「新しい日常」の巻 [日録]
ナードサークの折々散歩①: 田園の四季と折々の思い 2013 年8月
- 作者: 木下 透
- 出版社/メーカー:
- 発売日: 2020/05/25
- メディア: Kindle版
ナードサークの折々散歩⑫: 四季の田園風景と折々の思い Kindle版
- 作者: 木下 透
- 出版社/メーカー:
- 発売日: 2020/05/25
- メディア: Kindle版
困るんです,の巻 [日録]
コロコロ変わると困るんです。
5月13日現在、こんな文章を書いていたんです。
コロナ禍のもとでも,アメリカ追従と大企業優先に終始し,今やるべきことに手をつけず,やらなくていいことを急ぐというアベ政治の倒錯が,外交,暮らし,経済,教育,福祉,医療の全分野にわたって貫かれています。
韓国政府は新型コロナ対策として全世帯に支給する「緊急災害支援金」の財源として,日本円で約795億円の国防費削減する補正予算を決定しました(4月30日成立)。削減対象はF35ステルス戦闘機やイージスシステムの購入費で,来年への支払い延期を米に求めています。
一方,わが日本政府はトランプ大統領から大量購入を要求されて「爆買い」したF35ステルス105機のうちの9機分,配備地が未定のままのイージス・アショア,破綻済みの辺野古基地建設工事など,不要不急の支出は無傷のまま,逆に最も急がれる暮らしと営業への補償や医療体制の充実に向けた緊急支出にはまともに取り組もうとしていません。
そればかりか,今国会では,検察官の定年を65歳に引き上げる「検察庁法改正案」を,どさくさ紛れに成立させようとしています。カジノ汚職事件や河井夫妻の公職選挙法違反事件,「桜を見る会」がらみの疑惑への捜査が進む中,政権に忠実な黒川弘務東京高検検事長(63)を,定年を延長して検事総長に据え,捜査の進展を阻むことで政権の保身を図ろうとの狙いがミエミエです。権力を私物化し,「厳正公平,不偏不党」という検察庁の理念を根底から脅かすこの動きに,急速に抗議の声が広がっています。
この時、「急速に抗議の声が広がった」例として、ツイッター上の動きを資料として付しました。
#検察庁法改正案に抗議します 投稿470万件
検察官の定年を65歳に引き上げ,政権が認めれば定年を超えても勤務できるようにしていいのか-。国会で審議中の検察庁法改正案への抗議の声が,会員制交流サイト(SNS)のツイッターで10日,急速に広がった。「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ(検索目印)を付けた投稿は,10日午後10時時点で470万件を超えた。俳優や歌手ら著名人も投稿し,新型コロナウイルス感染拡大の影響で街頭での抗議が難しい中,ネット上でのデモとなっている。
「どのような政党を支持するのか,どのような政策に賛同するのかという以前の問題で,根本のルールを揺るがしかねないアクションだと感じています」。10日午前8時前,人気バンド「いきものがかり」の水野良樹さん(37)が書き込むと,閲覧者による「いいね」が4万件以上ついた。
11時ごろには,歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさん(27)も投稿。小泉今日子さん(54)本人とみられる投稿も10日未明から相次いだ。
他に俳優の浅野忠信さん(46)や井浦新さん(45),アイドルグループAKB48元メンバーの秋元才加さん(31),演出家の宮本亜門さん(62)らが投稿。日本では芸能人が政治的な発言を避ける傾向にあるが,フォロワー(読者)の多い著名人の声がうねりにつながった。
法改正案は8日,与党側の強行で衆院内閣委員会で実質審議入り。野党側は,法改正を待たずに黒川弘務東京高検検事長(63)の定年延長を閣議決定したことを問題視し,森雅子法相への質疑が必要と求めたが,与党側が拒否した。法改正されれば政権が人事に介入できるようになり,検察の独立性が危ぶまれている。(東京新聞2020年5月11日 朝刊)
ところが、事態が刻々変わり、こんな資料も付け加える必要が出てきました。
検察OBがあいついで意見書提出
五月一五日には、松尾邦弘元検事総長、清水勇男元最高検検事の二人が代表して、 「心ある国民すべてがこの検察庁法改正案に断固反対の声を上げてこれを阻止する行動に出ることを期待してやまない」などとする検察OB一六人連名の意見書を法務省に提出。これにつづいて、一八日、東京地検特捜部経験者の検察OBら有志三八人が、「今回の法改正は、失礼ながら、不要不急のもの」「将来に禍根を残しかねない今回の改正を看過できない」などとして、再考を求める意見書を提出しました。
松尾元検事総長らによる意見書の一部抜粋
「本年二月一三日衆議院本会議で、安倍総理大臣は『検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更することにした』旨述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ一四世の言葉として伝えられる『朕は国家である』との中世の亡霊のような言葉を彷彿とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる。」
「検察が萎縮して人事権まで政権側に握られ、起訴・不起訴の決定など公訴権の行使にまで掣肘(せいちゅう)を受けるようになったら検察は国民の信託に応えられない。正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない」
「黒川検事長の定年延長閣議決定、今回の検察庁法改正案提出と続く一連の動きは、検察の組織を弱体化して時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きであり---看過し得ないものである。」
そうこうするうちに、法案強行に固執していたアベちゃんも,今国会での成立を断念。というニュースが流れましたので、後半部にこんな書き換えを試みました。
権力を私物化し、「厳正公平、不偏不党」という検察庁の理念を根底から脅かすこの動きに、急速に抗議の声が広がり、ついには今国会での成立を断念させました。
これでおしまいにするつもりだったのですが,今日のニュースでは,黒川サン、ステイホームの切迫状態下で、賭け麻雀やって辞任ですって。開いた口が塞がりません。もう原稿は提出しちゃったし、やってられません。こっちの身にもなってよ、、、.と言いたいところですが、検察庁法見送りも、黒川辞任も、歓迎です。「見送り」じゃなくて「廃案」、賭け麻雀によってではなく,国民的な反撃によって辞任、となって欲しかったですけれども。
収穫の季節です。
新玉ねぎは、良い出来でした。写真に残していません。
サヤエンドウは,長く楽しめましたが、もう終わりました.これも写真を残していません。
ソラマメが採れ始めました。これは写しておきました。
庭のマルベリー(食用桑の実),立派に実りました.甘いです。
コロナの時期、出かける先もないので、畑仕事で気を紛らわしています。ジャガイモが良い感じで育っています。ニンニクも収穫時期が近そうです。トウモロコシ、スイカ、ズッキーニ、カボチャなどの生育も期待できそうです。いつもの年より少し早いですが、サツマイモも植えました。畑作業に、孫たちを誘っても,付き合ってくれません。そうこうするうちに,今日から学校再開(帰りは早いですが)。徐々に日常が戻るといいですが。
今日はこれにて。
麦秋、の巻 [日録]
例年ですと、5月の連休を中心に、郷里の老父母も交えて家族が集まり、お泊まりや食事会を楽しむのが我が家の習いですが、今年はコロナの影響でそうも参りません。が、休校や登園自粛で、孫たちの在宅時間が増え、親たちが仕事の日は,ジジババのもとに滞在する機会が増えます。日替わりで、従兄弟姉妹達が遊びに来たり泊まっていったりしましたので、通常以上に託児所業務は大繁盛です。
今年は、新生児が生まれ、すくすく育っていますし、1才過ぎのわんぱく男の子も久しぶりに顔を見せてくれたり、いつものことながら、正しく名前を呼べません(笑)
5月7日
バアバが、海へ連れて行ったそうです。
上の写真は、女の子の孫たちが代わる代わる撮影してきたものです。
ハムスターも人気者です。この写真も、小4の孫の作品。
5月8日。良いお天気に誘われて、近所の小川に魚を掬いに行きました。我が家の一行以外には、ウォーキング客が1~2名、すれ違うかどうかという疎状態。3密にはならない、はずです。マスクなしでもいいかな?
中学生が,掬ってみせてるのを幼い子たちが見守ってます。これは少し密度が高まってますか。
いつの間にやら、麦秋です。
ところで、前回記事の続きです。
去年出したこの紙の本を、電子書籍(kindle)化する試みが、ようやく実現したようです。
カルロス爺さんの思い出: そこにある戦争 (MyISBN - デザインエッグ社)
- 作者: 木下透
- 出版社/メーカー: デザインエッグ社
- 発売日: 2019/09/09
- メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
フライングですが、の巻 [日録]
カルロス爺さんの思い出: そこにある戦争 (MyISBN - デザインエッグ社)
- 作者: 木下透
- 出版社/メーカー: デザインエッグ社
- 発売日: 2019/09/09
- メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
Kindle版へのあとがき(大人の読者の方へ)
約五十年前、作者が高校生時代に書いた作品です。最近になって、ほとんどそのまま、自身のブログ(「ナードサークの四季」https://kazsan.blog.ss-blog.jp/)上に掲載したものを、なりゆきと勢いにまかせて、書籍として出版したのが、昨年(二〇一九年)の夏でした。このたび、kindle版での出版に当たって、挿絵・写真をカラーにしたほか、価格設定を幾分お求めやすく改めました。
この作品は、当時の高校生が、自身の自分さがし・自分づくりの過程で、世の中に目を向けたとき、「そこにある戦争」に思いを馳せずにはいられなかったことのささやかな記録です。日本を最前線基地にして、泥沼のベトナム戦争が繰り広げられていた時代でした。平和憲法の下にある日本の若者は,侵略の銃を携えて直接海外に出向いて行く悲劇から免れていましたが、アメリカやその同盟軍の若者と、戦火の中のインドシナの人々は,日々血を流し、命を奪い奪われあっていたのでした。この作品は、まさしく、平和憲法を持たない国・時代を舞台に、有り得べき日常の一コマをえがいたものです。
近年、安倍晋三首相のもとで、「秘密保護法」、「共謀罪」、集団的自衛権行使容認の「安保法制」など、昔来た道を思わせるきな臭い動きが進んでいます。「戦後レジームからの脱却」「美しい国日本」などを掲げる彼は、「みっともない憲法」などと現憲法への敵意をむき出しにし、ついには九条をターゲットとした改憲の動きを強めています。今年の年頭会見でも、「必ずや私自身の手で成し遂げたい」と、任期中の改憲に意欲を示しています。
東京オリンピックと改憲という二つの大事業を成し遂げた宰相として、歴史に名を残したいというのが彼の「悲願」なのかも知れません。しかし、前者は新型コロナ感染症の拡大によって、実現が阻まれることになりそうです。後者も、広く国民の不同意を「忖度」して、きっぱり断念なさることを念じています。
戦後七十余年間,日本国民が、戦争で他国の民を一人として殺したり、また殺されることもなかったという「奇跡」は、「政府の行為により二度と戦争を引き起こすこと」を禁じ、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。」として、平和国家としての覚悟を世界に宣言した日本国憲法に負うものです。それは、アジアを中心に数千万人もの無辜の民と、三百万人もの自国民の命を奪った侵略戦争への深い反省の上に、二度と同じあやまちを繰り返さぬ誓いから生まれた,日本国民の切実な「希求」の結晶に他なりません。それはまた、日本人のみならず、地球に生きるすべての人々にとっての、共通の「宝」といえるものです。
