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漁夫志望?の巻 [折々散歩]

これは先週の日曜日の写真です。

中3の兄と、小5の弟が、用水路の魚すくいに興じています。
その時の水揚げも含めて、水槽の中にはいろんな小魚や水生生物が目を楽しませてくれます。




スジエビでしょうか?なかなか愛嬌があります。




先日の記事遅かりし由良之助、の巻で、お隣のサクランボの実をついばむ烏を撮影し損ねたことを書きましたが、その代わりに、「カラスガイ」はいかがでしょう?



カラスガイということにしていますが、ドブガイの若い個体かとも思われます。この辺りの用水路には、20cm以上にもなる大きな貝殻を目にすることがあります。この記事に掲載した写真を再掲しておきます。
漁父と蚌と鴫のいびつなトライアングルの巻(シリーズ故事成語その3)



二番煎じになりますが、「漁夫の利」の故事成語にまつわる蘊蓄を一くさり、引用させていただきます。




 【kazg語訳】
今しがた、このワタクシメ蘇代は、貴国に参ります道すがら、大きな川を通り過ぎましたわい。あれが易水(えきすい)でしたでしょうかナ、ふと川原の方を見下ろしますと、大きなバカ貝が水から出てきて、気持ちよさげに貝殻を開いて日光浴しておりました。
すると、突如、シギがやってきて、その貝の肉を、クチバシでついばんだのですわい。バカ貝は、おおあわてでとっさに貝殻を閉じ、シギのクチバシを固くはさみこんでしまいました。
どうなるか成り行きを見守っておりますと、クチバシを挟まれたシギは、話しづらそうではありましたが、そのままもごもごとドスの利いた声でこういいましたな。
「今日は良いお天気だ。このまま雨が降らず、明日も雨が降らなかったら、カラカラに乾いてミイラ化したバカ貝の死骸が出現するだろうぜ。強情張るのはいい加減にして、貝殻の口を緩めた方が身のためだぞ。」
売り言葉に買い言葉で、バカ貝もまた、こう言い返しておりましたなあ。
「お前こそ、そうやって強情を張っているがいいさ。今日クチバシが閉ざされたまま外に出ず、あすも出なかったならば、餓死したシギのできあがりときたもんだ。」
バカ貝とシギは、、そうやって両者譲らず、意地を張り合っておりましたな。するとちょうどそこへ通りかかった漁師のオッサンが、大きなバカ貝と旨そうなシギの両方を、しめしめ大漁だとばかりに、とっつかまえて帰りました。
そして蘇代は、「今趙且伐燕。燕 ・ 趙久相攻、以敝大衆。臣恐強秦之為漁父也。願王熟 計之也。」と説得します。
つまり「いま、王様のお国、趙は、いまにも燕国を攻撃しようとしておられます。燕と趙が、ながいことお互いに攻め合っておりますと、人々をへとへとに疲れさせてしまいましょうぞ。ワタクシメは、強大な秦の国が漁師のオッサンのように、労せずして利益を独り占めしてしまうことをおそれるものでございます。願わくば王様、そこんところをよおっく熟考していただきたいものですな」テナ具合です。
これを受けて、恵王は「よっしゃ」と言って、燕への攻撃計画を断念したのでした。オシマイ。

この喩え話に登場する「蚌(ぼう)」は、淡水に棲む二枚貝で、「カラスガイ」だとする注釈書もあります。カラスガイは、子ども時代から川や池でよく見かけた、なじみ深い貝です。シジミなどに比べれば確かに大振りだとは言えますが、漁師が獲物として喜んで持ち帰る程の大きさかどうかは、疑問が残ります。
今回の訳で用いた「バカ貝」だとする説もあります。「バカ貝」または「ドブ貝」という気の毒な名前の貝を、私は長いこと知らなかったのですが、このナードサークの地に暮らすようになってから、農業用水などでよく目にするようになりました。あいにく、実際に生きている姿を見ることはまれですが、大きな貝殻は、ごくありふれた存在です。
実物教材用にちょっと特大サイズのものを拾って、標本箱仕立てで保存していたこともあったのですが、退職を期にどこかへ捨ててしまったようで、イマは見あたりません。



最近何度か、パパと一緒に海に釣りに行き、いつもボウズでしょげていた小5生でしたが、昨日はパパがこの魚を釣り上げたというので、満足して帰ってきました。




魚拓もとりました。

小5男子は、ばあばに手伝ってもらって鱗や内臓を取り、味付けもして調理したそうです。

きょうはこれにて。

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引用三昧、リンク三昧のえとせとら、の巻 [折々散歩]

一昨年の記事毎日が花見の暮らし!雨も佳し でこう書きました。

いつもの散歩道の足元に、この花が繁茂しています。
毎年春先から同じ場所に咲いているのを見知っていましたが、環境が適合しているのか、どんどん繁殖しているように見受けられます。




この花の名前に、いつも迷います。
図鑑等で目星を付けた候補は、
トキワハゼ
ムラサキサギゴケ
カキドオシ
ジゴクノカマノフタ(キランソウ)
などなどが浮かびますが、確信が持てません。
これについても、毎年同じようなことを書いています。
お名前は? シリーズ補遺
「ホンマ、よう似てはりますわ」の巻
今日の花、今日のレンズ、今日の亀、の巻
春更けていきものの色深くなる
いろいろ迷いつつ、とりあえずの答案は、「ムラサキサギゴケ」としておきましょうか?

この疑問に依然として決着が付けられないまま、今年の春も群生している姿を見かけました。















妻にもご協力願って図鑑を確かめて、やっぱり「トキワハゼ(トキワソウ)かなあ?」と、振り出しに戻ってしまいました。

この花にも毎年悩みます。













ちらりと「マツバウンラン」という名前が頭をよぎったので、調べてみると正解でした。気をよくしたのも束の間、過去記事でこんなに何回も話題にしていたのに、そのことを忘れてしまっていたことに気づきました。記憶の欠落、恐るべし。

何も無ぇ田舎の庭のいのちかな
きれいさっぱり新規インストールで光明みえたとおもったが、の巻
水生植物園の生き物たち、の巻
お名前は?しらん

↑少し引用します。
昨日の散歩で見たこの花。お名前は?しらん。
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「紫の蘭で紫蘭」と、父が教えてくれました。 
 
 これは?以前調べたことがありました。そうそうマツバウンラン(松葉海蘭)でしたっけ。北アメリカからの帰化植物だそうですが、昔は見覚えがないような、、、。
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これは、昔からよく見る草。子どもの頃は「ギシ」と呼んでいましたが、図鑑には「ギシギシ(羊蹄)」の名で出ています。子どもの頃から見分けがつかず、どちらも「ギシ」と呼んでいた異種植物に「スイバ」があります。図鑑を参照すると、この写真は、「スイバ」らしい。
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北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「酸模(すかんぽ)の咲く頃」という童謡がありました。

土手のすかんぽ、ジャワ更紗(さらさ)
昼は蛍(ほたる)が、ねんねする
僕ら小学尋常科
今朝も通って、またもどる
すかんぽ、すかんぽ、川のふち
夏が来た来た、ドレミファソ

スカンポとは、地方によってはこのスイバのことを呼んだり、イタドリ(虎杖)のことを呼んだりしたようです。いずれも酸味があって、子ども達がおやつ代わり に囓って食べた野草です。今年も、イタドリ(虎杖)は、サラダにして食卓に出してみましたが、子どもや若い人たちは、箸を伸ばしませんね。
このイ タドリのことを、私の故郷では「サイシンゴ」と呼び、なまって「シャイシンゴ」「セエシンゴ」などとも発音しました。また、同じ県内でも、初任地として生 活した少し西の地域では、「シャシッポ」と呼んでいましたっけ。ワラビや山菜同様に季節限定の風物詩的食材として、懐かしい味です。
ツクシもほろ苦い春の味ですが、早や、スギナに取って代わり、背丈も伸びて林のように茂っています。
 
 
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長々と引用したのは、フェイスブックのお友達のOさんが、今日の記事でこんなことを書いておられたのを読み、俄然懐かしくなったからです。

今朝は少し肌寒かったです。道端にこの花がたくさん咲いています。スイバとかスカンポというそうですが、私が子どもの頃は(50数年前)シートットといって、皮をむいてかじっていた記憶があります。


今朝の散歩で露を宿したスギナが目に止まりました。











麦が元気に生長しています。



ところで、同じようにマツバウンランが登場してくる2016年4月29日付のこの記事を読み返していますと、こんなことを書いていました。
プレコロスなお癒えねども孫三昧

さて既報の通り、わが家のセルフィンプレコ「ドン・プレコ」殿が、享年二十余歳(?)で召され、雨の中、土の下に埋葬しました。一昨日のことでした。
昨日は、一日中冷たい涙雨で、気分も晴れませんでした。
私の場合、プレコロスというよりも、水槽ロスですかな。
ドン・プレコ様を失った90cm水槽が、不在空間のだだっ広さをアピールしています。空虚を埋めるために、何か新客を迎えてやらねばなるまいかと思っておりましたが、妻はもうこれで終わりにしたらと申します。
地震が起きたら危険だと常々思っていたので、プレコがいなくなったのを契機に、撤去してはというのです。

念のために一つ前の記事にさかのぼってみますと、4月27日付でこう書いています。

安らかに眠れや愛しのドン・プレコ

一昨年の夏には、
夏終わり孫と嗜む吟行会
という記事で、当時小5だった孫(注2018年現在中3)が、俳句作りの宿題でこんな句を作ったことを書きました。
プレコさん今年も元気に過ごしてる

このプレコについての初出記事はなぜ騒ぐプレコでしょうか。
こんなことを書いていました。
 我が家の水槽の主は、このセルフィン・プレコでしょう。いつの頃から我が家に棲み着いたか、はっきりした記憶も記録もありません。ただ、この春結婚した末っ子が、小学校高学年の頃にはもういたと思いますから、かれこれ10数年にはなるはずです。
もちろん最初は、こけ取りのために、水槽の脇役として導入したものです。アルジイーターや、オトシンクルスや、石巻貝なども入れていたたことがありましたが、アルジは性格が荒い、オトシンは少食、石巻貝は繁殖しすぎてうるさい、などの理由で、プレコのコケとり効果に期待したのです。それと、ナマズに似た底生魚は、子供たちに人気もありますし。

