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手術記念日 [健康]

今日のブログ記事は、どのカテゴリーに分類しようか迷いました。

最初は 「文学雑話」で書き始めました。

「家族」にも「趣味」にも関係ありそう。

やっぱり「散歩」かなとも思いました。

「園芸」も「食材」も「nature」も 無関係じゃないですし。

でもまあ、一番字数を費やしたのは「健康」の話題でしたので。


先日の記事で内田百閒を話題にし、その師匠の夏目漱石にも触れました。

そのついでに思い出したことがありますので、記憶の彼方に消えてしまわないうちに、書いておきます。
2007年の脳動脈瘤手術のための入院生活の無聊を慰めようと、当時学生だった末っ子(二男)が、私に見舞いを持ってきてくれました。
手足や身体の麻痺が残り、本を読むためにページをめくるのも億劫だった私のために、ニンテンドーDSに添えて「DS文学全集」と「脳トレ」のソフトを買ってくれたのでした。
今なら、タブレット端末とか、スマホがあれば、十分、読書も音楽も動画まで楽しめて簡便な退屈しのぎができたでしょうが、当時のこととて、すでに時代遅れの「シグマリオン」(PDAとして用いるためヤフオクで入手していました)を持って入院していましたが、元々通信機能は契約もしていないので、ダウンロードしてためていた青空文庫のデータや、音楽データなどを再生させることは可能でしたが、面倒くさくて使う気にならず、せいぜい日記入力機器として時々使うだけでした。
ベッド脇のテーブルにおいていますと、若い男性看護師さんが「シグマリオンですか?ぼくも使っていますよ」と、親近感を示してくれたりしました。
退院後、次の入院がもしあった場合の備えのために(笑)、WILLCOMの「zero3」シリーズ(今日のスマホの黎明期の端末といえるでしょうでしょうか?)を何世代か、しかもその都度、型落ちで値崩れした頃に、買い換えて使いましたが、いずれも「帯に短したすきに長し」で、不満が残りました。
最初に使ったのは「WZERO-3」二代目に当たる「ws004sh」という機種でした。今のスマホに比べると分厚く重い無骨さはありますが、収納式のキーボードや無線LANまでついていてよくできた機種だと思います。ただ、ホストUSB機能を持たないので、拡張性に難がありました。
そのあと、いろいろ「進化」が喧伝されるたびに、目移りして乗り換えてみましたが、極端に画面の文字表示が小さかったり、入力操作にストレスがあったり、通信感度が低くて電波を拾えなかったり、大変不便を感じました。「W-SIM」と呼ばれるSIMを転用できるので、通話用には「9(nine)」シリーズや、「nico」というシンプルな通話とメール機能だけの機種を用い、必要に応じて「WZERO-3」を使う、というスタイルを長く続けました。「WZERO-3」の各機種のうちで、やはり私の用途に適していたと思えるのは、「ws004sh」でした。
ただ、前述の拡張性の問題と、やはり、旧機種ですので、CPU性能の見劣りは覆うべくもありませんでした。
などなど。脇道にそれているうちにふと、古い記事で似たようなことを書いたことを思い出しました。
本当に、耄碌というのは、厄介なものです。

話の筋をもとに戻します。二男が見舞いにくれたニンテンドーDSと、「DS文学全集」は、重宝しました。気力が続かないので、一回わずか数分間、2~3ページからせいぜい10ページ前後をちびりちびりと読み進み、どこまで読んだか忘れては引き返しという能率の悪い読書を、ノルマも目標もなく、気が向くままに進めたものでした。
ミステリー小説や軽読書程度が、よりふさわしいレベルの心理状態でしたが、この「DS文学全集」に収められているのは、青空文庫所収の旧時代の著作権フリーの「名作」だけですので、その中でも、気軽に読めそうな、夢野久作や、海野十三といったところから、芥川や、太宰、藤村など、なじみの深い作品をアトランダムに読む日々でした。
その中で、最も頻度高くページを開いて、最も長時間をかけて、読んだのは「吾輩は猫である」でした。