新型コロナ感染症の拡大は、人類に、憎悪や抗争を棄て去り、その英知を結集して、手を携えあって「生き延びるための共同」の道を探るという未曾有の試練を与えています。それだけに、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」し、「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」と宣言する日本国憲法の理想が、ますます輝きを増し、あまねく世界の人々に共有される日の近いことを祈念したいものです。
(二〇二〇年五月三日 七三年目の憲法記念の日に)
いろいろありますなあ、の巻 [日録]
アベノマスク(英語・フランス語・ドイツ語:Abenomask、ロシア語:Абэномаска(アベノマスカ))とは、新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-)による日本国内のマスク不足に伴い、2020年に日本国政府が全世帯にガーゼ製の布マスクを2枚ずつ配布するという政策、またはそれにより配布される布マスクの俗称である。
(中略)
概要
新型コロナウイルス感染症対策本部の第25回会議にて全世帯への布マスク2枚配布を表明する安倍晋三内閣総理大臣(右から2人目)。なお、安倍は布マスクを着用しているが、他の国務大臣は不織布マスクを着用している(2020年4月1日、総理大臣官邸にて)
2020年、新型コロナウイルス感染症の流行によって、パンデミックを起こすと、世界中の市場からマスクが消え、日本でも入手が非常に困難になった。マスクを願う国民の声に応えようと、政府は2020年4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」により布製マスクを一般家庭に配布した。この配布には送り先の住所や名前がなくても対象地域にある郵便受けに配達される「タウンプラス」という日本郵政の配達システムが利用された。マスクの購入には1枚当たり260円程度かかり、全1億3000万枚の配布には466億円がかかる見通しという。また、マスク配布については、全国の医療機関にサージカルマスクを、高齢者施設や障害者施設や全国の小学校・中学校向けに布マスクをそれぞれ優先的に配布することも決めている。福島瑞穂氏の質問に対しての厚生労働省の回答によると、マスクの受注先は、興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションの3社であり、契約額はそれぞれ約54.8億円、約28.5億円、約7.6億円であるという。
しかし、わずかマスク2枚の配布のために数百億円もの予算を割くことに対しての批判が多く寄せられたほか、配布されたマスクに関しても「小さくて話すとずれ、使いにくい」「耳がこすれて痛い」など不満の声が多く寄せられた。 これにより、人々は安倍晋三首相の経済政策アベノミクスになぞらえて、皮肉る形でアベノマスクと呼ぶようになり、海外メディアでも取り上げられた。
2020年4月17日に行われた新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣の記者会見において、朝日新聞の記者から「最近では布マスクや星野源さんの動画でも批判を浴びているのですが、この間の一連の新型コロナの対応について、御自身でどのように評価されていますでしょうか」と質問されると、安倍首相は「(中略)御社のネットでも、布マスク、3,300円で販売しておられたということを承知しておりますが、つまりそのようなこの需要も十分にある中において、我々もこの2枚の配付をさせていただいたと、こういうことでございます」と回答し、国民の高い需要に応じて布マスクを2枚配布したという認識を示した。
なお、上の質問への回答で首相が言及した「朝日新聞社のネットで販売されていた3300円の布マスク」に関して、一時は一部のツイッターユーザーを中心に「ぼったくりだ」「悪徳商法ではないか」との批判がされたが、じきに大阪府泉大津市の老舗繊維メーカー「大津毛織」が手作りで製造した高級マスクであり、その定価が3300円であるということが判明した。すると、ネット上の批判に対して「アベノマスクより高品質らしい」「安倍政権が打ち出した地方創生をも否定する話」といった大津毛織を援護するコメントが多数が上がり始めた。また、アベノマスクにかけて「アサヒノマスク」という呼称も登場した。一時はいわれのないネット上の批判を受けたため、大津毛織のマスク担当者は「(ネットで批判を受けたことは)すごく残念で悲しい。言われっぱなしで我々にはどうしようもなく、対抗策もない。日々マスクを作って届けるしかない」とコメントした。大きさ・形状縦9.5 cm、横13.5 cmの平型ガーゼマスクであり、文庫本より一回り小さい。使用者によっては、小さくて、口を隠すと鼻が出て、鼻を隠すと口が出る。洗うと驚くほど縮んだという報告もある。縫い目をほどいて、立体型にリメイクする使用法もある。
布マスクのサイズについて、厚生労働省は「布マスクの全戸配布に関するQ&A」というページで「布マスクのサイズが小さいと思うのですが、大人用ですか」という質問に対して「今回配布する布マスクは縦9.5センチ、横13.5センチの市販の大人用のものであり、口と鼻を覆うために十分な大きさであると考えております」と回答している。
問題点
厚労省によると、4月14日から妊婦あてに先行配布したマスクにおいて、カビが生えるなどの変色や髪の毛、異物混入の報告が相次いでおり、4月21日時点で7870件に上っているという。問題を受けて、厚労省はマスクを妊婦に配布するのを中断した。また、小中学校や特別支援学校に配布されたマスクの中に虫が混入していた例もあり、これまた配布が中断された。
SARSの経験を生かし、世界でもトップクラスの対応策を展開したことが実を結んだ台湾が「新型コロナウイルス感染対策に推奨できる布マスクの要件」を明かしました。(中略)◆「朝日新聞の布マスク」は要件をクリア、アベノマスクはアウト
それではここで安倍首相が皮肉った「朝日新聞の布マスク」こと、大阪・泉大津市の老舗繊維メーカー「大津毛織」による布マスクを振り返ってみましょう。
一番外側には密度の高いガーゼ、続いて国産の不織布、吸放湿性を意識した高品質な脱脂綿わた、そして最も内側に肌に優しいシルクガーゼを配した4層構造となっており、台湾の衛生福利部が定めた基準をクリアしているとみられます。(中略)一方、「ひもが短くて耳が痛い」「成人男性には小さい」といった苦情に加え、異物混入や汚れの報告が相次いだアベノマスクには不織布が挟み込まれていないため、台湾の基準に照らすと「非推奨」となります。
まさに日本のものづくりの底力を見せてくれた大津毛織の布マスク。追加生産第8弾まで売り切れるほどの人気を博しています。
(中略)もともと商品紹介ページで高品質なものであることが解説されていた上、繰り返し再利用でき一定の感染予防効果も見込めて1枚あたり1650円であれば特に高いとも思えませんが、一体何をもってそう断じたのかが気になるところです。
信じられない、の巻 [日録]
ここ数日、パソコンに向かう時間は長いのですが,ブログの更新に手が及びません。
同時並行で進めているミニ「会誌」的な冊子の編集が二つほどあって、難渋しています。WORDというワープロソフトが,どうも使いこなせません。バージョンで言うと、WORD95,97というあたりから使うようになったのですが、十分慣れないうちにバージョンが上がっていき、新しいファイル形式が読みこめないので、コンバータなどを使いながら利用するのも厄介なので,仕方なく順次バージョンアップに付き合ってきましたが、そのたびに操作手順も変わり、つまづくことが多くてストレスが溜まります。
そんなわけで、現職時代は、国産ソフトの一太郎になれていました。単に好みの問題ともいえるかも知れませんが、仕事柄、縦書きの長い文章を扱うことが多いので、何かと使い勝手が良く思えたためもありますし、常用の道具・文具ですので、使い慣れたものが一番好ましいということかもしれません。その意味では、ワープロ草創期以来なじんだSHARP「書院」が懐かしい、という話題は,何度も書きました。
そうはいっても、私的文書ならともかく、複数の人と文書のやりとりしながら編集をしていくような場合、標準としてWORDが用いられる場合が多く、このたびの二つの冊子もまさにそういう類の仕事です。A4数枚の文書を、首をひねりひねり作成するのは、我慢の限度内ですが、片方は十数ページ、もう一方は六十数ページというボリュームで、しかも、画像などを取り入れたレイアウトが求められるとあって、はんぱないストレスです。イエイエ細かな愚痴を書いていると、それだけで今日の記事が終わってしまいますので、話題転換。
「アベノマスク」に続いて「アベノダンス」、、、。1昨日の朝でしたか、新生児の母である私の長女が、「アベさんがまた炎上に新しい燃料を注いでるよ。知ってる?」と訊きました。わけがわからずにいると、概要を教えてくれましたが、飲み込めません。実際に動画を視聴しても、当然、安倍政権の怠慢と無能を揶揄するために,批判勢力が捏造したフェイク動画(かなり悪意に満ちて、しかも品のない)と見たのですが、、、、アベさん(または首相官邸)本人の発信だったとは,とても信じられません。
この時期、命と健康、営業と雇用の不安にさいなまれながら、ストレスに堪えて自宅に閉じこもって非常事態を乗り切ろうとしている人々、そんな下でも危険を承知で自らの職務のために身を挺して奮闘しておられる医療従事者はじめ、社会機能維持のためになくてはならない働きを、日々果たしておられる方々に、一国のリーダーとして贈るべき、激励と希望のメッセージがこれですか?愛犬とコーヒーカップとテレビリモコンを手に、弛緩して居間にくつろぐリーダーの姿が、こうして全世界にさらされていることは、オリンピックがらみで悪乗りして安部マリオを演じた軽薄さとは格段に異質な醜悪さであって、国民としては耐え難い羞恥を覚えずにはいられません。
これまた、きりがありませんので、ここで話題転嫁。
今年の春は、早くから暖かくて、桜の開花が早かったのですが、そのあと寒い日が続きます。
4月11日(土)は、晴れました。
みんなで,自然環境体験公園へ行ってみました。
探鳥ゾーンから見えるものは、
緊急事態宣言発出、の巻 [日録]
新学期、、、の巻 [日録]
ここ何日か、画像の掲載に不具合が生じ、ブログ執筆に難渋しています。思いあぐねて、旧来の手順に立ち戻ることにします。
つまり、1)テキストで下書きを作成、2)ssブログ新規作成画面で作業、①記事入力画面にテキストをコピー、②別途画像をアップロード(ただしサイズ縮小の必要あり)③記事に貼り付け。
画像や引用が増えると、ややこしくて手間取りますが、事態が改善されるまでしばらくこの方式でいくことにします。
コロナの影響で、予定されていたいくつもの行事(イベントというようなものではなく、学習会とか交流会とか、ささやかなお花見とかの会ですが)が、次々と中止になりました。これから先も、どうなるやら見通しが立ちません。
大阪在住の孫姉弟の、姉はこの4月小学校に入学予定、弟は保育園への入園式を終えたそうで、写真を送ってくれました。
近所に住む孫たちも、長い休業があけて、来週あたりから、高、中、小、保の、それぞれの新学期が始まる模様です。女の子達は、家の中でおままごとやらお絵かきやらで、それなりに楽しく時間を過ごしてているようです。
今度年長組になる保育園児が描いた絵が、なかなか面白いです。お兄ちゃんに肩車してもらっている図だそうです。
一方、大きい男の子たちは、平生でもテレビ(録画番組やDVD)やゲーム、ユーチューブ視聴のとりこですが、今の状況下ではますますそれが増幅中と見えます。
我が家に滞在中の新生児の姉も、従妹同士の仲むつまじい毎日を堪能しながらも、保育園の新クラスが気になって、早く帰りたい気持ちもわいているようです。
コロナ蔓延は、まだ収まる気配を見せませんが、一刻も早くそれぞれの日常が戻りますよう、祈ってやみません。
4月3日の朝散歩には、コンパクトな望遠レンズとして、kenko ミラーレンズ 400mmを持って出てみました。画像の品質は期待すべくもありませんが、時に期待以上のマクロ効果が得られるなどの楽しみもあります。
散歩道のシモクレン。
「点と線」と桜とコロナ、の巻(その2) [日録]
昨日の記事でご紹介した香椎駅の「清張ゆかりの桜」について、k子さん撮影の写真を拙ブログで使用させていただきたいと、執筆前にお願いしたところ、快諾いただいたばかりか、「明日は午前中に買い物に行くので、私の影が写らないように撮って、もう一度送りましょうか?」と親切なお返事を下さいました。お言葉に甘えて、ちゃっかりと、その旨、お願いしていたところ、早速今日はこんな言葉を添えて、写真を送って下さいました。