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飼い始めた当初は、ペットショップでよく見る3~4センチの普通サイズ(のなかでも極小のもの)を、お買い得価格で購入した記憶があります。
ドン・プレコ様 今朝はご機嫌麗しう
の記事ではこう書きました。
 「♪ドン・ドン・プレコ ドン・プレコ」という曲があったような気がしません?いやいや、「ドン・ドン・ガバチョ ドン・ガバチョ」でした。往年のNHK
子供番組「ひょっこりひょうたん島」の初代大統領ドン・ガバチョ氏(声:藤村有弘)の登場のテーマでしたね。登場人物中もっとも世俗的で、自己顕示欲と名誉欲旺盛で、おしゃべりな、それでいて、純粋な義侠心をも併せ持つ、かわいい、憎めないキャラクターでした。
♪今日が駄目なら明日にしましょ
明日が駄目ならあさってにしましょ
あさってが駄目ならしあさってにしましょ
どこまでいっても あすがある ハイ♪
というような歌詞。当時、子供心には、植木等の無責任キャラとかぶって、いい加減なオトナの「汚さ」が鼻につきましたが、改めて思えば、子供たちにまっすぐなメッセージを投げかけていたのかも?
ちなみに、私がひいきにしていたのは、もちろん沈着無比な「博士」(声:中山千夏)と、これぞ男の「マシンガン・ダンディ」。
それはともかく、我が家のプレコ君。「ドン・プレコ」という名前だったかなと、ふと、さっき思いました。
それ以来、秘かにドン・プレコ様とお呼びするようになりました。
おお!ドン・プレコ殿、いかがなされましたか?曲芸二題、の巻
にはこう書きました。
 このドン・プレコ殿が居座っているせいで、わが家の90cm水槽は、他の同居者に安住権を保障できない緊張状態に陥ることが、まま あります。ですので、同居者たらんと欲すれば、肉体的にも頑強で、メンタル面でもタフでないと、寿命まで生存することもできません。
そういう次第で、この水槽に、現在生きのびている熱帯魚は、ネオンテトラが数尾と、ちょっと大きく育ったプラティ1尾、そして、水槽底餌の食べ残し餌のお掃除係のコリドラスだけです。
水草を植えてみても、ドン・プレコ殿の尾ビレによる攪拌攻撃で、無惨に巻き上げられ、根付くことがありません。従って、優美な熱帯魚水槽のレイアウトなど、望むべくもありません。
殺風景な水槽に、気は心で彩りを添えるべく、熱帯魚ならぬ「天然魚」を捕獲し飼育していると言えば聞こえがよろしいが、孫たちと農業用水路でとらえた小魚たちや、スーパーマーケットの鮮魚コーナーで売られていた調理用「どじょう」の生体などを、「放流」し同居してもらっています。
そのドンプレコ様が、今日昇天あそばされました。昨日は、少し息づかいが荒いようには見えましたが、そんなに重篤とは気づきませんでした。年は正確には言えませんが20歳にはなっておられたでしょう。人間に換算すればどのくらいになるのでしょうか。長寿の方だと思いいますが、「昨日今日とは思わざりしを」です。口惜しいことです。
雨の中庭に穴を掘り、埋葬しました。孫たちも手を合わせてくれておりました。

今日、4月27日が故ドン・プレコ殿の命日だったことを、いまこの記事検索で思い出しました。プレコがいなくなった90cm水槽は撤去しては、という妻の意見に押されて、60cm(×45cm)水槽だけを残す事になりました。90cm水槽は粗大ゴミに出すことが妻の提案でしたが、ささやかな抵抗として、庭の一角に置いてて、水草やスイレン、孫達が掬ってきた川魚やエビを放流・飼育するために使ってきました。

が、小5の孫が、この冬のインフルエンザ明け以来、体調不良や気分の不調が重なって欠席や保健室通いが多くなったのですが、それでも水路での魚捕りには熱中し、捕ったメダカや川魚の稚魚を、この水槽に放して愉しそうにしている様子を見て、やはり大水槽を居間に置いてやろうかと、妻が提案しますので、昨日設置作業を終えたところでした。

先日の火曜日に高熱を出し、救急外来を受診、そのあと今日まで欠席している小5生に、一定の癒やし効果はあったように思えますが、さてこの先どうなりますか?

いつものように、引用三昧、参照リンク三昧の記事になりました。

こういう記事って、 dendenmushi 様が「番外:2018/04初めブログランキング異変はSo-net全体の問題で常時SSL化への移行はその対策らしいが…」で指摘しておられる2018年5月15日(火) 以降の「常時SSL化」によって、なんか困ったことになるんですかね?

今日はこれにて。




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遅かりし由良之助、の巻 [折々散歩]

お隣の庭のサクランボの実が、見事に熟し始めています。





この枝に、黒い巨大な影が舞い降りた気配を感じて目をやると、一羽の烏が枝を揺らしながら、赤く熟した実をむさぼっています。思わず声を上げて騒いだせいでしょうか、カラスは悠然と飛び去りました。カメラを向けようなどと思いつくいとまもない一瞬のできごとでした。
「後の祭り」、「遅かりし由良之助」でした。
以前こんな記事を書きました。
アリスイに遭うたは猫に小判かな

「後の祭り」にはこんな類義語があるそうです。

類義語: 後薬/証文の出し後れ/十日の菊六日の菖蒲/六日の菖蒲十日の菊/祭りすぎてのとちめんぼう/喧嘩すぎての棒ちぎり/遅かりし由良之助 (ことわざデータバンクより)

「覆水盆に返らず」も類義語と言えましょう。

デジタル大辞泉では、「遅かりし由良之助」をこう解説しています。

遅(おそ)かりし由良之助(ゆらのすけ)
《歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」で、大星由良之助が主君塩冶(えんや)判官の切腹の場に駆けつけるのが遅れたところから》待ちかねた場合、また、機を逸して用をなさない場合に使う言葉。



ところで、「遅かりし由良之助」といえば、実は、ブログネタとして、ずっと前から温めていた話題がひとつありました。
昨年の12月頃、我が家の玄関前の鉢植えのサクランボの枝枝に、ハヤニエを見つけました。犠牲者は、カナヘビのようです。







モズのハヤニエについては以前こんな記事に書きました。
野分去って冬近づきぬ足早に
これはバッタ。

冬天(とうてん)を仰ぎて骸(むくろ)乾きたり
こちらはアマガエル。同じサクランボの枝です。

モズの写真と一緒に記事にしたいと思ってストックしていました。








記事がまとまらないうちに、すっかりモズの姿を見なくなりました。
まったく、「遅かりし由良之助」でした。
いっそ、サクランボの花の咲く頃、記事にしようかと思いつつ、それも時機をのがしました。余りにも開花が早かったソメイヨシノに心を奪われてしまったせいでした。
それではと、サクランボの実が熟すころ、記事にしようと考えました。
ところが、この春の余りの晴天続き、高温・乾燥の日々、うっかり水やりを怠ったせいでしょう、我が家の鉢植えサクランボのきは、水切れによって葉っぱが萎びてしまいっていました。慌てて灌水をほどこしたものの、今年の実りは期待できそうにありません。
その間の事情は昨日の記事に書いたとおりです。
  立派に熟しつつあるお隣のサクランボに比べて、あまりにも弱々しいこの姿。不憫です。

これは3年前の写真です。

今年はそれ以上の収穫を期待したのでしたが、油断大敵、後悔先に立たず、後の祭りでした。



「後の祭り」、「遅かりし由良之助」を嘆く轍を踏まないため、この写真だけは送れずにupしておきます。先日、美作長福寺を訪ねた道すがら、新緑をバックに泳ぐ鯉幟を懐かしく見ました。





今日はこれにて。

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わが庭のアマドコロ他、の巻 [折々散歩]

季節がよくわかりません。暑かったり冷え込んだり、、。
昨日一昨日の雨が寒気を呼び、上着なしでは寒いと感じる気温ですが、日が射すと暑くなり、身体がなかなかうまく適応できません。そのせいでしょうか、小5の元気な坊主が、急な熱を出し、寝込んでいます。
季節がよくわからないと言いましたが、自然の万物はいつもの通り、季節の推移を受け入れて、いつものように身を処しているようです
ツバメが今年も巣作りに入っています。





自治はこの数年、巣ごもりをしているツバメたちが、いろいろな事情で2世を得ることができないままに北に旅立っていく残念な事態が続いています。巣ごもりの初めを、スズメに妨害されて逃げ去ったこともあるようですし、やっと生まれた雛が、何者かに襲われて餌食になり、育たなかったこともありました。
さて今年は?どうなりますやら。
昨日、一昨日の雨は、草花を潤しました。
我が家の庭のアマドコロ。



我が家の庭の、鉢植えのブルーベリー。

わがやの庭の鉢植えの、鉢植えのサクランボ。
実が、少しずつ太り始めていると期待していましたのに、時ならぬ高温と乾燥で、水切れ症状に陥ったのでしょうか、かなりの枝葉と、そこに着いていた実が、すっかり弱ってしまいました。慌てて水やりをし、ようやく雨も降ってくれたのですが、さて、果たして蘇生しますかどうか?

