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葉月晦の薀蓄!! [折々散歩]

8月最後の日です。三日坊主の私が、一月間毎日日記を書き続けました。(15日が、日付変更線を超えてしまいましたが)。まずはご立派と、自画自賛。
月の終わりは、「つきごもり」から転じて「つごもり」と呼ばれ、漢字では「晦」と書きます。
「枕草子」にこんな記事があります。
「八月つごもり、太秦(うづまさ)に詣(まう)づとて見れば、穂(ほ)にいでたる田を人いと多く見騒ぐは、稲刈るなりけり。早苗(さなへ)とりしかいつのまに、まことにさいつころ賀茂(かも)へ詣づとて見しが、あはれにもなりにけるかな。(二百十七段)

「早苗取りしか何時の間に」は次の古歌を踏まえたもの。

 「昨日こそ早苗取りしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く」 (読み人知らず 古今和歌集秋上)
ちなみに係助詞「こそ」の結びで、過去の助動詞「き」が已然形「しか」になるのは、おなじみの「係り結びの法則」(法則と呼ぶほどのものですか?)。「こそ―――已然形」で結んで、文が終わらずに続く場合、逆接の条件節になることが多い。というわけで、この歌は、「つい昨日早苗を取ったのに、いつの間にか稲の葉がそよいで秋風が吹くことだよ」の意。

わが地方は、稲刈りは今少し先ですが、もう、稲穂が実を結び始めています。

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台風の影響で久しぶりの雨が降ったたせいか、路傍の草の葉も、ぐっしょり朝露を宿しています。露を白玉になぞらえるのは、「伊勢物語」に限ったことではありません。

「白玉の秋の草葉にやどれると見ゆるは露のはかるなりけり」(後撰集・巻第六・秋中・三一一・読人知らず)
秋の草の葉に真珠が宿っていると見えるのは、露の野郎がだましていやがるんだよな!(そんなにガラは悪くないでしょうが)といった意味でしょうか。

同じ後撰集に、文屋朝康の次の歌も載っており、これは百人一首にも採られているのでおなじみです。
「白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける」
草の葉に宿る露の玉に、風が吹きしきる秋の野は、まるで紐で貫き止めた真珠が美しく散り乱れて飛んでいるようだったよ!という具合ですかね?

台風接近と言いますが、今朝はまだ風がなく、玉はしばしの間、草の葉にとどまって輝いておりました。
このクローズアップ画像は、例のリバースアダプタを使って、広角レンズの逆さ付けでトライしています。レンズが、昨日とはちがうSigma28mmf1.8 forPENTAX。明るいレンズですが、デジカメ時代になって出番がなくなっていました。こんな使い方もおもしろいかも?ただ、ピント合わせはやはり難しい。折角のオートフォーカスレンズを、わざわざマニュアルで使う積極的意味はあるの?という感じですね。
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次は、マクロレンズの仕上がり。オートフォーカスで、労力もストレスも軽くて、写す喜びを素直に味わえます。
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