「買い物に行ったので、人がいない時を見計らって、桜の写真を撮ってみました。」肖像権が気になるので人物の顔がわかる写真は避けて欲しいと、わがままな注文をつけていたためです。
これが清張ゆかりの桜の木。三分咲きと?いうところでしょうか。さすがにわが地方よりは開花が進んでいるようです、
案内板のアップです。
碑文には、「旧西鉄香椎駅と桜 旧西鉄香椎駅に在った桜の木は、街の再開発による駅舎の移転居合わせい汚職に合わせ移植され時代の流れの中変わりゆく香椎の歴史を現在も見続けています。」と刻まれ、西鉄香椎駅の歴史が書き添えられています。
現在の駅舎の写真。近代的なたたずまいです。
松本清張「点と線」の時代には、海岸にほど近い、寂れた土地というイメージだったのが、今では大いに変容しているようです。
「点と線」は、こんな書き出しで始まります。
鹿児島本線で門司(もじ)方面から行くと、博多につく三つ手前に香椎(かしい)という小さな駅がある。この駅をおりて山の方に行くと、もとの官幣大社香椎宮、海の方に行くと博多湾を見わたす海岸に出る。
前面には「海の中道」が帯のように伸びて、その端に志賀島(しかのしま)の山が海に浮かび、その左の方には残島(のこのしま)がかすむ眺望のきれいなところである。
この海岸を香椎潟(かしいがた)といった。昔の「橿日(かしい)の浦(うら)」である。太宰師(だざいのそち)であった大伴旅人(おおとものたびと)はここに遊んで、
「いざ子ども香椎の潟に白妙の袖さえぬれて朝菜摘みてむ」(万葉集巻六)と詠(よ)んだ。
しかし、現代の乾いた現実は、この王朝の抒情趣味を解さなかった。寒い一月二十一日の朝六時半ごろ、一人の労働者がこの海辺を通りかかった。彼は、「朝菜を摘む」かわりに、家から名島(なじま)にある工場に出勤する途中であった。
朝は明けたばかりであった。沖には乳色の靄(もや)が立っていた。志賀島も海の中道も、その中に薄い。潮の匂いを含んだ風は冷たかった。労働者は外套の襟を立て、うつ向きかげんに、足早に歩いていた。この岩の多い海岸を通ることが、彼の職場への近道であり、毎日の習慣であった。
が、習慣にないことが、そこに起こった。彼のうつ向いた目が、それをとらえた。黒い岩肌の地面の上に、二つの物体が置かれていた。いつもの見なれた景色の中に、それは、よけいな邪魔物であった。
引用されている大伴旅人の歌「いざ子ども香椎の潟に白妙の袖さえぬれて朝菜摘みてむ」(万葉集巻六)に関しては、「福岡市の文化財」のサイトで、万葉歌碑(香椎潟)についてのこんな紹介がありました。
西鉄香椎宮前駅を降り、JRの踏切を越えた南側(右側)の丘陵が香椎宮頓宮で、坂道を上った左手に歌碑が建つ。神亀五年(728)11月、大宰府の長官大伴旅人、次官小野老、豊後守宇努首男人の三人が香椎宮へ参拝し、その帰り香椎潟に駒を止めてそれぞれ歌を詠んだ。そのいきさつと、三首の歌を万葉仮名で碑に刻む。明治21年、市内では最も早く、内大臣三条実美の揮毫で建立された。『万葉集』巻6・957~959所収。
「いざ子ども 香椎の潟に 白妙の 袖さえぬれて 朝菜摘みてむ」(大伴旅人)
さあみんな、香椎潟で着物の袖までぬらして朝餉の海藻をつもう。
「時つ風 吹くべくなりぬ 香椎潟 潮干の浦に 玉藻刈てな」(小野老)
風が吹きそうになった。香椎潟の潮干の浦で、海藻を刈ろう。
「往き還り 常にわが見し 香椎潟 明日ゆ後には 見む縁も無し」(宇努首男人)
大宰府の生き返りにいつも見ていた香椎潟だが、(都に帰るので)明日からは見ることもありません。
そう言えば、この歌、以前拙ブログで話題にしたことがありました。
大和考その3、の巻(2018-08-03)
高市黒人にも、少し似たこんな歌があります。
いざ子ども大和へ早く白菅の真野の榛原手折りて行かむ 巻3 280
(中略)
呼びかけの「いざ子ども」(「去来子等」「去来兒等」)は、羈旅の歌によく用いられる呪術的慣用句だそうです。「大和(やまと)」の漢字表記は、「倭」です。歌意から、この「やまと」は国号ではなく、地方名と考えられます。
こちらのサイトから、歌の解説をお借りします。
千人万首 高市黒人【通釈】さあ皆の者よ、大和へ早く帰ろう。白菅の茂る真野の榛(はん)の木の林で小枝を手折って行こう。
【語釈】◇いざ子ども 旅の同行者に対する呼びかけ。妻がこの歌に返答しているので、一行の中には妻も含まれていたか。
(中略)
【補記】妻の答歌は、「白菅の真野の榛原往くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原」
【主な派生歌】
いざ子ども香椎の潟に白妙の袖さへ濡れて朝菜つみてむ(大伴旅人[万葉])
いざ子ども早く大和へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ(山上憶良[万葉])
ほんのついでに、「派生歌」として引用したに過ぎませんが(汗)、、、。
この記事の発端は、大和考その1、の巻で紹介した、近所に建つ旅人の歌碑の話題にありました。
ところで、私の住居から徒歩数分のところに、旅人の歌碑があり、当地にゆかりがあるというこの歌が刻まれています。
・大和道の吉備の児島を過ぎてゆかば筑紫の児島思ほえむかも(大伴旅人)
この歌は、彼が筑紫国での任を終え、大納言に昇進して都へ帰ることになった時、帰りの行列を見送る人々に混じって「遊行女婦(うかれめ)児島」という女性が、別れを惜しんで贈った歌への返歌であるようです。どうやら、ただならぬ間柄にあった女性と思われ、超俗どころか、なかなかに人間臭い旅人ですが、彼の歌に共通する率直な抒情は、しみじみと心に響きます。さて、このたびのN先輩の電話と封書のご用件は、と言いますと、最近N先輩の元へH先輩からお便りが届き、「会誌」への感想などを述べておられる一節にこのような箇所があったので、とお知らせくださったのでした。
kazgさんの稿、 興味深く拝読しました。 ただ、 旅人の和歌ですが、 「大和道の吉備の児島を」の「大和」は、「日本」ではないでしょうか。どちらも「やまと」と読むのですが、すでに、702年?の遣唐使によって国号を「倭」から 「日本」 に変更することを唐に承認させており、 「日本」 という国号が国内で使用されている例としてこの和歌を読んだことがあるように思います。 一度調べてみてください。
そして、万葉集原典では、「日本道乃 吉備乃兒嶋乎 過而行者 筑紫乃子嶋 所念香聞」と万葉仮名で表記されていると、原典のコピーをも添えてくださっています。その上で、確かに「やまと」は「大和」ではなく「日本」と表記されていること、ただし、kazgの文章は住居の近くにある歌碑の引用なので問題はなく、それを「日本」に直す方が問題だろうと、フォローしてくださっています。H先輩にも、そう伝えてくださったそうです。
たしかに「会誌」への寄稿文では、ブログ掲載のこの写真は掲載していませんので、誤解が生じたかも知れません。
今日は、この件への深入りは避け、ちょうどこの碑のあたりの桜(ソメイヨシノ)が、今朝はこんな様子であったことをご報告するにとどめます。
近所の桜(ソメイヨシノ)並木の中でも、最も早く開花する場所の一つが、このあたりです。岡山市のソメイヨシノの開花は、後楽園内の標準木によって判断されますが、それにより、ちょうど今日、開花が宣言されました。(県内では寒冷の地である津山市でも、鶴山公園の標準木が開花したとのニュースがありました。統計始まって以来の早さだそうです。)ただ残念ながら、後楽園でも鶴山公園でも、恒例の桜カーニバル、桜祭りなどのイベントは、新型コロナウィルスの影響で中止、または縮小だそうです。自然の脅威に対しては、十分に怖れ、謙虚に対処するのが良いと思います。オリパラの延期を検討するとの報道、当然過ぎるほど当然と言えるでしょう。
ところで、「点と線」で香椎海岸で発見された男女の遺体は、××省の課長補佐である佐山憲一 と、 坂の割烹料亭「小雪」の女中お時。巨悪による不正を隠匿するため、非業の死に至らしめられます。
一方、60年以上も経った現代、一字違いの「佐川」元理財局長は、公文書改ざんという不正を部下に強要しながら、国税庁長官にまで「出世」するという怪。清張の「本格推理」とは対照的に、謎とトリックがあまりにもミエミエの、出来の悪いミステリーと言わずにいられません。
昨日の毎日新聞朝刊県内版に、こんな記事が載りました。
一部引用します。
森友学園に関する文書改ざん問題で、自殺した近畿財務局職員、赤木俊夫さんの妻が国と佐川宣寿(のぶひさ)・元国税庁長官を相手取って起こした訴訟を支援しようと、22日、市民グループが岡山市北区のJR岡山駅2階連絡通路でアピール行動をした。
聞くところによると、自殺に追いやられたこの赤木俊夫さんは、岡山県の出身だそうで、縁浅からざる関係に、より痛ましい思いが募ります。
真実を明らかにし、赤木さんご自身とご遺族の無念を晴らすことは、決して個人の問題ではなく、この国にまっとうな道理と正義、公正な法秩序を蘇らせることができるかどうかという、私たち国民一人ひとりの切実な重大事です。改めて支援の思いを強くしたことでした。
タンポポを捧げます、の巻 [日録]
昨日の記事で、近畿理財局元職員故赤木さんのご遺族の訴訟と、公開された遺書と手記の話題を取り上げました。この大ニュースに接し、ふと、ソネブロの先輩、故majyo 様のことを思いました。ブログオーナーのmajyo様亡き後、「委託された代理人」としての管理人様が、折に触れてブログを更新してくださっていますが、久しぶりに訪問してみますと、最新の更新記事をアップしてくださっていることに、遅ればせながら気づきました。(早いもので一周忌です)
そうでした。2月15日が、ご命日でした。
探ってみますと、故majyo 様は、当時佐川理財局長にたいする証人喚問の話題をたびたび言及され、証人喚問 佐川 宣 寿氏(2018-03-27)の記事では、こう書いておられました。
証人喚問が始まりました・・・・
予想通りなのでしょうか
私はまだ期待しています。最後の最後まで期待したい
なぜならこのままいくと残りの人生はとても厳しいものになります。誰が一存でやったと思うでしょうか
思えば、ご母堂の逝去、通夜、告別式という、身辺の一大事の中での記事投稿でした。
翌3/28には、私も一気に春から初夏へ、の巻(2018-03-28)の記事でこう書きました。
今朝の新聞のトップ記事はこれでした。
訴追の恐れ」を50回も繰り返して証言を拒否しながら、アベさんからも夫人からも,アソーさんからも,官邸からも「指示されたことはない」とキッパリ否定。何という御都合主義でしょ。
この新聞記事の横には、2019年度から使用する「教科道徳」の教科書の検定結果が公表されたという記事が掲載されています。「道徳」を言うなら、正直とか公正とか率直とかは、そもそもの基本でしょ。教科書で教わらなくても、育ちの過程で身につけていかなければならない人間的モラルの基本を、平気で投げ捨てて恥じないヒトたちが、世の中の「トップ」に君臨したままで、子どもたちに「道徳」を押しつけることの不可思議さ、滑稽さは、グロテスクですらありますね。
佐川サンには何の個人的恨みもありませんし、立場にいささかの同情も惜しみませんが、真実を糊塗し、身を挺してご主人様を守ろうとする忠義さの影に、保身と権力による庇護の裏約束が見え隠れしているところに、なんとも言えない嫌悪感を覚えずにはいられませんね。
この記事に、majyoはこんなコメントを寄せてくださっていました。
人間としての良心に期待した自分が愚かに見えます。
涙なしに読むことはできない故赤木職員の遺書と手記が公にされた今、改めてこの記事(なごり雪・悲しくてやりきれない)を想起せずにはいられません。
♪ 悲しくって悲しくて
とてもやりきれない想起されます。
この限りないむなしさの救いは無いだろかサガワ氏は証人喚問後に逮捕か?と書かれている
退職金も没収になるかもしれないと
当たり前だという意見もある。 そうだろうか・・・・
そして幕引きなんかになったら、・・・・・と考えると♪ このやるせないモヤモヤを誰かに告げようか
一周忌にあたり、献花としてどんな花を捧げようかと悩みましたが、思い出したのはこんな記事です。
沖縄を返せ 沖縄へ返せ、の巻(2016-01-28)
ソネブロのお友達majyo様の、最近のブログ記事「街宣2か所と沖縄基地反対デモ②」でこの歌が紹介されていました。