M師が、ムナグロの渡来を教えてくださいました。


上の写真はM師の撮影です。
教わった場所を何度か訪ねてみましたが、会えませんでした。
会えたのはこのタシギ。



そしてケリです。




きょうはこれにて。

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「フカヤマ」と書いて「ミヤマ」です、の巻(3) [折々散歩]

岡山県玉野市にある「深山公園」は、公式HPによると「みやま公園」とも表記されるようです。「玉野市のほぼ中央部、国道30号に接した標高50m~180mと起伏に富み、松の緑に囲まれた5つの池が点在する「自然がいっぱい」の面積200ha(岡山市の後楽園の約15倍/東京ドームの約40倍)の都市公園(同HP)」とあるとおり、もともと、自然の山であったところを、造成して作られた公園ですから、「深山」という地名があったわけではありますまい。命名の由来は知りませんが、「ミヤマ」の「ミ」はいわゆる美称の接頭語であって「深」の文字は当て字でしょう。

デジタル大辞泉(小学館)にはこうあります。

[接頭]
1 主として和語の名詞に付いて、それが神仏・天皇・貴人など、尊敬すべき人に属するものであることを示し、尊敬の意を添える。「御子」「御心」「御手」
2 (「美」「深」とも書く)主として和語の名詞や地名に付いて、褒めたたえたり、語調をととのえたりするのに用いる。「御山」「御雪」「御吉野」

「深山」のほかにも、「御山」または、「美山」と書く「ミヤマ」が全国に存在していますし、玉野市の「深山公園」
も実に「美山公園」だわいと感じることがしばしばあります。ことに花と緑に包まれた今の時
期などは、その感を強くするものです。

ツツジが満開です。





椿。











いろいろなシャクナゲも咲き始めています。









イチョウの若葉があでやかです。



新緑のモミジに、花が可憐です。



紅色の葉も混じります。





ピンクのツツジをバックにみずみずしく咲くこの花序は?コナラでしょうか?









大木です。





こんな花々や新緑を愛でながら、美味しい空気を味わい、清々しい薫風に吹かれて散歩するだけでも十分愉しいのですが、こんな小鳥に会えたりすると、心ときめきすること、この上もありません。

エナガです。












冬の間、池に溢れていた鴨の群れは、ほとんど北へ飛び立ったようです。







わずか数羽が、帰り遅れている模様です。

これはコガモ。



ナポレオンハットのヨシガモもいました。



今日はこれにて。

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ツツジ咲く美作長福寺、の巻 [折々散歩]

夏の暑さが続きます。
そんな昨日、郷里の実家に草刈りに行っていました。
帰りに寄ってみた美作長福寺。
清々しい晴天のもと、ツツジが鮮やかに咲き始めていました。 ツツジ咲く美作長福寺
ツツジ咲く美作長福寺 posted by (C)kazg 
  ツツジ咲く美作長福寺
ツツジ咲く美作長福寺 posted by (C)kazg ツツジ咲く美作長福寺
ツツジ咲く美作長福寺 posted by (C)kazg ツツジ咲く美作長福寺
ツツジ咲く美作長福寺 posted by (C)kazg ツツジ咲く美作長福寺
ツツジ咲く美作長福寺 posted by (C)kazg ツツジ咲く美作長福寺
 
ツツジ咲く美作長福寺 posted by (C)kazg
若葉が目に眩しい季節です。

今日はこれにて。

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生まれて初めてコマドリに会う、の巻 [折々散歩]

生まれて初めてコマドリを見ました。
「こまどり姉妹」は子どもの頃から知っていますが、コマドリの実物を知りませんでした。
辞書にはこう解説してありました。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

ヒタキ科ノゴマ属の鳥。全長14センチくらい。上面は赤褐色、腹部は白っぽい。ヒンカラカラカラとさえずる声が馬のいななきに似る。日本では夏鳥として渡来、山地の森で繁殖し、冬、中国南部に渡る。《季 夏》「―や崖をしたたる露の色/楸邨」

たしかに、こんな声↓が、森中に響いていました。





M師からコマドリの情報を最初に教えていただいたのは何年前になるでしょうか?それ以来、毎年のように、観察に出かけていますが、カメラマンさんには出会っても、コマドリに出会えたことはありませんでした。
実は昨日の午前中、別の夏鳥を狙って行きつけの公園を散歩し、帰り道に「こんにちは」と挨拶を交わした散歩客が、立ち話に、「コマドリが来ているそうですね」とおっしゃっていました。
ちょうどその夜、M師からも、同様の情報をいただきました。
実は昨日は、ついてない一日でした。
公園散歩では、美味しい空気や、色とりどりの花々や新緑に癒やされたものの、めぼしい鳥には会えませんでした。お昼から、岡山駅近くで、「9条改憲NO!」の街頭宣伝を、退職教職員有志が実施することになっていました。十分時間に間に合う予定が、駐車場を探してウロウロ手間取り、ようやくコインパーキングに駐めて歩いたのですが、到着したときにはもう街宣が始まっていました。



抜けるような青空の下、入れ替わり立ち替わりマイクを持って、戦争と平和、憲法への思いをこもごも語り、退職教職員のアピールを載せたチラシを配布しながら3000万人署名を訴えました。残念ながらまだ、道行く人がこぞって足を止め、耳を傾け、署名に協力、、、、という状況にはなっていませんが、史上最低最悪の破廉恥内閣(といっても、私が物心ついて以降の、池田内閣、佐藤内閣以後でないと比較する材料を持ちませんから、「史上最低最悪」は、「たぶん」という限定つきですが、、、)に憲法をいじって欲しくないという訴えは、市民の共通認識になってきているはずです。アベさんアソーさんがアメリカに逃亡している間に、世の中ひっくり返っていないかな?
有意義な街宣行動だったのですが、そのあとがトホホでした。解散後、車を停めたコインパーキングに戻ろうとするのに、ぐるぐる心当たりを歩き回っても、行き当たりません。その周辺に、コインパーキングは沢山あるのですが、しらみつぶしに探してみても、私の車が見えません。何度も何度も同じ路地を行ったり来たりするうちに、とてつもない時間が過ぎていきます。
思いあまって、先入観をリセットして、探索範囲を大きく広げて探してみます。すると、ようやく見つけることができました。街宣会場から、予想以上に離れた場所に駐めていたのでした。疲れた疲れた。
歩数計を見ると、一万五千歩になっています。歩数が稼げたことを良しとしますか?でも、おかげでビールが弾むので、元の木阿弥です(汗)



今日は、晴れて気温がぐっと上がる予報です。朝の涼しいうちに、歩くことにしました。コマドリがやってくるというエリアを覗いてみますと、先客が数人、本格装備でスタンバイしておられます。
後尾について待つこと数十分。すると、ラッキーなことに見通しの良い場所にあらわれました!慌てて何度もシャッターを切りますが、なかなか上手に撮れません。しばらくしてどこかへ立ち去って、また数十分後に現れる、ということを何度か繰り返してくれたので、何とか記録に残せました。

余り近づくこともできないので小さくしか写りません。「フォト蔵」にupした写真は、クリックすると拡大することができますので、最大画像でご覧ください。
深山公園のコマドリ
  深山公園のコマドリ
深山公園のコマドリ
  深山公園のコマドリ
  深山公園のコマドリ
  深山公園のコマドリ
 
以上、フォト蔵掲載の写真です。

これより下は、トリミング画像です。





















幸せな一日でした。
きょうはここまで。

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ヒナゲシか、はたまたアツミゲシか?の巻 [折々散歩]

近くの散歩道にこんな花が咲いています。

先日のこの記事で、ポピーとして紹介しておりましたこの花。
膿を出し切って、「美しい国日本」をみんなに返してネ、の巻 

ところが、papaver 様から、思いがけずこんなコメントをいただきました。

はじめまして
「こぼれ種から育ったらしいヒナゲシ」は園芸種ではなくて、あへん法の対象になっているアツミゲシです。
一番上の写真にアツミゲシの特徴である茎を抱くように生える葉の特徴が見てとれます。
見つけた場合は、保健所へ通報することが推奨されているのでできれば保健所へ届け出てあげてください。
「岡山県健康福祉部医薬安全課」で検索すると連絡先がでているので、いきさつを話せば担当の保健所に連絡を取ってくれると思います。
ちなみに保健所の職員が、その場所に抜きに行くことになりますが立会等を求められることはありません。
by papaver (2018-04-16 08:28) 

まったく思いも至らぬことでした。
当ブログの過去記事を、「ポピー」で検索してみますと、こんなに出てきます。

 2017年





 2016年





 2015年




 2014年







見渡せば桜吹雪と蝶と鳥
これらの記事の中でご紹介した「ポピー」の中には、迷惑外来植物の「ナガミヒナゲシ」のオレンジの花も、園芸品種らしいポピー各種の花もある中に、確かにこの薄紫の花もしばしば登場してきます。そしてまた、フォト蔵にも「ポピー」としてアップしていましたが、、、。
よく晴れた散歩道の桜とポピー
よく晴れた散歩道の桜とポピー posted by (C)kazg よく晴れた散歩道の桜とポピー
よく晴れた散歩道の桜とポピー posted by (C)kazg


ネット検索してみますと、確かにアツミゲシの写真とソックリです。
ウィキペディアにはこうありました。

アツミゲシ(渥美罌粟、学名: Papaver setigerum)は、ケシ科ケシ属の一年生植物(越年草)。和名は、1964年に愛知県渥美半島の沿岸部において日本への帰化が発見されたことに由来する。
日本ではあへん法で栽培が原則禁止されている種に指定されている。なお、保健所や警察においては学名の種小名に由来するセティゲルム種で呼ばれることが多い。

