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思いつきの津山城址見学、の巻 [折々散歩]

もう一ヶ月ほどで92歳になる老父が、地元新聞の読者投稿欄に掲載してもらったのを励みに、その後も何度か投稿しているのですが、どうもボツになる回数が多いようです。


たとえば、こんな投稿。もうだいぶ前に書いたものですが、掲載の兆しがありません。


もうボツだろうと踏んで、こっそり当ブログに紹介させていただきます。


高齢者の免許証の返納に悩んでいる
私の住む地区にはスーパーがない。
毎月1回診察して薬を貰いに行く病院が遠いので、どうしても自家用車で行く事になる。 事故をする前に免許証を返納する人が多いけれど、 私は悩んでいる。
今1週問に1度リハビリにいっているので送迎車利用している。何時も助手席に乗せてもらっているので、 職員の運転手さんの技術を隣の席で良く見ている。 それは本当に模範運転である。 制限速度は厳重に守り、急ぐ車には道を譲り、 信号は黄色になる前に停止する位の絶対安全運転を見習えば、 高齢者も事故をしないと信じている。
週に1回か2回位買い物に行っているが、 妻以外の人は乗せない様にしている。 慣れた道でも夜間や雪の日の運転、 飲酒運転は絶対しないで模範運転を見習って、 事故をしない様1日でも長く健康で連転したいと思っている。


高齢者は、できるだけ早く免許返納するよう勧めるのが社会の風潮だから、まだ運転を続けようという投書は載せてもらえないのだろうと、父は解釈しているようです。その父が、免許更新前の高齢者講習を受けることになりました。認知力のテストで、前回よりも何点か下がっていたので、3時間の講習が必要なのだそうです。


示された絵を見覚えて、描いてあったものを思い出す問題で、「ペンギン」という言葉を思い出せなかったこと、トマトを果物に数えたので、「野菜」の数が足りなくて困った、などのことがあったようです。これは、恥ずかしながら、この自分によくある現象なので、他人事とも思えません。


いま、最寄りの自動車教習所では、その高齢者講習の予約が一杯で、免許更新日までに間に合会わないということで、少し遠いですが津山市の自動車学校で講習を受ける予約をしたそうで、初めての場所でもあるので、可能ならば送ってもらえないかと頼まれていたのが、昨日でした。


ちょうど手すきの日でしたので、朝から妻と一緒に郷里まで出向き、老父母を乗せて津山まで送迎する事になりました。


早めの食事を父の奢りで済ませ、予約時間の一時間以上も前に自動車学校まで父を送り、そのあと、4時間ほどを、老母と妻との3人で費やさねばなりません。というわけで、桜の名所で知られる湯山城、鶴山公園を散策してみることにしました。


母の足もとを見ると、「ツッカケ」を履いただけの危なっかしさが気にはなりますが、これで険しい石段の昇降はもとより、踏み段を上り下りしての備中櫓の内部見学や、天守台の見学まで、堪能したことでした。


備中櫓の内部は、靴を脱いで、廊下や階段、座敷を素足で歩いて見学できます。


室内を照らす照明もゆかしく感じられます。


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開け放たれた窓から、畳の上に桜の花が舞い落ちていました。


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矢狭間・鉄砲狭間から下界が明るく見下ろされます。


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津山城、鶴山公園については、当ブログでも何度かご紹介したことがありますが、たとえば去年の4月8日にこんな記事を書いています。


またまた昨日の花見、の巻


鶴山公園(津山城)と言えば、三年前の春、郷里の両親と花見をしたのが一番最近の記憶です。そのことは、これらの記事に書きました。
桜前線北上すの巻
◇達治忌やわが身の影は雨に濡れ
少しだけ引用します。

津山城を築城した初代城主は、信長のお気に入りの小姓として知られるあの森蘭丸(成利)の弟、森忠政です。
彼も、13歳の時、兄と同様信長の小姓として出仕しますが、先輩の梁田弟河内守にからかわれたのに立腹し、梁田を部屋の隅に追いつめ頭を扇で叩いたため、幼すぎると見なされて、信長に親元へ返されました。これが幸いして本能寺の変に巻き込まれることなく、命拾いしたそうです。その後、豊臣秀吉に仕え羽柴姓を授けられますが、秀吉死後は徳川方につき、関ヶ原の戦では徳川秀忠に属して真田昌幸を攻め,その後の大阪の変を経て、美作国18万6000石を与えられ、鶴山に城を築きました。

津山城は、櫓の数の多さでは、広島城、姫路城と肩を並べる、雄大な名城であったそうですが。明治6年(1873年)の廃城令により天守・櫓などの建物が破却され天守台・石垣のみが残されました。昭和11年(1936年)模擬天守が建てられましたが、太平洋戦争中に空襲の目標とされることを恐れて解体されました。
津山城趾、鶴山公園は、知る人ぞ知る桜の名所です。

この年は、4月2日に花見をしたのでしたが、好天に恵まれてすっかり咲きそろっていました。その点、今年の桜は、少し遅いようです。


県内の桜情報などによると、見頃の時期はかなりすぎていますが、この場所が妻は初めてとあって、是非見せてやりたいと母が言いますので、近くに車を停めて歩いて行くことにしました。