https://www.youtube.com/watch?v=cmBEmVBEhNw
私も以前この記事「大寒や沖縄に春いちはやく」にこんなことを書きました。聞いたり読んだりして想像するのと、実際に目で見て確かめるのとは大違いです。父祖伝来の土地・田畑が金網の向こうに囲われ、そこにアメリカ合衆国がある。
本来のお持ち主であり住人であるはずの人々が、衛兵の機関銃で脅されるという逆さごと。しかも、そこを拠点に、かつてはベトナム・インドシナへ、そして中 東へと、無数の殺人機が飛び立っていくことの歯がゆさ。その「切歯扼腕」の想いは沖縄の人たちの、陽気な明るさの内面に、70年近くもの間深く沈殿し続けているはずです。
こんな歌のフレーズが耳を離れません。
タンポポ
【作詞】狩俣 繁久
【補詞】小森 香子
【作曲】大西 進
1.金網のむこうに小さな春を
つくってるタンポポ
金網のそとにも小さな春を
つくってるタンポポ
ひかりいろしたタンポポは
金網があっても金網がなくても
沖縄じゅうに春をふりまいたでしょう
2.デモ隊の足下にひかりの花を
さかそうとタンポポ
米兵にふまれてもそれでも花を
さかそうとタンポポ
強く生きぬくタンポポを
金網のない平和な緑の沖縄に
みんなのねがいをこめてさかせてやりたい
宜野湾市長選挙ですが、争点なき選挙で辺野古とは別ですね
圧倒的な物量は聞いています。
やはりどうしても落としたくなかったのでしょう
タンポポ聴いてみました
詩が良いです。こちらにも通信基地があり、金網の先に花が咲いています
横田も同様でした。
この作曲をされた大西進さんですが、友達が今も教わっています
自費出版をした詩集の詩に 曲をつけてくれました。
何かのご縁です。その彼女も同じく活動しています
そこで供花は、タンポポの花と決めました。
綿毛はたくましく、さらに仲間を増やします。
今日はこれにて。
追伸、予定日を一日過ぎて、やっと今日の午後、長女にとっては二人目の子、ジジババにとっては、何と8人目の孫が誕生しました。男の子でした。何人目であっても、やはり、無事生まれてくるまでは、ハラハラ心配します。このあと、這えば立て、立てば歩めで、
「点と線・2020」固唾を呑んで注視したい、の巻 [日録]
昨日(3月20日)付の毎日新聞コラム「余禄」にこうありました。
福岡・香椎(かしい)海岸の男女の情死体の謎を追う松本清張(まつもと・せいちょう)の「点と線」は、アリバイ崩しの傑作ミステリーであるとともに戦後の社会派推理小説の誕生を宣言する作品だった。それが権力悪の犠牲となる官庁の課長補佐の死を描いていたからだ▲清張はその後も官庁の小官僚が巨悪の捨て駒にされる作品群で、このジャンルを確立する。
(中略)
いや、実はそれが決して過去の話ではなかったのを示す遺書の公開である▲「最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ」。森友問題で財務省公文書改ざんが発覚した直後に自殺した近畿財務局の赤木俊夫(あかぎ・としお)さんの遺書や手記である。そこには改ざんに抵抗したのに作業を強いられた苦衷が記されていた▲改ざん指示の元は当時の理財局長・佐川宣寿(さがわ・のぶひさ)氏だったと明記し、省幹部の国会答弁は「嘘(うそ)に嘘を重ねる」ものと指弾している。遺族は赤木さんが改ざんの苦痛と過労でうつ病を発症し、自殺に追い込まれたとして国と佐川氏を提訴した▲法に根ざした合理主義は近代の官僚の矜(きょう)持(じ)の源泉である。それを守ろうとする現場を組み伏せてまで佐川氏ら高級官僚が守ろうとしたのは何だったのか。裁判での謎解きが待たれる「点と線・2020」である。
いみじくも、momotaro様の3月18日付記事「とうとう明らかになった近畿財務局管理官の死」がこの問題を取り上げ、「それは、一人の公務員が生きることを諦めざるを得なくなった苦悩を詳細に伝えるものでした。これが明らかになって世の中が変わらないとしたら、そんな社会は、生きる価値さえないのではないかと思えます。」と喝破しておられます。
まことにいたく同感しましたので、このようなコメントを寄せさせていただきました。改めてもう一度書き写して、。
「死人に口あり」、「虎は死んで皮を残し、人は死んで真相を残す」ですね。遺族の方、やむに已まれぬ決断に、敬意を表します。権力総がかりの、つらい風当たりもありましょうが、固唾をのんで応援してます。
春うららを感じる朝散歩でした。
ヒヤシンス
ムスカリ。
ヒメオドリコソウ。
スノーフレーク。
コブシ。
早咲きのこの桜の品種は何でしょう?
ソメイヨシノは少しだけ蕾がふくらみかけています。
これらの写真は、AFが故障してマニュアルフォーカス専用機として使うことにしたPENTAXk30に、ペンシルボーグp25を装着して写しました。なかなか気持ちよく写せます、、と満足して帰宅し、家の中に持って入ろうとした弾みに、ガシャッと落下。レンズ鏡筒部が真っ二つになり、背面液晶部に致命的なひび割れが生じてしまいました。トホホ。この不運なカメラは、ついにあきらめねばならないようです。一方、レンズの方は、不幸中の幸いで、割れや傷は見当たらず、外れた部品を差し込んで組み立て直してみると、どうやら無傷でまだ使えそうなので一安心。
今日は、長女の2子目出産予定日なのですが、まだその兆候はありません。
昨日から、長男家には、お嫁さんのご両親と妹さん夫婦、またその子どもたちが、連休を利用して静岡から旅行がてらに来訪中で、おかげでいつもの託児所業務がありませんので、ジジババと妊婦と保育園児は、お弁当を持って深山公園で時間を潰すことにしました。コロナ騒ぎの只中ですが、意外に大勢の人出でした。屋外の開放空間で自然と親しむことは、安全かつ有意義だろうと、誰しも考えることは同じと見えます。
ちなみに、長男家の一行は、四国へ渡って金比羅山参詣などをしてきたそうですが、そこもなかなか結構な人出だったと言います。4月11~26日に開催予定だった「こんぴら歌舞伎」の、中止決定が発表されたばかりですが、、、、
もうすぐお姉ちゃんになるこの三歳児、存分に外遊びを堪能したようでした。
トサミズキ。
ハクモクレン。
シモクレン。
ツツジ。
これは何ザクラ?
アオジが思いがけないほど近くにやってきて、悠々と毛繕いをせてくれました。
キジバトも大接近です。
以上の写真は、PENTAXK-r+TAMRON18-250によります。すべてノートリミングです。
今日はこれにて。
政治判断?の巻 [日録]
一斉休校二日目。
子守(孫守)はバアバに任せて、郷里の畑の耕耘をしてきました。ジャガイモを植える準備です。畑には、鹿の足跡がいっぱいです。
と、ここまで書きかけて、昨夜は「寝落ち」してしまいました。
目覚めてみると、今朝は時ならぬ雨。春の雨というにはちょいと冷たいですが、凍える寒さではありません。
郷里からの帰路、カーラジオで聞いた昨日の参院予算委員会、アベさんは、休校要請の科学的根拠を問われ、「政治判断」と明言し、萩生田文科相は「全国一律」についても、「設置者が学校を開くという判断をされれば尊重する」と答えました。アベ氏が閣僚席で「最初からそう言ってる」などと野次る一幕もありました。
人騒がせな。大わらわで対応が迫られた各地方自治体、学校関係者、保護者、子どもたちの苦労、心労は何だったのでしょう?
ちなみに、わが郷里の美作市では、独自の判断で「学校活動を継続』しているようです。
市のホームページから引用させていただきます。
新型コロナウィルス感染症対策について
本市では、2月27日に美作市新型コロナウィルス感染症予防対策本部を立ちあげ、感染拡大を防ぐため、市が主催するイベントや集会等は、当面の間、中止、延期又は止むを得ない場合は規模を縮小することを決定しました。感染拡大を抑え込むとともに、市民の皆様の不安の払拭、ならびに安全を確保することを最善に考えたうえでの判断ですが、一方で、必要な活動、生活については可能な限り継続できるよう取り組むことを確認しました。
全国の公立学校に対しては、政府より、3月2日からの臨時休校の要請があったところです。
しかしながら、県内および近隣の他県市町村で感染が拡大していない状況を踏まえるとともに、休校することにより、子供たちの面倒を見るご家族がいるかどうか、長期休暇を耐えられるかどうか、人が集う場所へ外出することで、より危険な状況を生み出すことがないかどうかなど、様々な影響について、十分な検証・分析ができていないと判断したことから、児童、生徒及び教職員の1週間分のマスクを用意するなど、予防対策を徹底したうえで、できる限り日常の生活の一部である学校活動を継続する方針としました。
ただし、3月6日に翌週以降の対応について改めて協議することとしており、それ以前に、県内および近隣の他県市町村で感染者が確認されるなど、市民の健康を脅かすおそれのある不測の事態が生じた場合は、すみやかに、方針の見直しを検討することとしています。
今後も、市民の皆様の安全と生活を守ることを第一に、職員一同取り組んで参ります。
現時点での状況を十分に踏まえた、見識・慧眼と言うべきでしょう。
市長の萩原誠司さんは、地元の出身で、市のHPには次のような略歴を掲げておられます。
学歴
昭和55年3月:東京大学教養学部教養学科-卒業
昭和60年6月:プリンストン大学大学院(ウッドローウイルソンスクール) 修了職歴
昭和55年4月から平成10年7月:通商産業省
平成11年2月から平成15年2月:岡山市長(1期目)
平成15年3月から平成17年8月:岡山市長(2期目)
平成17年9月から平成21年7月:衆議院議員
平成22年1月から平成22年8月:帝京平成大学教授
平成23年12月から平成25年3月:法政大学情報技術(IT)研究センター学術担当教授
平成25年4月から平成27年3月:法政大学地域研究センター特任教授
平成25年4月から平成26年3月:明治大学国際総合研究所客員研究員
平成26年4月から平成29年3月:明治大学国際総合研究所客員教授
平成26年3月から平成30年3月:美作市長(1期目)
平成29年4月から平成31年4月:岡山県市長会会長平成30年3月30日から現在:美作市長(2期目)
令和元年5月から現在:中国市長会会長
どちらかというと人騒がせな政治経歴で、個人的にはいささかのツッコミどころもなきにしもあらずですが、このたびの判断は、大いに賛同したいと思います。
当地でも郷里でも、どこの店を探しても、マスクもトイレットペーパーも売ってません。キッチンペーパーさえ売り切れてます。あるお店では「デマ情報のために売り切れ」とお詫びの掲示が出ていました。70年代の『オイルショック』時代の映像がテレビで紹介されていますが、確かにあのときも大パニックで、大学のトイレにもペーパーがなかったり、20cm以内で使用するよう掲示があったり(これは伝聞ですが)、新聞紙を用いたり、○○新聞が材質的に柔らかいと噂されたり、今となっては笑い話に事欠きませんが、今度のパニックも、いつ笑い話で収まってくれるでしょうか。
政府は、いま、「緊急事態宣言」発令など、強力な措置がとれるように、新法を制定したいのだそうです。朝日新聞digitalはこのように危惧を表明しています。
今回、首相は新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、全国的なスポーツ・文化イベントの自粛や全国一斉の臨時休校を要請した。しかし、これらには法的根拠はなく、問題視する声もあった。北海道の鈴木直道知事も2月末に「緊急事態宣言」を出して道民に外出自粛を呼びかけたが、法的根拠はなかった。
改正法成立後、首相が緊急事態を宣言すれば、都道府県知事は感染を防止するため、不要不急の外出自粛、学校などの使用制限を要請できる。国や都道府県が鉄道、運送会社などに医薬品の運送を要請することも可能になる。政府関係者は「首相の要請に強制力はなく知事の判断になるが、法律を根拠とすることで地方自治体の協力は得やすくなる」と話す。
ただ、行政府の権限を強め、私権を制限する内容を含むため、12年の新型インフルエンザ特措法の審議ではその点が問題となった。同法は「国民の自由と権利の制限は必要最小限でなければならない」と定めるが、日本弁護士連合会は「必要な最小限度を超えて集会の自由が制限される危険性が高い」と懸念を表明した。
科学的根拠もなく、思いつきの「政治的判断」で、人握りの腹心とだけ相談して、イベントの自粛や全国一律の休校要請が突如打ち出されたように、コロナを口実に「国民の自由と権利の制限」が突如強行されてはたまりません。あの人にフリーハンドを与えることは、キケンちゃいますのん?