「朝日新聞」asahi.com2007年06月16日付記事には、こんな記事もありました。

アヘンの原料、咲き乱れ アツミゲシ自生急増 徳島
アヘンの原料となるアツミゲシの自生が徳島県北部で広がっている。空き地や路肩など、あちこちで目につくようになり、保健所の職員が処分に追われている。元々繁殖力が強いうえ、温暖化の影響もあってか、近年、急増しているそうだ。花はきれいだが、放置はできず、手が足りない保健所は自治会やNPOなど民間への協力依頼も検討し始めた。
写真薄紫色のきれいな花を咲かせるアツミゲシ。葉がギザギザなのが特徴だ=徳島県鳴門市撫養町で
写真アツミゲシを抜く徳島保健所鳴門支所の職員。連日、作業に追われている=徳島県鳴門市瀬戸町で
 アツミゲシは地中海原産の帰化植物で約6センチほどの紫や赤の花を咲かせる。花期は4月中旬から5月下旬。背丈は50~100センチになる。ついつい花がきれいで、自宅に持ち帰って植えてしまうこともあるほどだが、麻薬成分を抽出することもできるため、あへん法で栽培は禁止されている。
 日本でみつかったのは比較的最近のこと。1960年代前半、名前の由来ともなった愛知県・渥美半島で自生が確認された。この時は警察に加え自衛隊も動員され、火炎放射器などを駆使して駆除作業にあたった。それでも根絶せず、全国各地に広がったことでも繁殖力の強さがうかがえる。
 その一因は、種子が非常に小さいうえに数も多いこと。アツミゲシは花が終わると子房が膨らみ「ケシボウズ」となる。その中には、約1万個近い種子が包まれている。「芥子粒(けしつぶ)」と例えられるように数ミリ程度で、風に乗って、どんどんと生息域を広げていく。
 さらに、成長するまで目立たないことも繁殖の拡大を後押ししている。空き地や中央分離帯など、他の雑草に紛れ、こっそり根付く。誰かが気が付いた時にはかなり大きくなっている。保健所の職員でさえ、「花が咲くまでは、わからない」と言うほどだ。
(中略)
  そもそもケシの中にはヒナゲシやブルーポピーなど違法ではなく観賞用として人気の高い種類もある。見分け方は大きく分けて二つ。蟻井さんによると、「葉の形がキザキザ」で、「茎上部の葉が茎を抱え込んでいる」場合は違法なアツミゲシだという。「そういったケシを見つけたら、すぐに近くの保健所に通報してほしい」と呼びかけている。

>警察に加え自衛隊も動員され、火炎放射器などを駆使して駆除作業にあたった
ですか。これはタイヘン。
というわけで、「岡山県健康福祉部医薬安全課」に、メールで相談することにしました。すると翌日、担当部署(備前保健所)からご連絡をいただき、確認・処置のために来訪される事になりました。ついては、都合がつけば、場所を案内してほしいということで、今日の朝、出勤前の時間に落ち合うことになりました。
念のためにと、こんな画像をプリントアウトしてお待ちしました。

今朝二人連れで、車でやってこられた担当者の方に、これを示しますと、即刻「間違いないです」とのこと。
特に、この茎を包む葉の様子などは、疑いなくアツミゲシの特徴であるようです。

持参しておられた厚生労働省発行のリーフレット「大麻・ケシの見分け方」を、数冊くださいました。

写真入りの詳しい説明があります。

同省HPにpdfファイル↓で掲載してありますので是非ご参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/dl/taima.pdf
出勤途上の私が車を走らせる後を、おふたりが車で追尾する形で、現地を案内します。




さすがに火炎放射器や重機は登場しませんでしたが、人力で抜去して持ち帰り、焼却処理なさるようです。
あちらにひとかたまり、こちらにひとかたまりと群生している株の抜去作業はお任せして、私は今日のアルバイト先に出勤することにしました。
それにしても、得難い体験、得難い気づきでした。papaver様、貴重なご指摘ありがとうございました。
昼前一時間、午後二時間の授業です。急に暑くなりました。
今日はここまで。

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春深む、の巻 [家族]

昨日は、長女夫妻が予定が揃い、この4月保育園に入園した2歳児を連れて田舎の老父母の元を訪ねるというので、長男宅の小5と小2の兄妹を連れて、私も郷里に合流しました。
前日までの雨が続く見込みでしたが、思いがけず雲の隙間から日射しが覗く天気となりましたので、思いついて畑の周りを少しだけ草刈りをしました。この間の暖かさで、雑草が勢いを得て大きく育ち始めていたところでした。
孫達も、刈った後の草を集めたり、草陰から飛び出す昆虫を追いかけたり、アマガエルを見つけたりが楽しいようでした。
タンポポ。



シロバナタンポポも



カキドオシの花。

道端にこの花。孫が名前を尋ねます。「スノードロップ」をまず思い出すのですが、「スノーフレーク」という名前がなかなか思い出せません。



川の飛沫が気持ちの良い陽気になりました。

四つ葉のクローバーを探しているのだそうです。


柿の若葉が柔らかく芽吹いています。そこへヒヨドリが飛んできました。ペアでしょうか?睦まじげです。

トリミングしておきます。

山々も、青葉若葉の色が日々濃くなっています。



次は今朝の散歩でのスナップ写真。
ヤグルマソウの季節です。



カワウ。



きょうはここまで。

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とったど-!の巻 [折々散歩]

第一話 撮ったどー!
昨日の百間川畔プチ散歩。イカルの他にも、いろいろ撮りました。
ヌートリア


これは?タヒバリでしょうか?

トリミングします。





カイツブリ

バン




カルガモ

アオサギ




第二話 とったど-!



















獲ったど-!この魚は何かな?
部分拡大してみます。

大きくて、なかなか丸呑みできません。





扱いに困ったらしく、クチバシに加えたままどこかへ飛んで行ってしまいました。

第三話 録ったど-!
出るわ出るわ安倍政権の不祥事、腐敗現象。
いずれ劣らぬ醜悪さですが、中でも出色はこれですかな?
朝日新聞degital
毎日新聞
日刊スポーツ
j-cast
ハフポスト
引用するのも醜悪なので、文字化は控えます。
音声データへのリンクも貼っておきます。腹に据えかねた女性記者が録ったものだそうです。
【週刊新潮】“胸触っていい?”「財務省トップ」のセクハラ音声 - YouTube 傲岸、無礼、不遜、尊大、独善、自己中、弱い者いじめ、国民蔑視、女性蔑視、、、、、安倍政権全体の病弊の根深さ救いのなさを感じます。

第四話 捕ったど-!

強きにへつらい弱気をくじく卑劣漢。天人ともに許さざる極悪非道のアベ一族。神妙にお縄につきませい。 てなわけで、一族郎党 召し捕ったぞ-となれば、めでたしめでたし。(その日も遠いことではありますまいな)

きょうはこれにて。


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行き当たりばったりの僥倖、の巻 [折々散歩]

今朝は、車の点検を予約していましたので、ディーラーに持ち込み、コーヒーなどのサービスを受け、備え付けの雑誌や新聞を読んでいるうちに、数十分で終了。そのまま、時々HP更新のお手伝いをしている団体の事務所へ行き、ちょこちょこっと作業を済ませて、その足で最寄りのカメラ散歩場所を訪ねてみました。
今日は、自動車点検が主な用件でしたから、かさばる荷物は控え、小型カメラバッグに収まるOLYMPUS PM-1とPANASONIC LUMIX G VARIO 45-200mmとfujiFINEPIXs1の2台だけをもってきていました。
面白い鳥がいろいろいましたが、今日お伝えするのは、この鳥。
変わった鳴き声の方の方を注意してみると、いました。
これって確か、イカルじゃなかったっけ?
百間川のイカル
百間川のイカル posted by (C)kazg 百間川のイカル
百間川のイカル posted by (C)kazg 百間川のイカル
百間川のイカル posted by (C)kazg 百間川のイカル
百間川のイカル posted by (C)kazg 百間川のイカル
百間川のイカル posted by (C)kazg 百間川のイカル
百間川のイカル posted by (C)kazg 百間川のイカル
百間川のイカル posted by (C)kazg
この記事↓以来の、人生2度目の出会いです。
導かれたるごとき出会いを賜りし 思いもかけぬ迷い道して
事典には、こう解説されています。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
イカル
いかる / 桑
Japanese grosbeak
[学]Eophona personata
鳥綱スズメ目アトリ科の鳥。イカルガ、マメマワシ(豆回し)の名もある。アジア東部に分布し、ロシア連邦アムール地方東部およびウスリー地方、中国東北部、日本では九州から北海道まで繁殖分布し、北の地方のものは、冬は南下して越冬する。全長約23センチメートル。ずんぐりした体つきをしており、嘴(くちばし)は黄色で太く大きい。体の大部分は灰色で、頭上、嘴の周囲、翼、尾は黒くて青色光沢がある。初列風切(かざきり)には白い斑紋(はんもん)がある。よく成長した落葉広葉樹林や針広混交林に好んですむ。おもに樹上で、秋と冬にはスギ、マツなど植物質のものを食べ、夏には昆虫もとる。高木の樹枝上に巣をかけ、5~7月に3、4個の卵を産む。口笛のような音質のキーコキーというさえずりが、「お菊二十四」「蓑笠(みのかさ)着い」などと聞き習わされ、親しまれている。[竹下信雄]

イカルの囀りの聞きなしの例も記事にしたことがありました。

ウィキペディアでは、次のような例を紹介しています。
    イカル - 「お菊二十四」、「月・日・星」
    ウグイス - 「法華経」
    ホオジロ - 「一筆啓上仕り候」、「源平ツツジ白ツツジ」
    ホトトギス - 「特許許可局」、「テッペンカケタカ」
    コノハズク - 「仏法僧」
    メボソムシクイ - 「銭取り、銭取り」
    サンコウチョウ - 「月日星ホイホイホイ」
    コジュケイ - 「ちょっと来い、ちょっと来い」、英語では「People pray,People pray」

ところで。イカルという名前は、奈良県の斑鳩(イカルガ)とも関係あるのだそうですね。
朝日新聞奈良地方版2017年6月28日付の記事を一部引用します。

斑鳩町は、町名の由来とされる鳥イカルを「町の鳥」に制定した。町制70周年を記念したものだ。

 イカルはスズメ目アトリ科の鳥。日本野鳥の会によると、全長は23センチほどで黄色いくちばしが特徴だ。

 町史によると、推古天皇以前の時代にイカルが群れをなしていたことから、斑鳩という地名が付いたという説がある。また、法隆寺には東大門のそばにあったケヤキの大木にイカルがすんでいたという伝説もある。イカルは今でも、秋から冬にかけて竜田川沿いの竜田公園などで見られる。