前日の日曜日で「さくらまつり」が終わったところらしく、屋台や売店の後がガランとして寂しく、また、三々五々、片付けが進んでいるようすでした。


まさしく「祭りの後」「後の祭り」そのものでした。


でもまあ、兼好法師も「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。」と言ってます。古い記事を引用しておきましょう。


さくらの日(2014.3.27)


鎌倉時代の兼好法師は,こう書いています。

花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。雨にむかひて月を恋ひ、垂れこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見所多けれ。歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、はやく散り過ぎにければ。」とも、「障ることありてまからで。」なども書けるは、「花を見て。」と言へるに劣れることかは。花の散り、月の傾くを慕ふならひはさることなれど、ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし。」などは言ふめる。 (兼好法師『徒然草』「花は盛りに」)

【解釈】

桜の花いうたら、真っ盛りに咲いとる時だけを、月はくもりのない満月だけを、見るものどすやろか(いやいやそうではおまへん)。雨にむかって、月を恋い慕うたり、スダレを垂れて部屋んなかにとじこもって、春がどこへ行ったのやら、わからへんのも、やっぱり、しみじみ趣深いものでおます。今にも咲きそうな桜の梢や、咲き終わって、花が散りしおれている庭などこそ、ホンマに見所が多うおまっせ。
和歌の詞書にも、「花見に参りましたんやが、もうすっかり散りってしまうておりまして。」とも、「差しつかえることがあって花見に行きそびれてからに」などとも書いてあるのは、「花を見て。」と言っているのに劣っとりますやろか(いや、劣ってはおまへん)。花が散ったり、月が西に傾いたりするのを慕う世のならわしは、もっともなことでおますけれども、特に情趣というもんがわからへんカタブツが、「この枝も、あの枝も、花が散ってしまいましたなあ。もう見所はおまへん。」などと言うようでおますすなあ。

江戸時代の国学者本居宣長は,これに難癖をつけてこう書いています。

兼好法師が徒然草に、「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。」とか言へるは、いかにぞや。いにしへの歌どもに、花は盛りなる、月はくまなきを見たるよりも、花のもとには風をかこち、月の夜は雲をいとひ、あるは待ち惜しむ心づくしをよめるぞ多くて、心深きも、ことにさる歌に多かるは、みな花は盛りをのどかに見まほしく、月はくまなからんことを思ふ心のせちなるからこそ、さもえあらぬを嘆きたるなれ。いづこの歌にかは、花に風を待ち、月に雲を願ひたるはあらん。さるを、かの法師が言へるごとくなるは、人の心にさかひたる、のちの世のさかしら心の、つくりみやびにして、まことのみやび心にはあらず。かの法師が言へることども、このたぐひ多し。みな同じことなり。すべて、なべての人の願ふ心にたがへるを、みやびとするは、つくりことぞ多かりける。(本居宣長『玉勝間』「兼好法師が詞のあげつらひ」)

【解釈】

兼好法師の徒然草に、「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。」なんぞと言うてはるのは、いかがなものですやろか。古い昔の歌々に、花は満開の状態を、月は曇りのない満月を見たんよりも、花のもとで風に不平を言い、月の夜は雲をいやがり、あるいは花が咲き満月が空を照らすのを待ち焦がれたり、盛期が過ぎ去るのを惜しんであれこれ気をもんだりするのを詠んだ歌が多うて、情趣深いのんも、特にそんな歌に多いのは、みな花は満開の状態をのどかに見たいのやし、月は曇りがないんを願う気持ちが切実やからこそ、それが適わへんのを嘆いているんや。どこぞの歌に、桜の花に風を待ち、月に雲を願っている歌があるやろか、いやあらしまへん。せやのに、あの法師が言うてるようなんは、人の心に逆らうてる、後世の利口ぶった心、エセ風流で、本物の風流心やおまへん。あの法師が言うてることには、この類が多い。みんな同じことどす。すべて、おおかたの人の願う心に背反していることを風流とするのは、わざとらしい作為が多いことでんなあ。(本居宣長『玉勝間』「兼好法師が詞のあげつらひ」)


でもまあ、盛りは過ぎても、みどころはありましたよ。


フォト蔵に城や桜の様子をアップしておきました。 さくらまつりの翌日の津山城(2019)
さくらまつりの翌日の津山城(2019) posted by (C)kazg さくらまつりの終わった津山城(2019)
さくらまつりの終わった津山城(2019) posted by (C)kazg さくらまつりの終わった津山城(2019)
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さくらまつりの翌日の津山城(2019) posted by (C)kazg



ヤマザクラ、ソメイヨシノは、ほとんど葉桜に変わりかけていますが、見事に満開状態の大木がありました。

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「オオシマザクラ」と品種名の表示がありました。


うっすら記憶にあります。「ソメイヨシノ」は、「エドヒガン」と「オオシマザクラ」との交雑種だとか?


津山市公式観光サイトに、津山城に咲く桜マップというページ(PDF)があり、津山城に植栽されている16種類の桜の品種と。その植栽場所が紹介されています。あらためてその豊富さに驚きます。


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すっかり堪能して、下城しようと歩いていると、石垣にこんな生き物が、、、。


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トカゲのつがいが風流な桜見のそぞろ歩きでしょうか?


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津山郷土博物館は、耐震工事中とやらで、休館でした。ちょうど市議選挙のただ中で、候補者掲示板にポスターが勢揃いしています。


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森本慶三記念館(旧津山基督教図書館) 歴史民俗館を見学してみました。


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今日はこれにて。


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