さて今日も、ジイジは夕方までお出かけで、孫たちはバアバのもとで過ごすことになります。雨の一日、退屈なことでしょう。
前回まで、PENTAX k-30+BORG50(アクロマート)の撮影画像を掲載しました。
きょうは、PENTAXK5Ⅱ+AFBORG45EDによる画像を紹介してみます。
梅の枝にジョウビタキ♂です。
先日の記事に、gonntan様のから、ジョウビタキとは九州でい言う「紋付き」のこと?というコメントを頂きました。後ろから見ると白い斑紋がまさしく紋付き姿で、「紋付き」、「紋付き鳥」という呼び名が、実にぴったりだなあと、改めて感じます。
『壊滅』『消滅』困ります、の巻(2019-06-26-1)にこう書きました。
最近の記事で掲載した鳥たちの写真をご紹介します。
ジョウビタキ♂
私のブログでは、登場頻度がかなり高い小鳥さんです。
2013年の10月に、こんな記事を書いています。
ジョウビタキの「ジョウ」は、新島襄にちなんだ命名?まさか。
では、 ジョー・ディマジオ?(だれ?)
いえいえ。ジョウは「尉」。「 老翁。おきな。特に能で、老翁の役。また、それに用いる能面。」のことだそうです。オスの頭が銀色で、白髪に見えるところから名づけられました。
ヒタキは「火焚」で、カチカチと、火打石をたたくような音を立てます。鳴き声は、キーキーと、自転車のブレーキ音のよう。鳥にまつわるエトセトラ part2(2013-10-30)参照
つづいて、またまたメジロ。こちらはウメジローならぬ河津桜メジロです。クチバシや胸元が、花粉で黄色く染まっています。
BORG50(アクロマート)に比べると、やはり精細度で勝るようです。過去記事で、何度も確認してきたことですが(汗)
それにしても、価格差に照らせば、どっちに軍配を上げるべきでしょうか?
期待ふくらむ、の巻(2019-01-06)の比較を再掲します
これが45EDⅡ。
そして、アクロマートの50mm。
今日はこれにて。
孫の休校初日、の巻 [日録]
スポーツ紙の健闘が目立ちます。
アベ政権のマスコミ支配の毒牙が、比較的及びにくい立場にあるからなのでしょうか?今日紹介するのは「東スポ」web版です。
安倍首相の“クソ側近”に芸能界激怒 大規模イベント自粛要請しながらパーティー&マスク配布
2/29(土) 17:10配信
“クソ側近”のあまりにも軽率すぎる言動に日本国民の怒りは収まらない! 新型コロナウイルスによる肺炎拡大防止のため、政府が大規模なイベントの自粛を要請した26日当日、秋葉賢也首相補佐官、小野寺五典元防衛相がパーティーを開いていたことが発覚。これにはライブなどのイベントを開催できず、倒産・破産の危機に立たされている芸能関係者からも猛批判が起きている。また、小野寺氏のパーティーでは国民が手に入れられないで困っているマスクが“大量配布”されていたというのだ。
小中高校の全国一斉休校要請など、方針を急転換させた政府に日本中が振り回されている。
安倍晋三首相が大規模イベントの自粛を要請したのは26日。「Perfume」の東京ドーム公演、「EXILE」の京セラドーム大阪公演が当日直前になって中止になるなど、芸能界も大混乱だ。
それでも政府の「これ以上、感染を拡大させない」という強い意思に共鳴して、莫大な損害を被ることになりながらも、泣く泣く中止や延期を決めたのだが…あきれることに秋葉補佐官は当日夜に、地元の仙台市内で出版記念パーティーを開いていた。しかも政府の専門家会議が、集団感染が起きやすい例として挙げていた立食パーティー形式だった。
(中略)
怒りを買っている秋葉氏は「パーティーの中止は難しかった。例年よりも規模を半分に縮小するなど、補佐官の立場だからこそ慎重に判断した」と釈明しつつ「同じ地元の小野寺五典衆院議員が感染者の出ている東京でやっている」と小野寺氏の名を挙げて“暴露”し、道連れにした。
その小野寺氏のパーティーをめぐっては、マスクの“大量配布”が波紋を呼んでいる。
同氏は26日、都内のホテルでパーティーを開催。出席者同士が対面しないよう立食形式からテーブルとイスを横に並べたセミナー形式へ、食事はビュッフェから弁当へと切り替えたが、出席者の一人によれば「テーブルの各席に弁当が用意され、その上にマスクが添えられていた。数百人分はあった」という。首都圏を中心に品薄状態が続くマスクをどうやって大量備蓄できたのか――。
(中略)
首相の右腕である麻生太郎財務相は28日の閣議後記者会見で、臨時休校要請に関する対応を質問した記者に対して「つまんないこと聞くねえ」と発言。「働く母親などがいる家庭では(勤務先の)企業活動にも影響がでる可能性があるのではないか」などと質問した記者とのやりとりが終わった後、小声でつぶやいた。さらに質問をした記者に対し「上(司)から(質問をするよう)言われてるわけ。かわいそうだね」とも発言した。
政府の超絶ノーテンキな姿勢に国民の怒りは爆発寸前だ。
全文引用したいところですがここまでとします。
近所に住む孫4人のうち、3人は学校が休校で、それを知った末っ子の保育園児も、休みたいとなったそうです。と言うわけで、長男の高校生は自宅に残りましたが、下の三人は我が家で預かることになり、昼食は高校生も呼んで一緒に食べます。時ならぬ家族旅行のようで楽しそうですが、毎日となると退屈するでしょう。まあ、こんな風に、近くにジジババがいて、兄弟姉妹賑やかに過ごせば、何とか一日をやりくりできましょうが、少子化・核家族化の時代、友だちと遊ぶことも制限されて、たった一人で家に閉じ込められている子どもたちが、日本中にどのくらいいるのでしょうか?これって、人格形成に関わる重大問題じゃないでしょうか?
一方ジジババはジジババで、どうにかやりくりをして孫たちと付き合わねばなりません。人の集まる場所は避けねばならず、どこかへ連れ出して遊ばせることもはばかられるので、ジット家に閉じこもることになり、はや一日目にして欲求不満気味です。
一日延ばしにしてきた確定申告の書類づくりを、3月になっていよいよ始めなければなるまいと、着手しはじめて気づきました。私の収入と言えば、年金と外国人学生に日本語を教えるアルバイトなのですが、そのアルバイト先の源泉徴収票を、確かに頂いた記憶はあるのですがどこにしまい忘れたか見当たりません。恥ずかしながら学校に電話して、再発行をお願いし、返信用封筒を入れた手紙を書いて郵便局に投函する必要が生じました。自動車を走らせていると、道すがらミモザの花が見えました。ちょっとだけ寄り道して、ミモザを写しておきたいな、という思いに誘われて、車が知らず知らず深山公園の方に向かっていました。
ミモザは写さずこの鳥を写しました。
駐車場に車を止めてすぐのところで、向こうから飛んできて電線に止まってったのです。まさかこんな時に、こんなところで、ヒレンジャク??
近づこうとすると、逃げてしまいました。
昨日のままのPENTAX k-30+玉抜きトキナー100-300mmAF+BORG50(アクロマート)です。こんな鳥に出会うのなら、別の機材を持ってくるんだったのに、などと文句は言いません。会えてラッキー。偶然に感謝です。
河津桜を写して、孫の元へ帰りました。
今日はここまで。
ちょっとあかるい気持ちになりました、の巻 [日録]
今日は午前中、教育研究の会がありました。
開会挨拶で、職場の多忙に触れたHさんは、同僚間でも「お忙しいところすみませんが」と声をかけてから用件を告げるとか、放課後質問に応じた帰り際、生徒が「お手間を取らせて申し訳ありません」と慮ってくれたとか、リアルな実情を紹介してくださいました。
目当ては、「学校の日常を『見える化』する-教育活動の持続可能性をもとめて-」と題した内田良氏(名古屋大学准教授)の講演。
要約するには内容の濃い、刺激的な提起に溢れていました。右からの「教師は聖職」という無償労働のおしつけ論にはくみせずとも、「生徒のために、みずから進んで献身的に尽くす」ことは、教育労働の醍醐味であり、教育という営みの本質的特性ととらえるい思いが、多かれ少なかれ私(達)の中にはありました。「加熱するのは魅力があるから」「子どものため。自分は楽しい。好きでやっている」を問い直し、リスクを除去するマネージメントが必要。「教育は無限、教員は有限」だから、全部意義があるから捨てられない状況を転換し、優先順位をつけるべし。深くうなずかされました。
元気をもらった二つのエピソード
その1)教師の働きかた改革、予想以上に応援団が多いという例。
概要を「netgeek」から引用します。
news zeroで紹介された教師の労働改革について、タレントの若槻千夏(35)がその内容に真っ向から噛みついた。ネット上で批判の声があがっている。自身は2児の母でもある。
出典:https://www.instagram.com/p/Bv1SsduDZmM/
番組では愛知県の小学校教師が出演し、教員不足に悩む学校が労働改革に取り組んでいるという話を紹介した。具体的には「6時以降は学校の電話に出ない」「留守番電話をつける」「時間外に何かあっても親の役目、万引きなら警察の役目」と対応方針を改め、「勤務時間を超えて教員がやることは今後なくなっていく」と総括した。
以前から劣悪だと指摘されることの多かった学校の先生の労働環境が改善されるのは良いことに思えた。しかし、ここで若槻千夏が母親の視点から反対し始める。
若槻千夏の発言まとめ
・えーなんか寂しいですけどね
・子供が帰ってこないときに探して見つからないときに親は学校に電話する
・だってごくせん見て育ったんでしょ?