行き当たりばったりのプチ散歩で、思いがけず珍鳥に出会って、ラッキーな一日でした。
と、書いておしまいにしたいところでしたが、、、「好事魔多し」ですな。家に帰って、しばらくして、バッグをどこかに置き忘れたことに気づきました。中には運転免許証やらキャッシュカードやら健康保険証やら、大切なものがまとめて入っています。現金も少々入れています。落としでもしたら大変です。
でも、心当たりがないわけでもありません。HP更新作業のために立ち寄った事務所で、座って作業したパソコンデスクの隅に、置いた記憶が確かにあります。それを持ち帰った記憶がないので、置き忘れていないかどうか問い合わせてみようか、と思っている矢先、先方から電話をくださいました。
「バッグをお忘れですよ」
ほっとして、早速取りに戻った次第です。ちょうど退勤ラッシュの頃合いでしたので、片道一時間を超えるドライブになりましたトサ。
今日はここまで。

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膿を出し切って、「美しい国日本」をみんなに返してネ、の巻 [折々散歩]

3月28日、18年度予算成立後の記者会見では、安倍首相はこう発言なさったそうです。
「財務省の決裁文書書き換え問題をめぐり、国民の皆様の行政に対する信頼を揺るがす事態となったことを、行政の長として責任を痛感しております。改めて国民の皆様におわびを申し上げたいと思います。しっかりと調査を徹底し、全容を明らかにし、膿を出し切り、その上で二度とこうしたことが起こらないように組織を立て直していきたいと思っています」(産経ニュース3月28日付記事より引用)
「膿はあなたでしょ」と、ツッコミが入るところですが、さすが「鶴の一声」、出るわ出るわ、あらからもこちらからも、膿が噴出してきました。
横紙破りの安倍放縦(ほしいまま)政治のほころびが、押しとどめようにも押しとどめられない勢いで露呈したようにも見えますし、権力内部の安倍離れ、安倍おろしの顕著な兆しとみることができるのかも知れません。いずれにしても、膿を出し切り、アベさんがずたずたに汚した「美しい国、日本」 を国民に返していただきたいものです。



さて、最近のプチ散歩で目に止まった「美しい国、日本」のひとこまです。
持参カメラは中古PENTAXk-x+ジャンクレンズタクマー50mmf1.4。しかもこのレンズ、さすがにジャンクコーナーに転がっていただけあって、レンズ内部のカビが少々目立ちます。
ちょっと前なら、こじ開けてカビ掃除するのも楽しかったのですが、カビはきれいになったものの、微妙なバランス面で復元に失敗することが重なり、手を出さないことに決めていますが、カビレンズもなかなかどうして「味わい深い?」描写ではありませんか。
ソメイヨシノはほとんど散り、枝に残る花びらも傷んで、「花の色はうつりにけりな」(小野小町)の風情です。

「万の事も、始め・終りこそをかしけれ」(兼好法師)










これは八重桜?

葉っぱの色も、みずみずしく鮮やかです


タンポポ。



綿毛。








シモクレンも「写り移りにけりな」です。









こぼれ種から育ったらしいヒナゲシ。





これはナガミヒナゲシ?繁殖力の強い帰化植物らしいですね。







暖かさが回復して、山が声を上げて笑っています。この山の名前がわかりません。地図で見ると、九十九山でしょうか?

こちらは常山。

よくよく目を凝らすと、手前の家の影に、、、

鯉幟が泳いでいます。
今日はこれにて。

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老いという豊かな世界を再認識!の巻 [雑話]

ちょっとご紹介ががおくれましたが、4月4日、退職同業者親睦組織の、最寄りの支部の交流会に参加してきました。
午前中は、県北奈義町在住の俳優で介護福祉士の菅原直樹さんを講師に、「ワークショップ」を体験しました。

俳優・介護福祉士・奈義町アートデザインディレクター・四国学院大学非常勤講師など多彩な顔を持つ菅原さんは、「老いと演劇」OiBokkeShiを主宰。演劇公演やワークショップを通して、老い、認知症、介護などの問題をともに考える活動を進めておられます。
劇団名の「OiBokkeShi(オイボッケシ)」とは、「老い」「ボケ」「死」。誰もがたどるこの道を、深刻に悲観的にのみ受け止めるのではなく、老いという豊かな世界を再認識していこうという思いからのネーミングだそうです。
HP(「老いと演劇」OiBokkeShi)には、こんな紹介があります。

「老いと演劇」OiBokkeShiとは?

Facebookカバーよみち2

俳優で介護福祉士の菅原直樹を中心に、2014年に岡山県和気町にて設立。

「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という理念のもと、介護現場・劇場などで創作上演、一般市民向けの演劇ワークショップ等を実施。

演劇という、太古から営々と築き上げられた芸術活動によって、「老い」「ボケ」「死」の明るい未来をあぶり出し、地域社会の活性化を目指す。

■主宰者プロフィール

撮影:野田明宏
撮影:野田明宏

菅原直樹

俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。青年団に俳優として所属。小劇場を中心に前田司郎、松井周、多田淳之介、柴幸男、神里雄大など、新進劇作家・演出家の作品に多数出演。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として働く。介護と演劇の相性の良さを実感し、地域における介護と演劇の新しいあり方を模索している。2014年より認知症ケアに演劇手法を活かした「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。OiBokkeShiの活動を密着取材したドキュメンタリー番組「よみちにひはくれない~若き“俳優介護士”の挑戦~」(OHK)が第24回FNSドキュメンタリー大賞で優秀賞を受賞。




ここに紹介されているドキュメンタリー番組の「よみちにひはくれない」という題名は、現在91歳の「看板俳優」岡田忠雄さんが、好んで口にすることわざだそうです。

デジタル大辞泉の解説
夜道(よみち)に日は暮れない

帰る夜道にはもう日も暮れる心配はない。腰を落ち着けてゆっくりと物事をするように勧めるときの言葉。

岡田さん自身、認知症の妻を介護しながら、菅原さんとの出会いを通してOiBokkeShiの演劇活動にとりくむようになったそうで、2015年作品「認知症徘徊演劇『よみちにひはくれない』は、妻の徘徊体験を演劇化したものだとか。
その日常が、テレビのドキュメンタリー番組でも紹介されたそうです。
テレメンタリー2018「演じて看る 〜91歳 認知症介護の日常〜」

地元山陽新聞夕刊のコラム「一日一題」(2016年9月2日)に、菅原さんが、こんなことを書いておられます。



ところで、「ワークショップ」とはどんなことをするのか、いささか緊張して身構えている参加者に、菅原さんは言います。
「---みずからをすべて自由に解放して、心の中にある怒りや悲しみをありのままに表現してください---などということは言いません」---うろ覚えですが、こんな感じの一言で、ほっと場が和みます。
ワークショップの最初のプログラムは、「体を使った遊び」。身体を使って遊びながらリハビリテーションを行うという意味で、名付けて「あそびりてーしょん」。
1は頭、2は鼻、3は肩という風に、身体の部位に番号を付け、司会者(や鬼)が任意に唱える数字に合わせて、対応する身体の部位を指さします。



次には、自分以外の人の身体の部位を指さします。相手が固定しないように、順次違う人の身体の部位を指ささなければなりません。 からだと脳を同時に使う遊びです。なかなか思うに任せないもどかしさとともに、童心にもどった楽しさを味わいながら、心身のリフレッシュができました。
次には椅子取りゲームの変種。「鬼」は、足腰が不自由な高齢者のペースで、ゆっくっりゆっくり歩かなければなりません。空いた椅子をめざしてようやくたどり着きそうになった頃合いを見計らって、すかさず誰かが席を移動します。一度腰を上げたらその席に戻ってはいけないルールです。
「決して本気にならないでください。怪我をします。」と冗談めかしていう菅原さんの「忠告」が、むべなるかなと思えるくらい、白熱します。
菅原さんは言います。「遊びは面白い。できない人が盛り上げてくれる。世の中では、できることが良いことで、できないと反省し、練習してできるようになることが求められる。でも、以前できたことができなくなるのが老い。自分はダメだと深刻に受け止め、自分の老いを拒絶したくなるもの。だが、いまある瞬間を楽しむのが遊びの価値観。」
無邪気に笑いながら、参加者同士の親和感が高まる「遊び」です。全体の中での関係性を判断しながら、適切に行動していく「力」を、遊びを楽しみながら回復していけるのでしょう。現職の頃、「集団遊び」のネタとしてストックしておきたかったと、切に思ったことでした。
介護の現場さながらに、いくつかのシチュエーションを設定し、介護する側とされる側の両方を演じあって、トンチンカンな被介護者の応答を、拒絶するのではなくそのまま受け入れて尊重する演技を体験するメニューもあります。



菅原さんは言います。
アルツハイマー型認知症には、中核症状として記憶障害や見当識障害があり、おかしな言動をしてしまうことがある。でも、「貴方の言っていることは間違いですよ」といちいち正すと、傷つくし混乱する。こちらが見えていないものでも、見えたふり(演技)をすることも大切。箒と間違えて傘を手に持って掃き掃除している人には、「お掃除ありがとうございます。僕が使いやすい箒を持っていますから、こちらに変えてみませんか」と交換してあげるとか。客観的な事実や論理や理屈よりも感情に寄り添うことが大切。

参加者の感想を一部紹介します。

楽しかった。
「相手を受け入れることが大切だ。」とはよく聞くが、なかなか難しい。
年寄りへの対応も、意左内孫への対応も、受け入れる態度が日頃まったくとれていない自分を大いに反省。 


介護の話は観に済まされる話でした。拒否するか、受け入れるか、身内になると逃げることができないので、余裕がなくなり、受け入れると言うことはなかなか難しいと思います。あと何年か後には、自分が介護される立場になると、わがままな老人になるだろうと思うと、情けないような気がします。


おもしろかった。
楽しかった。
人に指示的なことをするのは慣れているけれど、指示されるのはめったにないことなので新鮮だった。認知症の人に寄り添うことの大切さはわかったけれど、実際には難しい気がする。


すべての人に価値がある。
すばらしい話であった。
体を動かしながらの話がよかった。


久しぶりに自分を解放する時が持てて気持ちがよかった。
介護の問題が押し迫ってくる頃なので、生活の中で自然に演じたり演じられていることがあると思った。


身近に迫っている老いについて一条の光が差し込んだ気持ちになりました。いま一瞬を大切にして行けば、だんだん、衰えることについて悲観的にならなくてすむのだと発見することができました。母を介護中の自分にとっても、視点を変えることができて、これから、いい関係を持てそうです。ありがとうございました。


老いと、介護する立場と介護される立場の気持ちは、お互いにコミュニケーションをとりながら、人間としての肯定感を保ちながrら、付き合いたいものだと思いました。施設で働く人は、利用者である老人への配慮もしつつ、演劇的な接し方を工夫してやっておられるのだろうと思いました。楽しくワークショップに参加できました。

きょうはこれにて。

追伸:「首相案件」!またまた出ました。朝日新聞第一面記事。

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散る桜あれば咲く芝桜あり、の巻 [折々散歩]

何という寒さでしょう。

朝の気温は6℃。居間のストーブは、灯油が切れて、用をなしません。

セーターの上にジャンパーという冬支度で朝散歩に出ましたが、それでちょうど良いほどの寒さでした。

ソメイヨシノはほとんど散りました。

早朝の国道は、車の通行がまばらです。正面に見えるのが常山です。山一面に桜が咲いてピンク色だったのが、すっかり新緑に覆われています。



満開状態のこの花は、八重桜でしょうか?