 そういえば、定年退職で職場を離れるときにこんな退任挨拶をしました。

先ほどは、身に余るお言葉に加えて、過分なお餞別をいただき、恐縮しております。記念になる品物に換えて大切にしたいと思います。
さて、10年ひとむかしという言葉がありますが、私の勤続年数はそれを超えました。それは、2007年を境に大きく二つに分けることが出来ると思います。
2007年問題という言葉があります。一般に、戦後ベビーブームに生まれたいわゆる団塊世代の人たちが、大量退職することに伴う社会問題をそう呼ぶのですが、私には、もうひとつの2007年問題がありました。
その年の1月1日に、我が家の犬が,19歳で死にました。子犬の時、車にはねられて骨折していた捨て犬を、小学校低学年だった長男が拾ってきて飼い始めたのですが、人間に換算して90歳以上という天寿を全うしたのでした。
夏には、幼なじみの同級生が、病気で亡くなりました。小学校に入学したばかりの彼と私が、桜の木の本でツーショットで写っている写真が、アルバムに残っています。
それと前後して、敬愛する先輩教師が、退職間もなく亡くなりました。最初の勤務校以来のおつきあいで、無理にお願いして、私の結婚式の司会を引き受けていただいたこともありました。
私にとって、2007年は、このように、あの世とこの世の境目が薄らぐできごとが相次いだ年でした。
そして、その冬、私自身、脳動脈瘤の手術のために、大阪の病院に緊急入院しました。
(中略)
その時の生徒たちは、受験準備の限られた時間を割いて、みんなで千羽鶴を折ってくれました。病室に飾っていると、看護師さんや、見舞い客が、すごいなあと感嘆するほどに真心のこもった励ましで、本当にそのおかげで私は、手術に立ち向かうことが出来たと感謝しています。
結局、私は、彼らの卒業式にも出席できず、感謝の言葉を直接伝える機会もないまま、今日まできてしまいました。心残りの一つはそのことです。
クリスマスの夜、私は集中治療室のベッドに横たわって、どこかのラジオからかすかに流れてくるらしいジングルベルの音色を、かすかに聞いていました。ありがたいことに手術は成功し、命の危機からは脱することが出来ましたが、手足の麻痺、嚥下障害、言葉の障害など、いくつかの後遺症は残りました。言語聴覚士、作業療法士の先生の指導で、リハビリに励む毎日が続きました。
寝たきり状態から、車いすへ、次は歩行器、そして壁伝いの歩行から、杖をついての歩行と、少しずつ歩けるようになると、作業療法士の先生は、私が教員であることを知って、片手に重い本を何冊か持って歩く訓練など、職場復帰を想定したメニューを考えてくださいました。
 言語聴覚士の先生は、「アメンボ赤いなあいうえお」など、定番の発声訓練とともに、文学作品の一部をコピーしてくださって、声に出して読む練習を続けてくださいました。
ここに、その時のコピーをもってきました。
いずれもよく知られた作品の冒頭の文章ですが、思い通りに発音することができず、再び国語の教員として教壇に立つ事など夢にも思い浮かべることすらできませんでした。
 あれから5年が経過し、通常の文章ならまずまず読める程度には回復できた事に、我ながら感慨を覚えています。一つチャレンジしてみますので、聞いてください。

「吾輩は猫である」の 冒頭部分です。

吾輩は猫である。名前はまだ無い。
 
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間とい
うものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪(どうあく)な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕(つかま)えて煮 て食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼の掌(てのひら)に載せられてスーと持ち上げ
られた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始(みはじめ)であろう。こ
の時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶(やかん)だ。その後猫にもだいぶ逢 ったがこんな片輪(かたわ)には一度も出会(でく)わした事がない。のみならず顔の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷ
うと煙を吹く。どうも咽(む)せぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草というものである事はようやくこの頃知った。
 

翌年の1月に退院し、自宅療養しながら、最寄りの病院でリハビリを続ける毎日でしたが、回復は遅々として進まず、職場復帰など先のことだとあきらめておりま
した。でも、当時の教頭が、学校へ出てきながら徐々にならすという方法もあるし、無理だったらまた休めばいいとおっしゃってくださいました。年取った私の母親なども「そんな体でがんばっているところをみせることが、生徒にとって励ましになる場合もあるじゃろう」などと言ってくれました。気は進まないけれど成り行きで復帰と言うことになりました。
4月からの復帰が決まると、住まいが近くだからと、K先生が、運転の出来ない私を、学校の行き帰りをまいにちお車に乗せてくださいました。先生の車からみた、通勤路の桜の花盛りが、美しくありがたく目に焼き付いています。本当にありがとうございました。
 
こんな状態の私を、学校中の先生方も、生徒の皆さんも、本当に暖かく迎え入れてくださり、お陰様で授業や仕事に大きな穴を開けることもなく、復帰から5年
が過ぎました。私はついつい、自分のちからでここまで回復できたと慢心しておりましたが、今日の離任式を前に色々とふり返っている中で、本当に周りの皆さんに支えられ、はげまされて、今日の日を迎えることが出来たのだなあとつくづくありがたく感謝しているところです。
人生に「もしも」はないといいますが、もしも本校でなかったら、違った展開をたどっていたかもしれません。改めて、心から感謝を申し上げます。
【後略】


ところで、去年の昨日、7月22日は、私の肺癌手術記念日です。
この入院がきっかけになって、私はブログを始めたようなものです。
いわば、知人に向けての生存証明・安否情報として。あるいは自身の備忘の記録として。
この記事は、入院中、nexus7で書きましたっけ?
残念ながら、私はこの機器を使いこなせません。WIFI接続しないと無用の長物ですし。
今は、経済的理由からWIMAX回線を解約中で、用をなしません。
おとくな接続方法ってあるのでしょうか?

さて、「Nature」ネタに移ります。

脱皮中のクマゼミ。

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次は「園芸」ネタ。
今朝の収獲。いろいろな方からも旬の作物をいただき、日々新鮮お野菜の贅をあじわってますが、我が家の庭でも採れました、

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最後は「食材ネタ」 。ブラックベリー。

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