・ちょっと皆さん!金八先生見たでしょ?
・そんなビジネス化しちゃ駄目ですよ
この意見に対し教師は「金八先生のやり方を続けてきたから学校の先生になる人がいなくなった」と返答。労働環境を改革する必要があるという主張は一貫しており、スタジオも若槻千夏を除いて納得する。
「良い案だと思います」という言葉が飛び交う中で、若槻千夏は「そこが全てじゃないですよ!もっと減らせばいいところがあるじゃないですか?私はそこじゃないと思う!」と強く言い続けた。
出典:https://www.instagram.com/p/BwzPv3fFOJF/
放送終了後、ネット上では「若槻千夏の言い分はおかしい」と非難轟々の嵐に…。ネット上の声をざっとまとめると以下の通り。
・先生に限らず、サービス残業をしろと要求するのはおかしい
・過剰な要求をする一部の保護者がいることが問題
・何でも先生の責任にすべきではない
・ごくせんと金八先生はドラマという作り話の世界だ
・モンスターペアレントかと思う
・保護者だけど若槻千夏は間違っていると思う
教師というのは趣味でやっているわけではなく、あくまで仕事。しっかり時間で線引きすることはさほど悪いことではないと思うのだが…。
一昔前なら、時間外に対応しない学校・教師にこそバッシングが浴び競られたかも知れません。今、全く逆の現象が起こっているのは、それだけ教師の労働環境の酷さが、周知のものとなっているのでしょう。
その2)文部科学省が、授業時間の削減、学力テスト・教員免許更新制度の廃止を検討してるんだそうです。
内田先生のご発言、お仕事について、参考までに、こんなページをご紹介しておきます。
内田良の記事一覧 - 個人 - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/
https://uchidaryo.jimdofree.com/yahoo-%E8%A8%98%E4%BA%8B/
話変わって、昨日の記事で、満足度が100%とは言えない旨、記しました。それは、レンジャクに会いそびれたからではありません。否、もちろんそれもありますが,もしレンジャクに会えていたら、満足度の上限は100を超えてしまったでしょう。ミコアイサに会えただけで、十分満足なのです。
が、唯一悔やむらくは、せっかく用意した、重いSIGMA DG 120-400 4.5-5.6 APO HSの画像が、本体とレンズの両方の手振れ補正をオンにしてしまっていたせいか、イマイチ精細度に欠けた点でした。AFborg 60edの画像をトリミングすればこれまででトップレベルのミコアイサが撮れたので、十分満足できたはずなのですが、自分のケアレスミスで、SIGMA DG 120-400 4.5-5.6 APO HSMでの撮影をしくじってしまったことが、心残りだったのです。
そこで、昨日は、帰り道にもう一度、件の池に立ち寄ってリベンジをはかったのでした。
400mmの望遠端でも、小さな点にしか見えません。
適当にトリミングします。
レンズ側の手ぶれ補正のみをon。ブレはないようです。
カワウとミコアイサ。
ホシハジロとミコアイサ。
ダンスするミコアイサ。
優美な白い鳥たち(ダイサギとミコアイサ)
ついでに、AFBORG 60EDでも写しておきました。これはカメラ側の手ぶれ補正をon。
トリミング画像です。
滑水するミコアイサ♂
滑水するミコアイサ♂(後)と♀(前)
滑空するミコアイサ♂(後)と♀(前)
満足です。
今日はこれにて。
故郷、の巻 [日録]
郷里の実家の隣家のご当主が、ここ何年かの入院生活の後に亡くなられ、15日が葬儀との由、木曜日に聞きました。
13日(金)は、午後、会議の予定でしたので、それを済ませ、14日(土)郷里に前泊することにしました。季節柄、当日の朝、濃霧に遭ったりすると、葬儀に間に合わなくなってはと、心配でしたから。
葬儀当日の15日、父の「代理」で、組内として受付等のお手伝いに行ってきました。高齢化の進む地元集落では、人口が現象の一途をどっていますが、私と同年配か、やや若い世代の何人かが地元で生活しておられますので、ご一緒に(教えを乞いながら)お手伝いさせていただきました。
幼少時以来の対面という方も多いのですが、地元に根を下ろして現役として生活しておられるリアリティが、会話の端々からも窺え、感慨深いことでした。それらの中で、一歳下の幼なじみで、親しい遊び友だちのH君。郷里を出て首都圏の大学へ進んで以来、都会暮らしが長かったのですが、定年退職後、ご両親を助けて田圃・畑仕事に精を出す日々です。私も帰郷時、時折その農作業姿を目にし、時には立ち話をすることもしばしばありました。近年、相次いでご両親が亡くなられた後も、奥さんとともに大部分をこちらで暮らしておられますが、市部に残してあったマンションを近く売却して、全面的に田舎生活を始めるつもりだそうです。男気に脱帽です。
翌日の16日(月)は、別の用件でもう一度帰郷。
故郷の川に、今年も鴨の群れが訪れていました。
よい陽射しの中、ヌートリアが岸辺に上がっていました。
今日はこれにて。
取り急ぎメモ、の巻 [日録]
お向かいの家の庭木に、ジョウビタキ♂がいましたので、写しておきました。今年シーズンでは、最も近くで写せました。ジャンクで買ったFUJIFINEPIXS1、頑張ってくれます。
ジョウビタキが、活発に出没するようになると、いよいよ本格的な冬の訪れを感じます。
さて今日は、所用のついでに岡山後楽園を歩いてみたので、その様子をご紹介しようかと思っていましたが、取り急ぎ別件記事です。
高知在住の先輩馴田正満さん(これまで、何度か、Nさん,N氏,N先輩などとお呼びして紹介してきました)から、ゆうメールをいただきました。中身は、これ。
地元「高知新聞の切り抜きコピーも同封してくださっていました。
その一部分を文字起こしすると、、。
史料の収集・展示を通して、戦争の実相と平和の尊さを伝えてきた高知市升形の「平和資料館・草の家」は今年、30年を迎えた。11月に記念誌の発行を準備しており「戦争を美化する風潮が強い今だからこそ、正しい史実を明らかにしたい」と意気込む。
各研究員が、中国で戦争体験者から聞き取りをしたり、1945 年7月の高知空襲や県内に今も残る焼夷弾跡などのの戦争遺跡、高知で反戦活動を統けた詩人の槇村浩のことを調査したりしてきた。
戦時中に朝鮮半島から高知に渡り、鉱山や発電所で働かされた人たちの特集も。各地を訪ねて執筆した研究員の一人(71)は「過語な 労働から逃げだし、半殺しの目に遭った人もいる。県などの強制性は明らかだ」と話す。
編集作業に励む出原恵三さん(63)は「負の側面から目を背けると歴史は風化し、美化される。過ちを犯したという事実の共有こそが平和への理解につながる」と力を込める。
「記念誌」は、多彩な論攷から構成されていて、現代及び後の世代の人びとへの、平和と人権の貴重な「伝言」となっています。個人的興味から、第4章「戦争に抵抗した人びと」の一部をご紹介します。前述馴田正満さん執筆の文章です。
(2) 模村浩の生誕地を探して
昨年(2018年)夏、高知市で開かれた日本母親大会(全国大会) に県外から参加した知り合いが、 高知県立文学館発行のパンフ『土佐れきぶん散歩』の地図に記された「棋村浩誕生の地」の一帯を探したけど目印になるものを見つけることができなかった、と残念がっていました。
確かに高知市の城西公園には立派な彼の詩碑が建っていますが、 生誕地には何もありません。生誕地はその人物の原風景に思いを馳せる場所です。どうにかしなければと思つていました。ちょうどその年が棋村浩没後80周年にあたり、 諸事業が計両されていたので、そのなかに「生誕碑建立」を入れてもらうことになりました。1912年6月1日に「高知市廿代町八十九番屋救」で生まれたので、生誕地はすぐに判明すると楽観していました。 ところが、状況はまったく違っていました。
最初に、 パンフを作成した県立文学館を訪ねましたが、 前任者が作っので詳しいことは知らないとのことでした。 法務局なら分かると思い行きましたが「昔の『番屋数」 と現住所を対照するものはない」 と言われました。 高知市役所の地籍調査課等でも同じ説明でした。 オーテピア高知図書館の郷土資料コーナーでも詳しい知見はありませんでした。
なぜ分からないのか。よくよく調べると「番屋數」という用語はいまの行政の文書でまったく使われていないのです。 「番屋敷」は幕末から明治のころ、 課税・相続のため家屋につけられた番号でした。 ところが資本主義の発展につれて、 人の移動と土地の分割・譲渡が活発になったため、土地に番号をっけるようになりました。それがいまの「地番」です。さらに市街地では郵便物の配進の効率化のためか〇丁目〇番地〇号とぃう住居表示に変わっています。
これは基礎から調べていく必要があると判断し、 藩政時代の城下絵図をもとに1912年頃の廿代町の範囲を確定しました。
推理小説も顔負けの、スリリングな推理展開です。こうして、生誕地を推定し.去る11月、モニュメント設立を果たしたいきさつは、以前書いたとおりです。
今朝の新聞から、の巻
槙村浩生誕地案内板の除幕式、のこと
今日はこれにて。
追伸、この記事、投稿を忘れたまま「寝落ち」。日付が変わっての投稿です(汗)
改めて憲法九条と戦争体験を考えた,の巻 [日録]
12日(火)は、普通にアルバイト出勤したのですが、なにやら喉に違和感、鼻水くしゃみも出て不快でした。13日(水)、教育相談ボランティアの室へ行くには行ったのですが、鼻水と咳に耐えかねて,申し訳ないがお昼でおいとましました。たいして重症ではないのですが,時折発作のような咳がしつこく、痰が絡んで苦しく、微熱もあるようなので、医者へ行くよう妻が勧めるので,そうしました。実は前週の土曜日,インフルエンザのワクチン接種を受けたばかりの同じ医院を訪ね,診察を受けます。念のためインフルエンザの検査もしてもらいましたが陰性。薬をもらって帰りました。
状態はすぐには改善されず、いくつかの約束を断ったりなどもしたのですが、金曜日はちょっと大事な予定が入っていました。
というのは、私が所属している年金者組合の地元支部が主催して、憲法学習会があったのです。今回はその第四回目で、二回目からは、憲法条文を逐条的に学習してきたのですが、今回のテーマはいよいよ焦点の九条。欠かすわけには参りません。
今回の学習会で、特に印象に残ったのは、こんなやりとり。
講師のOさん(元高校教師・年金者組合の役員でもあります)が、古賀誠氏(自民党元幹事長)の著作「憲法九条は世界遺産」や、「戦争体験世代の役割として『憲法9条をまもらなあかん』」と、生前よく口にしていた野中広務さんなど、保守派の政治家たちが、改憲へと進む安倍政治を憂えていることを紹介し、戦争を知らない(安倍など)世代が政治を執るようになることを憂慮しているという話題を提供した時のやりとりです。
Aさん(男)天皇代替わりで、平気で万歳を叫ぶのは若い人。九六歳の母は、決して「天皇陛下万歳」とはいわない。空襲で焼かれた死体を探って、顔を確かめながら人を探した体験がある。いまも頭のなかには教育勅語がある。
Aお母さん(介護のため車椅子で同行中) 小学校低学年のころ、校長が奉安殿から取り出して読み聞かせられ、意味も分からず暗唱させられた。「チンオモウニワガコーソコーソー」と。いまでは、自分の年も忘れるほどで、ぼんやりしているが、、。
Aさん(女)戦争を知らない世代とは、具体的にはどんな世代?