シモクレンも大きな花びらを落とし始めています。







桜とシモクレンの落花のコラボ。



芝桜は満開です。



















今日はここまで。
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一筆啓上仕り候、の巻(その2) [折々散歩]

きのうの記事は、短い手紙の話題のはずが、あまりに冗長になりましたので、ふたつに分割しました。

春の訪れとともに、梢のてっぺんで「一筆啓上仕り候」とさえずるのはホオジロの♂だそうですね。

以下、3月のストック画像ですが、季節外れになる前に掲載させていただきます。






さて、昨日の記事の肝心な「退職教職員アピール」記者発表の結果は?

ローカルテレビの夕方のニュースでは確かに報道してくれていましたが、今のところ、そのほかの新聞記事などは確認できていません。

新聞では、郷土出身の映画監督高畑勲さん逝去のニュースが大きく扱われていて、それに吹き飛ばされたのかも?と思ったりしています。
残念なニュースでした。
ウィキペディアに、高畑さんの手がけた主要作品がまとめられていました。

 


手がけた主要作品
タイトル 役職
1962年 鉄ものがたり 演助進行(演出助手と制作進行を兼任)
1963年 わんぱく王子の大蛇退治 演出助手
1963年 暗黒街最大の決闘 助監督
1964年 狼少年ケン
おばけ嫌い ジャングル最大の作戦
演出
1965年 狼少年ケン 誇りたかきゴリラ 演出
1968年 太陽の王子 ホルスの大冒険 監督・演出
1969年 1970年 もーれつア太郎 演出(カラー版OP/ED演出も担当)
1971年 長くつ下のピッピ ※アニメ化権取得に失敗
1971年 ルパン三世 (TV第1シリーズ) 演出
1972年 パンダコパンダ 監督
1973年 パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻 監督
1974年 1975年 1979年 アルプスの少女ハイジ 演出
1975年 フランダースの犬 第15話絵コンテ
1976年 1980年 母をたずねて三千里 演出
1977年 アルプスの音楽少女
ネッティのふしぎな物語
絵コンテ
1977年 シートン動物記 くまの子ジャッキー 絵コンテ
1978年 未来少年コナン 演出・絵コンテ
1978年 ペリーヌ物語 絵コンテ
1979年 赤毛のアン 演出・脚本
1981年 じゃりン子チエ 監督・脚本 ※劇場版
1981年 1982年 1983年 じゃリン子チエ チーフディレクター、絵コンテ、演出 ※テレビ版
1982年 セロ弾きのゴーシュ 監督・脚本
1982年 ニモ/NEMO 日本側演出 ※1983年3月12日に降板
1984年 風の谷のナウシカ プロデューサー
1986年 天空の城ラピュタ プロデューサー
1987年 柳川堀割物語 監督・脚本
1988年 火垂るの墓 監督・脚本
1989年 魔女の宅急便 音楽演出
1991年 おもひでぽろぽろ 監督・脚本
1994年 平成狸合戦ぽんぽこ 監督・原作・脚本
1999年 ホーホケキョ となりの山田くん 監督・脚本
2013年 かぐや姫の物語 監督・脚本・原案
2016年 レッドタートル ある島の物語 アーティスティック・プロデューサー


「ルパン三世」以降の作品、特に「風の谷のナウシカ」やスタジオジブリ関連の作品群は、高畑勲さんの名前とともに記憶に刻まれていますが、表の上の方に紹介されている作品は、高畑さんと結びつかないまま、愛し、影響を受けたものがずらりと並んでいることに改めて驚かされます。

すべての作品に触れているとキリがありませんので、↓この作品についてだけ一言、記しておきます。

太陽の王子 ホルスの大冒険 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
  • メディア: DVD
太陽の王子 ホルスの大冒険 [Blu-ray]

太陽の王子 ホルスの大冒険 [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
  • メディア: Blu-ray


1968年の作品ですし、私の子ども時代、映画館でアニメ作品を観るというような文化環境にはありませんでしたので、リアルタイムで鑑賞したことはありません。この作品に初めて触れたのは、学生時代、教育系サークルに属し、地域の子供会活動に出入りしていた頃、市の社会教育課の職員の方が、子どもたちに上映して見せたものを、一緒に鑑賞したのが最初でしたか?それとも、大学祭か何かの学生主催の行事で、過去の名作映画などを学内で上映する企画の一環だったでしょうか?とにかく,学生時代に何度か鑑賞した記憶があります。

また、教職に就いてからも,何かの機会に生徒と一緒に鑑賞したこともあったかも知れません。後に、ビデオテープを購入しましたが、「ナウシカ」やジブリ作品などのようには、子どもたちが何度も観たがることもなく、我が家のどこかに置いてあるはずです。

この作品で、印象深いのは、悪魔グルンワルドの重々しく、逃れがたい威圧感と吸引力をもった声でした。調べてみて、これが平幹二郎さんだったとわかりました(2016年10月22日没でしたね。惜しいことです)。

そしてもう一つが、謎の少女ヒルダの複層的な人格のひだ、心の闇の深さ。子ども相手の作品としては、もてあますに違いない、余りにも複雑な、人間の弱さ、もろさ、醜さ、光と影の葛藤を抱えた造形です。

ウィキペディアの解説にはこうありました。

ヒルダ
    声:市原悦子、キャラクターデザイン:森康二
    15歳。孤独な少女。悪魔グルンワルドの妹。グルンワルドに滅ぼされた村の生き残り。グルンワルドに授けられた「命の珠」により永遠の命を持つ。歌によって人の心を魅了するが、自分自身の心の歌は歌えない。グルンワルドの手先として行動し人々に不和を芽生えさせる。人間の心と悪魔の心の間で常に葛藤している。

おや、市原悦子さんの声でしたか。葛藤に耐えきれずに漏らす「ヒルダはバラバラ、ヒルダはバラバラ」という煩悶を含んだ嘆きの声が、耳について離れません。

この作品が、高畑勲さんや宮崎駿さんを含めて、東映労動画労組の総力をあげて制作されたものであることは、後に知りました。それで合点がいきました。

「太陽の王子」スタッフ実行委員会発行の冊子(六八年)にはこんな記述があるそうです(孫引きです)。「この作品の内容は主に団結をテーマにしておりますが、これを製作するためにもスタッフの強固な団結が必要だったのです」 

労働組合運動の厳しい現実の体験をふまえれば、正義のヒーローが必ず勝つという、単純な勧善懲悪の物語にリアリティは感じられないのでしょう。正義が粘り強いたたかいによって勝利をかちとるためには、こちらの弱さにつけ込んで執拗に加えられる分裂への策動を克服し、疑心暗鬼を乗り越えて、団結と相互信頼を獲得していくことが不可欠なのでしょう。ヒルダの造形は、その苦悩をはらんだ葛藤を形象化しているのだろうと、合点したのでした。もちろん作品の価値を、政治主義的、または道徳主義的尺度でのみ測ることは、何の意味も持たないのですが、現実そのものとの実際の格闘の体験が、深い人間理解・人物造形につながっていることは間違いないと思われます。


さて、その高畑勲さんの短い手紙、いやはがきの一節が、「リテラ」のこの記事に紹介されています。

引用元 高畑勲監督が遺した安倍政権への無念の言葉


去年の年賀状にしたためられたという高畑さんの「願い」だそうです。

〈皆さまがお健やかに
お暮らしなされますようお祈りします
公平で、自由で、仲良く
平穏な生活ができる国
海外の戦争に介入せず
国のどこにも原発と外国の部隊がいない
賢明強靭な外交で平和を維持する国
サウイフ国デ ワタシハ死ニタイ です〉


この願いが叶う姿を見届けられないまま亡くなられたのは、残念至極です。

同じ「リテラ」の記事から、こんな文章も引用させていただきます。(見出しは引用者)


「火垂るの墓」は戦争を食い止めることはできない?

