゃなく、具体的にありありとその生身の鳥をイメージさせたかったのでしょうね、倉本さんは。

 昨日の朝散歩で会ったコガモ。

私の散歩道を散歩していました。

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今朝の散歩で会ったコガモ。
農業用水路が、美しい湖のように見えませんか?
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具体的ということは、リアリズムの基礎であるとともに、想像力の基礎でもあるのでしょう。たとえば、一般的に戦没者何百万人と数値で括るのではなく、墓碑銘に記された一人ひとりの個別の命で量ってこそ、命の重みと戦争のむごさがつかめるというものです。日本を再び戦争できる「普通の国」にしようと号令をかけている人たちに、この具体的なイマジネ-ション力があるのだろうか、また、それを働かせたことがあるのだろうかと、いつも思います。ハナシがそれました。

本題から離れてもう一つ。鳥の鳴き声の「聞きなし」の話題も面白く聞きました。ホオジロのさえずりが「一筆啓上仕り候」と聞こえるというアレです。

ウィキペディアでは、次のような例を紹介しています。

    イカル - 「お菊二十四」、「月・日・星」
    ウグイス - 「法華経」
    ホオジロ - 「一筆啓上仕り候」、「源平ツツジ白ツツジ」
    ホトトギス - 「特許許可局」、「テッペンカケタカ」
    コノハズク - 「仏法僧」
    メボソムシクイ - 「銭取り、銭取り」
    サンコウチョウ - 「月日星ホイホイホイ」
    コジュケイ - 「ちょっと来い、ちょっと来い」、英語では「People pray,People pray」


また、このページに、「聞きなし」の例を詳しく載せてくださっていますので、勝手に紹介させていただきます。

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