Mさん(女)七〇年代、「戦争を知らない子どもたち」というフォークソングが流行った。北山修は、戦争に反対する思いでこの歌を作ったが、現にベトナム戦争など、同時代に戦争があるのに、「戦争を知らない」と言えるのか、という批判もあった。
Oさん 戦後生まれで、直接には戦争を経験していない。ただ、戦後食糧難のなかで、その空腹感は身にしみている。
Aさん(女)新潟県長岡の出身。戦争の悲惨も、食糧難による苦労も、直接には体験していない。ただ、暑い夏の夜、空襲で長岡の街が真っ赤に燃えていくところを、自宅から茫然と見ていた記憶がある。日本三大花火の一つである長岡花火は、その長岡空襲犠牲者への慰霊の思いから始まった。
憲法についての思い出は、「新しい憲法の話」の授業を校長がしてくれた。他の先生方が、校長のことを「マスター」と呼んでいたことなど、楽しい記憶として懐かしく思い出す。
Kさん(女)満州からの引き上げ時、幼い弟二人を亡くした。母が自分の手で土に埋めた。陸だったから、埋めることができたが、船で死んだら、海に捨てられた。
それぞれのお話をお聞きしながら、「9条には戦争遺族の血と汗と涙が込められている。戦後不戦を貫いた9条の力は世界遺産だ」と強調する古賀誠氏の言葉が、改めて痛切に心にしみました。
まだまだ話題が尽きないうちに終了時間となりました。もっと知りたいことも残っているので、次回も、もう一度九条の学習をしたいという声もあり、2月21日に再度実施することになりました。
風邪の影響もあってしばらく身体を動かすことがなかったので、16日(土)は、半田山植物園、今日は深山公園を歩いてみました。季節が一気に進んでいました。
青空の下の半田山植物園。空気が澄んでいます。
温室のサボテンです。夏だと暑さに閉口する温室が快適に感じます。
緑色のモミジの枝に、桜モミジが引っかかって、アクセントとなっています。
足もとの落葉。この季節ならではのどれも風情を感じさせます。
モミジ情報では、「色づき始め」ということですが,まだ緑が多く残っているようです。
こちらは今日の深山公園。ここも「色づき始め」という案内ですが、徐々に紅葉が進んでいます。
鈴なりの山柿の姿も、この季節ならでは。
モミジバフウの木立。ここ数日で、一気に葉が舞い落ちていくでしょう。
独特の形状の実が,目を引きます。
今日の付録
15日の朝の月。
満月の頃は、体調のせいもあって,カメラを持つゆとりもありませんでした。
今日はこれにて。
とりとめなき日録、の巻 [日録]
連日何かと多忙で、カメラ散歩もままなりません。
5日(火)は、留学生相手のアルバイト。私の受け持ちは「日本語読解」なのですが、彼らは、読み書きより、聞く・話す方が好きらしい。授業の腰を折って、すぐに色んな話題を振ってきます。わたしにとってもそちらの方が楽しいのですが、早々に「読解」に立ち戻らなくてはなりません。だが、私の「読解」授業に、どれほど社会的有用性があるだろうか?いつも疑問です。
6日(水)は、教育相談ボランティア。
落下で故障した個体の代替として、ジャンク扱いで購入したFINEPIXS1を、最近はいつも携行しています。
六〇歳近いという年配の方から、ご自身の相談の電話。精神疾患の発病と、「闘病」、病気と折り合いをつけながら生活を築いていくご苦労を面々と語られます。最後に「聞いていただいてありがとうございました」と感謝の言葉。何のアドバイスも力添えもできませんが、耳を傾けることで、その方の悩みやわだかまりが少しでも薄らぐなら,私の存在意義が少しはあるのでしょうか?
7日(木)退職同業者の親睦組織の運営会義。来年予定の40周年記念の諸行事の相談。歴史の重みを感じるとともに、物故者のお名前に、しみじみと無常を感じます。ちょうどこの日、Nさんが亡くなられたとの由。ショックです。
Nさんについては、たびたび紹介しました。たとえば最近では、
蛟龍を嘆く、の巻
先日小豆島を探訪した旅行行事の企画・立案・案内は、毎回Nさんが毎回中心的に担って下さったことは、昨年秋のこの記事にも書きました。
あらまほしきものは、の巻
この「自然歴史歴史探訪」という行事は、毎年二回ずつ実施され、今年で25年目。今回が第49回で、来年5月には第50回を迎えるそうです。そのすべてに渡って企画・立案に携わり、案内者として貢献してくださったNさんは、今回も周到な資料をご用意くださり、またそれ以外にも、通りかかる場所場所にまつわる「深いいお話」を、ふんだんに紹介してくださいます。
今回で50回目(年二回実施)を迎えることから、Nさんは一応ここで任を降りられ、ご卒業ということになります。
自然歴史探訪の歩みを振り返って一筆お願いしようと相談してた矢先のことでした。
8日(金)午後、年金者組合の会合がありました。その帰り道、国会中継の模様がラジオから流れてきました。聞くともなく耳を傾けていると、とても聞き捨てならない追及が行われていました。
この記事参照。安倍首相「桜を見る会」の税金を使った不正が国会で明らかに!少し引用します。
公選法違反疑惑によって大臣辞任が相次ぐ安倍内閣だが、本日、おこなわれた参院予算委員会では、ついに総理自身の疑惑追及がおこなわれた。そう、「桜を見る会」の私物化問題が安倍首相にぶつけられたのだ。
本サイトでもお伝えしてきたように、「桜を見る会」にかかる支出は第二次安倍政権下で大幅に増えており、予算額は2014年度以降約1767万円で固定されていたのに、支出は年々増え今年2019年度は5519万円と約3倍に。しかも、このことが問題になると、2020年度予算の概算要求で内閣府は「桜を見る会」の関連経費として本年度の3倍を超える5729万円を計上。無駄遣いを見直すのではなく、逆に予算額を増やしてきたのだ。
しかし、そんななかで「しんぶん赤旗日曜版」10月13日号は、安倍首相が地元・山口の後援会員を数百人規模で招待していることをスクープ。都内観光とセットにしたこのツアーは「後援会の目玉行事」となっていたといい、さらには妻・昭恵氏が名誉会長を務めたスキーイベントの実行委員をはじめ、昭恵氏の農業仲間や日本酒をつくる女性のグループなども招待されている事実を突き止めていた。
しかも、きょうの参院予算委員会で質問に立った共産党の田村智子議員は、新たな事実を安倍内閣に突きつけた。それは、安倍自民党全体で私物化している実態だ。
田村議員が読み上げたのは、安倍自民党の大臣や閣僚経験者らによる「桜を見る会」の報告。そこにはこんな記述があったのだ。
稲田朋美・元防衛相〈地元福井の後援会の皆様も多数お越し下さり、たいへん思い出深い会となりました。〉(2014年4月12日「日々の活動報告」)
世耕弘成・前経産相〈『桜を見る会』にて 地元女性支援グループの皆さんと〉(「世耕弘成後援会ニュースKawara-Ban」2016年新年号)
松本純・元国家公安委員会委員長〈選挙のうぐいす嬢の皆様をはじめ後援会の皆様と参加致しました。〉(同上2015年4月18日)
萩生田光一・文科相〈総理主催の「桜を見る会」が催され、今年は平素ご面倒をかけている(編集部注:後援会の)常任幹事会の皆様をご夫婦でお招きしました。〉(「はぎうだ光一の永田町見聞録」2016年4月18日)なんと、稲田氏や萩生田氏、世耕氏といった安倍首相の側近議員たちも、安倍首相と同じように地元後援会も関係者を招待し、もてなしていたというのだ。
さらに、松本元国家公安委員長は、このようにも綴っていた。〈役職ごとに案内状が割り当てられます。参加するにはこの案内状が無ければ入場できません。今回は限られた少数の案内しか入手できず、残念ながら後援会の皆様にご案内することができず、やむなく我が陣営は不参加ということになってしまいました。ご期待いただいていた皆様にはお詫び申し上げます。もっと偉くなりたいですね。〉(「松本純の国会奮戦記」2013年4月20日)
つまりこれは、自民党は党内で役職ごとに後援会や支援者の招待枠を割り振っているということだろう。
念のため言っておくが、議員の後援会や支持者というのは、「桜を見る会」の招待範囲に含まれていない。税金が投入された公的行事なのだから当然だ。実際、今年1月に閣議で配布された「桜を見る会『開催要領』」にある「招待範囲」には、こうある。
〈皇族、元皇族/各国大公使等/衆・参両院議長及び副議長/最高裁判所長官/国務大臣/副大臣及び大臣政務官/国会議員/認証官/事務次官等及び局長等の一部/都道府県の知事及び議会の議長等の一部/その他各界の代表者等〉
(中略 )田村議員は「桜を見る会は参加無料なんです。会場内で樽酒その他のアルコール、オードブル、お菓子、お土産をふるまうんですよ。これを政治家が自分のお金で行ったら明らかに選挙法、 公職選挙法違反。そういうことを、あなたは公的行事で税金を利用して、行っているんですよ。これは重大問題、まさにモラルハザードは安倍総理が起こしている」と喝破して質問を終えたが、まさにそのとおりだろう。
モラルハザードは安倍総理が起こしている!やっぱりそうだったんだ。
保健室登校が主で、昼前に下校することが多かった小6生が、修学旅行には半日程参加でき、最近は、給食を食べられたり午後の授業に出席できたりするようになっていたのですが、その最大の理由は音楽発表会に参加したいという気持ちから。ところが、その音楽発表会を翌日に控えて、発熱。何かとついてません。
9日(土)今日は小学校の音楽発表会。
小6生も、何とか回復して参加できました。小6・小3の兄妹共々、精一杯頑張りました。
ジョウビタキの姿をよく見るようになりました。
我が家の目の前の電線に止まって高くさえずる♂。
そのお隣は、ホオジロですか。
FINEPIXS1活躍中です。
今日はここまで。
トホホも積もれば山となる、の巻 [日録]
トホホの話題はこれまで何度も書きましたし、読んで楽しい話題でもなく、我ながら執筆動機が疑われるところですが、詮ずるところ、愚痴を垂れ、鬱憤を晴らしたいのでしょうね。でも、今回ほどに重なると、鬱憤が晴れるどころか、気落ちして自己不信が募るばかりですが、「反省文」「始末書」のつもりで最近のトホホを箇条書きにします。
(1)秋を控えて全面修繕に取り組んだわが愛車(自転車)は、元のままで使えそうと判断した前輪タイヤも、やはりパンクしてました。(トホホ)
チューブを自転車から取り外して、パンク修理を試みましたが、穴がかなり大きく、ムダなあがきに思えましたので、やっぱりネットでチューブを取り寄せて、先日購入していたタイヤとあわせて、一気に交換しました。チューブ代金1000円余りですから、自転車屋さんでパンク修理して頂くのと出費は大して変わらないことになります。
(2)倉敷に出かけた日、駅前の銀行に寄り、念のために資金を調達しておこうと、キャッシュコーナーに立ってカバンを探るに、カードケースにキャッシュカードが入っていません。あれ、またかと自己嫌悪にとらわれます。この日に限って、いつもと違うバッグを持ってきていたので、中身の入れ替え時に置き忘れてきたのだろうと思いながらも、あるいはどこかに落としはしなかったかと気が気でなく、せっかくの楽しいお酒の味が減殺されてしまいました。(トホホ)
家に帰りついたのは深夜に近かったのですが。そのあと、別のカバンやズボンのポケット、思いつく場所は根限り探しましたが見つかりません。念のために、よく落とし物を見つけたことのある自動車の運転席や助手席のシートの下部を、懐中電灯で照らしながら探しましたが、やっぱり発見ならず。翌朝、もう一度念入りにあちこち探すも、皆目見当たりません。そう言えば、以前こんなことがありました。