「『火垂るの墓』は反戦映画と評されますが、反戦映画が戦争を起こさないため、止めるためのものであるなら、あの作品はそうした役には立たないのではないか」
「攻め込まれてひどい目に遭った経験をいくら伝えても、これからの戦争を止める力にはなりにくいのではないか。なぜか。為政者が次なる戦争を始める時は「そういう目に遭わないために戦争をするのだ」と言うに決まっているからです。自衛のための戦争だ、と。惨禍を繰り返したくないという切実な思いを利用し、感情に訴えかけてくる」
神奈川新聞インタビュー記事(15年1月1日付)

「『火垂るの墓』のようなものが戦争を食い止めることはできないだろう。それは、ずっと思っています。戦争というのはどんな形で始まるのか。情に訴えて涙を流させれば、何かの役にたつか。感情というのはすぐに、あっと言うまに変わってしまう危険性のあるもの。心とか情というのは、人間にとってものすごく大事なものではあるけれども、しかし、平気で変わってしまう。何が支えてくれるかというと、やはり『理性』だと思うんです。戦争がどうやって起こっていくのかについて学ぶことが、結局、それを止めるための大きな力になる」
2017年4月三上知恵監督とのトークイベント

ズルズル体質の歯止めのなさ。

「政府が戦争のできる国にしようというときに“ズルズル体質”があったら、ズルズルといっちゃう。戦争のできる国になったとたんに、戦争をしないでいいのに、つい、しちゃったりするんです」
「日本は島国で、みんな仲良くやっていきたい。『空気を読み』ながら。そういう人間たちはですね、国が戦争に向かい始めたら、『もう勝ってもらうしかないじゃないか!』となるんです。わかりますか? 負けちゃったら大変ですよ。敗戦国としてひどい目にあう。だから『前は勝てっこないなんて言っていたけれど、もう勝ってもらうしかない』となるんです」
武蔵野市での講演会(15年7月)

「 絶対的な歯止め」としての9条。

『普通の国』なんかになる必要はない。ユニークな国であり続けるべきです。 戦争ができる国になったら、必ず戦争をする国になってしまう。閣議決定で集団的自衛権の行使を認めることによって9条は突如、突破された。私たちはかつてない驚くべき危機に直面しているのではないでしょうか。あの戦争を知っている人なら分かる。戦争が始まる前、つまり、いまが大事です。始めてしまえば、私たちは流されてしまう。だから小さな歯止めではなく、絶対的な歯止めが必要なのです。それが9条だった」
神奈川新聞インタビュー記事(15年1月1日付)

存命中に、アベ政治の終焉をお見せできなかったことが悔やまれます。


昨日の新聞記事で読んだ残念なこともう一つ。
富士フィルム(の子会社)のモノクロフィルム(「ネオパン」)が生産中止ですって。ショックです。高畑 勲さんが、1935年生まれ、ネオパンは1936年生産・販売開始だそうです。何やら因縁めいていて寂しいです。

今日はここまで。

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一筆啓上仕り候、の巻 [折々散歩]


ホオジロのさえずりを、「一筆啓上仕り候」と聞きなすそうです。そんな話題は、過去にも何回か記事にしました。例えばこれ。いざやいざ一筆啓上冬至晴
春の訪れとともに、ホオジロも、あまり見かけなくなりました。
さて今日は、一筆啓上のお話。
日本で一番短い手紙は、家康の家臣、本多作左衛門重次が戦のさなか、妻に送った手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」だそうです。
世界で一番短い手紙は、ビクトル・ユゴ-が『レ・ミゼラブル』の売れ行きについて、出版社に「?」と書いた手紙と、それへの、出版社から「!」と書かれた返信だといわれます。「売れてるか?」「上々の売れ行きです!」というやり取りですって。
さて、そこまで短くはないですが、今日ご紹介するのは、退職教職員からのメッセージです。



4月6日(金)午後、「9条改憲NO!3000万人署名の成功へ 退職教職員アピール記者発表&交流集会」に参加してきました。あいにくの雨でしたが、県下各地から退職教職員ら80数名が結集。「教え子を再び戦場に送るな」の横断幕が飾られる会場は、参加者の「9条まもれ」の熱い思いと活気に包まれました。

この集会については、最近の散歩事情、の巻で紹介させていただきました
とりくみのいきさつは、数日まとめの絵日記、の巻の記事でも触れていますが、一部引用して再掲します。

ひときわ目立つ「教え子を再び戦場に送るな!」の横断幕は,この日がデビュー。

岡山県退職教職員の会(岡退教)/岡山県退職女性教職員の会(県退女教)/岡山県高校・障害児学校退職教職員の会(高退教)の三つの団体が名を連ねています。この記事(あきらめません、勝つまでは、の巻)に書いたとおり、この三者が一堂に会して行動に参加するのは、画期的なできごとです。「安倍9条改憲」の企てが産んだ、歴史的な共同の動きといえます。

集会の概要は以下の通りです。

【第1部】 記者発表
【第2部】 対談 「憲法、平和、日本の未来への思い」
森本榮さん(元連合岡山会長)×宮本龍門さん(おかやまいっぽん代表)
【第3部】交流
閉会・行動提起 



第1部では冒頭、開会挨拶と経過報告のあと、主催者を代表して、河原良治さん(岡山県退職教職員会会長)、広畑周子さん(岡山県退職女性教職員の会会長)、萱栄次さん(岡山県高校・障害児学校退職教職員の会会長)が、それぞれ挨拶。「アベ政治の下で、憲法をはじめ、日本の民主主義がかつてなく脅かされている」「”教え子を戦場に送るまい”という先輩たちの思いを、今こそ生かすとき」、「憲法遵守の誓約書に署名して教職に就いた私たちは、憲法を変えられたら、それに従って、教え子を戦場に送らねばならなくなる」などと訴え、改憲NO!3000万署名の推進を呼びかけました。





続いて、「アピール」が朗読され、満場の拍手で確認されました。

県民のみなさんへ  

若者を再び戦場に送らないために                           
9条改憲に反対し  平和憲法を守れ」退職教職員アピール

岡山県幼小中高・障害児学校退職教職員有志

 憲法9条に自衛隊の存在を明記する―――安倍首相と自民党による改憲の動きが急速に強まっています。2018年1月、国会開会に先立つ自民党両院議員総会で、安倍首相は「わが党は結党以来、改憲を党是として掲げてきた」「いよいよ(改憲を)実現する時を迎えている。責任を果たしていこう」と強調し、9条改憲への強い意欲を示しています。

言うまでもなく、戦争放棄、戦力・交戦権の否認を宣言した日本国憲法は、三百万人を超える日本国民と、二千万人以上のアジアの人々に痛ましい犠牲をもたらした戦争への、痛切な反省の上にうち立てられたものです。戦後、日本が「戦争で一人も殺さず、一人の戦死者も出していない」のは、憲法9条の存在と、それを支える国民の熱い思いがあったからではないでしょうか。それ故に、日本は、世界の人々から平和国家としての尊敬と信頼を得てきたのではないでしょうか?

戦前、教師たちは、「御国のために」命を捧げることを子どもたちに教えました。だからこそ、未来ある若者をむざむざと戦場に散らせた自責と悲嘆を胸に、戦後の教師は、「教え子を再び戦場に送るな」と、新たな歩みを踏み出したのでした。そうした先輩方にとってはもちろんのこと、その背中を見ながら歩んできた私たちにとっても、「9条は宝」です。今、その憲法9条が危機に瀕しているとの思いから、退職教職員の私たちは、声をあげました。

教え子の幸せな未来を願って、教職の仕事に励んできた私たちは、ふたたび彼らを戦場に送りかねない改憲の企てに、「NO!」を叫ばずにはいられません。

県民のみなさん。

愛する子や孫、若者たちを、再び戦場に送らないために、「9条改憲反対」「平和憲法を守れ」の声と運動を大きく高めて、「改憲発議」の企てを必ず食い止めようではありませんか。そのためにも、全国で進められている「3000万署名運動」に、あなたとご家族、友人・知人の皆様のお力を、どうかお寄せくださいますよう、心から呼びかけるものです。

20l8年4月6

 

 


ちなみに、このアピールは、当初、賛同呼びかけの際に提案されていた「原案」を、よりコンパクトに、わかりやすい言葉で表現することをめざして改訂されました。
会場に貼り出されたポスター。

この裏に上記の「アピール」を印刷したチラシが、全員に配布され、同じデザインの大型ポスターとともに現職の教職員や県民の皆さんにも、できる限り広く届けようと、提案されました。



第2部の対談は、市民と野党の共闘で、アベ政治の暴走を食い止めるという歴史の要請を踏まえて、これまでの友好団体・友誼団体の枠を超え、「安倍9条改憲NO!」の広く大きな運動を進めていくイメージにぴったりの人選と感じました。
森本榮さんは、元「連合岡山」会長。町職員組合の出身で自治労の役員を経て連合岡山会長、という経歴から、「教職員の皆さんが、”教え子を再び戦場に送るな”と誓ってこられたのと同じように、自治体労働者も二度と赤紙(召集令状)を配らない、と決意してきた。戦前、兵士の家庭に届けたのは郵便局員ではなく自治体労働者だった」と語り、戦前回帰に向かう安部政治の危険性と改憲の狙いを指摘しつつ、小異を捨てて「安部9条改憲阻止」の一点で連帯することの重要性と可能性を強調されました。
宮本龍門さんが共同代表を務める「おかやまいっぽん」は、2年前に誕生して以来、市民と野党と共闘を支えて斬新なとりくみを進めてきました。ちなみに「おかやまいっぽん」のHPにはこんな解説があります。

「おかやまいっぽん」とは、基本的人権の尊重、平和主義、国民主権という憲法の3原則を回復し、一人ひとりの「いのち」が守られる政治を実現するために、その思いを共有する各野党間の協力を提唱するとともに、わたしたち岡山県民が、小さな違いによって力を分散させてしまうのではなく、「大きな同意」のもとに力を合わせ、さらに大きな力を創造していくことを目的としたポリティカルムーブメントです。 2016年2月28日より、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求めるおかやまいっぽんの会」が正式に立ち上がり、 1=集団的自衛権行使を容認する(他国が攻撃されたときに日本が自衛権を行使できるとする)閣議決定の撤回。 2=2015年9月に「成立」した安保法制の廃止。 の2つを目的に、岡山に住む多くの方々と「いっぽん」になっていくための様々な活動を行っていきます。

宮本龍門さんは、真言宗御室派長泉寺住職/「おかやまいっぽん」共同代表/「脱原発をめざす仏教者ネットワーク岡山」事務局長/「おかやま宗教者九条の会」事務局長/「岡山県同宗連」事務局長/RNN人道援助宗教NGOネットワークなど、多彩な活躍を続けておられます。
このお二人が、それぞれの立場から「憲法」、「平和」、「野党共闘」を縦横に語る対談は、9条改憲阻止、安倍政治の暴走を食い止める新しい政治の可能性を参加者に問いかけるとともに、いま、日常の中での、どのようなとりくみ、どのような生き方が求められているかを考えさせるものでした。
ちなみに、宮本龍門さんは、早速FBにこんな記事を寄せておられました。内緒でご紹介します。

今日、とある集会で高校の恩師に約20年ぶりに再会。

なんだかすごく感動し、「先生」って存在はスゴいなぁと。

ちなみに、その先生の担当教科や教えてもらったことはさっぱり思い出せません。ただただ、当時交わした何気ない会話が走馬灯のように蘇ります。

また、その先生の前で講演をするなんて。

人生はおもしろい!