結果オーライ?ま、いいか、の巻
クレジットカードを使用して給油し、そのあとコンビニ店内のATMを利用して現金を引き出すことにしました。行事の参加費1000円の手持ちがなかったので。
銀行営業時間外の早朝でしたので、別途手数料を取られましたが、1000円札5枚を引き出し、ついでにペットボトルのお茶を購入してクルマに戻ります。いざ会場に向かって出発。その前にもう一度、念のために忘れ物がないか点検、、、してみますと、オヤ?さっき使った銀行カードはどこへやったかな?カードケースにも、バッグにも、胸ポケット、ズボンのポケット、どこを探しても見当たりません。いつもの失敗の教訓から、座席のシートの間、ダッシュボードの小物入れなどなど、あちらこちらを何度も探しますが、徒労です。
しばらくの間そうしてジタバタした挙げ句、さっきの買い物の際に落とした置き忘れたに違いないと結論して、もう一度店内に入り、店員さんに尋ねてみると、「届いておりません」との返事。これは、客の誰かが拾得して、ネコババしたか、はたまた警察に届けるかしてくれるのかと推理し、あの人かこの人かと、老若男女の挙動を観察してみますと、どれも怪しく見えます。
これは、大変。悪用された場合のことも想定し、銀行に連絡して利用中止手続きをする必要があろうかと判断。銀行の電話番号や、通帳の口座番号を確かめるために、いったん帰宅して、銀行に電話で相談しました。
電話口のお嬢さんが仰るには、「カードの解約手続きをしますと、見つかった場合、そのカードは使えなくなります。そのようなケースがよくありますが、もう一度よくお探しになった上で、後刻もう一度お電話いただくこともできます。直ちに解約もできますがどうなさいますか?」とのこと。電話口で悩んだ私は、「もう一度探してみる」という、当てのない選択肢を選ぶことにして電話を切りました。(中略)それでも念のためにと、再探索を試み、助手席のシートの下辺りをのぞき込んでみますと、そんなところに落ちてました。な~んだ、呆気ない。
いくら何でも、柳の下にそうそうドジョウはいません。今度こそは、いよいよ覚悟を決めて、銀行の営業開始時間を待って電話し、口座ストップの手続きをお願しました。電話受付でカードをストップするが、再発行手続きのために窓口で書類を作るよう言われました。ちょうどその日は、パートタイムの仕事でしたので、仕事外終わった後窓口を訪ねようと、重たい気分で仕事を終えました。
仕事場の駐車場に駐めた車のドアを、助手席側から開けました。重い仕事カバンや持ちものを積み込むためです。その時ふと、助手席のシートの下辺りに、輝くもの見つけました。カード君でした。何気ない風に、落ち着き払って寛いでいます。昨日見たときには気づかなかったのに、日中の光の中で、姿を現したのです。白日の下にさらされる、とはこういうことを言うのでしょうか。なんとも狐につままれたような幕切れです。
銀行窓口でカードを示すと、無効の処理をしたので再発行の手続きは必要で、ただし、元のカードがあったので手数料は無料。何日後かに書留で送られてきますとのこと。
被害甚少ですみましたが。トホホ感と消耗感にさいなまれます。
(3)先日の夜間高校生の同窓会、私は、どのカメラを持って行こうかと、詮なき葛藤に時間を費やし、結局、倉敷の街角散歩のスナップ撮影にOLYMPUS E-pl7+LUMIX G VARIO 14-42mm/F3.5-5.6を、同窓会場での室内撮影用にpentaxq7+単焦点01レンズをセレクトしたのでした。軽くてコンパクトが第一条件、併せて画質を考えて。
LUMIX G VARIO 14-42mmは、旧世代の廉価レンズ(しかも中古)ですが、明るい場所で撮影した倉敷街角写真は、それなりに満足の出来でした。問題は暗い場所での撮影ですが、pentaxq7にセットした01レンズは、F値1.9の明る差に期待したのですが、居酒屋の薄暗い照明の下では待った機役立たずで,被写体諸君にわれるほどのブレブレでした(トホホ)仕方なく、E-pl7+LUMIX G VARIO 14-42mmを取り出してみますが、これはビューファインダーをつけるとストロボがつきません。街角写真を念頭に、ストロボは外して家に置いてきていました。ですので、手持ち撮影ではコレもブレブレ。いよいよ最後の手段は、pentaxq7の内蔵ストロボ。味も素っ気もないてかてか写真になりましたが、それでもこれが一番ましでした。20年ぶりの思い出写真が、近接ストロボ赤目写真、、、トホホですが、大切な写真が撮れました。
(4)他にも、出勤したら、その日は試験前で学生が休みで、すごすご引き返したばかりか、その日の学習内容を前提に考えていた試験問題が不適切になったので作り直し、改めて印刷しに出勤したり、、、9月の終わりにかけて、いろいろトホホは続きましが、ここまでは、いずれも、自己嫌悪を誘うチョンボによるトホホの数々でした。
が、おしまいは、降って湧いた10月1日のトホホ。原因はあちら様の事情にあり、それで四苦八苦させられたわけでした。
前号記事の通りです。「Open Live Writter(投稿ソフト)」の設定が、新SSブログに対応できず、この記事もあらかた書いていたものを、仕上げて投稿しようとするとアウトになります。
いったんは、デフォルトの『新規作成』画面を用いるしかないかとあきらめたのですが、それでもこれまでなじんだ編集方式が名残惜しく、投稿ソフトの設定をSSブログに対応させるべく、設定をいろいろ試しておりましたら、どうやらうまくいったようです。
と言うわけで、今日の更新は、Open Live Writterによります。
先ほど、文章のみの掲載は成功しました。
次に写真のUPを試してみます。
倉敷散歩の写真のうち、前回なぜか縦長スタイルのものが横長に回転してしまって投稿に失敗していたのですが、このソフトで再度投稿してみます。
今日はここまで。
朝から痛快!の巻 [日録]
朝、たまたま点いていたテレビに、ついつい見入ってしまいました。
NHKの「朝イチ」に久米宏さんが生出演していました。番組HPにこんな紹介がありました。
ニュース番組に革命を起こしたと言われる「ニュースステーション」。みんなが夢中になった歌番組「ザ・ベストテン」。数々の番組に斬新なアイデアを投入し、司会を務めた久米宏さんをお迎えしました。「ラジオもテレビも生放送じゃなければつまらない!!」と、久米さん。生放送の「あさイチ」でその魅力をたっぷり伺い、華丸、大吉を巻き込んだハプニングトークが炸裂して大いに盛り上がりました。
久米さんの番組作りや司会のスタイルで一貫していることは「誰もやっていないことをする」ということ。その原点はTBSにアナウンサーとして入社した直後に大病を患ったことだと言います。仕事をセーブしていた時期に、同期や先輩アナウンサーの番組を見て「テレビの画面の中でどんな風に動けば映えるか」「どう話せば気持ちをつかめるか」観察し、「久米宏だけの話し方を見つけること」だと気がつきました。
メディアの世界で生きてきて52年。テレビのこれから、そして役割についても語っていただきました。さらに、現在、司会を務めるラジオの生放送や懐かしい番組映像も交えて「オリジナル」を追求し続ける久米宏さんの魅力に迫りました。
7月19日付ハフポスト には、こんな紹介記事が載っています。
久米宏、NHKについて「人事と予算で、国家に首元を握られているのは間違っている」 あさイチで発言
7月19日に放送されたNHK「あさイチ」にゲスト出演した久米宏さんが、「NHKは独立した放送機関になるべきだ。人事と予算で、国家に首元を握られている放送局があっちゃいけない」と発言し、注目を集めている。
番組では、プレミアムトークというコーナーに久米さんを招き、キャスターの近江友里恵NHKアナウンサーと、博多大吉さん、博多華丸さんが久米さんに話を聞いた。
NHKに関する発言が出たのは、博多大吉さんの「メディアのこれからってどうなんでしょう」という質問に対してだった。久米さんは「言いたいのはNHKに関してですよ」と切り出し、こう続けた。
「NHKはね、民間放送になるべきだと思います。(中略)で、NHKが民放になったら、他の民放はひどい目にあって、地獄を見ることになりますけど、NHKが国会だとか政府に首根っこ掴まれているような放送局でなくなるんだったら、そっちの方がよほどいい社会になります。
政治ニュースとか、社会を伝える、世界情勢を伝える放送局が、その国の国家に人事と予算の首根っこを握られているのは、絶対的に間違っています。先進国にそう事はあってはいけません」■「政府を強烈に批判する放送局があってしかるべき」
また、久米さんが戦争に進んで行った時代と今の社会を比べ、「気がつかないうちに戦争に入って行ったんですよね。割と似ていると言えば、似ているような気もするんです、あの頃と今って。とっても危機感を持っていますね」と話した。
この発言に対し、近江アナウンサーが「メディアのあり方と言いますか、情報の伝え方とか。やっぱり同じ轍を踏んではいけないという…」と問うと、久米さんは「政府を強烈に批判する放送局があってしかるべきなんですよ」と応じた。
「アンチ政府、アンチ国家の放送局、新聞があってしかるべきなんですよ。だいたいみんな同じになって。すっかり流行語になった忖度みたいなところで、よくないと思いますよね」
そして、若い世代へのメッセージを続けた。「政治家に限らず年寄りってあまり先の事、本気で心配してないんです。ところが、今の日本の困ったところは、若い人が先のこと心配してないんですよ。『なるようにしかなんないよ』って。それはいかん。少しでも自分の暮らしからよくしていこうと、若い人こそ思ってくれなきゃ。それが一番心配です」
近江アナウンサーが「明後日(参院選)選挙ですから、若い人も投票にもちろん行くべきですね?」と問いかけると、久米さんは「もちろん」と答え、続けた。
「投票に行って開票特番見るのと、行かないで開票特番見るのと、開票特番との距離が違いますから。投票して見ると特番の距離が近づくんですよ。ぜひ開票特番を楽しんで見ようと思うんだったら、投票所へ足を運んで、夜できればぜひNHK。一言ぐらい、お世辞言わないと(笑)」
番組の中でも、VTRで紹介されていましたが、実は久米さんのNHK出演は、7月13日(土)のTBSラジオ『ラジオなんですけど』で、聞いていました。ちょうど、草刈りとパソコン修理のために郷里に帰り、昼食を摂りに出かけた際に、カーラジオから流れてきたのが、久米さんの「ラジオなんですけど」で、「いつも批判している」NHKから出演のオファーがあることを紹介し、壮大なイタズラかもと疑った、と面白おかしく語っておられました。投票日直前のNHKでこの企画を通した関係者も、気骨ある人物が存在していたのでしょうが、「桶狭間」に喩えて「敵陣」に乗り込む心境で、ズバリもの申した久米さんもあっぱれでした。
今の日本の困ったところは、若い人が先のこと心配してないんですよ。『なるようにしかなんないよ』って。それはいかん。少しでも自分の暮らしからよくしていこうと、若い人こそ思ってくれなきゃ
まったくおっしゃるとおりです。
今日はこれにて。