本当におもしろい!その「恩師」という人も、私にとっても結構親しい友人かも。世の中は絶妙なめぐりあわせでつながっているものですね。



第3部では、冒頭、司会者がいみじくも先日のこの新聞記事を紹介して、「ああいう人たち」、「こんな人たち」とは皆さんのこと、と笑いを誘います。

名づけて「市民」、「国民」といい、また「民(たみ)」と言う。「民(たみ)」が「主(主)」と書いて民主主義。それと、基本的人権と平和主義を国の基本に据えたのが日本国憲法。そんな基本原則を全く理解しないアベ政権が、「改憲」を口にすることはもってのほか。と強調し、「ああいう人たち」「こんな人たち」の日頃の取り組みを交流しあおうと提起しました。
限られた時間の中、参加者それぞれの地域、分野、環境、条件に応じた、多彩なとりくみが次々に報告され、刺激いっぱいの交流が、終了予定時間を超えて交わされました。
細大漏らさずお伝えしたいところですが、もはや気力と記憶が途絶えました。

今日はここまで。



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3日見ぬ間の桜かな,の巻(その2) [折々散歩]


こんな写真を写したのは、4月3日。わずかに2日前のことでした。
朝の散歩道の桜(2018年)
朝の散歩道の桜(2018年) posted by (C)kazg 朝の散歩道の桜(2018年)
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朝の散歩道の桜(2018年) posted by (C)kazg 朝の散歩道の桜(2018年)
朝の散歩道の桜(2018年) posted by (C)kazg








ところが昨夜の雨で一気に花が散り、今日はすっかり葉桜に変わっていました。あいにく今日は、カメラ散歩のチャンスがなく、小学生の孫と自転車で走っただけなので、写真がありません。パンクしていたママチャリは、チューブにゴムを貼っても修理しても、空気漏れが収まらず、ホームセンターでチューブそのものを買ってきて交換しました、980円でした。
、私の愛用の自転車も、久しぶりに乗ろうとすると、これも後輪がパンクしていましたので、ついでに修理を試みました。後輪のパンク修理は、構造上ちょっと厄介でしたが、試し乗りしてみても大丈夫そうで、一応成功したようです。
そういうわけで、孫たちとスーパーまで買い物に出かけるのも、自転車を使ってみている次第。
今日はこれにて。

追伸

散る桜、しべ桜、葉桜などの画像を追加しておきます(4月6日)



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幽霊はどうしたの?の巻 [折々散歩]

昨夜は演劇鑑賞。劇団「東演」の「検察官」です。





解説部分を拡大します。



ゴーゴリといえば「検察官」と、自然に思い浮かびます。若い頃、読んだはずです。確か、幽霊が出てきたはずだ。そして虚構である幽霊の登場が、文学的真実を表しているのだ、なんてことを思い出しながら、舞台の展開を追います。

でも、一幕目が終わりかけても、幽霊の登場しそうな雲行きが感じられません、これはどうしたことだろうか、などとしきりにいぶかしがりながら時間が経過しましたが、ふと気づきました。幽霊が登場するのは「外套」でしたね。我ながら、半知半解ぶりにつくづく呆れたことでした。



一昨日(4/2)は、中学生が部活が休みだというので、行きたいところを尋ねると、深山公園。「フカヤマ」と書いて「ミヤマ」です(くどい)。

以前はターザンごっこのできたロープは、短く切断されていて、手が届きません。危険除去のため?それにしても、興覚めです。







よじ登ったり、







ぶら下がったり、







飛び跳ねたり、







単純な遊具が、結構楽しいようです。

見晴らしの良いところで、買ってきたお握り弁当も食べました。



山道も歩きました。

こんな看板も随所にあります。







ハクモクレンが散らずに咲いていました。







午後、従妹もやって来ました。







芝生を滑って遊んだり、



野道を走るだけでもテンションが上がります。







どの花見てももきれいだな。













今日はここまで。

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3日見ぬ間の桜かな,の巻 [折々散歩]


momotaro様の3月30日付ブログ記事を拝読して、「3日見ぬ間の桜かな」というフレーズを思い出させていただきました。ググってみますと、こうありました。
デジタル大辞泉の解説
世(よ)の中(なか)は三日(みっか)見(み)ぬ間(ま)の桜(さくら)かな
大島蓼太俳句から》世の中は、3日見ないうちに散ってしまう桜の花のようなものだ。世の中の移り変わりが激しいことのたとえ。「世の中は三日見ぬ間に桜かな」とも。
岡山市の開花宣言を聞いたのが、3月25日でした。山陽新聞の記事を再掲します。
岡山市で桜開花 気象台発表、平年より4日早く

 岡山地 方気象台は25日、岡山市で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。平年より4日、昨年より7日早い。
 後楽園(同市)の標本木で、開花の基準となる5輪以上の花が咲いていることを同気象台の職員が確認した。1週間から10日程度で満開となる見込み。
(2018年03月25日 15時33分 更新)
それから、連日20℃超えの晴天で、昨日今日と、25℃を超える夏日が続いています。近所の桜も、一気に咲いて、ちらほら散り始めています。時季遅れになってしまわぬうちに、散歩道の桜の写真をUPしておきます。
散歩道の桜(2018年春)
散歩道の桜(2018年春) posted by (C)kazg 散歩道の桜(2018年春)
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好天続きで、さぞ桜もきれいに咲いているだろうから、車を運転して見に行きたいと、90歳の父が言います。近所の国道で高齢者ドライバーの関係する交通事故があったというので、母は心配しますが、いつも運転して何度も通った道なので大丈夫だと言うのです。とは言え,万一のことが心配ですので、迎えに行くことにしました。3月30日金曜日でした。
行き帰りの道々、車窓から桜のあでやかな姿があちらにもこちらにも見えます。道沿いには桜並木が、山々には自生のヤマザクラが、一面に咲き誇っています。
これは、郷里の実家近くの眺めです。川向こうの土手の桜が、前回通った時にはまだツボミだったのが、この日はもう満開状態でした。
父が運転して、私は助手席ですので、写真を写せます。



途中運転を交代して、お昼頃に到着,早速花見に出かけます。
手分けして、弁当や、イスやブルーシートを運びます。

小1の孫特製のおにぎり弁当です。



見事な花盛りです。

アマガエルも参加です。

よい花見でした。

この季節、咲き乱れているのは桜だけではありません。
赤いのはハナモモ?



スノーフレーク。



シモクレン。













追伸。

政治ネタは、お粗末な話題ばかりが多くて、取り上げるのも気が塞ぎます。

それにしても、防衛省の書類隠蔽はひどい。「文民統制」って何だっけ?稲田サンも小野寺サンも。コケにされているのでは?今日の夕刊の切り抜きです。



もうひとつ、4月1日付けの新聞の片隅に,小さくこんな記事がありました。



「ああいう人たち」、ガンバレ。「こんな人たち」、ガンバレ。

今日はこれにて。

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フカヤマと書いてミヤマです,の巻(2) [折々散歩]

深山公園は、私にとっても孫達にとっても行きつけの遊び場です。蛇足ながら、「フカヤマ」と書いて「ミヤマ」と読みます。
「深山菫(ミヤマスミレ)」、「深山頬白(ミヤマホオジロ)等、過去記事でも話題にしましたので、二番煎じ三番煎じですが(汗)
「ミヤマスミレ」の話題はこちら。(画像なし)
庭で生まれたツマグロヒョウモンとアゲハのサナギ、の巻
「ミヤマホオジロ」は、下の記事ほか、何度も登場します。
あきらめません、勝つまでは、の巻
今年も、深山公園でミヤマホオジロを見た、の巻
枯れ山に深山頬白色を添ふ
玉野市深山公園の春の巻
特に一番下の記事は、今日これから書こうとする記事に,かなりかぶります。

これはミヤマホオジロ。 

玉野市深山公園のミヤマホオジロ

 


玉野市深山公園のミヤマホオジロ


写真はすべて、Pentaxk5Ⅱ+afボーグでした。 




前回記事で、3月25日の深山公園をご紹介しました。今日は、3月29日の写真。
このスミレのお名前は?

ツツジ。

サンシュユ。



トサミズキ。



ミモザ。



ヤマザクラ?







ソメイヨシノ?


ちなみに翌30日、散歩道のソメイヨシノは一気に開きました。












元に戻って、29日の深山公園。
子どもたちは山道を上ったり下りたり、、

私のカメラを使って、鳥を追いかけたり、、







遊具のあるコーナーで時間を忘れます。












この日もカメラマンさんたちが、そこここで大きなレンズのカメラを構えておられます。その先を窺うと、、この鳥が飛んできて梢の先に止まったのが見えました。


この日は、子守がメインですので,望遠撮影の準備をしていません。携行カメラの最大望遠性能は、OLYMPUS E-PM1+lumix G VARIO 45-200mmです。これを,デジタルテレコンを有効にすると、400mm相当。35mm換算で800mm相当になるはずですが、、、豆粒ですね。
トリミングします。
ヒレンジャクに再会か?と思ったのですが、、、。



よくよく色の具合を見ると、、

これってキレンジャクじゃありません???


折柄,「訴追訴追」という声が聞こえてきます。
シジュウカラですね。

トリミングします。



山雀の鳴き声も,よく似ています。





日本野鳥の会のHPによると、シジュウカラ「細い声でツーピーやツツピーを繰り返す」 、ヤマガラ「スィー、スィーとシジュウカラよりかすれた声やビービーと鼻にかかった声を出す。」とあります。訴追訴追(「ソツイ、ソツイ)」と聞くのは、ちょっと無理がありますか?
今日はこれにて。

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フォト蔵にアップしている私の写真はこちらです。

写真販売サイトにも画像を掲載しています。
写真素材 PIXTA


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